イスカ 真説邪気眼電波伝・22
『佐伯さんのキーホルダー』
アレっと思っても詮索するような佐伯さんじゃない。
ニコッと笑い、オヘソのあたりで小さく手を振ってくれる。
こんな時に気の利いた言葉が出てくればいいんだけど、オレは蚊の鳴くような声で「ども」と返すのが精いっぱい。
そんなブサイク男子の含羞を労わるように、もう一度微笑んでくれる。
いい子だよなあ、佐伯さんて……。
イスカと佐伯さんの余韻を持て余しながら別館を出る。
あ、別館てのは校舎の一つで、音・美・書の教室と図書の分室(さっきまで居た書庫)とが入っている。
ふつうの生徒は音美書の授業でもない限り寄り付くことはほとんどない。だから佐伯さんはアレって顔になったんだ。
ん? とすると佐伯さんは、どうして、あそこにいたんだろう?
カチャリ
ボンヤリ歩いていて、なにかを引っかけた。
ピンクのキーホルダーだった。自転車とロッカーのキーが付いている。
キーホルダーのタグには『ERIKA・SAEKI』と書かれている。
オレは、すぐに取って返した。
歩きながら思った、佐伯さんはどこへ行くところだったんだ? あの先は図書の分室しかないのに。
角を曲がって、佐伯さんと出会ったところまで戻ると声がした。
一人は佐伯さんで、もう一人は……世界史の先生?
――いや、だから、そうとも言えるけど、この場合は……――
――でも、それでは……――
――とにかく授業で言ったり黒板に書いたりしたことが正しいんだ!――
――でも……分かりました――
――分かったのならけっこう、じゃあね――
――失礼しました――
佐伯さんの声は珍しく角があった、出てくる気配がしたので廊下の奥に引き下がる。
すると、なんの表記もされていない部屋から怖い顔をして佐伯さんが出てきた。こんな佐伯さんは初めてだ。
文化祭の芝居に行き詰って屋上に出てきた時の顔とも違う。百パーセント怒りを抑えた顔だ。
美人が怒ると近寄りがたいもんだけど、佐伯さんとは数学のあととか食堂とかで話をした、ついさっきも控えめな挨拶を交わしたところだ。なにより手元には佐伯さんのキーホルダーがある。
「佐伯さん」
オレは、別館を出たところで佐伯さんの背中に声をかけた……。