大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・145『行く春や 鳥泣き魚の目に泪』

2020-04-16 17:18:29 | 小説

魔法少女マヂカ・145

『行く春や 鳥泣き魚の目に泪』語り手:友里   

 

 

 

 ちょっとした峠に差し掛かった。

 

 峠と言うのは字の通り山の上と下にあるもので、目の前に迫っているのは山の上の方の峠。

「峠を越したら、なにか新しいものに出会えそうね」

 そう言うと、マジカがクスリと笑った。

「友里、おまえ楽しくなってきたんだろ?」

「え、あ……かもね。人さらい雛が出てからは、ずっと穏やかだしね」

「ま、いいけどね。この先何があるか分からん、リラックスできる時にはリラックしておいた方がいい」

 ワン

 わたしよりも先にツンが返事した。

 でも、返事の意味は違っていて、トコトコと速足になって、峠に向かっていった。

「自分が偵察するからゆっくり来てくれってさ」

「できた子ね」

「西郷さんの仕込みがいいんだろ」

 ツンは、峠に至ると、鼻をヒクヒクさせて周囲を探った。

「仕事熱心なんだ」

「あれはあれで楽しんでいるんだ、ほら、尻尾をゆったりと振ってるだろう」

「ほんとだ」

「なかば遊びだ」

 マヂカの言葉が当たって、しばらくすると、つまらなさそうにツンは戻ってきた。

「峠の向こうは平穏そうなんだね」

「ああ、そうだね」

 

 口笛でも吹いてみたい気になったけど、峠の向こうから変なのがやってきた。

 

 サンダル履きジャージ姿で首からIDをぶら下げてる。ポケットに手を突っ込んで、脇に挟んだものに気づく前に、このオッサンは学校の先生だろうと思った。

 脇に挟んでいるのは出席簿と閻魔帳だ。目に光が無くて、せかせかしながら距離を詰めてくる。

「気をつけなさい、この先に変な奴がいる」

「変だけじゃ分からない」

 マヂカが聞きとがめると、そいつは『不味い奴に声をかけた』という不快感を見せながらも応えた。

「峠を越えて少し行くと開けたところがある、そこに女生徒が突っ立ってるんだが、道行く人に『見ろ見ろ見ろ』とせっつくんだ。なにを見ろっていうんだって聞いても答えない。保健室には連絡しておいたから、すぐに迎えはくるんだろうが、見かけても声はかけないことだ。もし目が合ったら『保健室にいきなさい』と言えばいい。指導したことにはなるから。じゃな……」

 オッサンは目も合わせずに行ってしまった。

「どうする、きっと妖か霊魔だよ」

「違うと思うよ」

「そうなの?」

「ツンが詰まらなさそうだし、わたしも、そんな気がしない」

 

 峠にさしかかると聞こえてきた。

 ミロミロミロミロミロミロ……ミロミロミロミロミロミロ……ミロミロミロミロミロミロ……

 

「あれだな……」

 向かって左側に少し開けた空き地のようなところがあって、セーラー服の女子生徒が「見ろ見ろ見ろ見ろ……」と歌うように言っている。

「あの体で、よく通る声ねえ」

「あの子の後ろに窪みがあるだろ」

 マヂカが示したところが少し窪んでいる……近づいてみると、それは穴というかトンネルのようになっていて、そこに声が反響して大きく聞こえているみたいだ。

 知らんふりして行こうと思ったら、マヂカが立ち止まってしまった。

「い、行こうよ『保健室に行きなさい』って言ってさ(^_^;)」

「『見ろ』って言ってるように聞こえるか?」

「え、違うの?」

「『見ろ』じゃないよね」

 すると、女生徒の『見ろ』は数秒間だけ停まった。

「『見ろ』 36のもじりだな」

「あ?」

 マヂカが言うと「36 36 36 36 36 36 36 36 36……」に聞こえ始めた。

「な……」

「『36』……なんの数字だろう?」

「掛けたら36になるのは?」

「え……4×9……かな?」

 ワン

「ツンが正解だと言ってる」

「4×9……49 49 ヨンク?」

「シクだよ」

「シク シク シク……泣いてるの?」

「知って欲しかったんだな、ここで泣いているのを。行く春を惜しんでいるんだな」

 

「嬉しい……やっと……」

 

 ビューーーーーーズボッ!!

