トモコパラドクス・86
『アメリカA郡T町・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……さて、今回のターゲットが絞り込まれてきた。
「ママ、お湯が出ないよ」
ミリーはモーテルのシャワーを使って人並みに文句を言った。
「あなた、お湯が出ないって」
「こんな田舎のモーテルだ。もう少し流してごらん」
「だって、もう三分も流してるわよ」
「しかたないなあ……」
父のジャックが腰を上げた。
「キャ、黙って入ってこないでよ!」
ミリーは慌てて胸を隠して父に抗議した。
「呼んだのはミリーだろ。で、隠すんならバスタオルにしな。丘の上しか隠せてないぞ」
ミリーは慌ててバスタオルを身にまとい、バスから出た。
「……こりゃ、元がいかれてるな」
「他の部屋のバス使えないかしら」
「他の部屋もいっしょだよ。ちょいとオヤジと掛け合ってくる」
「トレーラーのシャワーは使えないの?」
「修理が終わらなきゃ無理だ。もっとも修理屋のシャワーを使わせろって、手はあるけどな」
無駄口を叩きながら、ジャックは事務所に行った。
「こないだ修理したとこなんだけどな……」
モーテルのオヤジは、太った腹を揺すりながら、給湯器に向かった。
「修理って、オヤジさんがやったの?」
「ああ、車の燃費が良くなっちまってさ。こんな田舎のモーテルに泊まる奴は、そうそう居ないもんでな……こりゃ、またプラグがいかれたかな……」
「ちょっといいかな……あ、こりゃ、規格が合ってないよ」
「そうかい、ちゃんと規格の奴を発注したんだがね」
「給湯器、昔は部屋ごとにあったんだろう?」
「ああ、効率が悪いんで、十年ほど前に替えたんだ」
「こいつは、その部屋ごとだったころのしろもんだ……」
「そうかね……」
「ねえ、ジャック。早く直らないかしら。ミリー風邪ひいちゃうわよ」
ジェシカが様子を見に来た。娘をダシに、自分も早くシャワーを使いたいのだろう。
「ああ、今なんとかするよ」
「そう、じゃ、お願いね」
「……奥さん、美人だね」
「いやあ、怒ると手が付けられない。ちょっと触るけどいいかい?」
「あんた、直せんのかい?」
「一応、電子部品のエンジニアなんでね……このサーキットを殺して……ま、一応は使えるかな」
「え、もう直ったのかい?」
「温度感知センサーを殺した。お湯の温度設定が出来なくなるが、水と調整すりゃ、なんとかなる」
「昔のアナログだな」
「ま、それを売りにするのもいいんじゃないか。ただし、温度管理はお客様の責任において設定してくださいって買いとかなきゃ。訴えられるかもね」
「そりゃ、かなわない」
「ま、うちはオレがついてるから。部品は早く発注しとくんだね」
「ああ、そうするよ。ミスター」
自然にミリーは鼻風邪をひいて、声がおかしい。日が傾く前に、となりのS市に夕食をとりにいくことにした。給湯器の件があったので、モーテルのオヤジがワゴンを貸してくれた。
「昔は、晩飯ぐらい出したんだけどね、客が減っちまってからはね。まあごゆっくり……ガス代はいいよ。元々うちはガス屋が本業だからな」
朴訥だが、人なつっこく、オヤジは手を振った。
――なにか、掴めたかい?――
――水の成分が変だった。微量だけど精神安定剤に近いのが……これがデータ――
――そっちは?――
――ケータイの電波のパルスが、ちょっと。変化が早いんで解析しきれてないけど――
――ちょっと大がかりな仕掛けがあるかもな――
この間の、三人の会話は「風邪がどうの」「トレーラーレースがどうの」という中身でしかない。盗聴されている恐れもあるので、滝川、友子、紀香の会話はあくまでも親子三人の会話であった。
まだ、聖骸布の真実にいたるのには時間がかかりそうだった……。