クリーチャー瑠衣・7
『一休みしにきた宇宙人・2』
Creature:[名]1創造されたもの,(神の)被造物.2 生命のあるもの
「フワ~~~~~~……瑠衣は消去されるところだったのよ」
瑠衣によく似た人形の宇宙人ミューはアクビをしながら言った。
「なんで、あたしが消去!?」
「だって、自分の力に目覚めちゃったでしょ。瑠衣の力って、使いようによっちゃ人類の滅亡だってしでかしかねない……から」
「人類滅亡、あたしが!?」
瑠衣は笑い転げてベッドから落ちてしまった。
「学校の校長先生の首を挿げ替えたり、岸本先生を非常階段から落として殺しかけたり……覚えあるでしょ?」
「殺すつもりなんかなかったわよ。ただ高坂先生にひどいふり方をしたから、同じ苦しみを味わってもらおうと……思ったんだと思う」
「もうちょっと思いが強かったら殺してたよ」
「でも、殺さなかった」
「この次は分からない。瑠衣が街を歩いていただけで、歩きスマホしてた人のスマホを何百も壊したんだよ」
「ほんと?……でもさ、それって歩きスマホしてた人も悪いんじゃないの?」
「みんなが、みんなどうでもいい話やメールをしてたわけじゃないんだよ。取引の大事なメールだったり、人生ここ一番の告白してた人もいたんだよ」
「スマホの告白なんてサイテー!」
「でもね、そのために結婚するはずだった二人は切れてしまって、その結果生まれるはずだった子供が生んでもらえなくなっちゃうんだよ」
「そんなとこまで責任もてないよ」
「ね、そーゆー開き直りするでしょ。放っておくと、だんだんとんでもないことをやりかねないのよ。だから、瑠衣は消去!」
「そんな、そんなのって瑠衣が可哀想すぎるわよ!」
「人類を滅亡させるよりはまし」
「だって……こんな力があるのはあたしが望んだことじゃないわよさ!」
「そう……17年前に、瑠衣のお父さんがお母さんを助けて、互いの寂しさを埋めあってできたのが瑠衣だもんね。こういうのをクリーチャーっていうの。ま、地球人と宇宙人の孤独の副産物。でも、それじゃ瑠衣が可哀想だから、あたしが休息を兼ねて、アシストしに来たってわけ。で、あたしのアシストでもうまくいかなきゃ瑠衣は消去」
「そんなことしたらお母さんが悲しむよ!」
瑠衣は思い切り枕を投げつけてやったが、ミューは器用にかわした。
「なに暴れてんのよ!」
お母さんがリビングで怒っている声がした。
「なんでもない。久々にいい天気だから、力はいっちゃったの」
「変なの。あーあ、早く春休み終わってくれないかなあ」
「あのね、瑠衣を消去したら、生まれてこなかったことになるから、お母さん悲しみようもないの」
お母さんとミューの無慈悲な言葉を聞いて、朝ごはんもそこそこに、ミューをバッグに入れて、瑠衣は家をとびだした。
駅までの五分も行くと、最初の試練に遭遇した……お坊さんと、お巡りさんが、なにかもめていた。
時かける少女・18
『ピンチヒッター 時かける少女・5』
「『平成狸合戦ぽんぽこ』の公開は1994年、今は1993年。制作は、まだラフの段階でタイトルも未定、それを、どうして知っていたのかしら?」
この一言で、和子はフリーズした……。
「やっぱり、リープコードがきついのね……」
ミナコは、ケーブルを出して、一端を和子の額にバンドエイドで留め、一端をスマホに繋いだ。
「和子さん、聞こえてる?」
スマホの脳波計に変化があった。
「聞こえてはいるようね。じゃ、始めます」
ミナコはスマホを操作して、情報を送り込んだが、ウィルスとして拒絶された。
「……しかたない。アナログでやるか」
和子は、父が作ってくれたマニュアルに従って話を進めた。
「未来人は、過去を変えてはいけないというのは、リープコードの基本だけど、これは嘘です」
和子の脳波が反応して、混乱している。ミナコはスマホにパチンコの画面を出した。ただ、このパチンコにはチューリップが無く、下に穴が有るだけである。
「いくわよ」
ミナコが画面にタッチすると次々に玉が打ち出され、いろんな釘に当たって、様々なコースをたどっていくけど、最後は必ず、下の穴に吸い込まれる。
「これと同じ。タイムリープしたものは、それだけで歴史に干渉しているの。例えば、あなたが和子として婦人警官になって現れたから、本来婦警さんになるはずだった子が一人婦警さんになれなかった。で、他の人生を歩んでいる。彼女に関わる人たちも少しずつ人生が変わっている。でも、パチンコの玉が必ず下の穴に落ちるように、歴史は変わらない。時間の流れには修正機能があってね、加えた変化の分、修正されて、結果は変わらないものなの」
和子は、少し理解したが混乱は続いている。
「リープコードは、リープで利益を独占したい人が作った勝手な決まり。ほら、このタレントさん覚えてる?」
和子の脳波は、しばらく活性化(つまり考えて)し、答をスマホに出した。
「仲間里衣紗……かな?」
「そう、彼女未来人。この時代でスターになりたくてやってきたんだけど、事故で降板。今は行方不明ってことになってるけど、もう未来に帰ってる。で、彼女がやるはずだった役は、仲里衣沙って女優さんがやってる。これが本質だから。あとはサンプル転送するから理解して」
和子の脳波は大きく乱れ、混乱した。
「ああ、やっぱアナログでなきゃ無理か……あ、和子さん、今リープしちゃだめだよ!」
言う間もなく、和子はモザイクになり、六面体になったかと思うと消えてしまった。
「くそ、逃がすもんか!」
