クリーチャー瑠衣・8
『一休みしにきた宇宙人・3』
Creature:[名]1創造されたもの,(神の)被造物.2 生命のあるもの
駅までの五分で最初の試練に遭遇した……お坊さんとお巡りさんが、なにかもめている。
「こんなところで、駐禁とるなよ」
「でも、このあたりは、道幅が5メートル以下なんで駐禁なんですよね」
「あのね、うちの寺は江戸時代から三百年もやってんだぜ。あんたの警察よりも二百年は古いよ。ここの檀家も先祖代々だ。それもスクーターだぜ、駐禁なんかとんなよ」
「でもね、あそこにちゃんと駐車禁止の標識が……」
「あんなものは、こないだまで無かったよ」
「ちゃんと回覧板でまわしたんですけどね」
「おいらの寺は、この町内じゃないの!」
「だったら、檀家さんからお寺さんに伝えてもらわないと」
「あ、そんな檀家さんに責任転嫁なんかできるかよ。三百年も檀家回りして、お上からこんな理不尽な目に遭ったのは初めてだぜ。月回りのお参りに来てさ、お布施3000円いただいて、9000円も違反料金。江戸幕府だって戦時中のお国だって、こんな理不尽なことはしなかったぜ」
「しかし、違反は違反ですからね」
道幅4メートルほどの生活道路で、交通課の新米巡査とオッサンの坊主が駐禁をめぐってもめているのだ。お巡りさんにとっては真剣な警邏勤務の一つであるし、お坊さんにとっては、300年の檀家回りに、帝国主義の大日本帝国からでさえ受けたことのない弾圧に感じられた。
「あれ、どうやって丸く収める?」
「うーん、どっちも分かるからなあ……」
ミユーは鞄から顔を出しニヤニヤ。瑠衣は腕を組んだ。
「あ、そうだ!」
瑠衣は閃いて、お巡りさんに声を掛けた。
「あの、通りがかりの高校生なんで、失礼なんですけど。あの標識間違えてません?」
「そんなことはないよ。本官はちゃんと……」
「五メートル以上あったら、ノープロブレムなんでしょ?」
瑠衣は鞄から、五メートルの巻き尺を出して、道路の幅を測りなおした。
「五メートルと、一センチ!」
「そんな馬鹿な!?」
お巡りさんは、巻き尺を見てびっくりし、本署の交通課に連絡、測量のやり直しをやった。
結果、五メートル一センチに変わりはなく、駐禁の規制は解除された。
「どうよ、丸く収まったでしょうが!」
「まああね……」
ミューは、あまり感心した顔をしない。
「なにか不足?」
テレビをつけると臨時ニュースをやっていた。
「東京葛飾の南部を中心に最大で一メートル五センチ、地殻のずれがあることが人工衛星の観測によって明らかになりました。地震予知連絡会では、葛飾を中心とした浅い震源の直下型地震が起こる前触れではないかと、地震警報を……」
「ちょっと騒ぎになったようね」
「でも、地震なんか起こらないもの」
瑠衣は口を尖らせた。
「じゃ、次は、もうちょっと難しい課題に取り組んでもらうわ」
宇宙人のミユーがニンマリと笑った……。
アベノハルカスを横目で殺して、いつものようにミナコは環状線に乗った。
先輩や仲間たちは送別会をやろうと言ってくれたが断った。
「そやかて、またすぐにお世話になるかもしれへんし!」
「ありうる!」
ミヤちゃんが突っこんでくれたので、笑えた。
「ミナコちゃんやったら、いつでも大歓迎。いつでも帰っといでや」
桂文枝に似たマスターの一言にウルっときたけど、涙を見せずにバイト先のコンビニを後にできた。
でも、環状線に乗ると、涙が滲んできた。
鼻をかむふりをして涙を拭くと、もう気持ちは切り替わっていた。もうバイトの段階は過ぎた。これからは勉強だ。そして、一年半後には大学の入試だ。
ミナコは俳優になりたかった、それもイッパシの俳優に。
だから演劇部にも入らなかった。高校演劇は妙なクセがつくだけで、演劇科のあるどこの大学でも、劇団でも、高校演劇経験者は敬遠される。歓迎してくれるのは、コンクールの審査員がやっているような泣かず飛ばずで、傾向の強い、学校の移動公演などで、高校としがらみができたような劇団だけだ。
去年、義理で大阪のコンクールの本選を観にいったが、芝居も審査もお粗末の極みだった。最優秀をとったR高校は、大阪一の名門演劇部で、みんな熱狂して観ていたが、周囲では、ミナコ一人が白けていた。人の台詞が聞けていない。だから生きた台詞が吐けない。舞台に意味を持って存在している役者が一人もいない。
義理でも、ミナコは全部の芝居を観たので、その感想をブログに書いた。アクセスが一晩で千を超え、コメントや、トラックバックが二十ほどきたが、その一つ一つに論理的に答を書いた。
そのあと返ってきたのは、感情的なものばかりだたので、
――感情的な書き込みにはお答えしません――
と、シャットダウンした。
その後、最優秀のR高校の顧問が、日本でも有数の演劇科の卒業生であると知って、ショックをうけた。
その大学は、ミナコが入りたかった演劇科の大学の一つだったから。
ミナコの決心は固くなった。
