大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・115「ちっとも変わってない……」

2020-04-29 06:18:14 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
115『ちっとも変わってない……』 
      



 甲府の街は十分都会なんだけど、車で十分も走ると凄みの有る山々が迫ってくる。

 その山々を経巡るように三十分も走ると二十一世紀の感覚が無くなってしまう。

 アスファルト舗装にさえ目をつぶれば、ここが縄文時代と言われても「そうなんだ」と頷いてしまうし、信玄公の軍勢が通られますと言われれば、馬蹄の音が木霊すような気さえする。
「ここで舗装道路は終わりです」
 穴山さんが呟くと、それが音声入力のスイッチであったかのように土道の感触がお尻に伝わってくる。

「ちっとも変わってない……」

 美晴の小さな歓声を穴山さんは穏やかな笑顔で受けとめてくれる。

 林を過ぎると騙し討ちのように川が現れ、車は器用に直角に曲がっていく。知らずに突っ込んで行ったら谷と言っていいほどの流れに突っ込んでしまうだろう。

 そして見えてきた……瀬戸内家先祖伝来の城郭と言っていいお屋敷が。

 屋敷の前は、先ほどの川の支流に当たる流れが堀のように横たわり、石垣の上にはしゃちほこが載った二層の門が聳えている。
「しゃちほこがあるのはお城なんだよね」
 そう呟いた時「しゃちほこは火除のお呪いなんですよ」と、穴山さんは幼い美晴に教えてくれた。
 あれから十二年もたっているのに、ほんの昨日のことのように思い出されるのは、あまりに変わりのない屋敷と風景のせい。

 だけど、美晴には大お祖母さまの気持ちが変わっていないことの意思表示のように思えた。

 制服を着てきて良かったと思った。

 生徒会の役目は終わったけど、まだ空堀高校の生徒であることには変わりはない。
 大お祖母さまは――公(おおやけ)の仕事をしているうちは無理強いはしない――ということだったんだから。
 どう切り出して言いかは分からないが、制服は公のシルシだ。瀬戸内美晴という個人である前に空堀高校の生徒である。

 大お祖母さまに会って、なにを話のテコにするかは思い浮かばないが、制服である限りなにかできるはずだ。

「それでは、仕来(しきたり)りですので、ここでお控えください」

 やっぱりと思った。
 瀬戸内家は仕来りにやかましい。
 
 美晴は通された広間の畳の縁を踏まないようにして、上段の二間前に正座して待った。
 座布団は置かれていたが大お祖母さまの指示が無い限り使ってはいけないことも承知している。
 上段は中央が間口二間の床の間のようになっていて、瀬戸内家の代紋を背に厳めしい鎧が据えられて、まるで時代劇に出てくる殿様との対面のしつらえだ。

 瀬戸内家は、甲斐の国に八百年続く地元の名家であったのだ……。

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《ただいま》第七回・由香の一人語り・5

2020-04-29 06:09:12 | ノベル2


第七回・由香の一人語り・5    



※主な人物:里中さつき(珠生の助手) 中村珠生(カウンセラー) 貴崎由香(高校教諭)



 ただいま~ と声をかけて入ると、もう始まっていた。

 私は、このごろ他のカウンセリングの先生のアシもやるようになった。でも珠生先生がメインなんで、由香先生の時間になってきたのでもどってきたのだ。
 珠生先生は、時間を掛けて由香先生に時間を遡らせる。眠った由香先生の唇が動き出した。私は、急いで速記用のパソコンに付いた。


 秋の終わりに再び熊が出た。

 今度は被害者は出なかったけど、警察は猟友会に依頼。脚が悪く、まだ幼い熊が射殺された。
 ショックだった……。
 町に買い出しに行っていた田中さんは、全てが終わってから、そのことを知った。

 二日ほど塞ぎ込んでいたが、三日目には役場に出向き、なにやら直談判……グロテスクでもミゼラブルでも、ここに根を生やさなければ……そんな気迫を感じた。

 その後、熊に関する問題は起こっていない。
 村は、少し変わり始めたようだ……やっぱり田中さんは凄い!

 嬉しい変化は、雪解けと共にやってきた!
 オーナーは強気に出た。
 今年は、春から客が見込めるとにらみ、念願のパートを増員することにしたのだ!
 けっきょくは、あたしと同じ住み込みになるんだけど……幸子さん、あなたがやってきたのです!