ミナコは、和子のリープの奇跡を追ってリープした。
ドスンという音の後、悲鳴が続いた。
「わ!」
「キャー!」
「イテ!」
場所は、前回と同じ渋谷のハチ公前。空中から降ってきたミナコは、通りすがりの男女の真上に落ちた。
「すんません、どうも」
「一体なんだよ君は!?」
と、若き日の父がむくれている。
「すいません。わたしミナコって言います。ちょっと事故で。あ、オネエサン大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと肩が……」
「すみません、どうも」
そう言いながら、ミナコはスマホを、その女性の後頭部にあてがい、情報を流し込んだ。今度はリープしたてということもあり、すんなりと転送できた。
「白石和子さんとおっしゃるんですか?」
和子は姿形が変わっていた。懐かしい、その人の姿に。
「で、お前は、ただのミナコかよ」
父が、十九年後もそうであるように、鼻の下をこすり、食後のコーヒーを飲みながら、ぶっきらぼーに言った。
「すみません、事情で苗字は勘弁してください」
「どうせ、茨城か埼玉あたりからのプチ家出だろ。こんな飯オゴッてくれなくていいから、さっさと家帰れ。だいたい今の高校生はだな……」
父らしい、でも若い分だけ力のこもったお説教をされた。
その後、三人は、これも何かの縁だろうと封切りになったばかりのジブリの新作を観にいった。そう『平成狸合戦ぽんぽこ』を。
あれから一年たった1994年である。父と母は歴史通り知り合うことができた。
――これで、わたしは生まれることができる!――
ミナミの母は未来人である。リープコードでは、未来人と過去の人間の通婚は禁止されている。母は悩んだ末に、ミナミを生み未来に帰っていってしまった。父の記憶を消して。でも、父は母と同時に出会った家出少女にCPUに記録を残しておくように言われ、その通りにした。
歴史は、干渉しても大筋では変わらない。でも、逆に言えば小さな部分は変化する。ミナコは、自分が、その小さな部分であることを、よく分かっていたのである。
ミナコは、渋谷の雑踏の中、また時の狭間に落ち込んでいった……。
🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!
48『クンパ・2』
オレが「デミグラオムレツ」で桜子が「春のオムレツ」だった。
互いに相手のが美味しそうだったので、一口ずつ相手のをすくって食べた。
「桃斗の……サフランライス?」
「桜子のはバターライスだな」
オムライスでも、中のライスが違うようだ。
中学の時も、このオムレツ屋に入ったんだけど、相手のを食べることはしなかった。
間接キスとも言えない小さな飛躍、そんなことが心地いい。クンパに来ていなければ、この小さな飛躍もなかっただろう。
「フフフ……」
「ン、なんかおかしい?」
オムレツの最後の一すくいを口に放り込みながら、桜子が笑う。
「なんだよ、気持ち悪いなあ」
「桃斗、リズムとってるよ」
「ん……あ?」
園内を流れるクンパルシータに合わせて小さく体が揺れていることに気づく。
「知らないうちに中毒になっているのかも」
「そうね、クンパルシータは、曲名知らなくても聞いたことはあるもんね。ラテンでノリもいいし、一回ここにきて聞いちゃったら刷り込まれるかもね」
「かもじゃないよ。そうなるって」
「あたしはならないな。ムードには流されない」
「あ、オレ、ムードでどうこうなんて思ってないから」
「分かってるわよ。ここには二人の確かな思い出があるんだもん。それをトレースしにきた……でしょ?」
桜子がニコッと微笑む。こいつの笑顔はほとんど凶器だ。
絶叫系は午前中に回ったので、ふれあい広場とかティーカップとかの大人しめのアトラクションに回った。
「「最後は……」」
ふれあい広場で兎と遊んでいて、二人の声がそろった。
「同じこと考えてたみたいね」
お互いの視線の先にはクンパ目玉の観覧車が、ゆったりと回っている。
「この子も連れて行きたいなあ」
抱っこした兎をギュっとして、桜子が言う。とても乙女チックだ。
「ハハ、可愛いこと言うんだな」
「桃斗が変なことしないようにね」
桜子はジト目になる。
「ちょっと傾いてる……」
ゴンドラが数メートルの高さになって、桜子が呟く。
「そうか?」
「百斗の方に傾いてる」
「錯覚」
「じゃ、入れ替わってみよう」
狭いゴンドラの中で席を入れ替わる。どうしても体が触れ合って、桜子の匂いが襲ってくる。
ドッキン!
「百斗の心臓がドッキンて鳴った」
「ジト目で言うな。替わろうって言ったのは桜子だろうが」
「やっぱ、桃斗の方に傾いてる」
「そんなことねえよ」
桜子は俺を弄りながらもムードにハマることを避けている。観覧車に乗った意味が無い。
沈黙のうちにゴンドラは観覧車の最上部を過ぎて行く。地上から聞こえるクンパルシータが虚しい。
「どうしたの? 地上に着いちゃうわよ」
「だってさ」
「根性無し、ここから始めなきゃ仕方がないでしょ。百戸百斗と外村桜子は、ここからやり直すの。でしょ?」
「あ、ああ」
「だったら、その決心を確認しよう」
「え、どうやって?」
「中学生のときと違うんだから……キスしよう」
「……!?」
言うと同時に桜子の顔がドアップになり、唇に柔らかいものがフワッと接触した。
で、そうと分かったころには、ゴンドラは地上に着いた。
クンパルシータと心臓のリズムがいっしょになっていた……。