大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・141『携帯顕微鏡』

2020-04-26 14:07:33 | ノベル

せやさかい・141

『携帯顕微鏡』         

 

 

 このごろは率先して家の手伝いをしてる。

 

 武漢ウイルスで休校が続いてるさかい、ゴロゴロしてては堕落する一方やさかい!

 と言い切るのはカッコよすぎるかなあ。

 頼子さんがすごいから、負けてられへん。

 ヤマセンブルグから帰ってきて二週間の隔離を無事に済ませた。実に前向きで、新しい高校の制服を着た映像をスカイプで披露してくれた。領事館の人が撮った映像が付いてて、なんかプロモ映像みたい。

 制服そのものは詩(ことは)ちゃんのと同じ真理愛学院やねんけど、ついこないだまで、うちらと同じ中学の制服やったんで、ギャップが大きい。

 それに、頼子さん自身は言えへんけど、武漢ウイルスに負けてられるかあ! というヤマセンブルグ公国の王女としての気合いがオーラになってる。

 頼子さんの映像はYouTubeでも流れて、ヤマセンブルグの国民の人らも勇気づけてる。

 

 頼子さん、うちかて負けてへんよお!

 

 というので、本堂の座布団やらお経の本を虫干ししております!

 自粛も五月の六日には終わりそうなんで、檀家のお年寄りが来はるようになったら、ウイルスとかの心配がないように消毒をするんです。

 百枚ほどの座布団を本堂の縁側に干す。午前中は階のある東側に、午後になったら南側。

 パンパン パンパン

 干し終わったら、詩ちゃんといっしょに布団タタキで座布団を叩く。

「うっわーーーーー」

 小さな座布団やけど、けっこうな埃が立つ。

 詩ちゃんと悲鳴を上げるけど、なんや楽しい。

「こんなのに座ってたんやねえ」

「お年寄りには毒だねえ」

「埃って、なにでできてるんやろか?」

「見てみるかあ(^▽^)/」

 虫干しのお経を取り込んでたテイ兄ちゃんがボールペンみたいなんを寄越した。

「なにこれ?」

「携帯顕微鏡や、キャップを外して、こうやると……見える」

「見る見るぅ~(^^♪」

 ウフフフ

 なぜか詩ちゃんがウフフと笑うのを尻目に顕微鏡を覗いてみる。

 覗くと、ボーっと明るいしか分からへん。

「ボールペンの芯を出すように回していくとピントが合うてくるから」

「こう……」

 ちょっとずつ回していくと、なんや、ホコリみたいなんがワヤワヤと漂ってるのが見えてくる。

「なんか見えてきた!」

「うまいことピンと合わせや……」

「こう…………わ!」

 ワヤワヤしてたんは次第に姿がハッキリして来て、やがて、ピッタリ合うと……なんと、ちっちゃな阿弥陀さんがいっぱい蠢いてるのが見えてきた!

「な、なにこれ!?」

 言いながらも目が離されへん、大勢の阿弥陀さんは集まったり離れたり、なんかシンクロナイズドスイミングとかやってるみたい!

「それは、仏教で云う『いたるところに仏性あり』というのが実際に見える顕微鏡や。自分の手の平見てみい」

「……ほんまや、あたしの手ぇにも!」

 アハハハハハハ

 なんでか、詩ちゃんが笑い出す。

「それ、中に仕込んであって、万華鏡になってるのよ」

「ええ?」

「友だちのボンサンが作りよったんや。な、ちょっとウケルやろ」

「もう、しょーもない」

「怒らんと、もう一回見てみい。もうちょっとずつ回していくんやで」

「まだ、なんかあんのん……」

 すると、今度は『南無阿弥陀仏』の文字が浮かび上がってきた。

「なんや、お寺の宣伝用のグッズかいな」

「辛抱足らんやつやなあ、もうちょっと見てみい」

「どうせ、しょーもない……わ!?」

 思わず顕微鏡から目を離した!

