堕天使マヤ 第一章・遍歴・3
《試行錯誤①》
角を曲がると、二百メートルほど前を素っ裸で歩いている若い女を目撃した。
「ちょっと、どうかしましたか!?」
田中巡査は、ほどほどの声で女性に呼びかけた。時刻は6時前だったので商店街とはいえ大声を出すのははばかられた。
腰の拳銃がぶらつくのを手で押さえ、田中巡査は電柱一本分の距離まで近づいた。
一瞬消えたように見えたが、女が横の路地に入ったことは、土地勘で分かった。
「おい、きみ!」
角を曲がれば、数メートル先にその女性がいるはずだった。が、代わりにいたのは近所のM高校の女生徒だった。
「きみ、M高の生徒さんだね?」
「はい」
「いま、ここを……その、裸の若い女性が通らなかったかね?」
「いいえ、あたし、この向こうの三丁目から歩いてきたけど、駅に向かうサラリーマン風の人が二人追い越していっただけです」
その二人なら、ついさっき職質したばかりの男だろう。
「おかしいなあ、たしかに……ま、いいや。しかし早いね、学校に行くの」
「部活なんです。朝練」
「そうか、じゃ、あ、他に怪しい人は見なかったかい?」
「今のところは。人生一歩先には何があるかわかりませんからね。朝からお巡りさんに会うなんて、今の今まで思ってなかったです」
「そりゃそうだ。じゃ、気を付けてね」
田中巡査は行ってしまった。すぐ横の角のテーラーは、ここらあたりの学校の制服を取り扱っている。ショ-ウィンドウは閉じられていたが、中のM高校の制服を着たマネキンが裸になっていた。
マヤは駅前まで来ると、服の中がスースーするのが気になった。制服の下は裸のままである。感覚が、少し人間に近くなったようだ。
駅向こうの団地の方から、薄黒い喜びに満ちたサラリーマン風がやってくるのが分かった。
「なんて、やつだ……」
そう思うと、マヤは男の方に向かうと同時に田中巡査に、こちらの方に来るようにテレキネシスで誘導した。
男とすれ違いざまに、少し大きめのビジネスバッグの中のものをいただくと一瞬で身に着けた。
「あ、さっきのお巡りさん。この人下着泥棒!」
「え!?」
同時に男は、駅に向かって逃げ出した。スイカで改札を抜けようとしたが、なぜかバーが通せんぼをする。男はヤケになって、ビジネスバッグを田中巡査に投げつけたが、バッグは田中巡査をかすめて床に落ち、留め金が外れて中のものがぶちまけられてしまった。
なんと二十着ほどの女性の下着が花びらのように散らばり、その真ん中で、男は田中巡査に逮捕されてしまった。
マヤは少し、いいことをしたような気がした。
――あたしは、なにか良いことをするために人間界に来たんだろうか――
マヤは手を当てるだけで、改札を通り、隣町まで行ってみることにした。