トモコパラドクス・92
『すみれの花さくころ・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかし反対勢力により義体として一命を取り留めた。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはず……聖骸布問題も解決。いよいよ演劇部のコンクール!
聖骸布問題を解決させて東京に戻ると、滝川にこう言われた。
「聖骸布問題は片づいたけど、お楽しみも終わってしまったね」
「え……」
友子も紀香も、一瞬ポカンとした。そして思い出した。
「アアアアアアアア……!!!」
そう、楽しみにしていた演劇部のコンクール予選が終わってしまっていたのである。
むろん、分身を残してあったので、予選は無事に最優秀賞をとって終わった。
「よかったね、頑張った甲斐があったね。ちょい役だったけど、大感激。中央大会も頑張ろうね!」
妙子一人が感激している。
むろん、分身の記憶は自分たちの記憶でもあり、感激でもあるのだが、実際に舞台に立っていないと、微妙に寂しい。
本番は、裏方で、クラスの有志が「お手伝いさん」として活躍してくれた。
「ありがとう、亮介がいなかったら、もっと立て込みに時間かかった!」
「感謝感謝、麻衣、みんなのお弁当作ってくれて!」
「大佛クンの照明、シンプルでバッチリだった!」
「純子、衣装頑張ってくれたね!」
「梨香、トラックの手配ありがとう!」
「アズマッチ先生。舞台に立っていても、先生の応援分かりました!」
「ここまでやってこれたのは、柚木先生の顧問としての、また担任としてのお陰です!」
目を潤ませながらのお礼に、おさおさ怠りはなかった。が、やっぱ虚しい。
その日は、部室で、いまどき珍しいアナログテレビをモニターにして、記録のビデオを観た。
「貴崎先生が、お辞めになってから、初の快挙よ……!」
柚木先生の目が潤んでいる。
「貴崎先生って……」
「わたしの前の顧問の先生。すごい先生、生徒もすごかったけど。ああ、むろんあなた達もね!」
「あたし、この本読んで泣けました」
妙子が、そっと本を示した。
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』
「あたしたも読んだわ。泣けて笑えて……それで、頑張ろうって気になれたんです!」
「ノンフィクションだけど、デフォルメがあると思ってたんです。でも、その通りでしたね……」
「一学期に、坂東はるかさんと仲まどかさんが来てくれたじゃない」
「二人とも、眩しい女優さんでしたね……」
「あなたたちとは、ほんの二三年しか違わない……現役のころは、あなたたちみたいだったわよ」
「ほんとですか!?」
「坂東さんは、転校しちゃったんで、厳密にはうちの卒業生じゃないんだけどね」
「ああ、ご両親の離婚で、大阪の真田山学院に行ったんですよね。そうだ、坂東さんは、そっちの学校で、この『すみれの花さくころ』やって、惜しくも本選でおっこちゃうんですよね」
そう言うと。妙子はロッカーからファイルを出してきた。
『まどか 真田山学院高校演劇部物語』
と書かれたブットいファイルだった。
「こっちは、まだ出版されてないんでウェブで検索してプリントアウトしたんです」
何度も読んだんだろう、ファイルに手垢がついている。
「やだ、きれいな手で扱わなくっちゃ」
「やあね、それだけ何度も読んだのよ!」
妙子が真剣に言うのがおかしかった。
友子も紀香も義体なので、両方とも知っている。義体のCPUは、あらゆるネット上の情報とリンクしているからだ。
でも、妙子が羨ましくなった。ネットで検索し、発見、プリントアウト、そして時間を掛けて読み込み、ジンワリと実感していく。アナログな人間であるからこそ味わえる感動であるからだ。
友子も紀香も演技した。
「ふうん、こんなのがあったんだ。あたし先に読んでいい?」
「紀香先輩、それはないでしょ!」
「じゃ、ジャンケンだ!」
三回勝負で、友子は紀香に譲った。ちょっと虚しい。そこにアズマッチ先生が息を弾ませながらやってきた。
「速達、坂東はるかと、仲まどかのお二人から!」
これには、リアルに驚き、喜べた……。
※ 『すみれの花さくころ』You tube https://youtu.be/xoHJ-ekEnNA