 埃やら、なんかの毛ぇやら、ダニの死骸みたいなんやらがジャングルみたいに見えてきた。

「な、それがほんまの顕微鏡モードで見えてるもんや」

「テイ兄ちゃん、言うていい?」

「なんや?」

「阿弥陀さんが見えて、南無阿弥陀仏が見えて、その先にこれが見えるのんは、阿弥陀さんの正体が、めっちゃ不潔に見えるねんけど」

 アハハハハハ

 兄妹そろて爆笑しよる。ちょっと気分悪いんですけどヽ(`Д´)ノプンプン

 

 笑いが収まってから解説してくれたんやけど、本山でも、檀家さんの間でも不評で、とうとう製品化はされへんかった落ちこぼれグッズやったそうです。

 けど、面白いから、今度、頼子さんと留美ちゃんにも見せてやろう。

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・112「キャシーへの手紙・文化祭」

2020-04-26 06:38:33 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
112『キャシーへの手紙・文化祭』
       



 秘密にしておこうと思っていたんだ。

 だって、失敗するか、失敗しないまでも、とっても恥ずかしい思いをして一刻も早く忘れてしまいたいと願うに違いないから!

 キャシー、このボクが役者として舞台に立ったんだぜ!

 日本の高校がクールだってことは、いまさら言うまでもないんだけど。
 そのクールな中でも一番クールなのがbunnkasaiだってことに異論はないだろう。
 漢字で文化祭、なんか厳めしい字面で中国の文化大革命みたいだけど、意味はschool festivalとかCulture festivalだね。
 国際生徒会会議の前にYouTubeでも見たけどさ、じっさい体験するとずっとスゴイよ!

 まず匂いだよ!

 こればっかりは動画では分からないだろ。
 じっさいボクも本番になって感動したんだよ。
 
 mogitenなんだけど、漢字で模擬店。refreshment boothのことでさ、いろんな食べ物のブースを生徒が出すんだよ。

 たこ焼き、焼きそば、うどんヌードル、アメリカンドッグ、カレーライス、クレープ、お茶と和菓子

 そういったブースが、朝からいろんな匂いをさせてるんだ。これで校門を入った時から雰囲気マックスさ!
 
 この一週間は、自分たちの芝居のレッスンで目いっぱいだったこともあって、ほかの取り組みに目をやる余裕も無かったんだけど、二日間にわたる本番はしっかり楽しめたよ。
 アメリカンドッグとポップコーンを買って校内を見て回ったんだ。
 普段は制服ばっかだけど、この日は模擬店を出している生徒たちがいろんなコスを着てる。
 まるでハローウィンのノリだ。
 ハローウィンと言えば、USJやアメリカ村(衣料やアメリカ雑貨の店が多いミナミのブロック)でやってたけど、それはYouTubeで見てくれ。

 コスで目を引いたのはメイド喫茶だ。

 女の子たちがメイドのコスで「おかえりなさいませご主人様~(Welcome back home, Master)」をやってくれる。
 本物のメイド喫茶に行ったら最低10ドルはかかる。ドリンクと食べ物いっしょなら20ドル。それが3ドルでいいんだ。
 3ドルでパンケーキとコーヒーが出てくる。それでメイドをやってるのは本物のティーンなんだ。本物のメイド喫茶は10歳くらいサバを読んでるメイドさんもいるっていうから、ほんとに掛け値なしのキュートさだ。
 
 カラホリ高校に限らないけど、日本の高校はとても設備がいいし清潔で、とてもカムファタブル。
 そのカムファタブルにハローウィンかレーバーデイみたいな楽しさが加わるんだから、もうスゴイよ。
 普段は穏やか……というか、ちょっと気力に乏しい生徒たちがイキイキしてるんだ。初めてボール(アメリカの高校の卒業ダンスパーティー)でダンスするときみたいにさ。
 キャシーも言ってたね、ボブ(キャシーの兄)がボールでエリサと踊った時の事。

 まるで男のシンデレラみたい!

