大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:025『初めての幻視の術』

2020-04-01 14:06:55 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:025

『初めての幻視の術』  

 

 

 キーンコーンカーンコーン キンコーンカンコーーン

 

 二時間目の開始を告げるチャイムを聞きながら、校舎の廊下を歩いている。

「ンモーーー!」

 女の先生が激おこぷんぷん丸になって突っ込んでくる。

 わっ!

 避けそこなったわたしの体を激おこ先生が突き抜けてしまう。

「どうしたんですか、宮田先生?」

 声をかけたのは、まだ三十代のジージ。

「時間切れだって!」

 宮田先生は、クラス二十五人分の検体が入った袋をジージに示した。

「え、締め切りは、この休み時間いっぱいでしょ?」

「もう、鐘が鳴ったからダメだって!」

「でも、生徒は間に合ったんでしょ?」

「うん、でも、担任のわたしが持ってくるのが遅れたら同じことだって! もー!」

「ぼくが、なんとかします。預かりますね」

「あ、屯倉先生……」

 

 ふんだくるようにして検体の袋を受け取ると、ジージは保健室のドアを開けた。

 

「間に合いませんか?」

「うん、時間が過ぎてるって、山崎センセもってちゃった」

 養護教諭の女先生が窓の外をボールペンの先で示した。検査業者の車を見送った保健部長の山崎先生が、揚々と戻ってくるところだ。

 戻ってきた保健部長にジージは噛みついた。

「山崎先生、業者の車呼び戻してください」

「なんで?」

「生徒は、締め切りの時間に間に合わせています。これキャンセルされたら、生徒は、明日採り直しになります」

「採り直させたらいい、間に合わなかったんだから」

「でも、生徒に過失はないでしょ」

「決まりを守ることも教えなくちゃだめだろ。とにかくダメだ!」

 若造に言われたことがムカついたのか、山崎先生は、ジージに取り合わずに保健室を出て行った。

「仕方ないよ、保健部長が、ああ言ってるんだから。お茶でも飲んでく、屯倉先生?

 養護教諭の先生は肩をすくめると、茶筒を取り上げた。

「先生、僕が検体持っていきます」

「先生が?」

「生徒に過失はありませんから。業者の電話番号教えてください」

「あ、えと……うん……じゃあ」

 養護教諭の先生は茶筒を受話器に持ち替えてダイヤルを回した。

 

 ジージは、一クラス分の検体である二十五人分のオシッコをリュックに詰め込むと、校門を飛び出した。

 

「……だいじょうぶか、ジジ?」

 おづねの声が聞こえてビクッとした。

「あ、あ……すごくリアルだった」

「やっぱり、幻視の術は刺激強すぎるか?」

「ううん、画面の文字を読んでるだけじゃ分かんなかったよ。しばらく、これでいくよ」

「そうか、だが、次は三日は空けるぞ」

「うん」

 

 今まで、ジージのことはパソコンのファイルを開い文字として読むだけだったけど、おづねが、幻視の術でリアルに連れて行ってくれるようになって、今日は、その第一回目だったんだ。

 外は季節外れの雪が降っている。

 リビングからは、志村けんさんの死去を告げるニュースが流れていた……。

 

 

 

 

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乙女と栞と小姫山・02『乙女の転勤・2』

2020-04-01 10:24:06 | 小説6

乙女と小姫山・2  
『乙女の転勤・2』     

 

 


 あいつが校長だとは思わなかった。

 ブリトラ(伝統的英国風)の着丈の長いスーツを着ても脚が長く見える日本人のオッサンは少ない。

「あ、ああ……転任の先生ですか」

 一秒ほどで観察し、保険の外交員などではないと気づいた洞察力と、表情のさりげない変え方は教師のそれではなかった。
 しかし、こうやって校長室で渋茶一杯飲まされたあとに軽やかに入ってきて、校長の席についたからには校長なんだろう。乙女先生は少し驚いたが、顔に出るほどのウブではない。そつなく、他の三人の新転任同様に程よい会釈をした。前任校の校長ならビビる頬笑みも、ここではまだ普通の社交辞令ととられるようだ。
「やあ、みなさんお早うございます。校長の水野忠政です。職員会議まで時間がないので、ここでは簡単なご紹介にさせていただきます」
 そういうと、校長は窓のカーテンを閉めて、パソコンのキーと、リモコンを同時に入れた。

