友だちを返して。
わたしが言うと、そいつは斜に構えてニヤニヤしだした。
「気持ちの悪い笑い方しないで」
「気持ちの悪い誤解をしないでくれ」
「気持ちの悪い言葉遊びをしたいんじゃないのよ」
「高石くん、気持ちよく見回りの時間だ」
「は、はい」
「ちゃんとID付けてね、じゃ……」
「待って、高石かつえさん」
「わ、わたしの名前ご存知なんですか!?」
「ナイチンゲールの次に有名な看護婦さんだから」
「嬉しいですけど、看護師です」
「見回りしても、恵美の他は亡くなってるわ。でしょ、先生?」
「何を言っとるんだね、これは寝台病院列車だ。乗っているのは、みんな患者さんだ」
「そうね、これは先生の寝台車だものね……シンダイシャ……シンダ イシャ……死んだ医者」
医者と看護婦は揃ってギクリとした。
「……生きとるよ、生きてなきゃ診療はできんだろが」
「医者として死んでるって言ってるの。寝台車と偽って乗り込んできた人の血を抜いてるんでしょ、いっぺんに抜かずに少しずつ」
「誤解せんでくれよ、わたしは検査のための採血をしてるんだ。病状は刻一刻と変わっていく、だから採血を繰り返すんだ」
「そうやって、死ぬ手前まできたら冷凍保存するのね。この列車のコンプレッサーって、冷凍機のコンプレッサーの音よね」
「なにを!?」
「ほんとうは、もう何十年も前に死んでるの。患者さんの血を吸って生きてるのよ、ね、高石さん?」
「……」
「窓を開けて、外をごらんなさいな」
マユがサッと両手を旋回させると、全ての車両の窓が開いた。
窓の向こうには、数十分前に出たはずのサスケ駅のプラットホームが残照に照らされている。
「走ったのは、ほんの五百メートル。列車は待避線に入っただけ」
「そ、そんなバカな。この列車はずっと旅を続けているんだ! そうだろ、高石くん!?」
「そ、それは……」
「そんな、同じところに居続けていたなんて……医学は日進月歩で突き進んでいるんだ」
「他の駅に進んだら、誤魔化しきれないからでしょ、高石さん」
「そんな……そんな、わたしは生きていけないじゃないか……生きて……」
「先生! 先生……!」
医者は、みるみるうちに高石看護婦の腕の中で風化していってしまった。
サラサラサラ……サラサラサラ……サラサラサラ……サラサラサラ……
マユは――しまった!――と思ったが、重なって崩れていく高石を見て、さらに驚いた。
高石さんを覆っていたものがハラリハラリと剥がれ落ちて、恵美の姿が現れたのだ。
恵美と二人で待避線からホームに戻り、一晩をサスケ駅の待合室で過ごした。
始発電車の音がして、待避線の方を窺うと、もう列車の姿は無かった。