大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・144『壺装束』

2020-04-12 13:27:45 | 小説

魔法少女マヂカ・144

『壺装束』語り手:友里     「壺装束」の画像検索結果(壺装束)

 

 

 西郷さんがツンを置いて行ってから風景が落ち着いた。

 

 落ち着いたと言っても安心はできない。

 歩いている周囲は郊外の道をハイキングしているように穏やかで、木々や草叢が化け物みたいに大きくなることはない。でも、その目に入る景色の向こうはデタラメだ。

 ムクムクと山が生えたかと思うと、プシュっと音を立ててしぼんでしまったり、プテラノドンとゼロ戦が空中戦をやっていたり、季節外れの霰(あられ)が降っていると思ったら、地上に着く寸前に自動車に変わって、ビュンビュン走り回ったりしている。

 お城の櫓が幾つも津波に流されているように前から後ろに動いて行って、その向こうからは天守閣が、櫓たちを追いかけて来たり、観覧車が幾つも地響きを立てて転がっていったり、ビルがニョキニョキ生えてきたり、とにかく脈絡が無い。

 でも、脈絡のないのは、あたしたちの周囲の向こう側で、景色の大分類で言うと中景とか遠景に分類されるようなところなんだよ。

 わたしとマヂカには影響がないようで、西郷さんが貸してくれたツンも平気でわたしたちの露払いをしてくれている。

 

 ワン

 

 ツンが小さく吠えた。

 前の方から何かやって来る………………え!?

 思わずマヂカの後ろにしがみ付いてしまった。

 それは、和服姿の女の人。でも、その女の人には首が無いんだよ(;゚Д゚)!

「あれは、壺装束の女性だ」

「つぼ?」

「よく見ろ、打掛を頭からかぶって胴の所で締めてある。ああやって虫やら埃から髪と顔を保護している。平安時代くらいの貴族女性の旅装束だ」

「あ、そか……」

 壺装束は、わたしたちには気づかないのか、すぐ脇を杖を突きながら通り過ぎて行った。

 ほんとうに害はないんだろう、ツンも前を向いたまま、わたし達が歩き出すのを待っている。

「行くよ」

 わたしが落ち着くのを待って、マヂカは声をかけてくれた。

 

 ちょっと、動揺したせいか、遠くの景色が水に浮いた油のようにギラギラ歪みだした。

 

「気分が悪くなるようなら見ないことだ、じきに落ち着くから」

「う、うん」

 ツンが寄り添ってくれる。目が合うと、つぶらな瞳で『だいじょうぶだよ』と無言で言ってくれる。

「ん……何か来る」

 マヂカが身振りで『後ろに回れ』と言う。ツンが前に向かう。

「ツン、平気にしてろ。事を荒立てたくない」

 

 今度は、神主みたいな装束のおっさんがキョロキョロしながらやってくる。男のくせに化粧なんかしていて、ちょっと危ない感じ。

「卒爾(そつじ)ながらお訊ね申す」

 訊ねた口の中は真っ黒だ。歯が無い? いや、黒く染めてるんだ……あ、お歯黒ってやつか。

「なんだ、ひどく焦っているようだが」

「この道を壺装束の女が通りませなんだか?」

「いいや、見てはいないが、これから出会うやも知れん。よければ事情をお教え願えないか」

「これは御親切に。じつは、麿は、このあたりの里に住まいいたします雛人形でおじゃるが」

「あ、お内裏さん」

「さよう、内裏雛でおじゃるが、寄る年波でおじゃろうか、この里にまかり越してより『お前さまは代理であろう、わらわの主は、代理などではない。真の主を探しまするゆえ、けして追ってなどこられませぬよう!』と、申して出奔したのでおじゃりますよ」

「それは難儀なことだな。よし、見かけたら、この犬を駆けさせて知らせよう」

「それは、ご親切に。それでは、麿は、この先を探しまする」

 そう言うと、内裏雛はわたしたちが来た道を急ぎ足でたどり始めた。

「あいつ、わたしが言ったことを信じていない」

「え、どうして?」

「この道は一本道だ。見ていないということを信じるなら、戻って別の道を探すだろ」

「さっすがあ、マヂカかしこい!」

「ツン、行け!」

 ワン!

