大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・143『ツン』

2020-04-08 15:24:56 | 小説

魔法少女マヂカ・143

『ツン』語り手:友里   

 

 

 東京どころか江戸という時代も遡った武蔵野と呼ぶのがふさわしい原始の景色が広がっている。

 

 木、たぶん広葉樹。小学校の理科だったかで習った名称。そのごっついのが、渋谷のスクランブルかという感じで生えまくっていて、いま歩いている獣道みたいなのが見えていなければ、どこに踏み出していいか見当もつかないようなところなんだよ。

 なんとか歩けているのはマヂカのお蔭。

 マヂカはは魔法少女だから、こういうところも平気なんだ。八百年だか千年だか生きてるから、東京が武蔵野だったころも知ってるはずだからね、頼りにしてるんだよ。

「武蔵野は、もう少し優しかったよ」

「ほんと?」

「コナラ、クヌギ、ヤマザクラ、ケヤキ、ツバキ、クスノキ、どれを見ても五割り増しくらいに大きい。下草も、みんな柳の木ほどの背の高さ。これじゃ、まるでジャングルだ」

「そうなの?」

「道があるだけましだけど、制服で来たのは失敗だったわね」

 そうなんだ、神田明神にジャーマンポテトをお供えに行くだけの用事だと思っていたからね。

「魔法で、戦闘服とかに出来ないの?」

「できるけど、ここで魔法を使ったら敵の思うつぼって気がする。なんか誘導されてるような気がするんだ。ちょっと様子を見よう」

「だんだん、ジャングルが深くなってくるみたい……」

 喋っているうちに木々の丈が倍近くなってきたような気がする。

 

 ズシーーーン ズシーーーン

 

 突然地響きがして、マヂカと二人飛び上がってしまう。

 バサバサバサ

 周囲の草むらから鳥たちが飛び上がって……ちがう、バッタとかの虫たちだ! みんな鳩かカラスほどに大きい!

 ズシーーーン! ズシーーーン!

「わわわわわわ(;゚Д゚)」

 ドドドドドドドドドド!

 今度は牛でも駆けてくるんじゃないかというような地響き、ズシーンに比べれば小さいけど、馬力がある分、恐ろしい。

「脇に避けるぞ!」

 間近と二人、茂みに身を隠す。

 すると、ドドドという地響きはタタタタタタという可愛らしいものに変わり、茂みを挟んだ路上に犬が現れた。

 犬はヒクヒク鼻を動かすと、数秒で、わたしたちを見つけて吠えかけた。

 ワン、ワンワン、ワン!

 見つかった!

 ちょっと待って!

 マヂカの声に上げかけた腰を下ろす。

「おお、ここに居いもしたか」

 向こうの草むらから、猟銃を手にツンツルテンの着物を着た巨漢が現れた。いや、巨漢と言ってもお相撲さんほどで、さっきの地響きの主とは思えない。犬は、巨漢に寄り添って、大人しくお座りをしている

「隠れんでんよか、出ておいやんせ」

 犬の首輪に紐をかけ、左手をゆるりと腰に当てた立ち姿は見覚えがある。

 小学校の遠足で見た……西郷さん?

 

「いかにも、西郷でごわんど。わいどんは、マヂカどんと友里どんな?」

 鹿児島弁のようだけど、なんとか分かる。

「うん、そうだけど、なんで西郷さんが?」

「将門どんが人を寄越した気配がしもしたもんで、探しておりもした。むげ、むぜおごじょっじゃ!」

 えーーと、分からない(;^_^A

「ちょしもた! 薩摩の言葉は分かりもはんな……この武蔵野は人外の野原だからね、普通では、とても進めない。だから、助言をしに来たんだ」

「西郷さんが助言?」

「さっきの大きな地響きは?」

「あれは、この儂じゃ。地響きに聞こえたのは恐れる心があるからじゃ。ここは無用に恐れると、見るもの聞くものが無用に大きくなって、しまいには呑み込まれてしまう。どうだい、深呼吸して、周りを見てごらん」