 

 そこまで言うと、女生徒は、急に奥行きの増した穴に吸い込まれて行ってしまった。

 直後に、穴の向こうに魚が見えたような気がしたんだけど、直後に閉じてしまって、穴ごと見えなくなってしまった。

「なんだったの?」

「あの穴は、次元の狭間に開いた綻びなんだよ」

「綻び?」

「ああ、神田明神の力が衰えているからなあ」

「で、あの子は?」

「あの子の世界では、今度の春が最後なんだよ。俳句にあるだろ『行く春や 鳥泣き魚の目に泪』って」

「え……え? それってダジャレ?」

「さあな」

「あ、待ってえ」

 歩きながら思い出した『鳥泣き……』は『鳥啼き……』のはずだよ。テストだったら不正解だよ。

「そんなだから、見えなかっただろ」

「なにが?」

「魚の涙」

「アハハハ」

 え? え? 訳わかんないよ~!

 

 

 

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坂の上のアリスー52ー『洗濯日和』

2020-04-16 12:27:23 | 不思議の国のアリス

アリスー52ー
『洗濯日和』(綾香)    

 

 

 洗濯をして、ちょっと気がまぎれた。絶好の洗濯日和だし。

 

 水に触れていることとか干す時の青空が目に浮かんでくるせいかもしれないし、ドラムの中で回っている洗濯物の洗剤や柔軟剤の香りかもしれない。蛇腹のホースから流れる水が、しだいにキレイになっていくせいかもしれない。水に流すって慣用句があるよね。言えてるなあって思ったりもする。

 それに、あいつが参考書を買いに外に出ているせいかも。とにかく、あいつとは一緒に居たくない……。

 さあ、干すぞ!

 脱水が終わった洗濯物をカゴに入れる。

 つっかけを引っかけて、庭の物干し……で止まってしまった。

 すでに、あいつの洗濯物が干してある。

 ……仕方ない、自分の部屋のベランダで干そう。

 

 回れ右して自分の部屋に。サッシを開けてベランダに出る。

 アチャー……。

 ベランダは洗濯物を干すようにはできていない。

 物干しざお用のフックはあるんだけど、物干しざおが無い。洗濯物用のロープも無いし、洗濯バサミすらない。

 クローゼットからハンガーを取り出して、なんとか干す。

 下着は同様にハンガーなんだけど、部屋の中で陰干しにする。

 これから先の事を考えると、本格的な物干しグッズが必要だ。

 

 よし!

 

 自転車に跨ってスーパーを目指す。

 あ、こーゆーのってホームセンターか!? 角を曲がったところで思いつく。

 ハンドルをグリンと回して国道沿いのホームセンター。

 

 洗濯ハンガーはプラスチックだと思っていたら、なんと、アルミ製のがある。それも、洗濯物を引っ張るだけで取り入れられるスグレモノ!

 いっしょに洗濯機に放り込んでおくと洗濯物が絡まないカラマーズってボールみたいなの!

 ジャケットとかセーターを型崩れさせずに洗うためのネット!

 雨とか花粉とかから洗濯物をガードする携帯温室めいた御守りガード!

 

 あれこれ買うと、けっこうな量なんだけど、新しい生活のためだと思うとヘッチャラだもんね。

 駐輪場に戻ると隣接する駐車場に屋台が出ているのに気付く。

 ドレドレ……(o^―^o)

 たこ焼き、焼きそば、ホットドッグ、クレープ(^^♪

 なんだか縁日みたい。親子連れとかが列を作っている。美味しそうで楽しそうだから、つい並んでしまう。

 二つは食べたかったけど、荷物があるし、クレープだけで我慢してサドルに跨ってムシャムシャ。

 真夏の青空、その下で食べるなんて何年振り……ほんの子供のころ家族そろって海に行って以来。

 遠くに富士山が見えたから湘南……二本柄の付いたアイス、大きいのは食べきれないだろうって、それ買ってもらって、あいつと分けた。ちょびっとだけ、大きい方をくれたんだっけ。

 あのアイス、なんて言ったっけ?

 ウ……なんで鼻の奥がツンとすんのよ!

 ハグ!

 残ったのをいっぺんに頬張ってペダルを踏み込む。

 信号渡っていい匂い……牛丼だ。

 

 特盛ッ!