――令和二年度、新転任者紹介――

 タイトルがホワイトボードに映された。
「ええ、まず田中米造教頭先生。淀屋橋高校からのご転勤です。プロフィールはごらんになっている通りです。座右の銘は『小さな事からこつこつと』であります。我が校は大躍進中で、わたしはいささか暴走気味ですので、良いブレーキ役になっていただければと期待しております」

 ホワイトボードの写真は明るい笑顔だが、乙女先生の前にいる本人は、お通夜明けの喪主のように暗い。落ち込んだ演技をしたときのイッセー尾形に似ていた。

「えー、わたくしは……」
「ご挨拶は、職会で。ここでは、とりあえず新転任同士ご承知していただいて、このプロフに誤りや、ご不満が有れば、おっしゃってください」
 田中教頭は、無言でうなずいて座った。趣味は盆栽……と読んだところで、なぜか「凡才」の字が浮かんだ。同時に田中教頭がため息をもらしたのは偶然なのだが。
「以下の新転任の方々は、在職期間の長い順ですので他意はありません。佐藤乙女先生、地歴公民。モットーは……ハハ、いや失礼『ケセラセラ』であります。前任校は朝日高校。プロフは……職会でも同じものを映しますので、そのときご覧下さい」
 乙女先生は、こんな使われ方をするとは思わず、A41600字の用紙いっぱいに書いてきた。名前の由来から、飼っている猫が靴下を食べて手術したことまで書いてあった。皆が驚いている。字数のせいばかりではないことは、本人も分かっている。

「次は、技師の立川談吾さんです。退職された鈴木さんの後任としてきていただきました。お願いのお言葉は『落語家ではありません』です」
 立川は、ほとんど半ばまで禿げあがった頭をツルリと撫で、ニコリと笑った。その潔い禿げようが、前任校の校長の欺瞞的なバーコードと対極なので、乙女先生はおかしくなり、思わず立川と目が合ってしまい、互いに面白い人間らしいことを確認した。

「最後に新任の天野真美先生。英語科です。ご挨拶は『新任です、ビシバシ鍛えて下さい』です。潔いですなあ」
 真美先生は生真面目に立ち上がり、深々と頭を下げた。下げすぎてテーブルにしたたかに頭をぶつけた。
「教師はね、そうやって早めに頭をぶつけておいた方がいいのよ」
 乙女先生はそう茶化して、バンドエイドを出した。教頭の田中以外のみんなが笑った。

 それから、事務長から校長に辞令が渡され、さらに校長から一人一人にそれが渡された。

「校長、そろそろ時間です」

 ノックもせずに、筋肉アスパラガスが半身だけドアから体を現して言った。筋肉アスパラガスとは、その時の乙女先生の印象で、あとで首席の桑田だということが分かった。

 渡り廊下を会議室に向かっていると、ガラス越しの中庭に、古墳が見えた。

「あら、かわいい古墳」
「あれは、ここの前身のS高校が出来るときに潰した古墳のレプリカです。縮尺1/4ですが、生徒たちはデベソが丘なんて呼んでますけどね」
 校長は歩みをゆるめることもなく、横丁のポストを紹介するような無関心さで説明した……と、思ったら立ち止まって、乙女先生に言った。
「おっと、言い忘れてました。乙女先生、先生は三年生と一年生の渡りをやってもらうんですが」
「ええ、それが……」
「転任したての先生には申し訳ないんですが、一年の生指主担をやっていただきたいのですが……」
「ええ、かまいませんよ。前任校も生指でしたし」
「それは、どうも、ありがとうございました」
 校長は、心なしホッとしたように見えた。この学校の偏差値は六十に近く、前任校よりもワンランク高い。まあ、その分知恵の回ったワルはいるかもしれないが、今までの経験から言ってもどうってことはないだろう。
 それよりも、この学校が出来る前のS高校の時に潰された古墳の方が気がかりだった。地歴公民などという訳の分からない教科であるが、専門は日本史である。ちゃんとした現地調査はなされたんだろうか? 被葬者のお祀りはちゃんとしてあるんだろうか、その方が気になった。

 会議室に入って目に入ったのは、教職員の顔ではなかった。

 そんな緊張をするほどウブなタマではない。

 窓から見える春らしいホンワカとした雲が、家に一人残してきた猫のミミにそっくりなことであった。
 さすがに民間校長だけあって、職員会議の流れはスムーズだった。新転任の挨拶は、さっきのスライドを使ってバラエティー番組のように楽しく早く済まされた。
 乙女先生の年齢は伏されていたが、その見かけと経歴のギャップには、職員のみんなが驚いたようである。