 美貌の二十二歳。作家志望の女子大生……え、歳はいいって? ハハハ。

 幸子さんがやってきて、ペンションは、さらに変わりました。
 月並みな言い方だけど、パッと花が咲いた感じ。ロシア文学好きってのもシブイ!
 あたしとは、三つ違うだけなんだけど、女の魅力というやつ。
 あたしが、このペンションで働き始めた時、オーナーの奥さんは、こう言ったものだ。
「女の子が来たんだから、身だしなみとか気をつけてください。お客さんの手前もあるしね。あなたも田中さんも」

 奥さんの忠告は、ほとんど無視された。
 さすがに、お客さんの前では控えていたが、薪割りや荷運びで暑くなると、平気で上半身裸になったり、ゲップをしたり。時にはパーテーション一枚隔てただけの事務所の中で、オナラの競い合いをしていたり、鼻毛を抜いては灰皿の縁に植えたり。

 それが、ピタリと止んだ。

 オーナーなんか、いつも襟付きのシャツを着て、オーデコロンなんか付けるようになり、間違ってもオナラの漫才や、鼻毛の植え付けなどはしなくなった。

 奥さんは、前とは違う意味で忠告するようになった。

 一番大きな変化は田中さんだ。
 
 あの、ブッキラボウズの田中さんが、お喋りになった。と言っても、あくまで以前の田中さんと比べてということで、けして明石家さんまのようになったという意味ではない。
 仕事が一段落したときなど、幸子さん相手に小説やら外国の話をしていたり、互いの身の上話をしたり。ただし、身の上については、双方どこまで本当かは分からない。
 あたしと幸子さんが二人でいるときも、わざわざ幸子さんの方だけ声を掛けたりしていた。

 二人の話は、いつも面白く、新発見や驚きに満ちていたが、あたしは幸子さんのように田中さんと対等に話すことができなかった。

 不勉強と人徳の差。

 あたしは、ただ子どものように大笑いしたり、涙を流したり、怒ったり、ビビッたり。
 ただ、素直な賑やかさで反応する聴講生でしかなかった。
 あたしは、ときどき、その高度な大人の会話に嫉妬した。

 幸子さんは、そんなあたしには気を遣って……いなかった。

 遠回しで意識的な気遣いは、かえって人を傷つけることを知っていたから……。
 ある晩、いつものように大人の会話で盛り上がって……そう、七夕のちょっと前くらい。その日は、あたしには着いていけない文学的な激論になり、あたしは早々と部屋に戻った……うん、あのとき、あのとき。

 くすんで拗ねた心と体をベッドに押しつけても、七夕に近い空と同じくらい目が冴えて眠れずにバルコニーへ。
 頬杖ついたあたしの横……。
 いつの間にか幸子さんがやってきて、ココアをかき回しながら、こう言った。
「わたしと田中さんが喋るのはね、仲が良いからじゃないんだよ。喋ることで互いにガードを張ってるんだ。時々、わたし経由で、ユカちゃんに話しかける。気づいてた? ユカちゃん反応がいいから、田中さん喋るんだよ。あの人は同調よりも感動を共有したいんだ」
「え……?」
「このワカランチン……ユカちゃんの方なんだよ、田中さんが好きなのは」

「今日は、そこまでにしときまひょ」

「今まで、ボンヤリしてたけど、田中さんの顔がはっきりしてきました……でも、この先が思い出せない。幸子さんが、あんなにはっきり言ったのに……」
「核心に近こなってきましたな……」
「田中さんと……なにがあったんだろ……やだ、なんだか、あたし震えてる」
「そやけど、目の輝きは戻ってきましたで。これからは、ええことと悪いことが、いっぺんに出てきまっしゃろ。これ、あげまひょ」
「万歩計?」
「次まで、日に一万歩……」
「歩くんですか?」
「走りなはれ。呼吸が荒ろなったり、心臓がバクバクすんのに慣れなはれ。カウンセリングも胸突き八丁。体から慣れときまひょ」
「はい、ちょっと怖いけど」