 

 カウンターに腰かけた勢いで注文してしまう。

 ま、いいじゃんか! さっきはクレープ一個で我慢したんだからさ!

 牛丼は別腹よッ!

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・102『アイデア出してちょうだい!』  

2020-04-16 06:25:43 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
102『アイデア出してちょうだい!』  
              


 

 こんな人だとは思わなかった。

 と言っても悪い意味とちがう。


 ゴリゴリの左翼のオバハンやと思てた。誰のかて?
 八重桜でんがな、図書館の主にして、選挙前には階段からわざとらしく選挙のチラシばら撒いて選挙権の有る三年生にアピールとかしてた。脳みそお花畑のパヨパヨチン。
『夕鶴』を演るについて千歳を主役に付けようとした。車いすの千歳がけなげに演じたら、世間の注目が得られるという下心見え見えやった。千歳も「感動ポルノ」みたいなことはやりたない言うてた。
 でも、千歳の気持ちを伝えると、あっさり撤回した。

 おや? という感じ。

 次のアイデアで、ミリーとミッキーを主役にすると言いだした。

 ああ、これも異文化交流とかグローバリズムとかの美辞麗句キャプションが付くねんやと思た。
 どこまで行っても左翼は左翼、パヨクはパヨク、ブサヨはブサヨやと思てた。

 あーーこんなに痩せてしまって……

 ミリーは、このセリフを口にしたら絶対観客に笑われる! と悩んでた。

 ちなみにミリーはデブではない。
 近ごろは女性の容姿を誉めるのもセクハラとか女性差別とかとられかねないんで、言うたことないけど、ミリーはナイスバディーや。「こんなに痩せてしまって……」をかましても笑うやつは居らへんと思う。
 そやけど、一回言うてしもたら、話の流れでセクハラとられそうやから、言わへんかった。

 じゃ、その台詞カットしよ。

 八重桜は、これもあっさりと呑み込んだ……。

「とにかくさ、やるんなら楽しくやろうよ」
 稽古場として確保した空き教室。
 机や椅子を取っ払った真ん中、丸く並べた椅子に落ち着くと第一声をあげた。
 これも意外。
 パヨパヨチンなら教条主義的なテーマとかスローガンめいたものが出てくると思ったからだ。

 与ひょうがつうに家事を押し付けたり、千羽織を強要するのは女性差別。
 物欲や金銭欲は人の心を蝕んでいく。
 ほんとうに大切なものは失ってみなければ分からない。

 演劇に疎い俺でも、これくらいのスローガンめいたことは浮かんでくる。
 浮かんでくるし、こんなものを頭に入れてやったら、ほんとに左翼のプロパガンダめいたものになってしまう。
 女性差別⇒言い返すこともできないジェンダーフリーへの無条件降伏!
 物欲金銭欲=資本主義の悪!
 大切なものは失ってみなければ分からない⇒このフレーズは直ぐに表現の自由とか思想信条の自由とかに転嫁されてしまう。

「アハハ、芝居って、そんない詰まらないもんじゃないわよ」

 俺の顔色を察した八重桜は、古臭い迷信話を笑い飛ばすように両手を顔の前でヒラヒラさせた。
「ね、わたしの最大の興味は子どもたちなのよ」
 意外なことを言う。
 確かに『夕鶴』には子どもたちが出てくる。与ひょうやつうに「遊んでけれ」「歌うとうてけれ」と迫ってきて、実際舞台でカゴメカゴメをやったりする。

 子どもたちは声だけの出演だと思っていた俺はとまどった。

 高校生がツルンツルンの着物着て、台詞だけ子ども言葉……ありえない。
 じっさい上演記録を見ても声だけにしていることが多い。じっさいに出すんだったら子役を使っている。
 おれたちの稽古だけでいっぱいいっぱいなんだ、子役を調達している暇なんてない。

「子どもは出さなきゃだめよ、はい、アイデア出してちょうだい!」

 ポケットに入れたキャンディーのように気楽に言われた……。
 

 

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ここは世田谷豪徳寺・73『C国艦隊との遭遇』

2020-04-16 06:17:12 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・73(惣一編)
『C国艦隊との遭遇』   


 