 みんなボブみたいな目になってるんだ。
 別にダンスパーティーになるわけでもないし、こっそりとアルコールを飲んだりということもないし、スクールポリスの目の届かないところでドラッグやったりもないんだけど、とても楽しそうなんだ。

 寝落ちする前に本題だ!

 演劇部で『夕鶴』って芝居をやったんだ。
 キャシーのパパは芝居に詳しいから聞いてみるといいよ、Jyunji kinoshitaの名作で、30年前にシスコでもオペラ版が上演されてる。
 ようは、男に助けられた鶴が女の人に化けて恩返しに来るという話。

 ボクは、鶴を助ける男の役をやったんだ。

 日本語の台詞を覚えるのは大変だったけど、ボクの怪しい日本語でも通じたよ。
 有名なストーリーだったし、英語版との二部構成だったことも幸いして、とっても共感してもらえた。

 鶴の役はシカゴ出身のミリーがやった。

 ミリーはプロポーションのことを気にしていてね。
 鶴が男に無理強いされ、自分の羽を抜いてきれいな布を二度も織ってやる。
 できた布を持って「あー、こんなに痩せてしまって」という台詞をとても気にしていたんだ。
 ミリーは標準的なプロポーションをしているんだけど、日本人の標準とくらべると……でね。
 そんなふうには思わないんだけど、こういうことは男のボクが言うと、どこかセクハラめいて聞こえてしまう。

 で、結果的にはミリーの取り越し苦労で観客に笑われることもなく無事に終わった。

 無事どころか、二回の公演ともスタンディングオベーションだった!

 まだまだ書きたいんだけど、もう寝るよ。   お休み。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《ただいま》第四回 由香の一人語り・2

2020-04-26 06:30:12 | ノベル2

そして ただいま》第四回 
 由香の一人語り・2
        


 

 ほんとうに、やっちゃったんだ……

 家出をそそのかした大学生は、家出カバンをぶら下げたあたしを見て、こう言った。
 あいつは、あたしがホントに家出するなんて思ってもいなかったみたい。驚いたその顔には、正直に「迷惑」の二文字が浮かんでいた。

 抱いていた恋心は民宿の屋根越しに見える夕陽よりも早く沈んでしまった。

 ああ、こいつもか……。

 そうなると、持ち前のアツカマシサ。
「あんたの親類かなんかってことにしてさ、あたしの働き口見つけてよ。ウンと言わなきゃ警察に行くわよ。あんたがあたしを拐かしたってことで。一応未成年の女子高生なんだからね!」

 気合いが入りすぎたせいか、涙が溢れてきた。

 やつは、善良そうな迷惑顔で、その春にできたばかりのペンションを紹介してくれた。
 即決で、住み込みのバイトが決まった。
 やつは、地元の旧家のボンボンで、金と力はない分、あたし以外の信用だけはあったようだ。

 そのペンションのオーナー夫婦の他は、バイトの無口なオニイサンがいるだけで、夏のシーズンを目前に、人手、それもペンションの看板になるような女の子を求めて……ヘヘ、看板というのは、あたしの想像なんだけどね……。

 あら、電話。

 ああ、やっぱりやるんだ……あ、ごめん。どこまで話したっけ?

 あ、あたしがペンションで働くとこまでだったわね。
 でも幸子さん、こんな話が参考になるんですか?
 小説のネタにされるのはけっこうですけど、この程度の家出娘の話って、ザラにありますよ……え、幸子さんの予感、由香のは特別? 看板娘? よして……って、あたしが言ったんだっけ?
 
