大きい方か……?
五分経って思った。
フレンチとイタリアンと焼き魚定食を食べたのだ、もよおしてきてもおかしくはない。
十五分経った。トントン、ドアをノックしてみる……返事がない。もう一度ノックしてみる……気配がない。
おかしい。
ノブに手を掛けて回して……回してみようと思ってもノブが掴めない。よく見るとノブは壁に3Dに描かれただけのものだ。
フェイク?
透視してみると、壁の向こうは隣のコンパートメントになっていてドアが開いたままになっている。
「やられた」
右の人差し指をクルリンと回してドアを開錠、通路に出ると13号車を目指した。
乗車した時のアナウンスでピンときていた。12両連結の列車に13号車はあり得ないだろう。
だが実際にはあるのだ。何事も無ければ見逃すつもりでいたが、恵美を拉致されては放っておけない。
ガラ……ガラ……ガラ……
三回ドアを開け、二つ後ろの車両に入ると、通路に女性の車掌が立っていた。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「ちょっと人を探しているの」
「それならわたしが探します、お名前と特徴をお聞かせください」
「そうやって時間を稼ぐつもりね」
「え?」
「車掌さん、ストッキングが白いのはどうしてかしら?」
車掌は、可愛そうなくらいに動揺した。
「あ、え、えと、これは……」
「それは看護婦さんのストッキング、あなた、看護婦さんね?」
マユは、あえて看護師とは言わなかった。看護師ならば、偽車掌はこんなに動揺しなかっただろう、この女のアイデンティティは看護婦という呼称こそ相応しいのだ。
「看護婦と呼ばれた時代に生きていたのよね、邪魔しないでね」
それだけ言うと、彼女の脇を抜けて次の車両に移った。看護婦は口をパクパクさせるだけでマユを阻むことはできなかった。
いよいよ十二両目にやってきた。
十二両目は、後ろ半分が特別寝台車になっていて、完全な個室だ。鍵はかかっていたが、マユの手に掛かれば無いも同然。
人差し指一本振ったで開けてしまうと、ズイズイと中に踏み込んだ。
「やっぱりね……」
ドアこそは特別寝台車だが、内部はまるで病院の処置室だ。
簡単な手術なら出来そうなベッドに無影灯、デスクに診察台、レントゲンやらさまざまな医療機械が置かれている。
そして、なによりニオイだ。消毒のニオイと若干の血のニオイが混ざっている。
パーテーションで隠された一画を覗くと、点滴用のポールに大きめの血液パックがぶら下がっている。パックの先は機械に繋がっていて、その構造から輸血ではなく、たった今抜かれた血液のようだ。
透視してみる……あきらかに恵美の血液だ。
十二両目の向こうは暗闇の中に鉄路が伸びていてカタンコトンと音を立てている。
当たり前に見たら、この列車はこの十二両目が最後尾だ。
「我は堕天使マヤ、 このようなまやかしは通じはせぬぞ……」
目の前に十字を切ると、静かに朗誦しはじめた。
I swear by Apollo the physician, and Aesculapius, and Health, and All-heal, and all the gods and goddesses, that, according to my ability and judgment, I will keep this Oath and this stipulation…………