大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:027『スク水ランニング』

2020-04-07 16:13:04 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:027

『スク水ランニング』  

 

 

 こんなのもあるぞ。

 

 テレビがどこも武漢ウィルスばかりやってるんで、コタツで居ねむりしてしまった。

 すると、耳元で声がして薄目を開けたら、おづねがパソコンの画面を指さしている。

「え、なに……」

 画面に焦点が合ったとたんに飛んでしまった……。

 

 ミーーンミンミンミンミン ミーーンミンミンミンミン ミーーンミンミンミンミン

 

 蝉の合唱がうるさいプールサイドだ。

 コンクリが焼けて、学校指定のサンダルの底を通してカイロのような温もりが伝わる。

 バッシャー!

 先生がバケツで水を撒いてプールサイドを冷やしている。うん、裸足だと火傷しそうだもんね。

 数回水を撒いたところで、スク水の女子たちが更衣室から出てくる。

『これは、ジージが生徒だった頃の高校だなあ』

 たしかに野暮ったいくらいに又ぐりの浅い旧式のスク水だ。

「並べー! 点呼とるぞー!」

『あ、女の先生だったんだ』

 先生はショートカットのTシャツなので、細身の男先生かと思ったら、声は女性だ。

「志村! 門田! おらんのかあ!」

 先生が呼ばわると『すみませーん』と声がして、志村と門田が小動物のように更衣室から出てきた。

 他の女子たちが、気の毒そうに遅刻の二人と先生の顔を窺う。

『ここからが面白い♪』

「遅い! グラウンド一周!」

「「エエーーー(;゚Д゚)!?」」

 志村と門田がムンクの『叫び』みたいな顔になり、他の女生徒は「うわあ~」と同情と期待の混ざった声をあげた。

「じゃ、準備運動! 二人は、さっさと走ってこい!」

「「ハ、ハイ(;'∀')」」

 

 なんと二人はスク水のまま、エッチラオッチラとグラウンドを走り始めた。

 二人が走り出すと、校舎の窓から男子生徒たちが顔を出して囃し立て、女子たちは「すけべ!」「えっち!」と面白がって軽蔑、授業を始めたばかりの先生たちが「こらー!」と叱ったり、出席簿で男子たちをどついたりしている。

『あ、あれ、ジージだ!』

 三階の窓からカーテンに隠れるようにして顔をのぞかせているのは、日本人離れした若き日のジージだ。

『なかなか楽しいキャンパスライフだったようだのう』

『こ、こういうジージは軽蔑!』

『良いではないか、おづねは、こういうの好きだぞ』

『おづねもエッチだ!』

『まあ、笑っておいてやれ。スク水ランニングは、この年が最後だったんだからな』

 再びプールに戻ると、ランニングを終えた二人も交えて、キャーキャーと水泳の授業が始まっていた。

 

 コンコン コンコン

 

 窓ガラスを打つ音がしたかと思うと、幻視から覚めて、コタツの前に戻ってきた。

 あれ?

 窓の方を見ると、おづねと同じくらいの背丈の女の子がガラスを叩いている。

「お、チカコではないか?」

 おづねが気づくと、女の子は激おこぷんぷん丸の顔になった……。 

 

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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・7

2020-04-07 06:06:21 | 戯曲

連載戯曲

エピソード 二十四の瞳・7        

 
 
 
 