大学は踏み台に留め、大学でコネをつけ、アメリカのアクターズスタジオに入ることである。で、とりあえず大学に入って三か月はやっていけるだけの資金を一年ちょっとで貯めたわけである。
「ごめん、真奈美。明日から晩ご飯は、あたしがつくるさかいに」
この一年ちょっと、家事の半分。特に食事は、中学生の真奈美に頼り切っていた。お母さんも家事はやるが、料理はてんでダメ。小学校の最初の遠足で友だちの玉子焼きをもらって、初めて玉子焼きのなんたるかを知った。
それから、学校の先生や給食室のオバサンたちに料理を習い、真奈美も高学年になると、イッチョマエに料理ができるようになった。
母のことは嫌いでは無かったが、期待はしていなかった。母の奈美子はハンパな作家で、並のOLの三分の二ほどの収入しかなく、昼間は、この料理下手がレストランのパートに出ている。むろんオーダーを取ったり、配膳をしたりで、けっして厨房に立ったりはしない。
母には、不思議でご陽気な性格に集客力があり、マスターも、ランチが終わった後、彼女が二時間ほど原稿を書くのを許している。
親子の仲は、互いに楽観論者であることもあり、悪くはなかった。
ただ、違うのは。母は根拠のない楽観であるが、姉妹のそれは、将来を見据えた計画性があることである。
もう一つ、小さな不満は、姉妹二人の父親が違うこと、そのいずれとも縁が切れていることである。
ミナコの父は外国人であった。ミナコは、遺伝子の三分の二は父からもらったようで、特にその外見は、どう見ても欧米人である。
かたや、真奈美は純和風。AKBのなんとか言う子に似ていて、テレビのソックリショーで二等賞をとったほどである。真奈美も天然で、似せようという努力をいっさいしない。AKBのソックリさんで出て、歌いも踊りもせず落語の小話をやっては一等賞は無理だ。もっとも審査員の落語家が、その道を勧めたが、本人は明るく笑い飛ばし、その実、どこか真剣に考えてもいる。
その夜、静かだがお腹に響くエンジン音をさせて、ダニエル・クレイグみたいなオッサンがミナコの家を訪れた……。
🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!
49『……うちの家』
これには二つの理由がある。
一つは、お袋が起こしにきたこと。
オレは常日頃から朝は自分で起きる。とくに寝起きがいいわけじゃないけど、ベタベタした母子関係が嫌なんで、起こされる前に起きる。で、いまは春休みなんで、いつもの時間に起きる必要が無い。だから、朝の9時半に起こされたとき、なにかとんでもないことが起きたんじゃないかと(たとえば親父が殉職したとか)ドキっとした。
二つ目は、お袋の様子。
ジーパンに赤のキャミソール、手には丈の短いオフホワイトのスプリングコート。お袋の実年齢よりは10歳は若いナリだ。
「泊りがけでバイトに行くことになったから、一週間ほどは帰らない。机の上に生活費置いといたから」
それだけ言うと、さっそうと回れ右して階段を下りて行った。
「なんだよ……」
そう呟くのがやっと。起き抜けの頭は、まだ二割程度しか働かない。
――あ、それから、週末にはお祖母ちゃん看にいったげてね!――
若やいだ追伸が聞こえて、玄関のドアが開閉する音がした。
そして静寂。
「ひょっとしたら、バラバラになるかもしれないね……うちの家」
ゆうべ、ベッドの中で桃が呟いた言葉が蘇る。呟いた後、桃は赤ん坊のようにしがみついてきた。
不憫な妹だ。幽霊になってなお、生きている家族のことに胸を痛めている。
不甲斐ないデブ兄貴ですまない。
こういう時は習慣の中に潜り込むのが一番だ。
もっとも習慣といっても春休み。飯を食って顔を洗ってトイレに行ったらやることがない。
――桜子の顔見に行こうか――
そう思ったが、こんな低いテンションで会っては、せっかく取り返した二人の関係を危うくしそうなので、すぐに頭から消した。
冷凍庫を開けて大盛りのナポリタンを取り出す。
レンジに放り込もうとしてためらう。エイヤ! と冷凍庫からもう一つ取り出して、二つをレンジの中に安置する。
朝食はナポリタンの大盛り一つと決めていたが――きょうぐらいはな――と言い訳する。
ナポリタンが熱々になるまでテレビを点ける。たまさかのNHK、四月から始まる連ドラの紹介をやっている。ついこないだ『まんぷく』が始まったと思っていたら、もう半年がたっているんだとため息が出る。
この半年のオレの変化……体重が110キロになっちまった。でも、桜子との関係は、桜子にヘゲモニーを握られているとは言え取り戻せた。家族がバラバラ……それは考えないようにしようとしたところで、レンジが任務終了のチン!
フォークにパスタを絡めたところで、スマホが鳴った。
一瞬迷って、ナポリタンのトレーを持ったまま二階に戻る。八瀬からの電話だ。
――お、起きてたか親友!?――
「なんだ、朝からハイテンションだな」
――ハハ、いいニュースだ。泊りがけでバイトしないか!?――
10分後、オレは泊りがけのバイトに行くために駅前を目指した。百戸家解体の危機を感じながら……。