クリーチャー瑠衣・9
『一休みしにきた宇宙人・4』
Creature:[名]1創造されたもの,(神の)被造物.2 生命のあるもの
「さあ、次の課題だよ!」
春休みも、もうあと二日。もう少し惰眠をむさぼっていたい瑠衣は、朝の六時からミユーに起こされた。
これがお母さんなら、グズグズ言いながら、もう一時間は寝て居られる。
しかし、ミューは1/6サイズの人形の姿をしており、ニクソイことに、瑠衣が入りたかった乃木坂学院の制服を着ている。それが耳元でキンキン怒鳴ってくるのだから、むかついて起きてしまう。
「今日はどこなの……?」
「尖閣諸島の空の上。もう時間ないから、そのパジャマ代わりのスェットでいいわよ」
「センカク……どこの中華料理屋?」
寝ぼけているうちに、瑠衣の体は宙に浮き、窓のサッシが開いたかと思うと、ピーターパンのように飛び出し、ついたところはネバーランドならぬ尖閣諸島の上空だった。
見下ろすと、中国の海監と呼ばれる監視船が、日本の海上保安庁の巡視船二隻をオチョクリながら、領海を出たり入ったりしている。
「あれ、なんとかするのが課題。こういうことを繰り返しているうちに南沙諸島みたいにとられちゃうんだよ」
「えー、こんなムズイのが課題!?」
瑠衣は尖閣の名前くらいは知っていたが、こんなにいくつもの島でできているとは思わなかった。まして海上保安庁がこんなに苦労していることなど想像もできなかった。
「もう、こんなちっぽけな島なんか、くれてやりゃいいのに」
まだ眠かったので、ついヤケクソを言ってしまう。
「バカなこと言うんじゃないわよ。瑠衣には力があるんだからね……ほら、もう変わっちゃった」
なんと、尖閣の一番大きな島に五星紅旗がたなびいている。
「あら~」
「尖閣を失うと、その周囲の経済水域が海底資源ごと持ってかれるのよ。それどころか……」
今度は、沖縄の上空にやってきた。
「あれ、県庁に変な旗がたなびいている」
「日本から独立しちゃって、琉球民主国になってる。港をみてごらん」
「あ、中国の船がいっぱい!」
「そう、実質的には中国の属国だね。放っとくとこうなっちゃう」
「ううん……巻き戻す!」
再び尖閣の上空。海監三隻と巡視船二隻のいたちごっこが、まだ続いていた。
「さあ、なんとかしなくちゃね」
「う~ん……海上自衛隊にきてもらうとか。なんなら、佐世保にいるのを二三隻テレポさせようか?」
「こじれるだけよ。それに自衛隊の船は中国や不審船には手が出せないのよ」
「なんで、なんのための自衛隊なのよさ!」
「法律で縛っているんだから仕方ないでしょ」
「……じゃあ、あり得ない方法で追っ払えばいいのね」
瑠衣が指を鳴らすと、海監の船を挟み込むように二隻の巨大な船が、浮上した。
「戦艦大和と武蔵!?」
「これなら、ありえないでしょ」
大和と武蔵は46サンチの主砲を海監に向けた。海監三隻は泡を食って領海の外へ全速で出て行った。水平線のかなたに海監の船が見えなくなると二隻の巨大戦艦は、再び海中に潜航し、姿を消した。
日中双方から、その映像は公表されたが、あまりに荒唐無稽なので、世界中がCGの合成か、日本の無邪気なトリックだと喝采をあげた。
「まあ、アイデア賞だけど、本質的な解決にはならないわね」
「いいじゃん。しばらくは、尖閣のあたりは平和だよ」
「まあ、60点。ギリギリ合格かな」
甘い点数だが、ミューには時間が無かった……。
あまりに素敵なバリトンで、流ちょうな日本語だったので、ろくに確認もしないでドアを開けてしまった。
「こんばんは。大谷奈美子さん」
うっかり出てしまった母は、しばらく言葉がなかった。
「……少し老けたかしら、ダニエル?」
このダニエル・クレイグ似のオッサンは、ほんとうにダニエルというらしい。
「あいかわらず、率直でいらっしゃる。奈美子さんは、とても十六年の歳月を感じさせない」
「で、十六年ぶりのご用はなにかしら?」
多少のやりとりがあって、ダニエルは黒塗りのハーレーに、ミナコ親子は「わ」印のボックスカー・エリシオンに乗って堺筋を南に向かった。
MS銀行が見え、南森町であることが知れた。堺筋を一本西へ入ったところで、エリシオンを降り、志忠屋という小さなイタメシ屋のような店に入った。
「よう、タキさん。たのむよ」
「ダニエル、やることが早いなあ」
タキさんという怪しげなマスターが、店の看板を「貸し切り」に変えた。
「お食事は?」
ダニエルが優しく聞いた。
「済ませて……」
母の言葉をさえぎって、真奈美が言った。
「まだ別腹があるさかい、いただきます!」
ミナコは、夕食がまだだったので異議は無かった。
牛と真鯛のカルパッチョ。それにカルボナーラと、若者向きの海山のパスタが、それぞれ特盛りで出てきた。