 ここだけの話しであるが、乙女先生はこの五月で五十路に手が届く。しかし居並ぶ職員には三十前後にしか見えない。

――これでも地味にしてきたんだけどなあ、保険屋のオバチャンと思われる程度には……。

 そして、なにより、A4の自己紹介であった。同じ物がプリントされて配られている。むろん個人情報に関わる部分は抜かれていたが、飼い猫のミミが靴下を食べたところでは、みんなクスクス笑っていた。で、一年の生指主担と紹介されたときには、皆から、同情のようなため息が漏れた。
 新任の真美ちゃん(乙女先生は、そう呼ぶことに決めていた)がバンドエイドを貼った頭で、顔を真っ赤にして挨拶したときは、暖かい笑いが起こった。
 今度は、真美ちゃんはテーブル頭をぶつけることは無かった。
 ただ、乙女先生の手のひらが痛くなった。真美ちゃんがテーブルに頭をぶつける寸前に、右の手のひらをクッションに差し出したからである。

―― 痛アアアアアアアア!!!!! ――
 
 乙女先生は、心で叫んだ。それがコントのように見えたのだろう。会議室は再び笑いに満ちた。

 しかし、田中教頭は笑わなかった。そして、もう一人笑わず、腕組みし、苦虫を潰したような顔をしていた男がいた。
 それが、生指部長の梅田である。その時の乙女先生は「筋肉ブロッコリー」と思えただけである。この男と、いろんな意味で取っ組み合いになるのは、もうしばらく後のことである。

 窓から見える雲がミミから太りすぎで毛を刈り込む寸前の羊になったころ、職員会議が終わった。

 そして、小姫山青春高校での乙女先生の新しい生活が始まった!
 

 

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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・1

2020-04-01 06:48:02 | 戯曲
連載戯曲
改訂版 エピソード 二十四の瞳・1   



 時   現代
 所   東京の西郊

 登場人物

 瞳   松山高校常勤講師
 由香  山手高校教諭
 美保  松山高校一年生




 東京、郊外の公園。枯葉がチラホラ舞い落ちるベンチの傍らに、由香がプレゼントの包みを抱えて所在なげに佇んでいる。ややあって、下手から瞳が折りたたみ自転車のブレーキの音をきしませながら飛び込んできて、上手の端で、ようやく停まる。

瞳:  キャー!(きしむブレーキ音)
由香: うわっ!
瞳: …………ごめん、待った?
由香: びっくりするじゃないよ! 待つのも待ったけど……。
瞳: ブレーキの効きが悪くってさ~、やっぱ中古のパチもんはだめだわ。
 今日も明日も忙しいのなんのって……あ、それ、あたしへのバースデイプレゼント!?
由香: うん、一日早いけど。
 残念ねえ、半日でも空いてりゃ、バースディパーティーしてあげるんだけど、
 お互いスケジュール合わないから、恒例の忘年会と兼ねるということで。
瞳: ということは、忘年会はおごってもらえるんだ!
由香: 何言ってんのよ。忘年会の会費は平等にって決まりでしょ。
瞳: えーーー
由香: 気持ちよ気持ち。
瞳: なるほど、気持ちで済ませようって腹か。
由香: 何言ってんの、遅刻した上に自転車で轢き殺しかけといて!
瞳: だから、ごめんて、めんごめんごぉ……。
由香: ま、ケーキの一つぐらいは用意させてもらうつもりだから。
瞳: イチゴとかデコレーションいっぱいのバースデイケーキ!?
由香: そんなの食べたら、お料理食べられなくなっちゃうでしょ。プチケーキよプチケーキ。
瞳: プチケーキ……。
由香: なに不満そうな顔してんのよ。
 だいたい二十五にもなろうって女がさ、女友達から、バースデイパーティーやらプレゼント期待する方が、みっとも……。
瞳: ん……?
由香: ……(アセアセ)
瞳: いま、「みっともない」って言いかけたよね……それが親友の言葉あ(泣き崩れる真似)
 どうせ、あたしなんか、あたしなんか……ヨヨヨ……。
由香: 拗ねた女に明日なんてこないぞ。
瞳: 何言ってんのよ。あたしだって、ボーイフレンドの一人や二人目の前にして、バースデイパーティーくらい……。
由香: 見栄はらなくていい。
瞳: あったらいいなって……き、希望を持つのは青年の特権だぞ!
由香:言う割には腰ひけてんじゃん。
瞳:ひけてねーよ。
由香:ムキになんなよ、皴増えるよ。
瞳:皴なんかねー!(言いながらホッペの皴を伸ばす)
由香:お、こーやると高校時代の瞳だ!(瞳のこめかみをリフトアップする)
瞳:なにをーーー! あんただって、こうやらなきゃ昔に戻らないじゃん!(由香の胸をリフトアップ)
由香:じゃ、今度はヒップアップだ!
瞳:キャーー! お嫁に行けなくなるうううう!(ふざけ合う二人)
由香: やっと、学生時代のノリになってきたね。
瞳: じゃあ、そのノリで忘年会の費用ジャンケンで決めよう!
由香: おーし!
瞳: 最初はグー、ジャンケンポン!(瞳チョキ、由香パーで勝負)やりー!
由香: アチャー……しくじった。
瞳: 焼きが回ったわね。チョキの法則忘れるなんて。
由香: チョキの法則!?
瞳: そう、最初はグーで出したら、次はチョキかパーしか無い。
 チョキを出しておけば、勝つか、あいこ。だから勝つ確率が一番高い。心理学で習ったじゃんよ。
由香: そういうことは覚えがいいのよね。
瞳: なにさ、どうせ採用試験には関係ないわよさ。
由香: ひがまないでよね。でもさ、明日スケジュールが詰まっているって言うのは?
瞳: 文化祭の居残り当番。
 本番二日前、生徒たちもやっと熱が入って、完全下校は八時はまわりそうね。
由香: なるほどね。
瞳: 彼氏がいたら、たとえ十時でも十二時でも、バースデイパーティーやってもらうわよ。
由香: 勝負パンツ穿いて?
瞳: アハハハ……て、ほんとだね。ま、ありがたく頂戴いたします(相撲の力士のように手刀を切る)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・87「美晴のブレイクファースト」