 ブリッジを緊張が支配していた。

 おれは臨時砲術士のほかにも「艦長業務見習」という役割が与えられているので、いっしょに艦橋に立っている。
「北北西30海里から、C国駆逐艦と思われる艦船三隻が我が艦隊に接近しております。一時間半後には最接近、接近ポイントはここです」
 航海長がモニターのドットを示した。
「領海から僅か5海里のところやないか……」
「おそらく、その前に進路を変えるでしょうが……」
「予断だけでモノ考えたらあかん。もし、ここで出会うたらどないすんねん?」
 艦長が、だれともなく声をかけた。不思議な言い回しで、おれは自分に向けられたような気がしたが、副長が答えた。
「領海接近の警告をし、警戒行動をとります」
「今のとこ模範解答やな……佐倉くん、なんで阪神は人気あるか知ってるか?」
「はあ……おもしろい試合をするからじゃないですか?」
「せやな。ホームランでも凡ミスでもリアクションがおもしろい、選手も観客も吉本ばりのリアクションしよるからな」
「ボケと突っ込みですか?」
「せや、あれが阿吽の呼吸で、お互いイジリあいすんのがおもろいねん。船務長、118番通報は?」
「電測で発見と同時に、第七管区に通報済みです。巡視中のやしまが向っています」
 C国との艦船への接触は、第一義的には海保の仕事である。たとえ相手が軍艦でも、海自は後方から見ているしか手がない。

 艦長は、10海里までは阪神や吉本のバカ話でブリッジを和ませていた。

「C国艦視認。ソヴレメンヌイ級3隻、引き続き接近中」
「進路変更しないのか?」
「領海ギリギリまできて反転するんでしょう。やしまは間に合いません」
「突っ込みは、相手がボケてからやで……」
「こちらが先にボケますか?」
 航海長が海自としては、当たり前の提案をした。どちらかがボケる、つまり繰り返しの回避運動をしながら牽制しあうのが、C国とのコントのやり方だ。
「領海の直近や、こっちからボケたらちょっと恥ずかしい。まあ、こっちも護衛艦三隻や、礼儀としては、向こうからボケるのが常識。戦争やってるわけやないねんからな……」
 そう言いながら、艦長は赤いキャプテンシートから腰を上げるとCICに向かった。目でおれに付いてこいと言っている。

――C国艦、8海里に接近――

 ブリッジからの報告が上がってくる。艦長は8回裏同点の阪神の監督のような余裕で言った。
「総員戦闘配置。いこま、かつらぎにも総員戦闘配置させろ。取り舵30、二十ノット2海里でC国艦隊の左舷側に回り込む。船務長、C国艦隊に接近警告」

 わが吉本艦隊は、キレのいいボケをし始めた。

「ボケだけで済んだらええねんけどな……」

 艦長の独り言は、おれにしか聞こえなかった……。

 

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乙女と栞と小姫山・17『ドッキリ入学式』

2020-04-16 06:09:34 | 小説6

乙女小姫山・17  

『ドッキリ入学式』    
 

 

 

 真美ちゃん先生から三分おきに電話がかかってくる。
 

 乙女先生は、嫌がらずにきちんと対応した。

「もうちょっとやからね」  

 乙女先生は入学式の警備担当の責任者になっている。式場から最も遠いE組の時間を計っておいたので、それを逆算すれば、入場のタイミングを間違えることは無い。
 

 会場に『威風堂々』が静かに流れ始めた。
 

 前奏が1分57秒あるので、1分たったところで、A組出発の合図を出すことにしていた。そして45秒おきに各クラスを入場させれば、ラストのE組が着席し、10秒の最終章で、ぐっと雰囲気が盛り上がり、順調に教頭の開式宣言にもっていけるのである。

 それが、なぜか『威風堂々』が流れると同時にA組が教室を出発し、前奏の30秒目のところでは、入場しはじめた。

「宮里先生、ちょっとタイミングが早いです」

 乙女先生は、なるべく穏やかに注意しにいった。

「ここは、わたしの持ち場所です。わたしが指示します」

「そやかて、わたしが警備誘導の責任者です。わたしが……」

「先生は、転勤早々。それは書類上の名誉職です……はい、B組出してください」

 めでたい入学式、事を荒立ててはと、乙女先生は大人の判断で引き下がった。
 

 式場に戻ってびっくりした。
 

 天井の蛍光灯は点いているが、舞台上の照明が何もついていない。ギャラリーのスポットライトには人も付いていない。

 乙女先生はゆっくり慌てて、体育館の上手袖の分電盤までいって、天井のボーダーライトのスイッチを入れた。

 スポットライトのスイッチを入れたが、点く気配がない。再びゆっくり慌てて、ギャラリーに上がり、あまりのほこりっぽさに呆れながら、スポットのスイッチを入れ、演壇と国旗、校旗にシュートを決めようとしたが、上手の、スポットライトが点かない。