時  現代
所  東京の西郊
 
登場人物
 
瞳    松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生
 
 
由香: よし、今度は瞳の採用試験合格を祈って……!
瞳: それはいい。
由香: え?
瞳: あたし、もう辞めようと思ってんの。
由香: ……どういう意味?
瞳: 教師になるのやめようと思って……。
由香: なに言ってんのよ、らしくもない。たった三回試験に落ちたぐらいで。
 たった今わたしを励ましてくれたところじゃないの! 自信を持とうよ、自信を!
瞳: 違うの。教師って仕事そのものに魅力を感じてない、感じなくなった。
 写真見てつくづく思った。まあ、もともと車に乗るための金と時間欲しさのデモシカだけどね。
 見ると聞くとで大違い、三年やって、場違いだってのがよくわかった。
 さっきも言ったけど、教育は掛け算なんだよ。
 ゼロやらマイナスの子たちばかり相手にして、空っぽの卵のカラだけいじくりまわしてると……
 なにか、自分の持っている数字まで小さくなっていくような気がしてね。
由香: 考えすぎだよ、そんなのやってるうちになんとかなるって。
瞳: 由香は感覚が違うのよ。学校も、山手みたいな温泉学校にいるから。
由香: 瞳だって、試験に受かって正式採用になれば変わるわよ。
瞳: 夕方、グチこぼしてたのはだあれ?
由香: グチぐらい誰でもこぼすでしょ。みんなグチこぼして、なけなしの元気を絞り出してやってるんじゃない。
瞳: あたしのはグチじゃあないの。
由香: じゃ、なんなのよ?
瞳: 魂の慟哭……。
由香: ドーコク?
瞳: 聞こえない? あたしの心臓が血の涙流して泣いてんのを!? 
由香: お酒も飲まないで、よくそんな台詞が出てくるね。
瞳: 言ったでしょ。由香とあたしは感覚が違うって……ちょっと、このチューハイ半分まで飲んでくれる?
由香: え……うん(半分飲む)これでいい?
瞳: この半分のチューハイを、由香はどう表現する?
由香: え……そうだなあ、まだ半分残ってる。
瞳: だろうね、由香は、のび太君みたいな性格だもんね。
由香: それって? 
瞳: 依頼心は強いけど、憎めない楽観主義で、いつも人が助けてくれんの。
由香: それって……。
瞳: 誉め言葉のつもりだけど。だって、人柄が良くなきゃ、だれも助けてくれないよ。
由香: じゃ、瞳は?
瞳: もう半分しか残ってない……あたしの心もちょうどこのくらい。その残った半分の心が、もう決めちゃったのよ。
由香: 何を?
瞳: あたし、二学期いっぱいで辞めよって決めた。
由香: 辞めて……どうすんの?
瞳: この秋から、姉ちゃんがダンナといっしょに長野でペンション始めたの。
 あたしもちょこっとだけ出資してんだけど、そこで働こうかと思って。
 姉ちゃんも、アルバイト使うよりは、身内のほうが気楽だろうし。
 ちょっぴり大きめのペンションだから、人手もけっこう大変なんだ。
由香: だけど……。
瞳: だーかーらー……夜の山道ぶっとばそうよ!
由香: えー、ローリング族とか出るんじゃないの?
瞳: 大丈夫よ、週末じゃないし。
 そんな奴らが走らない道だし、制限速度は三十キロしかオーバーしないから。
 そのために、あたしウーロン茶しか飲んでないんだよ。ね、山頂からの夜景は絶品だよ!
由香: いや、だけど……。
瞳: あたし車とってくるから。由香は、お勘定の方よろしくね(伝票を渡して去る)
由香: あ、ちょっと! 瞳い!

 暗転

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・93「演劇をやってこその演劇部よ!」

2020-04-07 06:00:01 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
93『演劇をやってこその演劇部よ!』
          



 

 演劇なんてしたことのない演劇部。

 だもんだから、いざ、文化祭でやるとなったら、なにをしていいか分からない。

 知識も経験もないし、学校の必ず途中で寝てしまう芸術鑑賞以外で演劇なんて観たこともない。

 それで図書室にいくことにした。

「演劇の台本て戯曲っていうんだね」
 机の上に「なんとか戯曲大全」とか「かんとか戯曲集」を積み上げて感心する。
「それって知らなさすぎ」
 一応演劇をやっていたころの演劇部を知っている須磨先輩がジト目を向けてくる。
「でも、今から読むん……」
 啓介先輩が、早くもうんざりしたような顔でページをめくる。
「これ、手でめくりなさい」
「すんません……」
 啓介先輩は、シャーペンの尻でパラパラやっているのだ。
「あっちはどうなんだろ……」
 パソコンコーナーで検索中のミリーとミッキーに目を向ける。

 視線を感じてミリー先輩が車いすを転がしてくる。

「条件悪すぎだよ」
「そうなん?」
「たった五人でさ、たった一か月でやるのって無理よ」
「そない言うてもなあ……生徒会には義理があるしなあ」
 
 それは同感、生徒会というか美晴先輩に借りがある。
 相当無理を言ったり無茶をしたけど、演劇部の存続を認められたのは美晴先輩の働きだ。
 二階の新部室を斡旋してくれたのも美晴先輩。
「だから、文化祭で演劇してくれる?」
 断れないわよね……将来的にも無為徒食の演劇部を存続させるには、美晴先輩のアドバイスは正しい。
「『高校演劇』で検索してたらね、演劇をやろうという者は、やりたい芝居の五本や十本は持ってなきゃだめだって」