「え、なんで、ツンを?」

 ツンは、猟犬らしく走っていく。

 しばらくすると、道の向こう、少し曲がっ草叢の隠れたあたりから内裏雛の首が吹き飛ぶのが見えた。

「えーーーーー!?」

「カタが付いたようだな」

「でも、どうして……」

「あいつは、よその女雛をさらってきて自分のにしたんだ」

「どうして分かったの?」

「衣装の紋が違う。それに内裏と代理、オヤジギャグだろうが。ま、一種の妖だ」

 

 しばらく進むと、ツンに先導されて女子高生が駆けてきた。

 

 ある男に監禁されていて、お雛さんにされていたということだった。マヂカがひそかでクロ巫女に連絡すると、ほんの僅かに綻びが出来て、女子高生は何度も頭を下げて綻びの出口から帰って行った。

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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・12

2020-04-12 06:33:58 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・12     

時   現代
所   東京の西郊

登場人物

瞳   松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生


 
美保: だけど……。
瞳: だけど
美保: わたしの人生なんだから、その……自分で見つけなきゃ。
由香: ……。
美保: そうさせてください……。
瞳: 美保……。
美保: 先生……!
瞳: よく決心した。
美保: うん。
由香: よかった!(拍手。感動的なBGMが入ってもいい)
瞳: と……ドラマだったら、美しく終わるんだろうけど、そうはさせないわよ。
二人: え……?
瞳: あたしのこと、一発シバキな。
二人: え……?
瞳: いいから、そうしないと幕が下りない……いいから、こうやって(美保の手を取る)
美保: いいよ……先生。わたしの中じゃ、帳尻あってっから。
瞳: あたしの中で帳尻があわないんだよ……あたしは、あたしは……美保のことを……。
美保: 辞めさせるための、アリバイ指導……だったから?
瞳: ……分かってたの?
由香: あなた……。
美保: 優斗も拓也も香弥奈も、辞めてった。みんな知ってるよ。
 あたしたち、そのへんはバカじゃないから……ううんバカだから、ちゃんと、わたしたちのこと見てくれてるかは分かるんだ。
瞳: 美保……。
美保: そんな顔してたんじゃ、生徒は寄ってきてもオトコは寄ってないって……みんな本気で心配してたんだよ。
由香: プフ……。
瞳: 笑うなあ!
美保: だから、だから……あたしは一人でやっていくから。
瞳: あたしのオトコの心配なんて百年早いわよさ。
由香: でもこの子の指摘は確かだよ。
瞳: でも、今の美保の決心なんて、朝になっちゃえば忘れっちまう。
 そんな無責任な幕は下ろさせないからね。美保は、わたしといっしょにペンションに行く。いいな!
美保: でも……。
瞳: でも……?
美保: そこまで先生に頼りたくない。
瞳: 頼りたくなくても、頼りないぞ。ヘタレだぞ、美保は。
美保: ヘタレにもヘタレの意地があるから……。
瞳: 美保……。
由香: じゃ、ジャンケンで決めたら!
二人: ジャンケン……?
由香: 恨みっこ無しのジャンケン。
二人: よし!
由香: 三本勝負……いくよ。
二人: おお!
由香: 最初はグー……。
二人: ジャンケンポン! 
瞳: 勝った!
美保: もう一本!
瞳: おーし!
由香: 最初はグー!
二人: ジャンケンポン! ポン! ポン!
瞳: 勝った!
美保: 先生、強いなあ……!
由香: さすがチョキの……。
瞳: オホン。教え子を思う教師の真情よ、真情……最後のね。
美保: 先生……でも……。
瞳: この期に及んで、まだ「でも」かよ。
美保: でも、その……ペンションが気にいってしまったら……。
瞳: そうしたらずっとそこにいたらいいじゃん……そして……
 そして何か開けたら、その時はその時。素直にさ……美保の紅茶、ペンションの名物になるかもしれないよ!
美保: 先生……。
瞳: なんか文句ある?
美保: あ、ありません!
由香: わあ……見てごらん、むこうの雲が晴れて都心の方まで見わたせる。1300万人分の明かりだ……。
二人: うわあ、きれい……。
由香: 1300万分の二のエピソードの……新しい始まりだね……。
美保: 胸の内さらけだしちゃった。
由香: だね。
瞳: まだまだ、ここは一発叫ぼうよ、胸の内をひっくり返してさ。
美保: はい。
瞳: いくぞ……。
由香: わたしも入れて!
瞳: トギュアザー!
美保: じゃあ……一、二、三!
三人: うわー!!
瞳: 記念写真撮ろう、三人揃って!(デジカメをとり出し、三脚にすえる)
美保: 写真撮るんだったら、もうちょっとましなナリしてくるんだったな。
瞳: それで十分。あるがままの自分でいいよ。
由香: 今度は三脚大丈夫でしょうね?
瞳: バッチリ……だと思う。いくよ!

