大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:029『マスクを買いに行く』

2020-04-15 14:18:58 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:029

『マスクを買いに行く』  

 

 

 

 マスクを買いに行くためにマスクを作った。

 

 まだ三日分ほど買い置きが残っていたんだけど、お祖母ちゃんが捨ててしまったから。

 お祖母ちゃんは、もうパックが空になっていると思ってゴミ箱に放り込んでしまったんだ。

「そういうこともあるよ、大丈夫、わたしが取りあえずの作って買いに行くから(^▽^)/」

 ペーパータオルを適当に折って、輪ゴムを通す。

「ほら、本物みたいでしょ!」

「うん、ジジは上手ねえ」

 ぜんぜん上手じゃないんだけどね、上と下とじゃ幅が違って、なんか台形を逆さにしたみたいで、横っちょに隙間とかができるんだけどね、お祖母ちゃんは心意気を褒めてくれているんだ。

「じゃ、行ってくるね」

 

 お財布掴んで自転車を出す。

 

「あら、朝からお買い物?」

 お財布持ったままの手でハンドルを握っているので表を掃除している小林さんに気づかれる。

「はい、いろいろ切れてきちゃって(;^_^A」

「うちで間に合うものだったら言ってね、お隣同士なんだから(⌒∇⌒)」

「ありがとうございます。ま、散歩も兼てです。家の中ばかりだったら腐っちゃいますからね」

「そうね、気を付けてね」

「はい!」

 マスクを買いに行くと正直に言ったら小林さんは、こう言うだろう「あ、うちに何枚かあるから……」そう言って買い置きを分けてくれる。

 このご時世、必需品のマスクを分けてもらうわけにはいかない。

 セイ!

 魔法少女か女忍者という感じで掛け声かけてグンとペダルを踏み込む。

 セイ セイ セイ セ……あ……!

 右側の輪ゴムが切れて、マスクが垂れてしまう。左手で押さえようとしたら弾みで左も外れてしまう。

 自転車のスピードと向かい風の合わせ技でマスクは軽々と吹き飛ばされ、崖の向こうに飛んで行ってしまう。

 ああ…………………………………………

 どうしよう、マスクをしてないとお店に入れないよ。

 

『どうかしたか?』

 

 フリースの胸元からおづねが出てくる。いつの間に入ったんだ?

「マスクが飛んで行った……」

『崖の向こうか……よし、これを貸してやろう』

「え、なに?」

 忍者服の下から出したのは、黒いスカーフのようなものだ。

『このように使う』

 同じものを取り出して、おづねは自分の顔に巻き付けた。

 忍者覆面だ。

「うう……ちょっと恥ずかしいかも」

『朽葉模様にしてやろう』

 おづねが一振りすると、枯葉模様のカムフラージュになった。

『巻き方は工夫しろ。セイ』

「ちょっと、どこに行くのよ」

『野暮用だ、放せ』

 掴んだ手から離れたかと思うと、おづねの姿は一瞬で消えた。

 

 なんとか鼻から下を西部劇の覆面みたくしてお店に向かう。

 多少注目されたけど、並んでいたオバサンたちが「あら、かっこいい」と言ってくれたりしたので、なんとか平気でおひとり様ワンパック限定を買うことができた。

 お店を出て角を曲がると、四角いポストの上におづねとチカコが立っている。

「あ、どうしたの?」

『マスクを飛ばしたのはチカコだ』

「え、ええ!?」

『チカコ、謝らんか』

『だって……』

『もう遊んでやらんぞ』

『う……ごめん』

『声が小さい』

『ご、ごめん! もういいだろ!』

「あ!?」

 チカコはそのままポストの投函口に飛び込んで、おづねも『待てええええ!』と叫んで飛び込んでしまった。

「あのう、ポストいいかしら?」

「す、すいません(^_^;)」

 投函口を除いていたら、封書を持ったオバサンに変な子だと思われてしまった。

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坂の上のアリスー51ー『自分のは自分で洗うから』

2020-04-15 11:18:58 | 不思議の国のアリス

アリスー51ー
『自分のは自分で洗うから』    

 

