トモコパラドクス・88
『S市司教の秘密・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。
司教は涙を流していた……わがことのように。
「海を越えたドイツとはいえ、わたしと同じ司教が、このようなことをしたとは信じられません」
「現時点での、司教としてのお言葉が伺いたいのですが?」
記者の質問には、こう答えた。
「このドイツの司教の話は、まだ、みなさんたちからの情報しかありません。バチカンでは独自に調査中であります。わたしとしては……これが誤解であり、ドイツの司教の試練であればと願います」
記者達は、しばし黙り込んだ。このS市は敬虔なカトリックの街であり、大方の市民がこの司教の言葉を待っている「カトリックは揺るぎない」と。
なんせ『ハリーポッター』でさえ、反キリスト教的であると上映が自粛されたほどの街である。また司教が言葉少なに述べた言葉にも、悲しみとバチカンへの信頼しかなかった。一瞬今度の事件の犯人は、そのドイツの司教ではないかと、友子でさえ思ったほどだ。
ベテランの記者が、締めくくるように、最後の質問をした。
「では、このS市の司教として、できることはなんでしょう?」
「祈ることだけです。わたしはS市の司教に過ぎません。法王様のように世界の平和を祈るのには、まだ修行も試練も足りません」
「正直な、お言葉に感銘いたします。では、司教様は何をお祈りになりますか?」
「わたしという小さな穴を通して神の光が届く限りの人たちの平穏と救いを祈ります」
「ありがとうございました」
――見えた?――
――大勢の市民の顔が……なにか?――
――ひっかかるの。今あの司教の頭に浮かんだ人たちの……――
――顔が?――
驚いたことに、この司教は、数秒間の間に十万人近い人の顔を思い描いていた。そして、その一人一人から情報を読み取ることができた。むろん司教はコンピューターではないので、司教自信は意識はしていないが、一度頭に入ったものであるなら、友子のCPUはそれを読み取ることができる。
「なかなかの人格者のようだな」
ジャック(滝川)でさえ、そう思った。
「ま、弟の水道局から当たってみましょうか」
ジェシカが提案してきた。もう思念でなく、声に出している。
――待って、もうすぐ分かる――
ミリー(友子)は、一見脈絡なしに並んでいる市民の人たちが気になった。普通、人間は人や物事を関連づけて覚えていく。例えば家族毎、友人のグループ、地域、職業別に。個人の情報を何万通りにも組み合わせ、関連性を導き出そうとしたが、いくらやっても出てこない。同じことをジャックもやっているようで、寡黙になった。
そこに夕暮れ時の秋の突風が吹き、街路樹の葉が、一斉に舞い散った。
「ハハ、一瞬枯れ葉の流れが鳥に見えた。あたしってロマンチストだな」
ジェシカが脳天気に言う。
「分かった!」
ミリーは思わず声を上げた。
――なにも出てこないはずよ。あの司教が思い描いたひとたちの映像情報を、そのままロングにしてみて!――
――うん……あ、これは!?――
沢山の人の姿が、ただのドットになり、その集合が一人の少女の顔になった。
――強い愛情を感じるわ――
――神の子……?――
司教のイメージは、神の子であった。
――もう一つ分かった!――
それは三人同時だった。文章化した個人情報をロングで見ると、S市の、Bブロックの地図になり、一軒の家が赤くマークされていた。
――ここだ、いくぞ!――
ジャックは、司教に悟られないように、レストランまで戻り、車で戻ってきた。
「さあ、乗って」
糸口の先が見えてきた。車はプラタナスの枯れ葉を巻き上げながら、Bブロックへと急いだ。