 スーーーーハーーーーー  スーーーーハーーーーー

 深呼吸すると、みるみる木々も茂みも小さくなっていき、周囲の景色が開けてきた。

 見渡す限り武蔵野の原生林かと思っていたら、遠く近くに集落や街らしいものも見かけられる。第一印象ほどには怖いところではないような気がしてくる。

「安心しすぎるのも禁物じゃ。恐れも侮りもせずに進んでいきなさい。儂が付いていくわけにはいかんが、このツンを貸してあげよう」

「「ツン?」」 

「この犬の名前だよ。ツンが居れば、どんなものもあるがままの姿に見せてくれる。餌は、おはんらが退治する妖怪どもの妖気で十分。おいは、あの上野の丘に居っで、用が済んだところで放ってくれればよか。そいじゃ、ツン、頼みもしたぞ」

 ワン!

 二人と一匹の旅になった。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・8

2020-04-08 06:47:25 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・8    

 
時  現代
所  東京の西郊

登場人物

瞳    松山高校常勤講師
由香   山手高校教諭
美保   松山高校一年生
 
 
 
 
 
 瞳のミニクーパー。BGMが、タイヤのソプラノに変わって明るくなる。

瞳: ヒヤッホー! 聞いた!? 
今のドリフト! タイヤのソプラノ!……
 ほら、もういっちょうS字カーブ(右に左にドリフトし、タイヤがキュンキュン、歓喜の声をあげる)たーまらん!
由香: た、頼むから、もうちょっと穏やかに走ってもらえない。
 わたし、車弱いとこへもってきて、アルコール入ってるから……ウップ。
瞳: 仕方ないわねえ。ほらヘド袋、車の中汚さないでよ。
由香: ……大丈夫、飲み込んだから。 
瞳: うわあ、息がヘド臭~い。ほら、ウーロン茶と口臭消し。            
由香: ありがと……。                              
瞳: 大丈夫?
由香: うん、普通の運転になったから大丈夫。
瞳: つまんねえなあ……。
由香: つまんないのは、こっちだわよ!
瞳: へいへい、安全運転安全運転……。
由香: ねえ、さっき言ってたペンションの話って、本気?
瞳: あたりきしゃりきにブリキのバケツ!
由香: 真面目に。
瞳: あたしは、いつも真面目ー。
由香: それじゃ言うけど、ペンションって御客つくまでが大変だって言うよ。
 こんなこと言って失礼だけど、軌道に乗るまでは海のものとも山のものとも……。
瞳: 山のものってきまってるじゃん。
由香: え?
瞳: だって長野県だもん、山しかないよ。
由香: 真面目に。
瞳: だから真面目だって。
 姉キのペンションは、前のオーナーが歳くって引退するからそのあとを譲り受けての経営。
 だから、固定客が最初から付いてんの。あたしも姉キも元を正せば、その固定客の一組だったんだけどね。
由香: なるほどね、瞳なりの固い計算があった上での話なんだ……。
瞳: あたりまえじゃん、一回ポッキリの人生だもん、いろいろ考えた末の結論よ、
 ヘラヘラしてるようでも考えるとこは考えてんのよ……ほい着いた(急ブレーキ)。
由香: ゲフ……痛いでしょ、急ブレーキかけたら。シートベルト食い込んじゃったよ。
瞳: 見てみぃ、この山頂からの夜景……。
由香: うわあ……。
瞳: もちょっと晴れてたら、都心の方まで見えんだけどね。

 

瞳: あたし、この夜景見て決心したんだ。
由香: この夜景で?
瞳: うん、この夜景の下にあたしはいない……。
由香: え?
瞳: だって、見てるあたしは、この山の上。
由香: ハハ、そういう意味? でも、そんなの簡単じゃん。
 山から下りて、家の明かりの一つもつけたら、この素敵な夜景のワン・ノブ・ゼムになれるじゃん。
瞳: 千三百万分の一のね……デジカメの画素以下。あたしなんか、いてもいなくてもいっしょ。
由香:タソガレ通り越して、暗闇じゃんよ。
瞳: 違う、楽になれたのよ。
由香: え?
瞳: あたし一人が抜けても、この夜景には何の影響もない……
 だったら、あっさり抜けちゃってもいいんじゃないかって。
 それなら、学年末まで義理たてなくても、きりのいい二学期末でおさらばしてもいいんじゃないかって……
 あたしがいなくても辞めてく奴は辞めてく。
 多少もめることにはなるかもしれないけど、この千三百万の明かりの、ほんの一つのささやかなエピソード
 (歌う)ケ・セラ・セラ、なるようになる……と、アララ……。
由香: どうしたの?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・94「こういうのどう思う?」

2020-04-08 06:42:41 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
94『こういうのどう思う?』
       



 主人公は、沢村さん、あなたがおやんなさい!

