堕天使マヤ 第一章・遍歴・2
《堕天使降臨②》
ドライアイスの霧が噴き出して棺の蓋がゆっくりと開き、やがてガラリと音を立たてて、蓋は祭壇を壊しながら床に落ちた。
溢れだしたドライアイスの中から、摩耶が一糸もまとわぬ姿で立ち上がった。
「摩耶……生き返ったのか!?」
騒然とした斎場の中で、摩耶の父が叫び、瑠璃は不自由な声で驚きと喜びの声をあげた。
「佐和……あんたは許さない」
そう言いながら摩耶が祭壇から降りてくると、佐和は、腰を抜かすことも無く、斎場を飛び出し、必死で逃げた。
摩耶は、背の高さほどの空中を滑るように飛んで佐和を追いかけた。
斎場の向かいは道路を挟んで、私鉄の線路が走っている。佐和は線路伝いに逃げるしかなかった。
数百メートル行ったところで踏切になり、ちょうど遮断機が下りはじめたところだった。
「え、あたし、勝手に体が……」
佐和は、自分の意志に反して、遮断機をくぐり、幅数センチの線路を枕に……ではなく、細いベッドにして仰向けに横たわった。
「た、助けて! いったいどうなってんの!!?」
これが佐和の最後の言葉だった。
後から追いかけてきた大人たちの中から担任が機転を利かして非常スイッチを押したが間に合わなかった。
新宿行きの特急電車は非常ブレーキを軋ませながら、佐和の体を二十メートルほど通り越し停車。
佐和の体は、体の正中線を圧潰し、形を留めていたのは両手両足だけだった。
――まだコントロールが効いていない。少し巻き戻そう――
佐和の姿をしたものは、時間を五分ほど巻き戻した。
棺から摩耶の姿をしたものが現れた。手際よく祭壇を覆っている布を身にまとうと、静かに語り始めた。
「摩耶を心臓マヒにして殺したのは、そこの佐和。身をもって購ってもらおうか」
摩耶の姿をしたものは、佐和を指さし心臓を掴むようなしぐさをし、それを握りつぶした。
「ウ……」
と言ったきり、佐和は仰向けに倒れてしまった。
「まだ、こいつの体の機能は死んでいない。脚と言語に関わる機能を瑠璃に移そう……ハッ!」
瑠璃は、一瞬体をビクっとさせると、車いすから立ち上がって叫んだ。
「ダメ、こんな形で人を殺しちゃ。あなたは摩耶の姿をしているけど、摩耶じゃない。力があるなら、摩耶と佐和を元にもどして!」
「よく見抜いたわね瑠璃……そう、あたしは摩耶の姿はしているけど摩耶じゃない。あたしは堕天使……カタカナでマヤとでも呼んでもらおうかしら。心配しなくても摩耶は行き返るわ、あたしは二十四時間かけて摩耶の姿をコピーした。コピーし終わった摩耶は、このあと生き返る。佐和は当然の報い……あたしは堕天使マヤ。それじゃ、あたしのことはきれいさっぱり忘れてちょうだい。
一瞬閃光が走り、斎場の全員が目をつぶった。再び見開いたときには、それまでのことは忘れていた。
棺から、ゆっくりと摩耶が起きだすと、一瞬の間を置いてどよめきと歓呼の声。
佐和が一人死んでいるのが発見されたのは数分後、本人も周囲の者も気づかないうちに車いすから立ち上がった瑠璃によってであった。
堕天使マヤは、こうして人知れず降臨した……。