 時間と人数以外にも問題がある……みんなは言わないけどね。

 わたしとミリー先輩は車いすでしょ……ただでも少人数なのに、ミリー先輩は本番までには治るかもしれないけど。
 黒柳徹子さんは車いすでやってたけど、そうそう上手くいかないと思う。
 ううん、元々舞台に出ようなんて気持ちは無いけど、裏方やるにしてもね……現実的には厳しいと思う。

 パソコンコーナーが賑やかになった。

 ミッキーの横に八重桜……いや、敷島先生が寄ってきて英語で喋ってる。
「あ、通訳しなくっちゃ」
 ミリー先輩が車いすを向けるのと敷島先生がハイテンションでこっちを向くのが同時だった。

「演劇をやってこその演劇部よっ!」

 明石家さんまを女にしたような満面の笑みでテーブルに近づいてきた。
「文化祭でやるんだから、長い芝居はだめ。出し物がいっぱいあるんだからね、観客は素人ばかりだから、予備知識の有る出し物が一番よ! 多少台詞が聞こえなくても、ああ、このシーンはこういうことを言ってるんだって分かるものが良い。あなたたちにも予備知識があれば稽古もやりやすいでしょ!」
 好きな先生じゃないけど、さすがは文芸部顧問、言っていることには説得力がある。
「なんか適当な芝居あるんですか?」

「あるわよ!」

 さすがは図書室の主、まるでスケートを履いているようにスイスイ机や書架の間を滑っていくと一冊の本を持ってきた。
「これよ、これ!」
 バサッと置かれた本に須磨先輩の頭に電球が点いたような感じ。
「そうか『夕鶴』ならピッタリだ!」
「「「夕鶴……?」」」
「鶴の恩返しよ!」
「「「「あ、あーーーー!」」」」
 全員の脳みそに共通理解の電球が灯った。

「それで、主人公は、沢村さん、あなたがおやんなさい!」

「え、ええ!?」

 心臓が停まるんじゃないかと思った!

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坂の上のアリスー43ー『うっさい、気が散る!』

2020-04-07 05:52:17 | 不思議の国のアリス

の上のアリスー43ー
『うっさい、気が散る!』   

 

 

 綾香は外面のいいズボラ女だ。

 

 家の外では、人並みに兄である俺を毛嫌いして見せる。

 ま、十五歳の女子高生としては兄貴を毛嫌いしておくのがデフォルトではある。

 キモイ、ウザイ、クサイとお友だちには言っているようだ。うちの兄貴は、ああ見えてけっこう頼りになんのよ――なんて言ったらブラコンと思われるんだろう。まあ、身内をこき下ろして人間関係のバランスがとれるのなら、それでいいと思う。

 許せないのは、そうやって俺をこき下ろしておきながら、家のアレコレは俺に頼りっぱなしなことだ。

 それも自覚がない……いや、自覚に無いふりをして頼っているんだから始末が悪い。

 おとついも、綾香のセレクトでゲオまでDVDを借りに行ってやったら、やれバージョンが違うの、ブルーレイじゃないの、北米版が観たかったのとかプータレて、結局は自分でゲオに借り直しに行きやがった。

 じゃ、間違って借りてきたブツを返却しといてくれりゃいいのに――自分の不始末は自分で解決しなさい――ときやがった。

 

 で、借りてきたDVDも二日で飽きてしまって……

 

「飽きたんじゃないわよ、触発されたのよ! 触発!」

 そうのたまいながら、自分の体を知恵の輪みたいにして一人でクンズホツレツの格闘をやっている。

「見てるだけで暑いんだから、他でやれよ他で」

「満足にエアコン効くのはリビングだけなんだから仕方ないじゃん、それに、ヨッコイショ……確認しなきゃ分かんなくなるじゃん」

「で、なんなんだよ、それは?」

 エアコンの設定温度を下げながら聞いてやる。

「ヨガよヨガ、ペルルがこんなにナイスなのはヨガをやってるからなのよ」

「んなもんしなくても、家事を手伝えばいい運動になるだろーが、布団カタして干さなきゃなんないからやってみれば」

「うっさい、気が散る!」

 

 むかしの綾香は夏太りする性質だった。

 

 暑くても食欲の落ちないやつなんだけど、暑いのは苦手で、夏場の運動量が減ることが原因。

 しかし、中三ぐらいからは言うほど太りもしないんだけど、やっぱ気になるらしい。

 なにより熱心にやっていることだから、何も言わないでおいてやろう。

 兄貴らしい分別で生温かい目でみてやることにして、布団を干しに二階への階段を上がる。

 三段上がったところで、お祖母ちゃんの見舞いの件を思い出す。

 