 八重桜……敷島先生はドラマのような大きくキビキビした声で言うもんだから図書室中の注目が集まった。

 で、わたしとアメリカ人コンビ以外は、好意的な眼差しを向けてきた。

「それ良いわよ! 千歳は色白で可愛いからうってつけよ!」
「せやな! 腹減った時の千歳て、なんや儚げで、つう(鶴が恩返しで変身した女)が千羽織織り終えた時の疲れた感じにピッタリや!」
 須磨先輩と啓介先輩が熱烈賛同!
 ミリーとミッキーは『夕鶴』を知らないのでキョトンとしている。
「じゃ、沢村さん、本番の日は食事の量を減らしてもらわなくちゃね」
「え、えと……」
「沢村さんが主役を張ってくれたら、文化祭は感動の渦よ! 他のクラブもタイアップしてもらって、装置は美術部、音響は放送部、そうだ、間にコーラス部の挿入歌とか入れてもいいわね! うん、きっと文化祭の目玉になるわよ!」
 敷島先生は、構想が膨らんでしまって、自分が主役のように目をキラキラさせた。
 みんなも「それはアイデアだ!」「いまから楽しみ!」とか言い出す。
 敷島先生は好きじゃないけど、こういう生徒を引っ張っていく力は、やっぱ先生なんだと思う。

 でも、わたしは違和感があった。

「か、考えさせてください」

 そう言うのが精いっぱいだった。

 わたしが主役をやったら感動の渦……この言葉に抵抗があった。
 引っ込み思案の言い訳もあるんだけど、それを差っ引いても残ってしまう嫌なものがある。
 子どものころピーマンが大嫌いで、どんなに小さく刻んで分からなくされてもピーマンのエッセンスは分かってしまった。
 あれに似ている。

 わたしが主役、その「わたし」の成分はなんなんだろう。

 先生は「沢村さん」としか言わなかったけど、言わないところに意味を感じてしまう。
 足がこんなだから、舞台に立ったら……て、立つことなんかできない。座りっぱなしか車いすでなきゃ舞台には出れないよ。

 つまり、どうやっても――脚の不自由な――身体障がいの――という枕詞の付いた姿になってしまう。

「考えすぎなんじゃないかなあ」

 夕食の片づけをしながら話したら、ビール片手のお姉ちゃんが言った。
 お姉ちゃんは食事の準備はするけど片付けはしない。
 さっさとビール出してソファーの上で胡坐をかいている。
 むろん流しに食器を持っていくところまではやるけど、ほっとくと三日でもシンクにほったらかし。
 そういうのヤダから、同居をはじめて一週間もするとわたしの仕事になった。

「こういうのどう思う?」

 食器を洗い終わってリビングに戻ると、お姉ちゃんがタブレットを見せた。

「ん? ああ、24時間テレビ……こういう人が頑張ってますって企画ね」
 遠まわしに言った。要は障がい者が登山したり車いすマラソンしたりの感動コーナー……わたしは観ないけどね。
「こういうの感動ポルノって言うんだよ」
「感動ポルノ?」
「演出が入ってるし、ワザとらしいでしょ。それに『障がい者は健常者に感動を与えるための道具じゃない』という考え方」
「うん、分かる。障がい持ってる人は、自分から進んでは観ないわよ、こういうのは」
「でもね、学校の文化祭くらいは違うと思うの」
「どういうふうに?」
「学校って、ま、身内じゃない。喋ったことが無くても沢村千歳という一年生が居るというのは知ってるわけじゃない、ま、その身内がやってますってノリでもいいんじゃないかとも思う」
「どっちが言いたいのか分からないよ」
「わたしは送り迎えに見るレベルでしか空堀高校知らないからさ、それ以上断定的なことは言えないよ。ま、そういうこと知ったうえで自分で考えるのね」
「いっしょに考えてよ」
「やだ、これからまだ飲むんだから、むつかしい話はここまで……」
「もー、このごろ飲みすぎだよ……って」