 

 自分のは自分で洗うから。

 

 あくる朝の第一声がこれだ。

 ここ何年も「おはよう」なんて口にしたことが無くって、たいてい黙って朝飯食って、それぞれ好きなことをする。

 学校があるときは、それぞれの都合と好みで家を出る。むろん学校に着くのはバラバラの別々で、校内で顔を合わせても口をきいたりはしない。

 すぴかが共通のお知り合いになってからは(好き好んで知り合いになったわけじゃないからな、いきさつを知りたかったら、1~3のバックナンバーを読んで欲しい)すぴかのために、何日か一緒に登下校するはめになっちまって、何人かには兄妹だって知られてしまったけどな。それでも、校内でうっかり声をかけた時には張り倒されたり、回し蹴りを喰らったり。

 その妹様が「自分のは自分で洗うから」ときやがった。

 一時、自分で洗っていたことはあるが、三日もすれば平気で俺にパンツも洗わせていた。

 それが思い詰めた顔で「自分のは自分で洗うから」ときやがった。

 ソレイユのくそばばあのせいだ。

「実はね…………おまえたち二人は兄妹じゃないんだよ……」

 なんて、とんでもないことを言いやがった。

 オレは、亡くなった伯父さんの子で、子どもは生まれないと思っていた両親が生まれたばかりの俺を引き取って実子として届け出、一年後に綾香が生まれたってふざけた展開だったってさ。

 これはボケ老人の戯言かと思ったら、ご丁寧にビデオレターまで残してやがった。

――いとこ同士は結婚できる……知ってるよね? お祖母ちゃんの最初で最後のおねがい(なんと姿勢を正して手を合わせやがった)二人で結婚して新垣の家を守ってください。この通りです……――

 

「あ、ありがとう」

 

 心臓が停まるかと思ったぜ!

 朝飯作って、食卓に並べてやったら、目こそ合わせねえけども、ボソッと礼を言いやがった。

 愛情とか親しみとかから来る「ありがとう」じゃねえ、俺とは距離をとるって気持ちの「ありがとう」だ。他人行儀ってやつだ。

 ほら、離婚した夫婦が、いや、元夫婦が、他人言葉の敬語で話すってやつだ。

 て、おれたち、元兄妹ってか?

 ああ、俺まで混乱してどーすんだ!

 それほど、くそばばあの――二人で結婚して新垣の家を守ってください――の戯言を意識してるってことだ。

 こういう場合、どんな言葉をかけても逆効果だろ。

 綾香は、見かけのツンツンからは想像もできないけど、根っこのところでは気弱で真面目なやつなんだ。

 

「ちょっと、参考書買って来るわ」

 

 我ながら下手くそな口実つけて家を出た。

 親に電話を掛けて、真偽を確かめんのと文句を言うためだ。

「ち、いつまで不通なんだよ」

 公園のベンチに座るまでに四回かけたけど、五回目にも応答がない。

 きっと怖い顔をしてるんだろう、俺の足元に転がってきたボールを取りにきたガキがブルって行ってしまった。

 仕方ない……万一の時にはここに掛けろと言われている○○さんのところに電話を掛ける。

 

『はい、亮介君だね』

 

 二回コールしただけで○○さんが出た、それも、ハナから俺の電話だと承知している。

「は、はい、新垣亮介です。万一の時は○○さんに電話しろと父から言われていましたので、ご無礼を承知でお電話しました」

『そうだろうね、今はまだ全てを言うわけにはいかないが、君のご両親は御無事だ。ただ、連絡の取れないところに居られる。生活費は、今まで同様に振り込まれるから心配はいらない。それは保証するよ。いずれ、わたしからも連絡する。では……』

 一方的に切られてしまった。 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・101『こんなに痩せてしまって……』

2020-04-15 06:14:18 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
101『こんなに痩せてしまって……』     
          




