魔法少女マヂカ・142
今度は男坂の階段を上って神田明神を目指した。
念のため、角を曲がるたびにエンガチョを切る。
お待ちしていました!
最後の一段を上がると、随神門から見覚えのある巫女さんが飛んで出てきた。
「あ、わたしは本物です。東の巫女アオ、あ、これがIDです!」
襟をくつろげて、アタフタとIDを見せてくれる。慌てているものだから胸の上半分が露わになって、ちょっとドキッとする。着やせするタイプのようで、上半分だけでも、わたしよりツーサイズ上はありそう(;^_^A
「さあ、こちらへ」
随神門をくぐったところに、三人の巫女さん、本物のアカ・シロ・クロの巫女たちだ。
「こちらに、お進みください」
本物のアカ巫女さんが、本殿の階に誘ってくれる。
おな――――り!
シロ巫女が警蹕の声をあげると、正面の御簾がするすると上がり。脇息に半身を預けた神田明神が現れた。
脇息の横にはポールには点滴のパックがぶら下げてあり、鼻には酸素のチューブが入っていて、頭には紫の病鉢巻を締め、尋常な姿ではない。
「ゴホゴホ……すまん、足労であったな」
「お上(おかみ)、用件は、このアカが申し伝えます」
「ゴホ、いや、大事なことだから、わしから直々に……ゴホゴホ」
もう、声を出すのも苦しい様子だ。
「では、わたし達の方から、お傍に寄りましょうか」
「いや、近寄ってはならぬ、病がうつる……ゴホ」
「お上、これをお使いください」
アカ巫女が紙コップのようなものを二つ取り出した。いや、紙コップそのもの……なめくじ巴の御紋があって、底の方に糸が付いていて、二つの紙コップを繋いでいる。
糸電話?
「神器『ひそか』でございます。糸を弛ませないようにしてお話しください」
「だから、糸電話?」
「神器でございます!」
「わ、わかった」
友里と身を寄せ合うようにして糸電話、いや、神器『ひそか』を構える。
『見ての通り、わしは病じゃ。不覚にも唐土からの流行り病に罹ってしまった……その弱みに付け込んで、関八州のみならず、さまざまな妖どもが跋扈し始めておる。先ほど、そなたたちをたぶらかしたのも、その一つ。どうか、そなたたちの力で、かの者どもを懲らしめて欲しい』
「でも、明神さま」
友里が、さえぎった。
「わたしは『北斗』のクルーですけど、魔法少女じゃありません。とても妖退治などは……」
『友里、そなたの姓は〔要海〕であろう。要海は、その昔、妖怪どもの束ねをした熊野行者の家系なのじゃ。潜在的に力を秘めているだけでなく、特務師団に身を置くことに寄って、その力は目覚めつつある。それに〔ひそか〕を通して、ワシはそなたらに力を与えておる。そなたは〔ひそか〕を通じて労ってくれておるので……ほら、わしは普通に喋れておるであろうが』
ほんとうだ、糸電話で話し始めて、明神は咳一つしていない。
『これが〔ひそか〕の力なのじゃ。カオスやダークメイドも気がかりではあろうが、この妖どもも、どこかで繋がっておる。もとより来栖にも話は通してあるゆえ、しかと頼んだぞ』
プツン
糸電話、いや『ひそか』の糸が切れた。同時に明神は姿がおぼろになっていく。
「切れちゃった!」
友里が怯えたような顔になる。
「大丈夫です、話も力も伝え終わったので切れたのです。『ひそか』はお持ちください。これからも役に立ちます。そして、お重はお返しいたします」
あ!?
いつの間にかジャーマンポテトは平らげられて、お重は空になっている。
「お陰様で、お上も、少し回復されたご様子です」
「それでは、こちらからお進みください」
アカ巫女に誘われたのは本殿北の裏参道だ、小振りな鳥居の向こうは茫漠とし光に照らされた一本道が続いている。
「これよりは、妾(わらわ)が力になります」
初めてクロ巫女が口をきいた。北門である裏参道の守護らしく、どこか孤独を感じさせる声だ。
「そうか、それは、よろしくな」
「はい、我が命にかけて」
静かだが、凛として頼りになる返事……と思ったら、鳥居を潜ったところで姿が消えた。
「お、おい、クロ巫女!」
『御用の際は〔ひそか〕に呼びかけてください、ずっと姿を現しておく力は妾にはありませぬゆえ……』
ハーーーーーーーーー
験がいいのか悪いのか、友里と揃ってため息をついて道を進み始めた。