トモコパラドクス・81
『バチカン市国大使館』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……彼岸花の共同幻想から、やっと覚め、靖国神社で事件に巻き込まれる!
「あの……お手洗い、行っていいですか!?」
友子の、この一言は、警備員、警官、そして早くも湧き出したマスコミをたじろがせるのに十分だった。
友子は、トイレの中で分身を合成、靖国神社は分身に任せた。
友子は直ぐ近所のバチカン市国大使館の前までテレポした。場所柄に相応しくシスターに変身している。
「しまった、遅かったか!」
清楚で気品のある大使館から、神父のナリをした男たち三人が駆け出してきて、なんと空に飛び始めた。
彼らは義体でもなく、エスパーでもないただの人間である。ただ、手に四メートルほどの小汚い布を三人で持ち、空に駆け上がった。その布に力があるのだ。
その布が聖骸布であることは、靖国神社にいたころから分かっていた。この聖骸布を盗み出すためのブラフが、靖国放火であった。
放火した男はマインドコントロールされていて、放火の行為に移る寸前まで意図がが分からなかった。
――紙袋を拝殿に投げ、一目散に逃げる――
寸前に読めた思念は、これだけであったが。それが爆発物であることは瞬間の透視で分かった。
そして、靖国神社で大騒ぎになっているうちに、数百メートル離れたバチカン市国大使館での騒ぎを感知した。
させるか!
男たちは、まだ数メートルの高さまでしか達していなかった。友子は三人目の男の手からはみ出している一メートルほどをようやく掴んだ。それ以上の行為は、大使館や、近所の人に見られてしまうのでできなかった。
ビリっと音がして、男の手から下の一メートルあまりをちぎり取った。人間らしく見せかけるために、友子は、しばらく気絶したふりをした。
「大丈夫かね、シスター……」
優しげな、ジョゼッペ大司教大使の声で気がついたふりをした。
「ありがとうございます。わたくし神田の聖アンナ教会のアンナ藤井と申します。たまたま大使館の前を通りかかりますと……」
「ありがとう、シスター・マリア。あなたの奇跡的な働きは目の前で見ておりました。まもなく救急車が来ます、ちゃんとお医者様に診ていただきましょう」
「あれは聖骸布では……」
その一言で十分だった。瞬間ジョゼッペ大司教大使や、周囲の大使館員の心が読めた。
「あの布が、何であったかは言えませんが、わたしたちにはとても大事なものではあったのです。一部とは言えとりかえしていただいて、本当にありがとう」
「大使、救急車がまいりました!」
女性職員の声がした。
あの盗賊団は、ゴルゴダ教団というカルト集団であること。聖骸布を狙って世界中を、駆け回っていたこと。バチカンは聖骸布を守るため、世界中に聖骸布を移動させていて、たまたま在日大使館で保管していたところを、神父を騙った男三人に奪われた事などが大使たちの心から読み取れた。
しかし、その先が分からない。
飛んでいった三人組も、その進路は港区の上空までで、その先は教えられてはいなかった。靖国のオッサンと同じく、分担した行為の一部しか意識には無く、名前も素性も分からない。
病院に着いて驚いた、集中治療室が紀香といっしょだったのである。
――なんだか、大変なことに巻き込まれてしまったみたいね――
――こら、怪我人がニヤニヤしちゃダメでしょうが!――
「あ、イタタ……」
紀香がシラコイ演技をかます。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
「麻酔が切れてきたんでしょ。大丈夫白井さん(紀香の苗字)?」
慌てて学校からやってきたのだろう、ノッキー先生が、ほつれた髪を掻き上げながら言った。
「先生、いま白井さんの麻酔が切れました!」
友子の分身がけなげに、ドクターに報告している。
――まあ、一晩は大人しく患者になっておこうね――
そう誓い合う友子と紀香であった。事件は、まだほんの入り口だ……。
※聖骸布:キリストが処刑されたあと、その遺骸を包んだと言われる布。キリスト教の聖遺物。