 返事を待っていたら、この酔っぱらいはスイッチが切れたように寝息を立てていた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

坂の上のアリスー44ー『浴室の大惨事』

2020-04-08 06:32:47 | 不思議の国のアリス

坂の上アリスー44ー
『浴室の大惨事』    

 

 

 この暑さの中、まだ続いている。

 

 なにがって……綾香のヨガ。

 いまも宿題やってる俺の横で、新しいポーズに挑戦中なのだ。

 綾香の悪戦苦闘からは、どんなポーズにしたいのかよく分からないが、タブレットに出ている見本では、こんな具合。

 インストラクターのオネーサンは座った姿勢で片足ずつ持ち上げて、首の後ろで組んでいる。胸の前で合掌して決めポーズ。

 二つに畳まれた人間が股の間から顔を出すのは、なんともシュールだ。

 

「クッソー、あともうちょっとなのにい(;゚Д゚)」

 

 飽き性の綾香がここまでやるのは珍しい。でも、さして広くもないリビングでやられるのは気が散ってしょうがない。

 ポーズを作るのに動物的な唸り声をあげられるのが耳障りだし、Tシャツにビッチャリ汗をにじませるのも鬱陶しい。

「おい、汗が飛ぶ!」

 テーブルのタブレットに飛びつく勢いで俺のとこまで汗が飛び散る。

「どーして、こんなに柔らかいのかなあ……」

 俺の苦情をシカトして検索をし始める。

「……そうか、お風呂で練習すればいいんだ! お風呂掃除したよね!?」

 まるで下僕に対するような物言いだ。

「朝の内に済ませてあるよ」

「フフン、愛い奴じゃ、誉めて遣わす」

 汗をまき散らしたのもそのままに、敵は二階へ駆けあがる。切れそうな集中力をなだめつつ宿題に戻る。

 綾香が消えたので、読書感想にかかる。もっとも書くんじゃなくて、課題図書を読むところからだが。

 三行読んだところで、綾香の声が降って来る。

 

「ちょっと! 替えのパンツが無いんですけど!?」

 

 あ、干すの忘れてた!

 春には、自分のものは自分で洗濯すると決心した綾香だったが、一週間と続かなかった。それ以来、風呂に入った時に下洗いしておくことを条件に俺がいっしょに洗ってやっている。

「あ、わりー、とりあえずおニュー下ろしとけや」

「んもー、スペアは二枚っきゃないんだからね。買いに行かなくっちゃ、すぴかでも誘おっかな……」

 ブツブツ言いながらも二階に戻り入浴準備をやり直すようだ。俺も忘れちゃいけないので、ベランダに出て洗濯機の蓋を開ける。半日も開いていたら洗い直しだけど、ま、三時間ぐらいなら干せばいい。

 干したついでにシーツと枕カバーも洗濯することにする。

 洗剤ぶち込んで、スイッチを押したところでアナウンスが聞こえてきた。

 

―― ピピピピ ピピピピ お風呂場で読んでいます お風呂場で読んでいます ――

 

 湯沸かし器の合成音声が、いつにないフレーズを繰り返している。

 浴室で転んだか!?

 幼児のころ風呂場で転んでケガをした綾香が思い浮かんで、とるものもとりあえず風呂場に急いだ。

「どうした、綾香!?」

「そのまま入んな! 目つぶってから入れええええええ!」

 妹とは言え年頃の娘だ、言われるままに目をつぶって浴室のドアを開けた。

「ちょっと、こんぐらがったから、ほどくの手伝って」

 湯船に手をついて、手をそよがせると綾香の足に触れた……え、足!?