 そのペンションのバイトで知り合ったのが田中さん……。

 田中さんは、世界中のいろんなとこで働いて、いろんな人に出会って、いろんな名前を使って、いろんなことをしてきた人。
 どうやら、危ない橋の一つや二つ、渡ったり壊したりしてきたみたい。
 と言っても、スパイなんかじゃない。あくまで人の噂。
 とにかく無口。
 ひげ面で、無愛想で、おっかない感じ。あの旧家のボンボンを懐かしく感じたぐらい。

 ある日、あたしはオーナーと田中さんと三人で山菜を採りに里山に入った。

 その時は、まだ田中さんが苦手だったんで、田中さんとは距離とって歩いていたんだ。
 そして、そのことが仇になって、山の中で迷子になってしまった。

 茂みの向こうで、カサリと動くもの!?

 てっきり、前を歩いているオーナーかと思って声を掛けたら……親子連れの熊だった。

「キャー!」
「ウオー!」
「アオー!」

 と、一人と二匹で叫んだところまでは覚えてるんだけど……。

 気がついたら、オーナーが心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫かい?」
 と、オーナー。
「はい……」
 と、あたしが応える。
 すると、オーナーの後ろで、つまらなさそうに立っていた田中さんが、ぶっきらぼうに言った。
「じゃ、いこうか」
 そう言って振り返った背中は、背負子(しょいこ)が吹き飛び、熊の爪のカタチに血が滲んでいた……。

「今日は、そこまでにしときまひょ」

 珠生先生の言葉に、由香さんはズッコケたような顔をした。
「あの、話はこれからなんですけど……」
「お楽しみは、次ぎにとっときましょ。うちも、なんや胸がワクワクしてきたわ」
「あたしも、そうです。田中さんが背負子してたの、すっかり忘れてました。背負子してなかったら、あんな傷じゃすみませんものね」
「由香さん、あんたさん、この話しすんのん初めて?」
「ええ、記憶の底に沈めていましたから」
「幸子さんて、だれ?」
「ああ、バイトでいっしょになった人……さっき思い出したんですけど」
「で、その先は、まだ思い出しまへんやろ」
「はい……ここで先生に暗示を掛けられて、少しずつ思い出すんです。十七歳に戻って」
「言うときますけど、青春には光と陰がおます。やがて陰のとこも出てくると思います」
「鬱の原因ですか?」
「わてにも、よう分かりまへん。まあ、解きほぐした結果鬼が出るか蛇が出るか。ま、ここ以外では、あんまり無理に思い出そとせんように」

 この時、ノックして研究員の理子さんがタコ焼きを持って現れた。
「ただいま、ご注文のタコ八のタコ焼きで~す!」
 女四人で、タコ焼きのお茶会になった。今日の元気は、前よりも長続きしそうだ。

「貴崎先生の鬱のきっかけって、生徒の自殺なんですよね」
「それは、きっかけやろね。死んだ生徒と、あの人との接点はあれへん。たまたま現場に居合わせただけや。それに、あの人は過去にも担任してた生徒に死なれてる。その時は症状は出てへんさかいな……」
「先生、貴崎先生、今日は元気に門を出て行きましたよ!」
「ま、今日はまあまあかな……」

 私は、振り返って最後のタコ焼きを食べようとした。珠生先生に先を越され、私の爪楊枝は虚しく空を切った……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ここは世田谷豪徳寺・91『帰港』

2020-04-26 06:19:09 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・91
『帰港』
 (惣一編)      


 

 佐世保に一週間ほど足止めされたあと、横須賀に移動することになった。

『たかやす』は佐世保に係留されたままだったが、昨日護衛艦籍を解かれることを前提に横須賀に回航されることになった。『いこま』と『かつらぎ』も同様だ。回航員は元の乗組員が、そのままあてられた。
 佐世保沖の海戦がもとで、C国は三つの国に分裂してしまった。むろんC国が長年溜めこんだ国内の経済的な矛盾と、政治的な無理の結果なのだが、世間は、そうは見ない。ポンコツのたかやす艦隊がC国の息の根を止めたと思っており。船にも人にも風当たりが強い。実際C国が分裂したことで、東アジアの軍事・政治的なバランスが崩れ、経済的な混乱は世界的な規模になりつつあった。

