堕天使マヤ・第三章 遍路歴程・20
『「す」市・1戒厳令の街』
似ていると思った。
三重県の津市。
ひらがなで書くと『つし』。『し』は行政単位を示しているのだから、地名としては『つ』。たった一音節の地名。
恵美と降り立った駅は『す市』。音だけ聞くと寿司を思い浮かべるが、そんなに美味しそうな街ではなさそうだ。
意外に大きな街のようで、駅のホームも五つあって、乗り場は1番から10番まである。
いつもなら、直ぐに街に入るのだが、中央改札には『戒厳令のため駅の外には出られません』の札が掛かっている。
コンコースの向こうに見える駅前には兵隊が一杯で、軍靴の音も物々しく、ホイッスルの音や怒鳴り声も聞こえる。
「どこにも行けませんねえ」
虚脱したように恵美がこぼす。
「本線は、明日まで電車は来ないようだな」
臨時の時刻表は午前九時発の急行以外は(運休)の印が入っている。
パパパパーーーーーーーーーン!
駅前の方から連続した発砲音がした。ホームにいる人たちが一斉に身を低くする。
――駅は厳重に警備されていますので安全です、駅は安全です――
構内放送が入って、人々はホッと胸をなでおろすが、中年男が前触れもなくパタリと倒れ、少し遅れて駅前から銃撃戦の音がした。
「なんでぇ?」
恵美が怯えた声をあげる。
「音速よりも弾のスピードが速いからだ」
「じゃなくて……」
「ここにはいない方がいいな」
マヤは恵美を従えて乗り換え線のホームに向かった。
「『スイッチ方面行き』……これが一番早く出るようだ。恵美、これに乗れ」
「うん……え? マヤは乗らないの?」
「ここで待ってる。一人で行ってこい」
「え? だって……」
――スイッチ行きの電車、間もなく発車いたします――
放送が入ると、いま気づいたという感じで半分の乗客が下りて行った。下りた乗客は臨時の時刻表を見ては、ほかのホームに向かっていった。
――ドアが閉まります――
プシュー
ドアが閉まると、ガクンと衝撃があって列車が動き始めた。ホームにいる人たちが思い思いに手を振ったり頷いたり、車内の乗客もホームに手を振り返している。恵美も、マヤの姿を見つけて手を振った。
気づくと、乗客は全員去り行くホーム側に身を寄せて、しばしの別れを惜しんでいる。
みんな連れのいる人たち?
列車は加速して、あっという間に駅が小さくなっていった……。