イスカ 真説邪気眼電波伝・14
『北斗君、見直したわよ』
佐伯さんがニッコリ笑った。
数学の時間「北斗、やってみ」と黒板の前に引きずり出され三十四ページ三番の問題をやらされた。二次関数グラフの平行移動の問題だ。同時に三人が引っ張り出され、それぞれ問題をやらされている。
野崎(数学の先生)の魂胆は分かってる。オレはできない生徒の見本で、黒板を前に立ち往生するのを見越してやがる。
いい子・悪い子・普通の子の三通りだ。むろん、オレは悪い子の見本。
ところが、数学はイスカにさんざん絞られたところなので、なんとかできてしまう。
チョークを手にするまでは――また劣等生の見本にされんのか(´;ω;`)ウゥゥ――だったけど、詰まりながらも問題が解けた。ため息ついて黒板を背にすると前から二番目の佐伯さんと目が合ったんだ。で、佐伯さんがニッコリ笑ったということだ。
「ヌヌヌ……やっぱ正解だ!」
二度見直してから野崎はオレの回答に赤チョークで〇をした。別にイヤミの一つも言ってくれていいんだけど、マジで――そんなはずはないぞ――の間を開けるのはやめて! ほら、クラスのみんながクスクス笑ってるし!
「北斗君、見直したわよ」
起立礼が終わると、オレの横を通過しながらこそッと佐伯さん。
情けないけど体に電気が走った。
それまでの佐伯さんは好意的に無視してくれていた。佐伯さんみたいな才色兼備が下手に声を掛けたら、へんな意味で注目されて余計に惨めになることを知ってるんだ。憐れみは時に刃物よりも人を傷つける、さすが名女優の愛娘、心得ていらっしゃる。
「北斗君」
今度はイスカ……いや、教室では西田さんだ。
「問題一個解いたくらいで安心しない……なによ、板書写しきれてないじゃない。ノート貸したげるから、さっさと写す」
「あとでやるよ」
「ダメ、すぐにやらなきゃ身に付かない」
「へいへい」
つぎの英語の時間もつつがなく終わって……。
「さっきのプリント、ここからここまで三回写して持ってくる」
「え、いま?」
「もちろんよ、鉄は熱いうちに打てよ」
「へいへい」
そして昼休み、オレは食後のジュースを楽しんでいた。トレーを持ってキョロキョロしている佐伯さんが目についた。委員会が遅れたみたいで遅めの昼食。空いてる席がないんだ……佐伯さんが近づいてきたのを潮にオレは腰を浮かす、自然な形で席を譲ったのだ。午前中の自然なエールに応えたい気持ちもあったので自然にできた。
「あ、いいわよ北斗君、ちょうど二人分空いたし」
「え、あ……」
隣の女子が斜め向かいのお仲間といっしょに席を立ったのだ。オレはハンパな尻を席に戻した。
「あ、ひょっとして西田さんが?」
今度は佐伯さんが腰を浮かせた。
「あ、そんなんじゃないから」
「え、そうなんだ」
佐伯さんは詰まらなさそうな顔になった。
「いい感じだと思ってたのよ」
「え、そなの?」
「うん、クラスメートが幸せそうなのって、はたで見ていても嬉しいじゃない」
「そ、そう」
「うん、野崎先生のイジワルかわした時なんて、ヤッターって思ったし、西田さんが激励してるの見て、わたしまで幸せになったのよ」
「それは違うから」
「そう? ま、いいけど」
それ以上は追及することなくランチをお召し上がりになる佐伯さん。
佐伯さんは、合間にいろいろ話をしてくれて、なんだか、とても幸せなランチタイムを過ごすことができた。
こうして、学校は平和なんだけど、今日もネトゲができそうにない。