トモコパラドクス・83
『聖骸布の謎・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……彼岸花の共同幻想や靖国神社事件やら、今度は……!?
「靖国神社では、大変な目に遭ったね」
理事長先生がねぎらって下さった。
「いいえ、おかげで放火も未然に防げましたし、紀香も生まれて初めて入院体験できましたし」
「白井さん、ほんとうに軽い怪我で済んでなによりだ」
「ハハ、バカは怪我の治りも早いんです」
元来義体である。ナノリペアで、あっと言う間に治せるのだが、切られたところを大勢の人に見られているので、人間より少しだけ早い三倍の回復力で治した。病院には「お医者様のお陰です」と持ち上げ、その医者は、医学雑誌から取材を受け、臨床医としては珍しく学会で紀香の治療について論ずることになっている。
「警察と消防署と靖国神社から表彰されることになりそうだよ、他のみんなもね。でも鈴木さん、よく男が放火しそうだということが分かったね。一番遠くにいたのに」
「なにかインスピレーションのようなモノでした。きっと彼岸花の兵隊さんたちがついていてくれたのかもしれません」
「……かもしれんな。あんなに鮮やかに、沖縄戦のことを、みんなに見せてくれたんだからね」
理事長先生には、そう思ってもらうことにした。義体の力であるとは、やはり言えない。
「ま、それはそれとして、理事長先生。この部屋のカーテン替えましょう。事務長さんからもきつく言われてるんです。一番エライ人の部屋が、一番みすぼらしいって。新しいカーテンはロッカーの中ですよね。失礼して替えさせて頂きます」
「どうも歳なんで、新しいものは、なんだか落ち着かなくてね」
「椅子や、ソファーは張り替えてるじゃないですか」
「ああ、張り替えだけで本体は昔のままだからね」
「この部屋の本体は、理事長先生です。その本体を生かすためです」
紀香がうまいことを言う。
「ハハ、一本取られたね。じゃ、男子諸君にでも……」
「いえ、わたしたちがやります。お任せを。友子、脚立とってきて」
「はい、先輩」
シオらしく友子は、廊下から脚立を運び入れた。
「こりゃ、手回しがいい」
理事長先生も降参のようだ。
「先生、新しいカーテン、業者さんは昔といっしょですよ。ほら!」
裾のロゴを見せた。
「ああ、特注品なんだね、事務長さんも気を遣ってくれて……」
二人のカーテンの掛け替えは曲芸だった。友子が付け終わると、ヒョイとジャンプ。その間に紀香が脚立をスッと移動させ、その上に器用にお尻から着地。いちいち上り下りしないので、カーテンは一分余りで付け終わった。
「では、この古いのは演劇部で保管させていただきます」
「ああ、どうぞ。マッカーサーの机も演劇部だったしなあ」
「では、失礼いたしました」
「どうも、ご苦労様」
こうやって、友子は学校で一番古い布きれ、それも乃木坂界隈でも一番古いそれを手に入れたのだ。
「どう、これくらい古ければ使えそう?」
「なんとか、やってみよう……」
妙子には部活は休みと言って、部室に紀香と二人きりになり、あることを企んでいた。
友子が、聖アンナ教会のシスター・マリア藤井に変身し、空に逃げる三人組が持っていた聖骸布を掴み、その端っこが引きちぎれたときに、聖骸布の情報を取り込んだ。
それは、義体である友子のCPUをもってしても、1/10以下しか取り込めないほど膨大なものであった。あとは取り返した1/4から得た情報でやっと半分近く。それを、この乃木坂界隈で一番古い布地である理事長室のカーテンに再現してみようというのだ。
「マッカーサーの机の力も借りよう」
畳1・5畳分ほどのマッカーサーの机に広げ、友子は、自分の目をプリンターモードにして聖骸布を焼き付けていった。
「……なんということ!?」
聖骸布のレプリカからは、とんでもない情報が読み取れた……!
※マッカーサーの机:乃木坂学院の初代理事長が使っていたモノで、戦後マッカーサーが視察に来たときに使ったことに由来する『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』に詳しく書かれている、化け物机。