時かける少女・5
『運命の熱中症・2』
ノボの様態は重篤だった。医者は、すぐに家族を呼ぶように言う。
わたしは、番号案内でディズニーランドの事務所の電話番号を聞くと、直ぐに病院の電話を借りて、ディズニーランドの事務所に電話した。長電話になることを予想したからだ。
「もしもし、ディズニーランドの事務所ですか?」
「はい、ジェネラルオフィスですが」
まるで、大会社の応対のようで、少しめんくらった。以前家族で行くときに電話して応対してくれたオネエサンとは感じが、まるで違う。取引先の業者かなにかと思われたのかもしれない。
「そちらにご夫婦でお勤めになっている林さんの息子さんが熱中症で病院に。息子さんは、登っていいます。ええ、登山の登です……ええ、症状が重いみたいでお医者様が、家族の方を呼んで欲しいっておっしゃるんです……わたし、つきそいの友人で一ノ瀬美奈子と申します……あ、ご両親の下のお名前が分からないんです。住所は港区の栄町までは、分かるんですが……え、林さんだけで十一人?」
係の人は懸命に探して下さり、五分ほどでご両親と繋がった。事情を説明すると、すぐに病院に急ぐとのこと。まずは一安心。
家へは公衆電話からかけ直した。
「うん……危ないところだったって。初期対応がよかったってお医者さんが言ってた……うん。ご両親にも連絡ついたし、来られたら交代して、うちに帰る。浦安から……一時間ぐらいかな」
わたしの読みは甘かった。お盆で、どこの道も混んでいて、ご両親が着いたのは、もう六時を回っていた。
幸い、ノボの意識は戻り、多少苦しそうだったが、なんとか喋ることができた。
「ミナ……ミトちゃんに預けた手紙……」
「へへ、もう読んじゃった」
「あ、ああ……」
「ありがと、とても嬉しかった。でも、ちゃんとした返事は、ノボが治ってからね」
「おまえ、一ノ瀬さんに手紙渡しにいって、熱中症になったのかい!?」
お母さんが、あきれて言った。
「……なんだか、二階の窓から……」
「わたしが、顔出すとでも思ってたの……バカ……」
そのころ、わたしはホッペタに畳の跡が付くほどお気楽に昼寝していたとは言えなかった。
「じゃ、また落ち着いたら電話でもしてちょうだい。じゃ、わたしはこれで失礼します」
美奈子は、もう一枚のメモを持っていた、手帳の切れ端みたいなそれには、「ミナコ ヤマノチュウイ」とかかれていたが意味が分からなかった。
ロビーを出るときに、テレビが臨時ニュースをやりかけていたが、ちょうど、タクシーが車寄せにやってきたので、わたしは、それに飛び込んだ。
家に帰ると大騒ぎだった。
わたしたちが乗る予定だった123便が、群馬県の山に墜落したと教えられた。
ヤマノチュウイって……これのこと? メモに手をやると、お父さんが言った。
「の、登君に感謝だ、だな……」
「なに言ってんの、あたしたちの代わりに乗った人は死んでしもてんよ!」
お母さんが、真剣にお父さんを叱った。こんなお母さんを見るのは初めてだった。
わたしは、この奇跡と、ノボへの気持ちを混同しないようにした。
基本的に、ラブレターを持ってきて、どうしようか迷っているうちに妹に見つけられ、ひったくるように持って行かれ、窓の下の炎天下で一時間以上待っているなんて、やっぱバカだ。そう思いこんだ。
「バカ、ノボのバカ……でも……でも、ありがとう」
退院して、ノボに最初に言った言葉がこれだ。やっぱり「ありがとう」が出てしまう。
ノボは恩着せがましい態度は一切見せなかった。それどころか怒っていた。
「事故直後にアメリカ軍のヘリコプターが、救助しようって言ってくれたのを政府は断ったんだぜ。そのことを公表もしない。あの晩救助していたら、もっと大勢助かったんだ」
この感覚で、わたしの気持ちは、しだいにノボに傾斜していった。
そして、グル-っと遠回りして、九年後。わたしは一ノ瀬美奈子から林美奈子になった。
わたしは、ノボの仕事の都合で神戸に住んだ。
そして、新婚四カ月目で、あの地震がきた。阪神淡路大震災。双方の両親が費用を出してくれた三階建てのマイホームは半壊状態だった。
「大丈夫か!?」
ノボの声を薄暗がりの中で聞いたのが最後だった。
「大丈……」
まで言いかけたとき、表の電柱が倒れ込み、千切れた電線がわたしの体に触れた……。
一瞬目の前が真っ白になり、気がついたら、あの時計の上にいた。
わたしは、もとの湊子の姿で、九時の位置にいた。管理人は、あいかわらず十二時の位置にいる。
「まだ、歪みが大きくないから十年もったわね。そのメモ、役にたたなかったわね」
わたしは、メモの意味を思い出した。
「わかった? これがパラレルワールド。ただ、この時代より四十年ほど先の世界だったけどね」
「わたしの、山野さん、それからノボは?」
「ノボって、なあに?」
「そ、それは、わたしの大切な……」
「大切な……?」
わたしと同じ顔の管理人は、哀れみの顔でわたしを見た。もう何も思い出せない……すると、時計は、又も六時のあたりから崩れだし、わたしの後ずさりより早く、二時のあたりで、わたしを飲み込んでしまった……。