クリーチャー瑠衣・1
《覚醒の兆し》
Creature:[名]1創造されたもの (神の)被造物. 2 生命のあるもの
それは、突然瑠衣の心に飛び込んできた。
地表に激突するしかない隕石のような絶望感!
絶望感の発信源に吸い寄せられるように走り出した。
校舎の角を曲がったところで、外階段の一番上を見上げる。
!……悲しみの発信源は音楽の高坂麗花先生だ。
――先生!――
声を上げる前に高坂先生は前のめりになり、そのまま鉄柵を鉄棒の前回りするように墜ちてきた。
ダメーーーーーー!
瑠衣は心の中で叫んだ。先生が地面に激突する音は聞こえなかった。ショックで意識が飛んだのかもしれない……恐るおそる目を開けると……目の前に高坂先生がよろめきながら立っている。
瑠衣も高坂先生も言葉が出ない。
「先生……」
「あたし……」
不思議さに気おされて、二人ともしばらく声が出ない。そして混乱と疑問が校舎周りの生垣の花々の香りと共に押し寄せてきた。
「高坂先生、飛び降りようとしたんですよ……ね?」
「あ、あたし……」
高坂先生の混乱は、再び深い悲しみと入れ替わり、瑠衣の心に突き刺さってきた。
内示書……岸本先生……校長先生……高麗花(コレイファ)という言葉の断片が悲しみの隙間から見えてきた。
「先生、内示書ってなんですか?」
「何でもないわ」
先生は、そう言ったが、意味は高坂先生の心の痛みとして瑠衣の心に入ってきた。
――内示書というのは、来年度の教員人事の移動が都教委から校長に極秘資料として送られてきたもの。それは校長しか見られないこと……それが大量に印刷され職員室に積まれていたこと……そこには高坂先生の秘密にしていた本名高麗花と書かれていること……それを、心を寄せていた岸本武先生が見て表情が変わったこと――
そんな諸々のことが、瑠衣の心で再構築されていく。
「校長先生、見せちゃいけない資料を増し刷りした……そして、先生の本名が分かっちゃって、岸本先生が、それを見て……心変わりした。それが先生が死のうと思ったほどの悲しみだったんですね……」
春めいた風が二人の頬を撫でて行ったが、二人の心は凍り付いたままだった。
「どうして、そんなことが分かるの……」
「どうして……え……ええ? どうしてか、あたしにも分からない……」
都立希望野高校一年生宇野瑠衣覚醒の兆しは、こんな風に訪れた……。