「え、そんな偉い人に会うの!?」
ミナコは、頭のテッペンから声が出た。
大隊長のカリー少佐(こないだ昇進した)が直々に伝えにきた。
「そうだ、ミナコの噂を聞いて、ぜひとも会いたいそうだ。明日の朝、護衛付きのパッカードが迎えに来る」
「あ、このセーラー服でもいいの?」
「この服を着てくれ。オレは、それでもいいと思うんだが、連隊長が軍属らしい身なりにしろってさ。じゃ、明日。GHQ本部まではコワルスキーが付いていく。なんせ、あそこは、オレでもチビっちゃいそうなエライサンで一杯だからな」
会いに行く相手はホイットニー准将。民政局のトップで、マッカーサーの懐刀。今は日本の憲法の改定で目の回るように忙しいはずだ。それが、なんでわたしなんかに……。
よく似合う軍服を複雑な気持ちで鏡に映した。中尉待遇の軍属票が場違いだった。コワルスキーの口の利き方が上官に対するそれに変わったのには閉口した。
「やあ、いらっしゃい。軍服がよく似合ってる……ほう、立ち居振る舞いはまるで、十年も海兵隊にいるようだね」
「はい、わたしって影響受けやすいんです。でも、格好だけですから、とてもSemper Fi!という自信はありませんが」
「いや、君なら、今日からアナポリスの教官が務まりそうだ」
「ワオ、まさか、それをやれって、わたしをお呼びになったんじゃないでしょうね?」
「ああ、それもアイデアだな!」
ミナコは、ホイットニーといっしょに笑った。いつの間にかホイットニー好みの控えめなギャグのトバシカタも覚えてしまった。
「で、陛下のご巡幸はいつごろからと考えておられるんですか?」
「驚いたな、わたしは、まだ、その話題には触れていないよ」
「あ……もう聞いたような気になっていたものですから」
「それが、君の力なんだね……会って正解だったよ」
「二月……ですか?」
「そう、天皇じきじきの願いでね」
「ですか……」
「なにか不安でもあるのかい?」
「准将のお考えに似ていますが、少し違います」
「どういうことかね?」
「GHQが認めたのは。物理的に陛下のお姿を国民の目にさらすためです。天皇とは、こんな貧相な中年男だったと。そして石の一つも投げられればいい……でしょ?」
「言っておくが、これを言い出したのは天皇自身なんだよ……君の心配は分かる。行く先々で天皇が酷い目に遭うことが心配なんだね。ミナコはいい子だ」
「そうじゃ、ありません。『オズの魔法使い』に、シャ-リー・テンプルじゃなくて、ジュディーガーランドを起用したよりも正解です。アメリカの子供たちは夢中ですものね」
「彼女は、これでスターになったんだもんね」
「大きな違いは、ジュディーガーランドは演技ですが、陛下はそのまま、あるがままです。国民は、そんな陛下を熱烈に歓迎します。イタリアのエマヌエレ国王のようなわけにはいきません」
「誤解しないで欲しい。天皇の力は、たった一日で戦争を終わらせたことで十分知っているよ。ただコミュニズムの影響も無視できないからね」
「准将がご存じなのは、ヨーロッパの王室です。日本は違います」
「どうちがうのかね?」
「イギリスを筆頭に、ヨーロッパの王族の方々は容姿端麗で、スピーチをされても一流です。ユーモアの感覚も。日本の皇室は、その点、まるでダメです」
「ハハ、上げたり下げたり。君の話は興味深いよ」
「ヨーロッパの王族は、基本的に国民と対立した存在です。例えば、イギリスの国王が議会に出るときは、議会は人質を王室に預けます。でしょ?」
「よく勉強しているね」
勉強なんかじゃない、ミナコの心には、相手が思ったことが、そのまま読み取れる。准将は、一歩先で同意されているようで、心地よかった。
「日本の皇室は、この二千年近く、民衆と対立したことは一度もないんです」
准将は、なにか閃いたような表情をした。
「あ~あ、答を教えたようなもんですね。あなたは、憲法草案を作るにあたって、今のをアイデアにしようと思いましたね。まあ、ソ連なんてのもいますから、いい落としどころにはなりそうですね。分かりました、お引き受けします」
「え、なにを?」
「陛下のご巡幸に付き添って、日本国民の本当の反応が知りたいっておっしゃるんでしょ?」
「あ、ああ、そうだ。よろしく頼むよ」
「こちらこそ」
ミナコは、にこやかにホイットニー准将と握手した。
その時、ドアがノックされ、副官を連れただけの男が現れた。
マッカーサ-元帥!
思わず、ミナコは起立してしまった……。