 なんと、浴槽の水面からは綾香の首と足が一緒に出ていた。

「目、目開けるなああああ!」

 どうやら、湯船の中でヨガのポーズを(さっきの折り畳み)成功させたはいいが、浴槽につかえて自力では解けなくなったようだ。

「もたもたしてないで、さっさと救出!」

「わ、わーってる! で、でもなあ……」

「ワブ! 沈む!」

「掴まれ!」

 手を差し伸べるが、なんせ二つ折りの状態、沈みかけた姿勢は容易には回復できない。

「ウブ、ウブ……」

「綾香!」

 俺は浴槽に飛び込んで綾香の脇に手を潜り込ませ沈下を防ぎ、渾身の力で引き上げる。

 

 グヌヌヌヌ……!

 

 アニメだったら『スッポン!』とかの擬音が付いているだろう。まさに抜けたという感じで引き上げることができた。

 むろん目をつぶったままやれる芸当じゃない。

 気が付いたら、必然的に綾香のアラレモナイ姿が目の前にあったのだった。

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ここは世田谷豪徳寺・65『够朋友gòu péngyou』

2020-04-08 06:21:21 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・65(さつき編)
『够朋友gòu péngyou』   



 

「够朋友gòu péngyou」

 トイレから連れ出されると、すぐに、この言葉をかけられた。
 トイレの前に二人の女子高生がいることが分かった。
 別の二人の女は、不思議な顔した。
――確保しろ!――
 小さな声がした。
 脇の死角から若いOL風が現れて、あっという間に二人の女を掴まえた。二人の女子高生は女二人の口に錠剤のようなものを放り込んで、見物人達の中に紛れた。
 二人の女の口からは、白い泡が吹きだし、ぐったりとした。
「脱水症やわ、救急車呼んで!」
 女二人を確保した一人が、そう言うとあたしは、いっしょに地上に運ばれた。

 大阪の救急隊って、手回しいい……ぼんやりした頭で、そう思った。救急車に赤いラインも赤色灯も無いことも不思議にも思わなかった。

 救急車は、そのまま走り出した。女二人は車の中で手錠をはめられそうになったが、リーダーと思われる男が制止した。
「二人の持ち物を調べろ」
「外交官のパスを持ってます」
「じゃ、やっぱり二人は脱水症だ。B地点に救急車。スマホのデータはコピーしとけ」
 しばらくすると、本物の救急車と出くわし、二人の女は救急患者として救急車に乗せられていってしまった。
「あの二人はC国の工作員。ただ外交官の資格をもってるので、これ以上の拘束ができないの。さつきさんは、このままS駐屯地に送らせてもらうわね」
 サブリーダーと思われる女性が、そう言った。
「……さっきの女子高生は、なんと言ったんですか?」
 やっと、質問する余裕がでてきた。
「够朋友、ゴーパンヨー。『友だち甲斐があるわね』 おかげで気付かれずに、あの二人の脇にまわれた」
「なんで、高校生の女の子が?」
「ハハ、ああ見えてもあたしの先輩。当然年上だけど」

 S駐屯地に着くと、簡素で小振りな隊舎に連れて行かれた。

「途中大変な目に遭われたようですね。警備が後手になってもうしわけない」
 一佐の階級章を付けたオジサンが言った。
「これって、どういうことなんでしょう?」
「全部話してあげた方がいいでしょう。予想外の展開になってきましたから」
 司令と札の付いたデスクに座っている別の一佐が、優しく言った。
「佐倉さつきさん。あなたを日本によこしたのは大学じゃないんです。陸上自衛隊です」

 あたしは理解ができなかった。兄の惣一は自衛隊でも海上自衛隊。陸上はエールフランスの飛行機でスペクタクルをいっしょに体験したタクミと小林一佐がいるだけだ。二人とも、あれ以来会ってもいない。

「さくらさん、あなた、エールフランスの事故以来、ときどきレオタール三曹と小林一佐のことが頭に浮かぶようになったでしょう?」
「あ、はい……」
 なぜか顔が赤くなってきた。
「あの事故では、レオタール君が操縦し、さくらさんと小林一佐が、それを見守った。そして、レオタール君は初めての操縦ながら無事に機体を空港に着陸させた」
「はい、大したものだと思いました。お父さんのシミュレーターで経験はあったみたいですが、あんなに無事にいけるとは思わなかったです。あたしは、彼の肩に手を載せて無事を祈っていただけです」
「それなんですよ。あの危機を三人で乗り切ったことで、さつきさんはレオタール君と心が通じるようになってしまったんです。一種のテレパシーです」
「え、そうなんですか……!?」
「自分は自衛隊で、そういう心理的な特殊能力を研究するところにおります。さつきさんの能力は本物だ。ただし、読めるのはレオタール君の思念だけですが」