2020-04-01 06:25:44 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)87

『美晴のブレイクファースト』        



 美晴んちで朝ごはんを頂くことになった。

 電話をすると「これから朝ごはん、ミリーもおいでよ!」と誘ってきたから。


 どっちかっていうと――よかった、ぜひ来てちょうだい!――という響きがあった。
 これは『まずは胃袋から、男を虜にするレシピ百選』でこさえた料理の数々が居候の誤解をいっそう進めてしまったんだなと思う。
 だからミッキーと二人きりの朝食は気が重く、わたしの電話は渡りに船だったんだ。

「いやー、めんごめんご、近所まで走ってきたらパンクしちゃってさー(^▽^)/」

「パンクなら任せてよ、幸いミハルんちにリペアキットがあるから直してあげるよ。自転車屋で直したら8ドルもするって言うじゃないか」
「最寄りの自転車屋さんまで二キロもあるしね」
「朝ごはんは先に食べててよ、待ってたら冷めてしまうからね」
 そう言うとリペアキットを持って外に出るミッキー。

 基本的には気のいいやつなんだ、ミッキーは。

「なるほど、ベーコンエッグはイッチョマエだ!」
 食卓に着くと直ぐにブレイクファースト二人前が出てきた。電話した時には、もう取り掛かっていたみたい。
 お皿は湯せんしてあり、乗っかってるベーコンエッグは頃合いだ。
 アメリカ人向けに黄身までしっかり火を通してあるけど硬すぎるということは無い。ベーコンはあらかじめ切ってあってフォーク一つで食べられる。
「お、これは」
 一口食べるとフワっとしている。水の量と蒸らしている時間がちょうどいい……だけでなく、ベーコンと玉子の間にチーズが挟んである。これがフワフワの種なんだろう。
 トーストは、食卓に着く直前にトースターに入れ、コーンスープを少し頂いたころに焼き上がる。
 バターはあらかじめ湯せんして溶かしバターになっていて、トーストに塗る時のストレスが無い。
 サラダも『レタスとクルトンのバルサミコ酢合え』になっていて、シンプルでさっぱりしたしつらえ。
「わたし、朝食しかできないから……」
 恥ずかしそうにしている美春だけど、これは立派なもんだ。料理慣れした人間が――いつものブレイクファーストを作りました!――という感じだ。この調子でランチやディナーを作ったら結構ナイスなのを作るだろうと思わしめるものがある。
「もう正直に言っちゃえば?」
「これしか出来ないわよって?」
「うん、ずっとホームステイさせるんだったら、その方がいいと思うわよ」
「二つの理由でダメ」
「二つ?」
「ここへきて料理ベタと思われるのはシャクよ。それに、料理ベタっていうのは……案外……逆効果にならないかなって……」
「逆効果?」
 どうも分かりにくい女だ。
「えと……わたしって、いろいろできちゃうから。玉に瑕の料理ベタっていうのは案外萌え属性で……ラノベとかであるでしょ」
「ああ、なーる……」