『たかやす』以下の三隻は、その元凶のように思われた。

 国会では、あろうことか、野党が、この東アジアの混乱は日本のせいであり、日本は相応の責任を果たすべきだと鼻息が荒く、それを支持する世論は意外に多かった。
「昔なら、戦勝艦として記念の観艦式なんかやってもらって、『たかやす』なんか記念艦で永久保存だよ」
 出航の前夜、眠れぬままに船務長がベッドでボヤイていた。

 あくる朝の出航は、佐世保基地の司令以下数十名の見送りがあっただけで、恒例の「軍艦マーチ」の演奏すら無かった。しかし、よく見ると基地の建物の中から、みんな挙手の敬礼で見送ってくれていた。近くの岸壁では、元のC国人たち数百人が抗議のデモにきていて、マスコミが彼らの抗議活動を取材しているのがブリッジにいても分かった。
「艦長が人身御供になって、退役しただけでも足らんようだな」
「ま、我々だけでも日系日本人でいましょう」
 一瞬意味の分からない顔をした船務長だったが、ブリッジのみんなには分かったようで、ブリッジは笑に満ち、遅れて船務長も笑った。

 瀬戸大橋の下をくぐると、数百個の生卵が『たかやす』目がけて落とされた。大半は海に落ちたが数十個が艦体に当たった。
「ここまでやるか……」
 もう怒りを通り越して苦笑が出てくる。
「今の様子は記録しておきました。橋の上の人物と車も撮影しておきました」
 両舷の見張り員が報告にきた。
「船舶往来妨害だな。一応映像をつけて海保に通報」
 艦内は淡々としていた。

 さすがに、紀伊水道を抜けて外海に出ると妨害もなくなった。そしてあくる日浦賀を抜けて、横須賀に近づくと、第七艦隊の艦艇4隻が立ちふさがった。
「え、アメリカまでも……」
 そう思うと、三隻のポンコツが近づくにしたがって道をあけてくれ、四隻ともども登舷礼で出迎えてくれているのが分かった。そして自衛隊ですら遠慮していた軍艦マーチが演奏された。
「外交的なジェスチャーやねんやろけど、感動するなあ」
 艦長と同郷の航海長が、関西訛りでため息をついた。
「手すきの者、最上甲板。登舷礼に応えよ!」
 艦長代わりの船務長が命じた。佐世保沖海戦から初めての晴れがましい出迎えだった。
「船務長。速力を半速に落としませんか」
 この話は、直ぐに通じた。

 横須賀基地隊に歓迎の準備をさせるためだ。

 アメリカがやらなければ、なにもできない日本を可笑しく情けなく思った。

 そして、横須賀では公私両面で、めでたいとも厄介とも言えることが待っていた惣一だった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乙女と栞と小姫山・27『アイの手前にて』

2020-04-26 06:05:09 | 小説6

乙女と小姫山・27

『アイの手前にて』      
 

 

 どこかで見たことのあるやつらだなあ……乙女先生は思った。
 

 生指の官制研修のあと、前任校の先生と心斎橋通りを歩いていて気づいた。ギンガムチェックと生成のサマージャケットの二人連れが歩いている。ギンガムチェックが、笑い転げた拍子にストローハットを飛ばしてしまった。それが乙女先生の足もとまで転がってきて確信になった。
 

「さやかと栞!?」
 

 と言うわけで、栞とさやかのコンビは、乙女先生に捉まって、先生お馴染みの喫茶店の奥に収まっている。

 奥と言っても個室ではなく、L字の店の底辺にあたるところで、乙女先生の学生時代からの指定席である。前任校の友人は、カウンターの中で、甲斐甲斐しく働いている。そう、ここは、その友人の両親が、半ば趣味でやっている、その道の(乙女先生のような人種)通の店である。

 店の名前は「H」と書いて「あいの手前」と読む。
 

「なるほど……!」
 

 看板を見て、さくやは笑い、栞は感心した。

「これって、『愛』と『遭い』を掛けてるんですね。だから『H』なんて、ドキッとするような字でも品よく見えるんですよね」  乙女先生の友人は、その感覚を喜んだが、乙女先生の顔は、ちょっと厳しかった。