 驚きの中に、かすかに喜びが混じっていることにうろたえた。

「動揺されるのも無理はない。ただ、わたしたちは困っています」
「え……」
「レオタール君は、四ヵ国語に通じ電子機器についても詳しいやつで、専門的な通訳としては実に頼りになります。もうお分かりかと思うんですが、彼はその職責上、機密に触れることが多い」
「はい……」
「それが、あなたの頭の中にも入ってくるんです」
「え、そんな自覚ありません。時々タクミ君のことが頭に浮かんでくるのは確かですけど」
「さつきさん。あなたの頭脳はハッキングされているんです」

「……!?」

 あたしは声も出なかった……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乙女と栞と小姫山・9『栞のセーラー服』

2020-04-08 06:08:43 | 小説6

乙女小姫山・9  

『栞のセーラー服』      
 

 

 

「お待たせしました……」
 

 さっきの女生徒が桜餅と草ダンゴを盆に載せてやって来た。略式ではあるが、挙措動作に、ちゃんとした行儀作法が身に付いていることが分かる。 ナリは、制服の上にエプロンを掛け、頭は三角巾。古い目で見れば、昭和の清楚さだが、二十一世紀の今ではメイド喫茶を連想させ、乙女先生は、あまり好ましく思えなかった。
 

「あんた、うちの生徒やな」

 「……は?」

「あたし今度青春高校に転勤してきた、佐藤。こちらは校長先生。知ってるね」

 「はい、校長先生は存じ上げておりました。佐藤先生はお初でしたので失礼しました」

「学年と、お名前は?」

 「二年生の手島栞です。新学年のクラスはまだ発表されていませんので分かりません」

「手島さん、バイトすんのはしゃあないけど、制服姿はどないやろ?」

「これは、学校の決まりです」

 「アルバイトをするときは、作業などに支障が無い限り、制服が望ましい……たしか、そうなっていたんだよね」

 「はい。あの、僭越ですが、校長先生は読んで頂けましたでしょうか、二枚の書類」

「二枚……?」

 「ええ、アルバイト許可願いと、教育課程見直しの建白書です」

「バイトの許可願いは受理したよ。もう一つのほうは、僕は知らないな」

 一瞬、栞の目が燃えたような気がした。

「提出して一カ月になります……………桜餅と草団子お二つ、ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」

「ああ、それよりも手島さん」

「仕事中ですので、これで失礼いたします。どうぞごゆっくり……」

 来たときと同様な挙措動作で、客室を出ていった。

「あの子は、いったい……」

 桜餅を頬ばりながら、乙女先生は校長に聞いた。

「学校に、いささか不満があるようで、一度きちんと話しておかなきゃならないと思っていました」

「ほんなら、今やりましょ!」

 乙女先生は、女亭主である恭ちゃんに話をつけに行った。
 

「仕事中ですので、手短に願います」
 

 栞は、エプロンと三角巾を外した姿で、二人の前に現れた。

 「バイト許可書……まだ届いていないのかい?」

「はい、まだ頂いていません」

「この学校は、杓子定規にバイト許可書出さしてるんですか?」

「決まりだから守ってるんです。先生たちも……」

「そうだよね」

「何か、言いたそうやね」

「いえ、言葉が過ぎました。先生が生徒に書類を渡すのに速やかにという但し書きはありませんから……」

「とにかく、僕が許可したのは確かだ、何の問題もない。制服を着てバイトをすることもない。バイトの場合、法に触れない限り、校則よりも職場の服務規程が優先される」

「そやね、これからお花見のお客さんも増えるやろし、セーラー服はなあ……」

「わたしのセーラー服は……」
 

 新子は、グッと口を引き締めたかと思うと、大粒の涙をこぼしていた……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする