トモコパラドクス・80
『彼岸花の季節・3』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……今年の彼岸花は、早く咲いた……。
南西のガマに向かった第一小隊と学生女学生は無事だった。
「高山曹長殿、中隊は無事でありましょうか?」
兵の一人が聞いた。友子は思った。この人は自分たちが無事であったことが後ろめたくて聞いて居るんだと。
「気にするな、ただの運だ。中隊の敢闘のお陰で、我々は無事に来られたんだ。自分たちの命を大切にすることを考えろ」
「先生、このガマには水が湧いています!」
「ほんとう!?」
純子が叫び、宮里先生が確認した。
「……この水は飲めるわ。兵隊さん達も、どうぞ!」
五六人はいっしょに飲める泉で、みんな喉を潤した。鉄鉢にくんで頭から被る兵もいた。
「ばかもん、そういうことは、水筒に水を詰めてからやれ。お前の汗くさい水なんかごめんだからな」
「申し訳なくありました!」
つかの間、空気が和んだ。十分に水筒や竹筒に水を入れると、さっきの兵にならってみんなで水を浴びた。顔を洗うだけでも、元気がもどってくるようだった。
「シッ………!」
「妙ちゃん……?」
「人が近づいてきます……」
「吉田、様子を見てこい!」
「は!」
吉田という兵は二分ほどで戻ってきた。
「北方十二時と二時の方向から敵歩兵部隊。見える範囲に、それぞれ二個中隊。距離は四百ほどであります」
「………」
高山曹長が腕を組んだ。
「宮里先生。あなた方は生き延びてください。我々はやるだけやります。けして無駄死にしないように……いいですね。中隊八十名が犠牲になって助かった命なんですから。寺沢、池尻、お前達も、ここに残れ」
「総長殿、我々も連れて行ってください!」
「足手まといな負傷兵は連れて行けん」
「曹長殿!」
「吉田、二人の武装を解除しろ。そこの中学生も銃を渡しなさい。川西、敵が二百まで近づいたら知らせろ」
「は!」
「このガマの北東に岩場があります。我々は、そこで最後の一戦をやります。宮里先生、生徒達のために冷静に行動してください」
「でも……」
「もう、十分です。学生、女学生は良く聞け。敵の姿が見えたら、アイ、ウィル、サレンダー……サレンダーでいい、そう言って手を上げて出て行くんだ。けして肩から下に手をやるんじゃない」
「曹長さん、それは……」
「この条件で、それだけ言えば、敵は撃ってはきません」
「総長殿、敵二百であります!」
「よし、岩場に向かって移動。姿勢を低くせよ。移動中の発砲はするな、ひたすら駆けろ!」
そして、高山らが移動を開始すると、二名の兵が発砲しながら反対方向に駆け出した。
「あいつら……」
そう呟きはしたが、移動速度は緩めなかった。反対方向に行った二人の気配は十秒と持たなかった。
岩場まで、二十メートルのところで敵に見つかり、激しい銃撃を受けた。岩場にたどりつけたのは六名に過ぎなかった。吉田一等兵が、横に飛び出しスライディングしながら、手榴弾を投げた。最接近していた米兵が二人吹き飛んだが、吉田も肩を撃たれ動けなくなった。
「援護射撃!」
残った四人が撃ちまくったが、たちまち機関銃にやられ、二人が頭を吹き飛ばされた。
「もういい、撃つな!」
高山は最後の命令を出した。そして吠えるように叫んだ。
「ウイ、ウィル、サレンダー! ドントシュート!」
そう言って銃を投げ出し、ガマに民間人と非武装の負傷兵がいることを英語で伝えた。
小隊長が戦死して指揮権を委譲された時に、小隊は、まだ四十人居た。中隊全部で百人は居た。それがガマの負傷兵を入れても、わずかに六名。女学生たちを守り抜けたことで良しとしよう。
「ソーリー、レスキュー、ヒム。ヒイ イズ ウーンデッド」
「サージャント、ヒイ イズ デッド オルレディ」
小隊……いや中隊の生存者は五名に減ってしまった。
彼岸花をそよがせている風が逆風になって、みんなは目が覚めた。友子と紀香のCPUも一瞬の機能停止から回復した。機能を停止していたのは一秒ちょっと。その間に高山理事長は無意識に、ここにいる全員に幻想をみさせた。義体である友子たちにも。
彼岸花が無心にそよいでいた……友子はなぶられた髪をそっと直した。