―― う~ん、 なにも今でなくていいよな ――

 

 大事なことを一日伸ばしにするのがオレの悪い癖……分かってんだけどなあ……。

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・64『本人も知らない秘密』

2020-04-07 05:43:17 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・64(さつき編)
『本人も知らない秘密』    



 

 また、彼の声が聞こえてきた。

 さつきは、急いで意識をブロックした。

 幸いはるかとも別れ、梅田の地下街を歩いていたところなので、誰にも気付かれはしなかった。
 彼とは、タクミ・レオタール(Takoumi Reotard)のことである。日本人の母とフランス人の父を持ちながら自衛隊の兵隊さんをやっているという変わり者。渋谷で彼が運転する車に跳ねられてからの付き合いである。事故そのものはさつきの不注意によるものだったが、タクミは上司と共にお詫びの記者会見までやらされた。兄の惣一が海上自衛隊なので、自衛隊の置かれた立場は分かっているつもりだったが、あらためて、その厳しさを実感した。
 そして、クレルモンへの留学途中の機内で、上司の通訳としてフランスへ行く途中のタクミと同じになった。偶然の再会を喜んだ二人だったが、乗っていた飛行機のトラブルで、タクミは二百人余りが乗ったジェット機を操縦するハメになった。タクミの父はフランス空軍のパイロットで、タクミも子どものころから、パソコンのシミュレーターで一通りの操縦をマスターしていたからだ。
 しかし、本物のジェット機の操縦は初めてで、上司とさつきに付き添ってもらい、なんとか、この試練を乗り越えたのだった。

 それから異変が起こるようになった。

 時々タクミの思念が飛び込んでくるようになったのだ。

 最初はイメージだった。ホテルのベッドで高熱を出して寝込んでいるタクミの姿が浮かび、ついには自分自身も発熱し息苦しくなってきた。
 心配になったさつきは、ホテルに電話し、タクミの安否を確認してもらった。タクミはジェット機を操縦したストレスで熱を出していたのである。タクミは病院に連れて行かれて事なきを得たが、びっくりした。さつきはタクミの泊まっているホテルの名前さえ知らなかったのである。

 病院に見舞いに行って、タクミと話しているうちに、その不思議に気付いた。

 一瞬運命の糸などと思いかけたが、あのコクピットでの緊張した数時間が、タクミの心が読めるきっかけになったと自覚した。
 なぜなら、ごくたまに、一緒にいたタクミの上官小林一佐の想念も飛び込んでくるようになったからだ。タクミに思いを抱くことはあっても、オッサンの小林一佐に、そういう感情をもつことはあり得ない。
 小林一佐は、どうやら、それに気付いたようで、彼の思念は、ほんの希にしか感じなくなっていた。でも、タクミの思念はしょっちゅうだ。今もヘマをやらかして凹んでいる想念が飛び込んできた。

――凹まないの、失敗するのは仕事をキチンとやっている証拠――

 そうメールを打っておいた。タクミとは、いいメルトモになったのだ。
 大学からは、留学二カ月で日本での資料収集を指示された。
 多少の戸惑いはあったが、教室の顔ぶれをみれば「ありうる」と納得した。
 最初に言われた目的地が大阪で、関空から直行した大阪駅で妹さくらのロケに出くわしたわけである。
 大阪だから川端康成、織田作之助、司馬遼太郎、今東光、藤本義一などの名前が浮かんだが、目的地は自衛隊のS駐屯地だった。最初は意外に思ったがS駐屯地は敷地も広く、古墳などの遺跡や史跡が駐屯地内にはある。で、実際そういうもののリストも大学から渡されている。

 それは突然だった。

 地下街のトイレに入ったところ、急に若い女にスプレーを吹きかけられた。一瞬の差で顔を背けたが少し吸い込んでしまい、クラクラした。
「ちょっと、陽子大丈夫?」
 スプレーを吹きかけた本人から声を掛けられた。
――こんな女知らない!――
 声が出なかった、もう一人若い女が入ってきて、まるで友だち二人で具合の悪いあたしを介抱するように連れ出そうとした。

――だ、だれか助けて!――

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乙女と栞と小姫山・8『長屋門のダンゴ屋』

2020-04-07 05:30:45 | 小説6

乙女小姫山・8

『長屋門のダンゴ屋』     
 

 

 

