イスカ 真説邪気眼電波伝・07
こんなにムカつくやつがただの通行人であるわけがない!
MMO(Massively Multiplayer Online)の中の通行人というのはアルゴリズムによって決められた場所とスタイルで文字通り歩いているにすぎず、目の前のこいつのように、別のステージに行くことなどできないし、決められた言葉しか喋れない。いや、音声による言葉さえ無く、ただの吹き出しセリフであることがほとんどだ。
こいつは、なにかのバグか、オレなんかの想像もつかない裏ワザとかでIDを消してしまった、どちらにしろ変な奴に違いない。
そこんところを問い詰めたいんだけど、じゃなくて、一刻も早く消えてもらいたい。オレは『幻想神殿』の中に安らぎを求めているだけなんだ。ピーボアを売りに行って、その金でアイテム買って、わがMMO生活の充実を図りたい。
「ナンシー、あんた、早くわたしを追っ払って街に買い物に行きたいって思った!」
「お、思ってねーし、思ったとしてもオレの勝手じゃねーか! な、なんだ、よせよ、ミスジト目コンクールがあったらグランプリ取りそうな目で見んのは!」
「フン! リアルでも、そういう目で見られてるから、こういうことには敏感なのね。あーー情けない!」
「ほ、ほっとけよ!」
「あのね、アイテムとか欲しかったら、ちゃんと課金して買えばいいでしょ。ピーボア罠にかけてチマチマ買おうなんて、セコすぎでジンマシンが出そうよ!」
「う、うっせー! これはライフスタイルなんだ! とやかく言われる筋合いはねーーー!!」
「あーーもー、逆切れなんかしないでよね。とにかくナンシーは」
「ナンシー言うな! オレはナンシだ、シのあとで伸ばすんじゃねー!」
「往生際が悪いなあ、わたしが決めたんだからナンシーなの。それより、あんたの家に行こう、立ち話飽きた!」
「飽きたら、さっさと帰れよ! ガラクタ通りの三丁目によ!」
「人に指図しないでよ、さっさと行くわよ!」
ほっときゃいいんだけど、頭に来たオレは、そいつの後を追いかけてしまう。なんちゅーか、この森は自分のテリトリーって感覚があって、そのテリトリーで好き勝手やられることが嫌でたまんねー、ってか、なんで流されてるんだ!?
で、驚いたことにそいつは、サッサと歩いて正確に俺の家を目指していくじゃねーか!?
ダテに三年も幻想神殿をやっていない、オレの家は普通のプレイヤーでは絶対見つけられないところにある……はずだったんだけど!
「よっこいしょっと……」
いとも簡単に仕掛けを見抜いた奴は、あっと言う間に我が隠れ家の前に立った。どんな仕掛って? それは言えない、言ったら隠れ家じゃなくなる。
「バカね、わたしが来た時点で、もう隠れ家じゃないのに」
「お、おまえなあ……」
「ち、いっちょまえに鍵なんかかかってるし。さっさと開けなさいよ」
「なんで命令するんだ、オレの家だぞ!」
「あんたの顔立ててるんじゃない。勝手に開けたら、あんたの面目ないでしょ。それとも、勝手にしていい?」
「わ、わーったわーった!」
仕方なく鍵を出してドアを開ける。
「フーン……無課金でここまで揃えるって、なかなかね……」
足かけ三年、涙ぐましい努力で整えた我が家を、なんだかシミジミと感心しやがる。こんなやつでも、ちょっぴり嬉しくなる。って、なってんじゃねーよ、オレ!!
めったに人に褒められないオレは、我ながら単純だってか、流されやすすぎ……って、なに服脱ごうとしてんだ!?
「お風呂入る! ずっと森の中だったでしょ、それも網に絡めとられたまんまで、気持ち悪くって……」
「あーー、まだお湯も張ってないんだから……」
急いで給湯器のボタンを押しに行く。
――お風呂のお湯張りをします――
「アハハ、はんぱにリアル! アナログ通すんなら、水汲みからやって薪で沸かすって感じでしょ。お茶でも飲もうかな、お風呂湧くまで……」
「勝手に冷蔵庫……半裸でウロウロすんな!」
――お風呂が沸きました――
「はや!」
給湯機は雰囲気のものなので、じっさい沸くのは早い。
「じゃ、入るね」
着衣の最後を脱ぐ気配がしたので慌てて背中を向ける。
「今日は我慢するけど、脱衣所くらい作ろうよ。脱いだ服ここに置いとくけどクンカクンカとかしないでよね」
「す、するかーー!」
バタンとドアが閉まって、シャワーの音が響いて鼻歌に混じる。
――ランラランラー🎵 ねえ、わたしに名前つけてよ、どーも、わたし名前とか無いみたいだし~♪――
本気で名無しなんかよ?
ザパーン カポーン……ウウ、風呂のエフェクトさせんなー!
――ねー名前!――
「だれが、おまえみたいなブスに……」
――え? 聞こえな~い――
「お、おまえはブスだ! ブス!」
――オッケー、わたしは毒島田ブスだ~♪――
って、ブスでいいのかよ!?