 おもわずライザップをググってしまった。

 だって、今のスタイルで『夕鶴』のヒロインをやる自信が無かったから。


 交換留学生のわたしとミッキーを使おうだなんて、もうビビってしまった。
 そりゃ、三年も日本に居れば日常会話はペラペラ、元々子どものころからお隣りの日系バアチャンの大阪弁に馴染んでいたので、言葉についての苦労は無い。

 でもね、舞台で、たとえ学校の文化祭と言ってもスポットライトを浴びることは別物なのよ。

 でもね、元来がミーハーのアメリカ人だから直観的にオモシロイ!と思ってしまう。
 思ってしまうと、平均的日本人の倍は豊かな表情筋が喜びの表情を作ってしまいのよね。

 で、しっかり台本を読んでみたの。

 で、あ~~~~~~~~~(;'∀')なの。

 鶴の化身であるヒロインのつうは、与ひょうに頼まれるままに『鶴の千羽織』を織っちゃうの、自分の体の羽毛を抜いてね。
 で、やっと織り終って一言こう言うの。

「お~こんなに痩せてしまって……」

 ここ絶対笑われる!

 けしてデブってほどじゃないけど、骨格的にガッチリしている。
 お風呂に入って、すんごく久しぶりに自分の裸を鏡に映してみたのよ。

 で、風呂上りに思わずライザップをググってしまった。

 とても文化祭までの期間に痩せることはできない。
 こんなことなら、出し物を『三匹の子豚』かなんかにしてほしいって思ったわよ。
 え、あれなら最初からプヨプヨのブタでしょって?

 最初からブタならいいのよ、プヨプヨのプニプニでも人は笑わないわよ。
 
 でもさ、プニプニの鶴ってありえないでしょ!
 まして千羽織を織ったあとで「こんなに痩せて」なんて、もうレッドカーペットかエンタの神様とかの世界よ!
 それに、元々の火付け役で、わたしをヒロインにしようって言いだして演出までやろうかって八重桜先生はゴリゴリのコミュニストで、反論でもしようもんなら、民主集中制だとか党の決定だとか言い出して梃子でも動かぬって感じよ。

 そんなチョーブルーな気持ちで最初の稽古に臨んだわけ。

「じゃ、今日から楽しく稽古しましょう。やってる者が楽しくなきゃ観てる人は絶対楽しくないからね、オッケー!?」

「「「「「「ハイ!」」」」」

「ハイ」

 みんな元気に返事する中、わたしだけが蚊の泣くような返事しかできない。
「あら、どうしたの?」
 さっそく聞きとがめられてしまう。
「え、あ、いや……『こんなに痩せてしまって……』に違和感ありまくりで」
「ん?」

 するとみんなの視線が集中して、こころなしか――あ、そうだよね――と言われたような気がした。
 トランプ大統領の心臓を羨ましく思った。
「なんだ、そんなこと気にしてるの」
「で、でも、重大事項なんです!」
「自意識過剰なんだと思うけど。そうね、気になるようなら……その台詞はカットしましょう」
「え?」

 十月革命のレーニンの演説写真からトリミングで消されたトロツキーを思い浮かべてしまった。

 

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ここは世田谷豪徳寺・72『護衛艦たかやす』

2020-04-15 06:03:23 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・72(惣一編)
『護衛艦』   



 

 

 昨日カレーを食ったから、今日は土曜日か……。

 三直目の勤務を終えて、おれは士官食堂に向かった。
「ハハ、やっぱり一分早く着いてしまうな」
 テーブルに着くと習慣で時間を確認した。
 なぜ配置のCICから一分も早く食堂に着いてしまうかというと、艦が違うからだ。

 この五月から「あかぎ」を降りて「たかやす」に乗り込んでいる。26000トンの「あかぎ」から3500トンの護衛艦に替わると、覚悟はしていたが、狭くて小さい。
「たかやす」の砲術士が訓練中に怪我をしたので、その代替要員として、三カ月この船に乗り込むことになったのだ。
 本来砲術士は曹クラスの配置だ。そこに一尉のおれが代わりに入るのは極めて異例だ。
「たかやす」は、今度の任務が終わったら、一線任務から外され、改修後練習艦になる。第一線の護衛艦としては最後の任務だ。