 窓の下を見ると、門から走っている貴崎由香先生が見えた。ちょっとハラハラした。

「この仕事は、クランケに付かず離れず。マラソンの伴走者みたいなもんだす。あんたも、そのつもりでね」
「はい」
「ちょっと、おいしいコーヒー買うてきてくれる」
「はい」

 ドアを閉めると珠生先生の、可愛いクシャミが聞こえた……。

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ここは世田谷豪徳寺・94『さつき今日この頃・1』

2020-04-29 05:58:35 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・94(さつき編)
『さつき今日この頃・1』    



 

 アッと思ったら、手のスマホが無くなっていた。

 目の前、電柱一本分先を走っているカットソーとジーンズの女の子が犯人だということに理解が及ぶのに数秒かかった。
「スマホドロボー!」
 と叫ぶのに、さらに二秒かかった。犯人はとっくに、豪徳寺の高架を抜け右に曲がって姿が見えなくなっていた。これは、もう駄目だろうという諦めが湧いてきた。と、思ったら、高架の右側から犯人が左側に駆け抜けていった。
「ド、ド、ドロボー!」
 あたしは、改めて叫んで追いかけた。なんといっても豪徳寺は地元だ、姿さえ見えていたら、路地裏の奥まで追いかけられる。

 と思って走っていると、自転車に乗った北側署の香取巡査が自転車で追いかけていた。

「一応窃盗だからね」

 香取巡査が、取調室で、あたしと犯人の両方に言った。スマホドロボーは、なんと、あたしと同じ東都大の留学生だった。
「周恩華さん、前は無いみたいだけど、単に検挙されてないだけで、初めてだったって言い訳は通用しないよ。さつきさん、どこも怪我してません? ひっかき傷でもしてたら強盗傷害になるからね」
 香取巡査は、冷たい麦茶を置きながら、首筋の汗を拭いた。使ったタオルハンカチは、その横で調書を取っている女性警官のものらしく嫌な顔をしていた。
「怪我はしていません。スマホが戻ったら、あたしはいいんです」
 周恩華という同学の留学生は、固く口をつぐんだまま机の上を見ている。覚悟はしているようだった。あたしは、この周さんは、本当に初めてか手馴れていないのだと思った。慣れていたら、こんな豪徳寺みたいなローカルなところじゃやらないだろう。でも、なんで豪徳寺なんかに来たんだろうって、疑問は残った。
「なんで豪徳寺なんかに来たの? あなたの寮は大学の近所でしょう?」
「……佐倉惣一の家が見たかった」
「え、あたしの家!?」
「え……?」
「惣一は、あたしの兄貴。で、あたしは大学からの帰りで、スーパーに寄って帰る途中だったのよ」
「だったら、失敗するんじゃなかった」
「その発言は重いよ。反省してないし、挑戦的だし」
「あたし、被害届出しません」
「出しなさいよ。そんなことで恩にきたりしないから。麦茶、もう一杯、お巡りさん」
「可愛くないなあ……」
 そう言いながらも、お茶を汲みにいくところが、香取巡査のいいところだろう。
「はい、どうぞ。でもね、なんで佐倉さんち見に行こうと思ったわけ?」
 あたしも、それには興味があった。
「佐倉惣一は、たかやすの乗り組み士官でした。それに『MAMORI』で、佐世保沖の大虐殺の正当化をやってる!」
「そんな言い方やめてくれる。あれはC国の方が先に手を出したのよ」
「先に撃ったのは日本側」
「射撃レーダー照射されて、砲口向けたら、撃ったも同然でしょ」
「でも、C国側には撃つ気は無かった」
「アメリカなら、懐に手を突っ込んだ段階で撃たれてるわよ」
「日本の警察は撃たないでしょ。『銃を下ろせ。下ろさなければ、今度はもう一回銃を下ろせって言うぞ!』なんでしょ?」
「君な、そういうもの言いが自分の首締めるんだぞ」
「締めるんだったら締めてよ。どうせ、日本には居られないし、国に帰っても住む家もないんだから。みんなあんたのお兄さんが悪いのよ」
「冷静になろうよ、周さん」
「あたしは負けない。あたしの兄さんは、あの佐世保沖で沈められた船に乗っていたんだから!」

 目の前でシャッターが下ろされたような気がした。

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乙女と栞と小姫山・30『赤いスウェット』

2020-04-29 05:50:02 | 小説6

乙女小姫山・30

いスウェット』     

 