 ラノベとかアニメは、いまや世界的なスタンダードになりつつあり、美晴の心配はうなずける。

「で、美晴がお料理名人だと思われてしまったキッカケっていうのはどんなの?」
「それはだね……」

 それは、美晴の見栄とちょっとした単語の間違いが原因と知れた。わたし的にはもう一つ原因があるんだけど、事態をややこしくするだけなので指摘はしなかった。
 だけど、ご近所でパンクしたのは運命のように思われて、修理を終えて戻って来た居候にこう言ってやった。

「ちゃんと直ったか確認したいから、朝食食べたら試運転に付いて来て」

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坂の上のアリスー37ーそれって……?

2020-04-01 06:17:51 | 不思議の国のアリス

坂の上のー37ー
『それって……?』    



 

 あ……出くわしてしまいましたね。

 放出さんがポツリと言うと、それが合図であったように人々は動き出した。

 

 ブリッジに居た人たちは、ゆっくりと俺たちの方に歩いてくる。なんだかテーマパークのアトラクションの列が動き出したような穏やかさだ。
 俺たちは、その穏やかさに圧倒されて道を開けた。穏やかさに圧倒されたのは生まれて初めてだ。
 ブリッジに続くらせん階段からは、続々と人が続いて最後尾がなかなか現れない。
 
 やがて、最後尾、エプロン姿の女の人が現れ、一瞬、ほんの一瞬目配せしたかと思うと、背後の山の中に消えてしまった。

 ホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 俺たちは長いため息をついた。

「あの人たちは……阪神淡路大震災で亡くなった人たちです」
「……道理で冬の服装なんだ」
 一子が目を潤ませた。
「でも……それにしては少ないんじゃない?」
 圧倒されるには十分すぎる人数だったが、人数的には1000人にはならないだろう。
「あの震災じゃ6000人くらいの人が亡くなってるはず……」
「うん、学校ではそう習ったよ」
 
 あの人たちは……助かっていたはずの人たちなの。

「それって……?」
 放出さんの呟きにすぴかが問い返した。
「本格的な救助が始まったのは、その日の夕方。すぐに陽が落ちてしまったから、実質的な救助はあくる日以降なの」
「どうして、そんなに遅れてしまったの?」
「いいのよ、あなたたちが自分たちの目で見てくれたなら」

 俺たちは、宿に帰ってからネットで調べた。

「……みんなしばらくは生きていたんだ」

 80%以上の人が倒壊した家の中で、圧死や窒息死で亡くなっている。圧死・窒息死といっても直ぐに亡くなっているわけではない。柱や壁、家具などの下敷きになり、十分な呼吸が出来ずに数時間から十数時間たってから亡くなっている人が多い。
「え…………救援要請は夕方にならなきゃ出されてないよ」
 自衛隊は要請が無ければ出動できないことを初めて知った。状況把握のためのヘリコプターも訓練飛行の名目でしか出せなかったみたいだ。
 
――大騒ぎしてはいけない―― 

 目を疑った、震災7時間後の総理大臣の言葉だ。

――なにぶん初めてのことでありますし早朝のことでもありますから、政府の対応としては最善であったと思います――

 その後の総理大臣の答弁だ。

 俺たちは熊本地震や東日本大震災のことは知っている。いろいろあったけど、まあ、迅速な救助活動救援活動が行われた。
 当然阪神淡路大震災でも同様で、亡くなった人たちは仕方が無かったと思っていた。
 でも、そうじゃなかったんだ。

「あ、これ見て」

 一子が示した画面には、震災犠牲者の膨大な数の名前が載っていた。その中に放出美智子の名前があった。

「放出て、めったにない苗字だよね」
「クリックしてみ」
 一子がクリックすると、エプロン姿で振り向いた女の人の写真が出てきた。注釈には(柱に挟まれながらも赤ん坊の娘さんを救け、美智子さん自身は、その日の夜亡くなった)と出ていた。
「この人、あの列の最後尾に居た女の人だよ……」
 
 あくる日、放出さんに聞いて見たが、ニコニコ笑うばかりで答えてはくれなかった。

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・58《ワケあり転校生の7カ月・9》

2020-04-01 06:08:41 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・58(さくら編)
《ワケあり転校生の7カ月・9》   