 しかし容易い任務ではない。緊張高まる西南諸島方面のパトロール任務である。

 近頃C国の挑発は常軌を逸しつつある。

 今月に入っても南シナ海でB国の漁船に体当たりして沈没させている。テレビでは呑気に「相手は漁船ですからね、B国も戦闘するわけにはいかんでしょう」などと言っている。100隻もの漁船が、漁もしないで、整然と海を走っているわけなどありえない。表だった武装こそしていないが、間違いなく海警か軍の人間が乗っている。自衛隊機への異常接近も、ついこないだのことである。
 そんな緊迫した情勢の中でのパトロール任務である。相手を刺激しないように、あえて退役寸前のロートル艦を回してきた。旗艦は我が「たかやす」 それに「いこま」と「かつらぎ」というどっこいどっこいのロートル三隻の艦隊だ。
 いずれも大阪の山の名前をとった艦で、海自の中では『吉本艦隊』とも言われている。わが「たかやす」の艦長が吉本一佐なので、あながち間違った呼び方ではないが、どうも揶揄された感じは否めない。
 この艦隊編成を決めたのが海幕か防衛大臣か、それより上かは分からないが、非常にC国に気を遣ったものであることは確かである。

「どうや、ちょっとは慣れたか?」
「あ、艦長」
「カレーの次が肉じゃがか。なんや海軍の伝統に意地張ったようなメニューやなあ」
 艦長が不満とも面白さともとれるような言い回しで、おれの横に座った。
「艦長も意地ですか。肉じゃが特盛りですよ」
「わしの好物でな、たかやすのカレーと肉じゃがは海自で一番やろな」
「大阪の船で固めるならこんごうも連れてくればよろしかったのに」
「あれはイージスや。シャレに成らへんからな」

 旧海軍時代から、大阪に関わる名前を付けた船はろくなもんじゃなかった。戦艦河内は徳山湾で原因不明の爆沈。摂津はワシントン条約で、戦艦籍から外されて標的艦になりボコボコにされた上、戦時中に撃沈された。

「一度聞いてみようと思っていたんですが、なぜたかやすの臨時砲術士に自分が選ばれたんですか?」
「ハハ、そらあかぎの艦長に聞いてんか。あいつの推薦やさかいに」
「やっぱり、あかぎの艦長ですか……」
「まあ、そないにしょぼくれなや。いつぞやの一般公開のときに、格納デッキで『フォーチュンクッキー』踊ったやろ?」
「はあ、なりゆきで……」
「わしも、佐倉くんが来るいうんで、動画サイトで見せてもろたで」
 艦長の顔が、エビスさんのようになった。
「これは、吉本艦隊で、訓練せなあかんなて思た」
「あの、艦長。なんで肉だけ残すんですか?」
「残してんのとちゃう。楽しみは最後にとっとくんや」

 エビスさんが子どものような顔になり、肉の一塊を口に運んだとき、艦内放送が流れた。
「艦長、ブリッジまで! 艦長ブリッジまで!」
「くそ、いま食お思たとこやのに……」
 艦長は、肉ばかり食べ残したお椀を怨めしそうに見ると、次の瞬間CICに向かって駆け出していた……。

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乙女と栞と小姫山・16『乙女先生のデビュー』

2020-04-15 05:52:55 | 小説6
乙女小姫山・16 
『乙女先生のデビュー』   
     


 
 
 
 順序が逆になってしまった。

 生徒の懲戒に関しては、補導委員会の決定を校長に報告して了解を得てから、保護者を呼び出し懲戒内容を伝える。しかし、今回は、その前に保護者である手島和重がやってきて、さんざん拗れたあとの報告になってしまった。
 梅田と教頭の誤算であったとも言える。指導忌避による停学三日なので、懲戒としては軽いもので、保護者も簡単に受け入れ、事後報告で済むと思っていた。

