十二両目の後ろはパノラマ展望台になっていて、鉄路の夕景が流れて夕闇に溶けていって、鉄道ファンなら丸一日見ていても飽きないロケーションだ。
むろんフェイクだ。
じっさいには十三両目が連結されていて、その中では想像するだにおぞましい光景が繰り広げられているに違いない。
最後の一節を唱え終わると、十三両目が現れた。
ほかの連結部とは違ってストレッチャーが楽に通れるほどの幅があって、その向こうは虚無が広がっている。
例えて言うと、本のページをめくったら何も印刷されていないページに出くわしたような。テレビのチャンネルを変えたら何も映っていない画面だったような。ゲームのオープンワールドを突き進んで、設定されていない先に広がるブルーあるいは真っ黒な世界に踏み込んだような。前を歩いている人が振り返ったらノッペラボウだったような。見ない方がいい世界が続いている。
構わずに進むと、病院の地下廊下のような通路が伸びている。
清潔で十分な照明に照らされてはいるが窓がない。窓のない扉が左右に規則的に続いていて、少し行くと左右に分岐があって、左右のその先にも同じ廊下が伸びている。微かに振動していることで列車内であることを感じさせている。
なるほど、ラビリンスというわけね。
「この先に進んだら戻れません」
いつのまにか車掌に化けそこなった看護婦が本来の姿で背後に現れた。
「あなたこそ囚われているわ看護婦さん」
「看護師です」
「いいわ、これが済んだら、あなたも解放してあげる。堕天使にラビリンスは無効よ……」
そう言うと、マヤはゆっくりと振り返った。
まだそこにいた看護婦が狼狽えた。
「なんで振り返るの……ラビリンスは……十三号車はそっちのほう」
「あなたは、隠したいものの側に立っているのよね。分かりやすいわ」
マヤは、看護婦の横三十センチほどのところに手を掛けた。何もない空間に思えたそこに確かな手ごたえを感じた。
ガラガラガラ
アレーー! 看護婦が目を白黒させる。
右にスライドさせると、看護婦のいる空間ごと見えないドアは見えない戸袋に収まったのだ。
「見ーつけた」
聴診器を構えたそいつが豆鉄砲を喰らったような顔で突っ立ていた……