クリーチャー瑠衣・5
『希望野高校の百年桜』
Creature:[名]1創造されたもの,(神の)被造物.2 生命のあるもの
二日ぶりに外に出てみる気になった。
力を使わずに、普通の人間として出られるか心配だったが、二日前のようにテレポすることもなければ、通りすがりの歩きスマホ人のスマホを壊しまくることも無かった。ただ、行く先々の信号が全て青になっていたことには気づかなかった。
気が付いたら学校、グランウドに面したベンチに腰かけている。
「お、瑠衣じゃねえか。珍しいな、日曜の学校に、こんな早く……なんか用か?」
野球部の杉本は、早朝練習で学校に来ている。そこに、かねてから心を寄せていた瑠衣が来たのだから、年相応に気持ちが飛躍した。
「学校の百年桜を見に来たの!」
杉本の心が、自分に開かれるのを感じて、とっさに言った。
「ああ……もう八分咲きだもんな、そっか、じゃあな」
杉本は、ジョギングとストレッチに心を戻して、グラウンドの向こうに行ってしまった。
瑠衣は振り返ってみた。そこには言い訳に使った百年桜があった。
どこにでもあるソメイヨシノであったが、並の樹齢の倍は生きていて、今年も立派に花を付けていた。
腕を組みながら桜を見上げている男の人が現れた。不思議なことに古めかしい飛行服を着ている。穏やかな凛々しさに、瑠衣は思わず立ち上がってしまった。
「お、お早うございます」
男の人は、びっくりして瑠衣を見た。そして周囲を確かめると口を開いた。
「きみ、ぼくのことが見えるのかい?」
「はい……人間じゃないんですか?」
「人間だよ。七十五年前の卒業生だけど」
「え……?」
瑠衣は、やっとピンときた。この人は生きてる人じゃないことに。
「こいつは、学校が創立したときに記念に植えられたんだ。これを見るのが楽しみでね、年に一度、こうして楽しみにくるんだ」
男の人から、微かに噴煙の臭いがした。
「あの……昔の軍人さんですか?」
「ああ、学徒兵だけどね。あ、学徒兵というのは……」
その言いだしだけで、瑠衣には、その人のことが分かった。この人は、昭和十八年の学徒出陣で狩り出され、特攻要員に使われた帝国大学の学生さんだ。
「……喜んで行ったわけじゃない。でも強制……でもない。僕らだって、戦争が始まった時は小躍りしていたからね。共同幻想ではあったけど、それなりの身の処し方をしたつもりさ」
「特攻機で、アメリカの船に飛び込むとときも?」
「うん。あれしか無かった。死にたいわけじゃなかったし、納得していたわけでもない。でも、あれしか残っていなかった……僕が最後に部隊に送った無線分かるかい?」
「……お母さん?」
「それほどマザコンじゃない……海軍のバカヤロー!……さ」
「恨んでたんですか?」
「言葉って言うのは、いろんな意味を同時にこめられる。逆に言えば察する気持ちが無ければ、言葉の本当の意味なんか分からないけどね……今の人間は、それを自分に引きつけて好きなように解釈してるだけだ……お、運命の孫がやってきた」
学徒兵の視線の先には、近寄って来る初老の男の人が見えた。
「お早うございます、校長先生」
男の人はびっくりした顔をした。まだ誰にも自分が希望野高校の新校長だとは言っていない。昨日辞令をもらったばかりで、明日の初出勤を前に、人知れず学校の様子を見に来たのだから。
「どうして、僕が新校長だって分かったんだい……?」
「あ……お顔が校長先生してましたから、つい……」
「生徒に見破られるようじゃ、まだまだだね」
「先生は、喜んで校長を引き受けられたんですか?」
学徒兵の影響だろうか、瑠衣は確信をついた質問をした。
「そりゃ、そのために校長昇任試験を受けたんだからね」
言葉にはいろんな意味がこめられるんだと、瑠衣は、さっそく認識した。やっぱりね……そう思って横を向くと、学徒兵の姿は、もう無かった。
「先生のお爺さんて、特攻隊員だったんですね……」
新校長が改めて目を丸くした。