トモコパラドクス・74
『ミーティングハウス2号作戦』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであった……台風一過、さあ、学校だ!
「え~、まだこんなことやってるの……!?」
通学途中、自分のCPUをフェイスブックにリンクさせ、発見した記事にびっくりした。
「これまで考えてきたことをいろいろと考え、演劇部として、エチュードから創作劇で大会に出ることを提案した」
たった十二時間前に、大阪の高校の演劇部の先生が、UPしたものである。大阪のコンクールは、東京と違って、地区大会(予選)と中央大会(本選)とのスパンが短く、共に11月の初旬から中旬に行われる。ま、大阪のことなんで、ど-でもいいや。と、思っていた。
しかし、今(この9月18日)から、創作にかかるというのは、ド-ヨ……である。
台本を書くのは、三か月が理想だが、まあ、現実的には本の創作も含めて、三か月というところだ。友子たちは、7月には本を決めて稽古に入っていた。大橋むつお作『すみれの花さくころ』である。友子と紀香は義体なので、決まった日に一通りできるようになっていたが、芝居というのは奥が深く、稽古をするたびに、なにかしら発見がある。それに生身の人間である妙子はなおさらで、妙子の演技に触発されるものも大きかった。
「ねえ、一度東京大空襲を追体験しといたほうがいいかもね」
紀香が提案した。体ごとのタイムリープは難しいが、意識だけ過去に飛ばして追体験することは簡単だ。
意識だけなので、なにもすることはできないが、それだけに生々しい追体験ができる。
「えー、これで東京大空襲が見られるの?」
妙子には、適当なヘッドマウントディスプレーを渡してある。本当は、友子・紀香が意識だけ過去に連れて行く。三人同じようにして、部室の机の上に寝っ転がった……。
ミーティングハウス2号作戦という、生徒会の会議のような名前の作戦は、名前のようにノドカなものではなかった。
テニアン島を出撃した325機のB29は、季節変わりの東京の空を埋め尽くし、38万1300発、1783トンの爆弾・焼夷弾を低空でまき散らし、一晩で十万人以上の日本人を焼き殺した(この人数は、原爆の死者よりも多い)……ここまでは、CPUのメモリーの中に入っていた。
実際は地獄であった……。
B29は、東京の下町を囲むように、東西二方向、南北二方向から爆撃し、その中の住人が逃げられないようにしてから、その中をXの字に爆撃し、完全に焼き尽くした。
公園や、学校の校庭に逃げた人々も、千度に近い輻射熱で、立ったままの姿勢で人間の松明になった。数秒で倒れ、熱風に吹き寄せられ、固まってネズミの殺処分のように焼かれていった。
メモリーの中に数字や文字は入っていたが、このリアルな感覚は、視覚、聴覚、嗅覚を刺激した。分かり易く言えば、人が一瞬で焼かれる姿、断末魔の声、そして人が焼ける臭いが感覚にこびりついた。
「これに比べれば、極東戦争なんて……」
「あたし、初めてアメリカ人が憎くなった……」
「だめよ、出力を上げちゃ。戻れなくなるか、どうにかなっちゃうよ!」
「そういう友子だって……」
義体である二人のCPUは限界を超えて過去の現実に干渉しはじめた。六機のB29が、次々にエンジンを停止し、燃えさかる下町にゆるりと降りていき、燃えていった。
「限界……もどるよ!」
紀香が言ってくれなかったら、ジブリのハウルのようになっていたかもしれない。
「だめじゃん、あたしなんにも見えなかったわよ!」
妙子がむくれた。あまりに凄惨なので、妙子の記憶は消しておいたのだ。
日本は悲しい国だと思った。この『ミーティングハウス2号作戦』を指揮していたカーチス・ルメイに、戦後、航空自衛隊の創設に尽力したということで、勲一等旭日章を与えている。
ただ、昭和天皇は慣例を僅かにそらし、親授(天皇自らが与えることが慣例になっていた)しなかった。
さあ、この日曜は、東京で一番遅い城中地区の予選だぞ!