母は、少しのチーズとワインを口に含んだだけだ。あきらかにダニエルを警戒している。
「真奈美ちゃんは、ほんとにAKBの……ナンタラさんに似てるね。こないだのソックリショ-は惜しいことしたね」
「まあ、ええんです。賞金は残念でしたけど」
「ミナコさんは、ますます……似てきましたね」
母の奈美子は、厳しい目でダニエルを見た。ダニエルは臆することなく続けた。
「先月で……丸三年がたちました」
「でも、ジョルジュは……」
「これは、我が国の法律で、身分には関係ありません」
「でも、ミナコは、まだ十七歳です」
「だから、事前に私が話しにきたのです」
ダニエルは、少し微笑んで、ワイングラスを干した。
「なんか、うちに関係有る話やのん?」
ミナコも、さすがにカルボナーラを食べる手を休めて聞いた。
「いいですか、奈美子さん?」
「いえ、あたしから話します。ミナコ、あなたはミナコ公国の王位継承者なの」
ミナコは、口の中に何も入って無くてよかったと思った。妹の真奈美は運悪くジンジャエールを飲もうとしたところで、口を閉じた分、鼻からジンジャエールが拭きだし、悶絶していた。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ、ゲホ……!」
「あんた、これで拭き」
マスターが、オシボリを二本渡してくれた。
「……王位継承者って?」
「王女さまってこと。ただし、あなたが決心したらね」
「え……え……あたし意味分からへん」
「ミナコのお父さんは、ミナコ公国の皇太子。それが、三年前NATO軍の部隊長として、フリカに送られて、戦闘中に行方不明になって……」
「訓練中の事故です」
「そら、表向きやろ。訓練中に敵と遭遇して、やむを得なく自衛的な戦闘になった」
「タッキー!」
「この子には、全部ほんまのことを言うたほうがええ。ゴマカシやらウソが入ったら、この子は全部拒否しよるで。そんな面構えや」
「ああ、おまえは外人部隊でも、一番のヒューマニクスドクターだったな……お説に従うよ」
「つまり……」
「ここからは、わたしに話させてください、奈美子さん」
「お姉ちゃんが王女さま……?」
「我が国では、三年間音信不通の者は死んだと法的に解釈されます。むろん裁判所に提訴して例外規定をあてはめてもらうこともできます。しかし、お父様は戦場で行方不明になられた。おびただしい血と戦闘服の切れ端などをを残して。一般の兵隊なら、状況から戦死と判断されますが、お父様は、お立場上行方不明とされたというのが正しい説明になるでしょう。で、三日前に三年になった。今はお祖母様の女王陛下がいらっしゃいますが、ご高齢でもあり、王位継承者を未定のままにしておくことはできません」
誰も口をきかなくなった。FMが流す『さくらんぼの実るころ』だけが流れていた。
「……お父様が好きな曲でした」
「この曲を聞きながら、ジョルジュは『皇太子にはならない』って言ったのよ」
奈美子がポツンと言った。
「あたしのミナコいうのは、国の名前からとったんですか?」
「これは、お父様と奈美子さんの秘密です」
「どないやのん、お母さん?」
「奈美子の字をバラバラにして、組み合わせを考えたの。ナミコを外して残ったのがミナコ、コナミ、コミナ、ミコナ、ナコミ。で、一番名前らしいミナコにしたの。ほんとよ」
「国の名前のミはミとムの中間音になります」
「ほんなら、うちの真奈美は?」
「わたしが果たせなかったようなことが実現できるように、真実の奈美子で真奈美。真奈美子じゃ変でしょ」
「そらそや、アハハ」
真奈美には、こういう生まれついての明るくマイペースなセンスがあった。これでほぐれて、ミナコは聞いた。
「あたしが断ったら、どないなりますのん?」
「王家は五代遡って、フランスから迎えることになります」
「五代前て、ほとんど他人ですやん」
「率直に言って、今のミナコ公国は断絶します」
「……むつかしいことですね」
「簡単やん。お姉ちゃんの国籍が確定するのは、まだ十か月あるさかい、ちょっとお試し期間つくったら?」
「おお、それはいい。体験入学のおつもりで!」
ダニエルが身を乗り出した。
「むろん、クーリングオフは付いているんでしょうね?」
母がたたみかけてきた。
「もちろん。その時は、世界地図から、ちっぽけな国の名前が一つ変わるだけですから」
「で、取りあえず、なにしたらええんですか?」
「女王陛下が、大阪にこられています」
ダニエルがニンマリと笑い、ミナコのプリンセスへの道が開いてしまった……。
🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!