 タイマーがかかりカシャリとシャッターが切れる。
 この少し前からエンディングテーマFI、三人無邪気に写真を撮りあう。ここで急速にFUしつつ幕。
 

 
 
 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・98「その千歳が落ち込んだ」

2020-04-12 06:30:46 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
98『その千歳が落ち込んだ』
       




 諺に『人間万事塞翁が馬』というのがある。

 良いことが悪い結果を招いたり、悪いことが良い結果を招いたり、人生先は分からないもんだという意味。
 ホームステイ先のお婆ちゃんに言うと「禍福あざなえる縄のごとし」という言葉も教えてくれた。
 これは、人生というものは、良いことと悪いことが捩られている縄のようなもんだという意味で、ま、人生捨てたもんじゃない! というAKB48のヒット曲のような含蓄がある。

 ミッキーを説教しにいって、やっちまった捻挫がこじれて車いすの世話になって二週間。

 とんだ不幸だったけど、車いすでは大先輩の千歳といっそうの仲良しになれた。
 空堀高校はバリアフリーのモデル校だけど、それでも身体障碍者が普通に生活するのは大変なんだと、それこそ身をもって知ることになった。
「もー、見てられません!」
 にわか車いすのわたしが危なっかしくって、千歳は拳をふるって宣言。電動車いすを止めた。
「このほうが小回りが利くんです」
 あくる日からは人力に替えてきた。
 じっさいに小回りが利くためか、わたしが人力なので合わせてくれたのか、たぶん後者の方だろうと済まない気持ちになった。

「ほらね!」

 廊下で車いすバスケットの選手のようにクルクル回って見せてくれる。
「わたしも!」
 真似してやってみるけど、千歳の半分の速さも出ない。
 速さは出ないけど乳酸は出るわけで、三分もやると腕やら肩やらの筋肉がパンパン。
「あーーもうダメええええええええええ!」
「ハハ、無理しない無理しない!」
「しかし、この細っこい体のどこに筋肉が付いてんのよ」
「アハ、いっしょにお風呂入ったら分かりまーす」
「よし、こんどいっしょに入ろう!」

 約束はしたけど、健常者のようにはいかない。

 介助者がいるし、介助者も含めて四人が一度に入れるお風呂は一般家庭には無い。
 ま、その場のノリで出てきた掛け声みたいなもんだから、それっきりになっている。

 その千歳が落ち込んだ。

 文化祭で演劇部が芝居をやることになったからだ。

 でも、何年も芝居をやったことのない演劇部なので何をやっていいか分からなくて、図書室で鳩首会議。
 なかなか決まらなくて唸っていると、図書部の敷島先生、彼女は八重桜というニックネームなんだけど、その意味は分からない。
 先生が『夕鶴』という芝居を提案して、ついでに主役を千歳に押して決まってしまった。
 それから千歳に元気が無い。

 車いす仲間として放っておけないので聞いてみたけど「え、なんでもないわよ」と言って笑顔を向けてくるばかり。

 ちょっと寂しい。
 演劇部で一番仲良しになったと思っていたけど、やっぱアメリカ人のわたしには越えがたいバリアーがあるような気がした。
 外国人にとって日本は居心地のいい国だけど、居心地の良さは観光客でも長期留学生でも変わらないんだけど、結局はお客さんというところがあって、用意には心を開いてもらえないんだと、ちょっと寂しい。

 それで三日ほど、千歳とは距離が出来てしまった。

 ドアというのは押すか引くかすると開くものなんだけど、心のドアは簡単じゃない。
 だから下手に働きかけずに、そっと見守っている。
 アメリカだったら、友だちがこんな風に変わってしまったら、息のかかるくらい近くに寄って肩に手をかけ「黙ってちゃ分かんないよ」と声をかける。そいで、友だちが傷ついていたらガシっとハグする。
 でも、ここは日本だ。忖度とか以心伝心とか空気を読んじゃう日本なんだ。

 ちょ どいてどいて! ごめん通して!

 声に驚くと、ロードレースのような勢いで車いすを漕いで千歳が突進してきたのは朝のホームルーム間近の廊下。

 ちょ、ち、千歳えええええええええええええええええ!!

 激突寸前、器用に車いすを急停車、赤い顔で宣言した。

 ミリー、あなたが主役をやるのよ!

 え!?
 

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坂の上のアリスー48ー『綾香が付いてきた理由』

2020-04-12 06:20:33 | 不思議の国のアリス

アリスー48ー
『綾香が付いてきた理由』   

 

 

 お祖母ちゃんが入っているのはソレイユという介護付き有料老人ホームだ。

 

 この種の施設らしからぬ名前だが、まあ中の上といった感じの、一見マンション風。

 俺んちからだと、電車を二回乗り換えてバスに乗って二時間近く。

 

 二回目の乗換駅で飯を食う。

 

 むろん駅中なんだけど、駅中的なチープさはない。けっこう雰囲気のある洋食屋で、なかなか美味しいものを出してくれる。

〔海老フライとドライピラフ クリームカレー添え〕というのが看板メニューで、子どものころに食って以来、俺も綾香も気に入っている。

 ドーナツ形に盛ったドライピラフの真ん中に大振りのエビフライが載っているというか突っ込んである。でもって、ドライピラフにはクリームカレーがペチョリと掛けてあって、崩して食べるもよし、少しずつ別々に頂くもよし。

 綾香はエビフライにクリームカレーを付け、大振りのエビフライをボリボリ尻尾の先まで食べてからピラフに掛かる。

 子どもの頃は、口の周りをクリームだらけにしてお袋にゴシゴシと口を拭いてもらっていた。

 いまは、さすがにクリームだらけになることはないが、満足そうにエビフライを平らげ、ニマニマとピラフに取り掛かっている。

 しかし、子どもじゃあるまいし、駅中の看板メニュー目当てに来るような綾香ではない。

 

 実を言うと、綾香は一瞬迷った。ほんの一秒ほど。

 

 綾香はお祖母ちゃんを好きじゃない。

 両親は揃って放任主義だ。未成年の俺たちを置いて、いつ帰って来るとも知れない仕事に行ってるくらいだもんな。

「魚の子じゃあるまいし、もちっと構っておやりな」

 お祖母ちゃんは、いつも言ってた。

 だからと言って、俺たち兄妹がお祖母ちゃんを好きというわけでもない。

 箸の上げ下ろしからガキ同士のケンカの仕方まで口を挟むクソ婆あ! 鬱陶しい存在だった。

 六年の時に要介護になってソレイユに入所した時は正直ホッとした。

 

「綾香は付いてこないんじゃないかと思ってた」

 

 バスを降りて、つい綾香に振った。

 振るつもりはなかったんだけど、田舎の空気を数呼吸してなにかがほぐれたんだろう。

 だから返答を期待してるわけじゃない。いい空気吸って吐いた空気に想いが乗っかっただけだ。

「昔はもっとよかった」

 綾香の返答も言葉的には意味はない、やっぱり田舎の空気に癒されているという緩みがある。

 ただ、こいう性格なんで、トゲのある言葉になる。

 でも十五年も兄妹をやっているので――昔はもっとよかった→今だっていい――という意味であることは、田舎道を歩く足の軽やかさでも分かっている。日ごろの綾香はツンツンとダラダラの二通りの歩き方しかしない。

 もう秋が近いのか、目の前を二匹のトンボがよぎってホバリングしている。

「おお」

 ヒンガラ目になって驚く綾香。

 なんだか、子どものころに虫取りに行った時のような気分になった。

 あのころは、トンボを掴まえる俺を尊敬のまなざしで見る可愛い妹だった。

「取ってやろうか」

「だめだよ、トンボにだって自由はあるんだから」

 あいかわらず否定の返事しか返ってこないが、いつになく穏やかだ。

 いつも、こういう感じだったら、いい妹なんだが……そう思って綾香の後ろを歩く。

 ポニテにして露わになった首が思いのほか細いと感じた。

 

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・69『どっちが変わった?』

2020-04-12 06:11:44 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・69(さくら編)
『どっちが変わった?』   



 

 ポニーテールのゴールデンポイントって知ってます?

 アゴと耳を結んだ延長線上の頭の頂点に結び目をもってくると一番カッコいい。これをゴールデンポイントといいます。
 あたしはバラが咲く頃から、このゴールデンポイントのポニーテール。中学一年のときにお姉ちゃんにおしえてもらってから、ずっと夏はポニーテール。他の季節でも気分転換したいときなんかには、これにする。このお話の第一回もそうだったんじゃないかな? で自分のブログを調べる。どうも第一回は書いていない。でも記憶にはある。
 あの四ノ宮クンがガードマンのバイトで道に立ってて、彼の誘導灯がスカートにひっかかり、その一瞬を後ろ歩いてたオッサンにシャメられ動画サイトに投稿されて大恥。そのあくる日ぐらいは、ポニーテールにした記憶がある。ようはあたしのトレードマーク。

 撮影の時は由香ってポニーテールの役だったので、あたし個人のイメージと被るんで、ちょっとサイドポニーテールにし、前髪も変えた。

 で、今日からは佐倉さくらという普通の女子高生に戻って登校。むろんいつものポニーテール。

 東京は、街で芸能人に会っても、プライベートだと分かると、快くシカトしてくれる。大阪でロケやってたころは「やあ、あんたサクラ×2やんか!」などと気安い。よくアメチャンをもらったり、シャメの二人撮りなんかやらされた。
 その点、渋谷は気楽だった。もちろん、あたしが坂東はるかさんみたく一流でないことや、朝の忙しさは、それどころではないということもあるけど。

 やっぱ、東京はいいと思った……のは、学校の校門を潜るまでだった!

 学校に着いた途端、視線をあちこちから感じた。むろん帝都女学院なので、大阪のオバチャンのようなことはなかったが、自分の視界から外れたところから視線を感じるのは、気持ちのいいものではない。
「さくら、撮影のときのままなの?」
 席に着くとマクサが横にきた。
「なにが、いつものあたしだよ」
「でも、撮影のときのままだって、ポニーテールとかさ」
「これはあたしのスタイル。役の時は、サイドだわよ!」
「だったっけ?」
「そうだよ。さくらは暑い季節や気分転換のときは、いつもこれやん」
 恵里奈がフォローしてくれた。さすがはバレーのセッター、記憶がいい。
 担任の北川先生は微妙によそよそしかった。覚悟はしていた。北川先生は、元アイドル志望で、学生のころには事務所に所属していて、ほとんどプロになりかけていた。それも、ごく数年前のことで、当時同じ事務所にいる人とは、今回の撮影でもいっしょだった。いささかおもしろくないだろうことは、北川先生には覚悟していた。

「さくらって、チョッチいい気になってるよね。役と同じポニーテールで学校来るぅ、普通!」
「女優たって、ほんの二三本出ただけなのにね。まあ、舞い上がってる子は仕方ないよ」
「それにさ……」
 そのあとは水を流す音で聞こえなかった。
 個室を出た時には、声の主はいなかったが、クラスで口もきいたことがない子だということは分かった。
「どないしたん、さくら?」
 トイレに入ってきた恵里奈が心配げに顔を覗きこんできた。恵里奈は大阪の子なんで、このへんの距離の取り方は遠慮がない。大阪のオバチャンたちが懐かしくなってきた。
「なんでもないよ。手洗ってたら水しぶきが目に入っちゃって」
「そうか、ほんなら、うちは失礼して……」
 個室に消えた。恵里奈は大阪人のせいなのか、本人の性格なのか、まわりを気にせずトイレで無駄な水は流さない。水道ではない元気な水音をさせたあと、可愛く「PU」という音がした。
「アハハ、今の音は聞かんかったいうことで!」
 個室からの声に思わず吹き出した。恵里奈なりのいたわりだろうと思った。

 昼休み、ショックなことを聞いた。

 あたしを、この世界に引きずり込んだ張本人の原鈴奈が退学した。

「ダスゲマイネ……」

 久々の口癖が口をついた……。

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乙女と栞と小姫山・13『栞の補導委員会』

2020-04-12 06:03:24 | 小説6

乙女小姫山・13

『栞の補導委員会』     
 

 

 昼から補導委員会になった。
 

「最初に問題点を明確にしときます。手島栞の指導忌避についてです」

 梅田生指部長が口火を切って、参加者は、いっせいにA4のプリントに目を落とした。

 参加者は、梅田の他に各学年の生指主担三名と、学年主任の牧原、栞の新旧の担任、管理職からは教頭と、特別に校長が加わり九人であった。  

「指導忌避は何日ですか……?」

 教頭の田中が、ろくにプリントも見ずに聞いた。

「三日です」

「ほんなら、三日の停学で、よろしおまっしゃろ」

 教頭は早くもメガネを外した。

「ちょっと待って下さい。指導忌避に至ったいきさつについて、説明してください」

  乙女先生が、フライングしたランナーを停めるように手を挙げる。

 「書いたある通りです。本日8時20分ごろ出勤途中の湯浅先生、先生は新年度の手島の担任ですが……」

「とんだ、ババひいてしもたわ」

「湯浅先生が、栞がゲンチャに乗ってるところを目撃、制止しはりましたが、同人はこれを無視、この時、湯浅先生は、同人に指導忌避であることを明確に伝えてはります。ですね?」

 「はい、タバコ屋のオッチャンが、その声で店から出てきたぐらいです。本人にも聞こえてます」

「で、また同人が、そこを通ることを予期され、電話でわたしを呼び出され、事情を聞き、指導の要有りと認め、タバコ屋の自販機横で待機。十五分後、再びゲンチャで通りかかった同人を制止。制止のおりに転倒しましたが、これは、制止を振り切り逃走をはかろうとしたためでありますが、わたしと湯浅先生で受け止めてやったため、同人は軽い擦過傷を負っただけですみました。直後、現場で指導しようとしましたが、『現状保存、警察を呼べ』と激しく指導を忌避。よって、学校まで、連れて帰って現状に至っております」

 梅田は、模範解答を読み上げるような抑揚のない声で説明した。

「……で、罪状は指導忌避。懲戒規定では、三日。決まりでんな」

 乙女先生は怒りのあまり、声が出ない。

 旧担任の中谷が手をあげた。

「はい、中谷さん……」

「無許可バイトと、禁止されてるゲンチャについては問題にせえへんのですか」

 梅田が大儀そうな顔をした。

 「バイトは、野放しが現状です。あえて問題にする必要おまへんやろ。ゲンチャ絡めると、十日を超える停学、それに、中谷さんに出したバイト願いには、ゲンチャ使用申請もあったとか。それ、一カ月もほっときはったんでっしゃろ、触れんほうがええと思いますけど」

「ゲンチャ使用申請は、本人が言うとるだけでしょ。わたしは確認しとりません」

 「一言いいかな」

 ブリトラの校長が手をあげた。

「バイトのことは、本人から聞いて、わたしが許可を出しましたが」

「そら、校長あきまへん」

 三年の主担、山本が口を開いた。

「バイトの許可願いは、担任、学年生指主担、学年主任、生指部長、で、教頭通して学校長の許可になってます。手続き無視してもろたら困りまんなあ」

「最終決定は、学校長なんだから、問題ないでしょう。こういう言い方をするのはなんだが、本人から許可願いが出ていながら一カ月も放置しているのも問題だと思います」

 「校長はん、職権乱用や。バイト願いの処理期間なんか、生徒手帳にも内規にも、どこにも書いたあらへん」

「オッサン、そんなん、言い訳やろ! 今時役所に行っても、一時間も待たされへんわ。アマゾンなんか半日で持ってきよるで。それとも、なにか、ここはアマゾン以下のジャングルけ!?」

 「何を、いきまいて……」

 中谷が鼻でせせら笑い、山本が同調した。

「まあまあ、バイトは、もうドガチャガになってるし、中谷はんも、一カ月放置はなあ……」

「ボクは、なんにも悪ない!」

「そやから、学校の現状を鑑みて、指導忌避でいきまんねんやろ。学年始めで仕事溜まっとるんや。早よ手え打ちましょうや」

「小さなことからコツコツと、教頭はん名言でしたで」

 山本が囃し立て、教頭は仏頂面になった。

「栞も栞やけど、中谷センセがちゃちゃっと……」

 牧原の呟きが中谷に聞こえ、今度は中谷が切れた。

 「ボクは間違うてへん。ただでも一年の担任は大変やったんや、バイト願いなんて……せや、出した言うてんのは栞だけだっしゃろ。あいつに何回も言われて受け取ったような気になってたけど……ボ、ボクは見てへん。そうや、そんな気になってただけで、受け取ってません!」

「ほんなら、栞の狂言や言うんけ、ええかげんにさらせよな!?」

 乙女先生が振り上げた拳を、校長が必死で止めた。

 「ああ、こわ~!」

「ほんなら、指導忌避。停学三日。賛成の方起立(乙女先生の剣幕で全員が立っていた) 賛成者多数。本案可決!」
 

 こうして、明くる日の朝、保護者同伴で停学の申し渡しになったが、栞の保護者から、その日の内に来校する旨が伝えられ、校長は関係の教師に禁足令を出した。

 むろん「先生のためです」と枕詞を付けて……。

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