 

 

「お母さんには二度会い、お父さんには一度も会えへんもん、なーんや!?」
 

 今日の日本史Aの始まりが、これだった。

 まるでナゾナゾ。いや、ナゾナゾそのものだった。そもそも最初の授業がデーダラボッチの話だったし。
 

「むか~しむかし、常陸の国にデーダラボッチいう、雲を突くような大男がおったげな。毎日こいつが海岸に行っては、しこたま貝を口に含んで、もぐもぐして住みかに帰っては、ぺぺぺッと貝がらを吐き出した……これから何が分かる?」
 

 正解は貝塚であった。関東地方で貝塚は海岸線から遠く離れたところで発見される。これは縄文時代の温暖な海進期に、海岸線が関東平野の奥まで達していて、貝が採れ貝塚ができ、二千年ほど昔に始まった海退によって海岸線がひいて、今のそれと変わらなくなった。古代人たちは「なんで、こんな海から離れたとこに貝殻がいっぱいあんねん?」と、思った。で、まさか海岸線が移動したりするなんて思いもつかなかった。ほんでデーダラボッチいう巨人をしたてて、想像力のつじつまを合わせた。

「ファンタジーや思えへんか!?」

 で、デーダラボッチ、ダイダラボッチの分布範囲を黒板の地図に記す。

「これで、縄文時代が温かったのが、ようわかる。農業せんでも、食い物はどこにでもあった。ジブリの作品にも、こいつが出てくるなあ」

 で、ひとしきりジブリの話をして、あとは教科書○ページから○ページまで読んどけ。それで、プレ縄文と縄文時代の話はおしまいである。並の教師なら二週間はかかる。乙女先生の信念は近現代史にある。それまでは、こんな調子。三年の生徒達は、乙女先生の授業をバラエティー番組のように思っている。
 

「答わかったか?」
 

 生徒たちは顔を見交わしクスクス笑うだけ。

「イマジネーションのないやつらやなあ。正解はクチビルや!」

「ええ!?」

「クチビル付けて母て言うてみい」  

 生徒たちは、パパとかババとか言って喜んでいる。

「平安時代は、そない発音したんや。微妙にクチビルが付く。で『ファファ』になる。ほかにも濁音の前には『ん』が入る。今でも年寄りの言葉に名残がある。『ゆうべ』は『ゆんべ』になる。せやから、当時の発音で源氏物語を読んだら『いんどぅれの、おふぉんときにてぃかふぁ……』とやりだす。それも表情筋を総動員してやるので、笑い死に寸前のようになる者も出る。乙女先生は、半分冗談で酸素吸入器を持ち歩いている。

「で、こういう言葉を表現しよ思たら、漢字では間に合わんよって、片仮名・平仮名が生まれた『お』と『を』の発音の違い分かるか?」

 何人かが手をあげる。「O」と「WO」を使い分ける。クラスの1/3が分からない。で、生徒たちに教えあいをさせる。

「え」と「ゑ」の違いも披露し、今の日本語が平板でつまらなくなってきたと脱線して「国風文化」が終わりとなり、来週はめでたく摂関政治と院政のだめ押しをやって「武家社会」に入る。

 乙女先生は、無意識ではあるが、日本史Aという授業の中で、総合学習をやっている。ちなみに、乙女先生は、日本史とはいわずに国史と……たまに言う。
 

「えー、こんなのもらってもいいの!?」

 栞が、喜びと驚きを小爆発させた。昨日来たさくやのお姉さんがMNB受験のためにスウェットの上下とタンクトップをくれたのである。

「へへ、お姉ちゃんも、若かったらやりたいとこや言うてました」

「変わったブランドだね『UZUME』いうロゴが入ってる」

「まあ、一回着てやってみましょか?」

 そこは女の子同士、チャッチャッと着替えてスタンバイ。以前も思ったが、さくやはナイスバディーだと思った。この子が制服を着ると、とたんにありふれたジミ系の女子高生になるから不思議だ。似たようなことはさくやも思った。制服の栞は硬派の真面目人間に見えるが、歌ったり踊ったりすると、目を疑うほど奔放になる。

「これ、ステップとターンが、とても楽にできる!」

「それは、なによりですぅ(^▽^)/!」
 

 MNBのオーディションは明日に迫っていた……。

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