 連休はH市でのロケだ。

 ドラマや映画は、けして順番通り撮るわけじゃない。役者やロケ先の都合などで、場合によってはラストシーンを最初に撮ったりする。

 H市のロケは、ピノキオホールでの夏の公演とコンクールでの本選のシーンを撮影する。

 中盤と終盤の山で、設定は劇中劇の兵庫県ピノキオホールでの『すみれ』の初演を市民会館の中ホール。コンクール本選の公演を大ホールで撮る。
 エキストラの高校生や、市民の人たちにリアルな反応をしてもらうために『すみれ』をまるまる一本上演する。本編では両方合わせて10分もないシーンなんだけど、この連休は、この公演と、それに付随するシーンだけを撮る。

 まずは大ホールでのコンクール本選から。観客席は地元高校生などのエキストラで一杯。

「まず、『すみれの花さくころ』を通して上演しますので、単なる公演としてご覧になって正直に反応してください。ラストだけは大きな拍手お願いします」
 助監督の田子さんが、観客席に向かって頭を下げる。
 あたしは、はるかの親友の鈴木由香の役なんで、カレ役の勝呂さんといっしょに客席中央に座っている。後ろには、はるかのかたき役で、後半仲良くなる東亜美役のユカリン、一ノ瀬由香里ちゃんが座っている。

 由香里ちゃんは、AKRの選抜になったばかりのモテカワ系のアイドルだけど、今回は、ちょっとイメージの違うナナメになった女子高生役。
 衣装合わせじゃ、なんだか学芸会みたいに合わないってか、ヘタクソだった由香里ちゃんが、サマになっている。端役なんだけど、この子の本気度はかなりのもんだ。
 なんでも従姉が、この街に住んでいて、なかなかのイケイケネーチャンで、その従姉のところに泊まって、訓練してから本番に臨んでいるらしい。

「ね、その従姉のオネエサン来てんの?」

 本番前にサリゲにユカリンに聞いてみた。
「あ、この人です」
「どうも、一ノ瀬薫です。よろしくお願いします」

 びっくりした。てっきり筋金入りのヤンキーのネエチャンかと思っていた。
 髪は黒のショートで、地味なカチューシャが、よく似合っている。言葉遣いも物腰も、お嬢様だった。
「今日は、エキストラなんで、地味にまとめてみました。由香里が言うほどのイケイケでもありませんし……あ、これでよかったですよね?」
「うん、いいと思うけど、田子さーん。彼女ユカリンの従姉さん。エキストラやってもらうんだけど、これでいいですよね」
「え、君が……話とは全然違う清楚さだね」
「イケイケは、全部由香里に貸してありますから」
「うん、よ、よろしくッス!……舌噛んだ(´;ω;`)ウッ…」
 ユカリンの反応に、みんなで大笑いになった。
「じゃ、あなたはユカリンの横で、少し迷惑そうに座っててくれます? ユカリンが栄えそうだから」
「はい」

 アクシデントは、撮影のOKが出た直後に起こった。

「テメー、いつまでも昔の傷逆撫でしてんじゃねーよ!」

 ユカリンの従姉は、そう叫ぶと、チャラ目の男子を、観客席から通路に投げ飛ばした。

「みんな、こいつはこんなにスカシてるけど、イケイケのアバズレでよ……」
 そこまで言った瞬間、従姉さんの頭突きをくらって、客席通路を舞台鼻まで転がり落ちてきた。スタッフが寄ってきてはるかちゃんをガードするような勢いだった。
「すみません。お騒がせしました」
 従姉さんは、そういうと舞台鼻まで来て、チャラオを引立てて会場から出ていった。
「連れ戻して、このままじゃスキャンダルになる」
 その田子さんの呟きで、スタッフが駆けだし、従姉さんをスタッフの控え室に呼んだ。

「……そう、そんな事情があったんだ。よかったら、話の最初のとこだけ省いてマスコミに話してもらえるかな。スキャンダルじゃなくて、撮影のエピソードで終わらせたいんだ。ユカリンのために頼むよ」
「分かりました、後始末は、あたしがつけます」

 この薫という従姉さんは、十人余りの記者の前で、明るく話してくれて、スキャンダルにはならずに済んだ。それどころか、凛とした態度に惚れ込んだ監督が「役つくるから、君も出てくれないかな!」と、言ったくらいだった。

 従姉さんは、丁重に断って帰っていった……。

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