「栞、あんたは最近ちょっとした有名人やねんさかい、あんまり、こんなとこうろつかんといて欲しいな」

「あ、だから、私服で髪も変えてきたんです」

「せやけど、分かってしもた」

「そら、乙女ちゃんやさかいに」

 ミックスジュースとブラックコーヒーをテーブルに置きながら友人が言う。

「確かに、よう見たら、You Tubeでお馴染みの栞ちゃんやて分かるけど、普通にしてたら分からへんよ。ま、もっとも、その眼力で淀屋橋高校の校長のアデランス見抜いたんやろけど」

「あのオッサンは、そのまた前任校でいっしょやったさかい、誰でも分かる」

「まあ、はよ本題に入って解放したげえよ。問題行動あったわけやないねんさかい」

「せや、本題や。何しとったんや?」
 

 さくやは、ソワソワと。栞は、じっと乙女先生の目を見ている。短い付き合いではあるが中身が濃いので、栞が、なにか計算しているらしいことはすぐに分かった。
 

「結果がでるまでは内緒にしていただけますか?」

「話の中身によるなあ……」

 甘い顔をしてはいけないと、乙女先生はブラックコーヒーを口に含んだ。

「わたしたち、MNBを受けるんです」

「ウ……!?」

 久々に飲む『H』のブラックコーヒーの香りで、予期せぬ感動の顔になってしまった。

「うわー、先生も喜んでくれはるんですね!」  

 さくやが見事に誤解した。

「うちも、最初はぶったまげて、ほんで嬉しなってしもたんです♪」

「なんでまた、MNBなんか?」

「フライングゲットです。和訳すれば、発展的な先取りです」

「どういうこっちゃ?」

「半分は、先生の責任です」

「は……?」

「箕亜のダンス部見たじゃないですか!」

「まあ、あんたらのしょぼくれた演劇部の刺激になったら思てな」

「すばらしかったです。でも、あんなのうちの学校じゃ無理です。ウェブでも調べましたけど、箕亜は、あそこまで行くのに20年かかってます。わたしたち、20年も高校生やってられません」

「いや、あれは気合いを……」

「気合いは、しっかり入りました。で、この実行です。こんどのことでは教育委員会も動いているようですけど、けしてうまくいきません。いままで、教育委員会が音頭を取ってうまくいった礼はありません。説明は、これで十分だと思います」

 乙女先生の頭には、特色ある学校づくり・ゆとり教育・必修クラブ・宿泊学習・体験学習など、ほとんど失敗に終わったアレコレが頭を巡った。

「考えたんです。高校演劇とは、高校生がやる演劇です。間違ってないですよね?」

「うん。愛ちゃん、コーヒーお代わり!」

 さくやが、いそいそとコーヒーのお代わりを運びにかかった。

「演劇とは、広い意味で肉体を使うパフォーマンスのことです。だったらMNBも同じです。あそこの構成メンバーの半分は現役の高校生です。在阪のパフォーマンス集団の中で、一番ビビットに活動できて、可能性があるのがMNBだと結論づけました。なにか間違ってます?」

「そやけど、あそこ、平日2時間、土日は6時間のレッスンやで」

「先生、詳しい~。はい、コーヒーお代わりです♪」

「部活も熱を入れればそんなもんです。部活を教育活動から外して、地域のスポーツ・文化活動にしよう……府教委が、将来的に考えてることですよね」

「ほんまに、栞はよう知ってんねんなあ」

「先生は、わたしがやることに心配なんですよね……ありがとうございます」

 確かに、近頃理論派高校生として名前が出始めている栞がやることに……世間の栞を見る目が心配ではあった。
 

 当の栞はヒョットコみたいな顔で、ミックスジュースを飲み干すと、勝ち誇った顔になった。
 

 この顔が波乱を呼ぶような気が、乙女先生はした……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする