堕天使マヤ・第三章 遍路歴程・21
『「す」市・2・スイッチ町前編』
恵美は心細い。
これまでマヤと旅をしてきたが一人になるのは初めてなのだ。
おまけに「す」市には戒厳令が出ていて物騒だ。駅のアナウンスは――駅の構内は安全です――と言っていたけど、アナウンスが終わるやいなや男の人が流れ弾に当たって死んでしまった。
やっとホームに入ってきた電車はスイッチ行き。この電車は恵美一人で乗った方がいい。静かに、でもキッパリした声でマヤが言う。自己主張が苦手な恵美は「でも」も「だって」も言えずに六両目の一番後ろに座っている。
やがて列車は『スイッチ町』に着いた。
前方の一両目二両目からゾロゾロと乗客が下りていく。改札が前の方なのだろう、六両連結の分だけ人より余計に歩いて改札を潜る。
一人だけ同じ車両だったオバサンは、とっくに先に行ってしまった。
――最後尾でいい、どうせ時間つぶしなんだし――
ほとんど溜息みたいな独り言をこぼして駅前の名ばかりの広場に立つ。
ちょっとしたデジャブ。
広場は幼稚園の運動場ほどで、分度器を寝かせたような半円形。三十度刻みに道が六本伸びている。
駅を中心に放射状に道が伸びていて、放射状を同心円に道が交差している様子、田園調布の街に似ている――わたしって、田園調布に住んでたのかなあ――思ったけど確信は無い。
パチンと音がして「正解、正解」の声。
「幸先がいいわ、いきなり正解スイッチだったわ!」
さっきのオバサンが、三番目の道のところでガッツポーズしている。
「なにが正解なんですかあ?」
間抜けな声に、自分でも恥ずかしくなる恵美。
「知らないの? この町は、あちこちにスイッチがあって、自分に合うスイッチを押すと運が開けるのよ。願い事が叶うとも言ううわ」
「そうなんだ」
「でもね、一個じゃダメなのよ。十個はスイッチ押さないと効き目が無いの」
「じゃ、わたしも……」
「どーぞ」
ニコニコのオバサンのところまで行く。
「えと、どこにスイッチが?」
「交差点がスイッチ。どっちかに行ってごらんなさい」
「はい」
試してみるが手ごたえがない。
「ああ、やっぱりね」
「なにが、やっぱりなんですか?」
「人それぞれに合ったスイッチがあってね、適応してないところは反応しないのよ。まあ、交差点はいっぱいあるから試してみるのね」
そうなんだ……元気をなくしてため息つくと、町のあちこちからパチンパチンと音がしているのに気付く。
「わたし、こういうのダメ……」
当てものとか福引とか当たったことが無い恵美は気力がわかない。マユがいっしょなら、後ろからついて回ることもできるんだけど……。
「最低一個でもスイッチ見つけないと、帰りの電車には乗れないわよ」
「え、そうなんですか!?」
「そうよ、気を落とさずにがんばってね」
そう言うと、オバサンは次の交差点に向かった。オバサンが角に差しかかると小気味よくパッチンの音、「ヤッター」と少女のような声を残して角を曲がった。
もしかしたら……オバサンが曲がった交差点まで行ってみるが、恵美にはなんの手応えもない。
無反応な交差点を十いくつ通ったところで心が折れてうずくまってしまう恵美だった……。