50『え……!?』
アゴアシ付き、一日12000円。
なんとも魅力的なアルバイトだ。いや、魅力的すぎる。
ひょっとしてヤバイ仕事だろうか……?
うかつにも、八瀬が電話してきたときに聞くのを忘れた。春休みの朝という弛んだ時間のせいか、お袋が若作りして泊りがけのバイトに行くと宣言したためか、桜子との繋がりがもどったせいか。
八瀬に訊ねればいいんだという当たり前の結論に達した時には、集合場所の駅前ロータリーに着いてしまった。
集合場所にはオレと同年配のアンチャンが10人ほどたむろしていた。で、その半分がオレといい勝負のデブだった。
「エキストラのバイトだ。デブ以外は10000円なんだぞ」
集合した人間のチェックをしながら、八瀬が恩ぎせがましく言う。黒のパーカーにウエストポーチをした姿は、なんだか手配師のイメージだ。やがて迎えのバスがやってきた。
「おお……!」
バスの中には先客のアンチャンたち、その半分以上が、やっぱりデブだった。
「デブのエキストラって、どんな役なんだ?」
「まあ、着いたら分かる」
そう言うと、八瀬は一番前のシートでキャップを目深にして眠り始めた。
「急な変更だったので、人集めが大変だったんですよ」
八瀬の横に座っていたスタッフ風がにこやかに答える。答えるけれど、詳しくは説明してくれない。周囲のデブたちの顔を窺うが苦笑いが返ってくる。どうやら、みんなも分かっていないようだった。
バスは一時間ほど走って、国富大学の門をくぐった。
「体重100キロ越えの人は付いて来てください」
女性スタッフが、停車したバスに乗り込んできてデブたちを誘導した。
「これは、流行りのラグビー部員のエキストラじゃないかなあ」
オレの横に居た気の良さそうなデブが呟いた。じっさいグラウンドでは本物のラグビー部のアンチャンたちが練習に余念がない。
――おはよう、今朝からエキストラのバイト。どうやらラグビー部員の役のようだ!――
桜子に、グランウンドのラグビー部員たちの写メを付けてメールを送る。
――スゴイじゃん! 桃斗はやっぱ、ただのデブじゃなかったんだ! あたしもエキストラとかやってみたいな!(#^.^#)!――
可愛い返事が返ってきた。桜子の引っ越しまで7日あまり、少しでもいいイメージを、少しでも近づいてと願った。
「じゃ、100キロ越えのみなさんは、こちらに」
さっきの女性スタッフが誘導してくれた。
「みなさん、突然にもかかわらず、引き受けてくださって、本当にありがとうございました」
女性スタッフは、歩きながらではあるが、目を潤ませて挨拶してくれる。なんだか、とてもいい人なんだと感動する。
「じゃ、こちらです」
案内されたのは教室二つ分ほどの会議室のようなところだった。部屋の窓からはラグビー部の練習が間近。窓際近くの外はゼミテーブルが置いてあって、マネージャーらしき女子学生の後姿が見える。スコアを付けているのが、とても甲斐甲斐しい。
キャプテンだろうか、筋骨たくましいのが寄ってきて話しかけ、女子学生は、一言二言言って、スコアの説明。なんか、そのやりとりが、とてもイカシテいる。筋骨の白い歯が、オレが見てもカッコいい。
「それでは、説明しますので、注目してください」
いかにも監督風のサングラスが入ってきて説明を始めた。
「みなさんには『スクラム!』というドラマのエキストラをやっていただきます」
スクラム!……いいタイトルだ。
「このドラマは、大学のラグビー部を舞台にしたもので、青春群像劇と言っていいでしょう。みなさんはエキストラではありますが、撮影の進展によっては、群像劇ですので、スポットライトが当たることもあります。臨機応変に発展させようと思いますので、励んでください」
もうスポットライトが当たっているような気がしてきた。
「臨機応変に出てきたパッションで台本にも手を加えます。加えました。結果、とてもいいアイデアが浮かび、急きょラグビー部を……相撲部に変更いたします!」
「「「「「「「「「「「「「え……!?」」」」」」」」」」」」
デブたちの驚きが、部屋の壁や窓ガラスを震わせたのだった……。