国つ神の末裔 一言ヒトコ・1
『ちょっと、あなた』
昔、雄略天皇が葛城山へ狩に行った時、山中で、自分たちと同じ身なりをした一行に出会った「何者だそなたたちは!?」そう尋ねると、天皇そっくりの者が、こう言った「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」
これは、その一言主の末裔の物語である。
莉乃は最近怯えている。
最初は塾の帰り道だった。
「よう、きみ可愛いじゃん。よかったら車で家まで送っていくけど」
ワンボックスが微速で莉乃の横に着け、声をかけてきた。最初は、それで済んだが、次は塾の帰り道で待ち伏せされ、しつこく付きまとわれた。
莉乃は怖くなって、塾を辞めた。
三日ほどは無事だったが、四日目には学校の帰り道で待ち伏せされるようになった。
気弱な莉乃は、親にも先生にも相談できず、帰り道を変えて撒くことしかできなかった。
やがて、その道も読まれてしまった。
「避けることないじゃん。車で楽しくドライブして、お家に送ってあげようってだけじゃん。ねえ、莉乃ちゃん、付き合ってよ~」
同時に車の中から、数人の男の下卑た笑い声がした。
莉乃は、一目散に車が入れない生活道路に入った。車を降りて追いかけてくる気配がした。
いくつか角を曲がり、自分でも知らない旧集落の道に入ったときに声がした。
「ちょっと、あなた」
若い女の声であった。
声がする方向に首を向けると、古い祠が目に入った。莉乃は必死で祠の裏に隠れた。
「チ、こっちへ行ったと思ったんだけどな」
「てめえが、グズグズしてっからだろう!」
男たちの声に言葉も無く、莉乃は目をつぶった。男たちの気配が無くなったので目を開けると、目の前に自分が居た……。
「隣町のチンピラよ、ちょっと頭に乗ってるようね。やっつけておこうか?」
「で、でも……」
莉乃は、混乱した、自分ソックリな人間が、自分がやってみたいと思うことを言ったのだ、驚きが先になり答えようがなかった。
「任せといて!」
そう言うと、莉乃そっくりな女の子は祠の裏から飛び出し、莉乃は、そこで意識が無くなった。
「し、仕方ないわね、車で送ってもらうだけよ」
「そうだよ、変なことはしないよ……俺たちがしたいと思っていること以外はな」
車は、山中の道に入った。男たちは全部で四人だった。後ろのシートはまっ平らにされ、いつでも女の子を押し倒せるようになっていた。
「あにき、もうここらへんで!」
子分各の少年が上ずった声で言った。
「待てよ、味見は、オレが先だ。おめえらは手足を押えとけ、カメラ忘れんな」
兄貴格が、ズボンのベルトを外しながら、迫ってきた。
「や、やめて!」
「これからやる楽しいことは録画するからな。警察なんかに垂れ込んだら、SNSで流してやるからな……」
男は、莉乃のソックリの制服に手をかけた。
「キャー、やめて!」
莉乃のソックリは、思い切り男の股間を蹴り上げ、男が悶絶している間に車を半裸で逃げ出した。
「待て、このアマアアアアアアアアアアア!!」
男たちが追いかけてきたが、そこまでだった。
「婦女暴行の現行犯で逮捕する!」
なんと、山中と思っていたのは街の警察署の真ん前だった。
そして莉乃ソックリの女の子は、可愛いが、全くの別人になっていた。
気が付くと莉乃の目の前に、自分のソックリがいた。
「もう大丈夫だからね。もう付け狙われることはないし、警察から呼び出されて事情を聞かれることも無いから」
「あの……あなたは?」
「一言ヒトコ、また縁があったら会いましょ」
で、気づくと莉乃は、自分の家の前に立っていた。
ヒトコの久々な仕事だった……。