オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
115『ちっとも変わってない……』
甲府の街は十分都会なんだけど、車で十分も走ると凄みの有る山々が迫ってくる。
その山々を経巡るように三十分も走ると二十一世紀の感覚が無くなってしまう。
アスファルト舗装にさえ目をつぶれば、ここが縄文時代と言われても「そうなんだ」と頷いてしまうし、信玄公の軍勢が通られますと言われれば、馬蹄の音が木霊すような気さえする。
「ここで舗装道路は終わりです」
穴山さんが呟くと、それが音声入力のスイッチであったかのように土道の感触がお尻に伝わってくる。
「ちっとも変わってない……」
美晴の小さな歓声を穴山さんは穏やかな笑顔で受けとめてくれる。
林を過ぎると騙し討ちのように川が現れ、車は器用に直角に曲がっていく。知らずに突っ込んで行ったら谷と言っていいほどの流れに突っ込んでしまうだろう。
そして見えてきた……瀬戸内家先祖伝来の城郭と言っていいお屋敷が。
屋敷の前は、先ほどの川の支流に当たる流れが堀のように横たわり、石垣の上にはしゃちほこが載った二層の門が聳えている。
「しゃちほこがあるのはお城なんだよね」
そう呟いた時「しゃちほこは火除のお呪いなんですよ」と、穴山さんは幼い美晴に教えてくれた。
あれから十二年もたっているのに、ほんの昨日のことのように思い出されるのは、あまりに変わりのない屋敷と風景のせい。
だけど、美晴には大お祖母さまの気持ちが変わっていないことの意思表示のように思えた。
制服を着てきて良かったと思った。
生徒会の役目は終わったけど、まだ空堀高校の生徒であることには変わりはない。
大お祖母さまは――公(おおやけ)の仕事をしているうちは無理強いはしない――ということだったんだから。
どう切り出して言いかは分からないが、制服は公のシルシだ。瀬戸内美晴という個人である前に空堀高校の生徒である。
大お祖母さまに会って、なにを話のテコにするかは思い浮かばないが、制服である限りなにかできるはずだ。
「それでは、仕来(しきたり)りですので、ここでお控えください」
やっぱりと思った。
瀬戸内家は仕来りにやかましい。
美晴は通された広間の畳の縁を踏まないようにして、上段の二間前に正座して待った。
座布団は置かれていたが大お祖母さまの指示が無い限り使ってはいけないことも承知している。
上段は中央が間口二間の床の間のようになっていて、瀬戸内家の代紋を背に厳めしい鎧が据えられて、まるで時代劇に出てくる殿様との対面のしつらえだ。
瀬戸内家は、甲斐の国に八百年続く地元の名家であったのだ……。