「この懲戒内容は撤回してください」
 校長は落ち着いて(はらわたは煮えくりかえっていたが)指示した。
「停学三日程度の懲戒で、校長さんが異議差し挟むことは前例がおまへんけど」
「しかし、本人も保護者も、この懲戒には納得していないんでしょう」
「しかし、指導忌避の事実は……」
「道交法の進行妨害、刑法上の威力業務妨害、傷害、逮捕監禁、証拠隠滅まで言われてるんですね。証拠写真まで付いて、相手は本職の弁護士だ。勝ち目はありませんよ」
「そやけど、センセ」
「メンツなんて、どうでもいい。これ以上言われるなら、職務命令にしますが」

 
『いや、分かって頂ければいいんです。名前に負けない、希望ある青春の高校にしてください』
 梅田が不承不承かけた電話の向こうで、栞の父が明るい声で言った。
『娘に代わります』
『もしもし、梅田先生。じゃ、わたし、明日から学校に行きますから』
「ああ」
『建白書は改めて、父と連名で直接校長先生に内容証明付きの郵便で出しますので』
「ああ」
『えと、それから、懲戒については校長先生ご承知だったんですか?』
「あ……ああ、むろんや。懲戒は、学校長の名前で行うもんやからな」
『そう……念のために申し上げときますけど、これ事務所の電話なんです』
「それがあ?」
『事務所への電話は全て録音されてます。それでは乙女先生によろしく』
 
 梅田は、栞が切るのを待って、忌々しげに電話を切った。

「あら、立川さん、電話の調子悪いんですか?」
 朝一番に来た乙女先生は、自分よりも早く来て、電話をいじっている技師の立川に驚いた。
「はあ、事務から、生指の電話が通じないて言われましてね」
「だれかが、乱暴に扱うたんとちゃいますか」
「ハハ、この学校、名前は新しいですけど、施設はS高校のまんまですからね、どれもこれもポンコツで……こりゃ、交換だなあ」
 立川は、手際よく電話を交換しにかかった。
「まあ、終わったらお茶でもどうぞ」
「こりゃ、どうも……乙女先生……」
「どないかしました?」
「いや、まるで、新採の先生みたいですなあ!」

 今日は、午前中始業式、午後は入学式である。
 
 着任初日は校長から保険のオバチャンと間違われたので、精一杯のおめかしである。二十二歳の新任のころからスリーサイズは変わらない……と自認する乙女先生は、新任のころから勝負服にしているピンクのスーツ姿であった。地元岸和田の小原洋裁店であつらえたもので、「本人の心がけ次第では一生もんだっせ」と、女主人に言わしめた一品である。

 新転任紹介では、真美ちゃん先生と同じくらいのどよめきが生徒達から起こった。

 ただ、校長の一言が余計だった。

「新任の天野真美先生は『新任ですでビシバシ鍛えてください』でしたが、佐藤先生は、こう見えても、本校が三校目というベテランです。諸君ビシバシ鍛えられてください。一年生の生指主担と、三年生は日本史の授業でお世話になります」
 仕方がないので、乙女先生は、習慣で一発かました。
「全員……起立!! 気を付け!! 休め!」
 ドスの効いた声で号令をかけた。まるで本番前に円陣を組んだAKBの総監督のように気合いが入っていた。なおAKBと言うのは本人の意識で、校長などは若作りの天海祐希ぐらいに思った。
「ウチは、岸和田生まれのバリバリの河内女です。乙女なんたらカイラシイ名前やけど、意味は六人姉妹の末っ子で、オトンが『また女か』言うて落胆して、腹いせに「とめ」とつけよった。あんまりや言うんで、上のネエチャンが、「お」を付けてくれて漢字にしたら乙女てなカイラシイ名前になりました。岸和田でほったらかされて大きなったよって、多少荒っぽいでえ(腰に手を当て、首を回すとコキコキと音がする)。まあ、よろしゅうに……着席!」
 生徒もビビッタが、真美ちゃん先生の顔がひきつったのにはまいった。早く免疫をつけてもらわなければと思う。

 思ったよりも当たり前の生徒たちに見えたが、目に光がないような気がした。
 その中で、ただ一人、二年A組の中頃からオーラを感じた。チラ見した乙女先生は、それが手島栞であることが、すぐに分かった。
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