「チ、球切れかいな!」

  あきらめて降りようとしたところに、真美ちゃん先生から電話がかかってきた。

「どないした、真美ちゃん?」

「宮里先生が、もう出せて言わはるんです。予定より1分早いですう!」

「ウチはお飾りらしいわ、宮里先生の指示で動いて!」

 ギャラリーから降りると、式場からC組の前あたりまで、ダンゴになっているのが分かった。前任校なら、もう暴動ものである。 E組が着席したのは『威風堂々』の終楽章の途中で、それもカットアウトされてしまった。テレビ番組なら放送事故である。

 ポンポンと大きな音がした。教頭がマイクの頭を叩いたのである。バカタレが、マイク壊す気か!?

「えー、それでは、オホン。令和○年度、大阪府立希望ヶ丘青春高校の入学式を挙行いたします。国歌斉唱、一同起立!」

 ここはご立派に間髪入れずに国歌が流れた。

 乙女先生は、ちょっとしたイタズラを思いついた。スマホを出して、式場の撮影を始めたのだ。むろん職員席が写る。 ――根性無しめが、みんなクチパクか――そう思っていると、組合の分会長を兼ねている中谷と目があった。気づくと、他にも何人もの教師や来賓、保護者がギャラリーの乙女先生を見上げていた。一瞬訳が分からなかったが、すぐにメゾソプラノの自分の歌声が、式場中に鳴り響いていることに気が付いた。直ぐ横では、学校お出入りの写真屋さんが笑っていたが、ここで止めては失敗ととられるので、最後まで堂々と歌いきった。
 

 なんちゅう話し下手や……と思った。
 

 校長はさすがに「よく学びなさい」をテーマに話をまとめた。

「さっきのピンクのス-ツの先生は、転任の……あとで正式にご紹介しますが、一年の生指主担の佐藤先生です。先生は、転任早々、式の有り様を勉強するために、式場を走り回っておられました。諸君、勉強するのはいつでしょう……今でしょう!」

 たった今起こったことと、流行の言葉を結びつけ、笑いと共に話のテーマを伝えていた。他の教師の話はほとんど平板な話ぶりで、なんのインパクトも無かった。

「生徒指導部長の梅田です。君らの直接の担当は、佐藤先生です。以下、佐藤先生に引き継ぎます」  

 やっぱり丸投げか……まあ、予告してただけマシか。乙女先生は演壇に上がった。
 

「さっき、ドジして校長先生の話の種にされた佐藤です。わたしは、もういくつかこの学校にきて学びました。この体育館で一番声が響くのは、正面のギャラリーです。文化祭のときはステージにしてもええでしょうね。東京ドームかヨコアリぐらいの迫力があります(みなの笑い) さて、みんなに言うことは、今日は二つだけです。学校の決まりは守ってください。何を守らなあかんかというと、この生徒手帳に書いてあります。お家の人とも、よう読んどいてください。分からんことがあったら、わたしのとこに聞きにきてください。それから、保護者のみなさんにお願いです。学校にご不満や疑問に思われることがありましたら、お子さんにぶつけるのではなく、学校に直接おっしゃってください。至らないところもあると思いますが、我々教職員と保護者のみなさまといっしょに学校を作ってまいります。PTAというのは、ピーマンとトマトはあかんの略ではありません。ピアレンツ アンド ティーチャーズアソシエーション。つまり、教師と保護者の会という意味です。どうぞよろしく」

 我ながら、コンパクトにまとめられたと思った。揚げ足を取られるようなことも言っていないっと……。
 

 無事に入学式は終わった。さすがにくたびれた乙女先生は、生指のソファーに靴を脱いで横になった。ウツラウツラしかけたころに、保健室から電話がかかってきた。

――乙女先生、手が空いてたら、ちょっと保健室来てもらえますか――

 出水先生が、真剣な声で言った。いったい何が起こったんだろう……。

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