「ここですよ」

「こんなところに、お団子屋さん……」
 

 伊邪那美神社の前で声をかけられた乙女先生は、そのままタクシーに乗って駅前まで戻ってきた。

 校長が、ぜひ紹介しておきたい店があるというので、付いてきたのだ。  

 一見古い北摂の民家であるが、長屋門の軒下に――団子屋 津久茂――の看板がぶら下がっていた。

 長屋門をくぐると、広い庭に文化財クラスの母屋が品の良い日本庭園に囲まれて、おとぎ話のように佇んでいた。

「佐藤先生、こっちですよ」

 庭と母屋に見とれていた乙女先生を校長が呼び止めた。

「え……ああ」

 振り向くと、長屋門の内側の壁が取り払われていて、団子屋さんになっている。

「恭ちゃん。桜餅と草団子二人前」

「はーい」

 暖簾の向こうの厨房から若い女性の返事がした。

「いいお店ですねえ」

「ありがとうございます。なんやったら、奥の座敷行かはります?」

 お茶のお盆を持って、恭ちゃんが勧める。

 「いいの?」

 「ええ、もうちょとしたら花見帰りお客さんで混みますよって」
 二人は、母屋の座敷に移動した。

「ほんまは、こっち改造してお店にしたいんですけどね。ほんなら、お蕎麦も湯豆腐も大っぴらにやれますねんけど」

 「重要文化財じゃね」

「ほんま、釘一本うたれませんからね」

「門の方は、違うんですか?」

「あれは、明治になって改築したもんですよって、ほんまにエライ家に生まれたもんです。ほんなら、すぐにお団子お持ちしますから」

 恭ちゃんは、長屋門のお店へ戻った。

「……あの恭ちゃんが経営してるんですか?」

「ええ、なかなかしっかりした人ですよ。うちの前身のS高校の卒業生です。S高校の敷地はもともとは、この津久茂さんの持ち物だったんですよ。それを、学校を建てるんで、府に譲ってくださったんです。で、ここに赴任した時にご挨拶に伺ってからのお付き合いです」

「校長先生も、押さえるとこは押さえてはりますね」

「いやあ、佐藤先生のように神社まわりは思いつかなかった」

 校長は、人のいい笑顔になった。民間時代は営業職だったのかもしれない。
 

「売ってから、あやうく大阪府に希望ヶ丘て、名前付けられそうになった時だけはショックでしたねえ」

 団子を、座卓に置きながら恭ちゃんが言った。

「なんとか小姫山を残してもらって、祠も建ててもらいましたし」

「ああ……なんか聞いたような」

「神社でですか?」

「ええ……そやったかなあ」

 神社での記憶は、ほとんど飛んでしまっている乙女先生である。

 「うち、あの伊邪那美さんとこの氏子総代やってますねんよ」

「恭ちゃんちは、昔からの庄屋さんだもんな」

「はは、江戸時代の話ですよ。今は、お団子屋さんやってなら食べていけません。そやから、氏子総代いうても、なんもでけへんで、廃れてましたやろ」

「いいえ、なかなか趣のある神社で」

 「ありがとうございます。わたしらも、神社だけやのうて、なんとかしたい思てますねんけどね……」  

 恭ちゃんは、遠くを見るような目になった。乙女先生は、どこかで同じような目をした人に会ったような気がした。イザナミさんと同種の憂いのある目であるが、むろん、乙女先生は思い出せない。

「やあ、お客さんに、しょうもない話してしもて。伊邪那美さんまで行ってもろて、ありがとうございます。ほな、ごゆっくり。あ、お客さんやわ」

 恭ちゃんは、長屋門のお店の方に行った。
 

「ボクの元の職業分かりますか」

 「どこかの会社の営業でしょ!?」

「はは、光栄だな」

「違いますのん?」 

「文科省の小役人ですよ」

 校長は、ビスケットの小袋を出し、細かく割って、池の鯉にやった。思いの外寂しそうだ。

 「その元を質せば、柴又の団子屋のセガレですけどね」

「あ、ふうてんの寅さん!」

「はは、これを言うと、いつも言われますよ。あんな風に生きられればいいんですけどね」

 ビスケットをやり終わっても鯉は、散っていかなかった。

 「向こうに、一匹だけ、寄ってこない鯉がいるでしょう」

 「ああ、あの岩のところ」

 「あいつは、この家の人間からでないと餌を食べないんですよ」

 「ニクソイ鯉ですね」

「いつか、飼い慣らしてやろうと……いや、どうも子供じみてますなあ」

「……鯉の滝登り」

「え……?」

 鯉が一匹、驚いて跳ねた。

「あ、いや。なんとなくゴロ合わせです」

 「見透かされたかと思いましたよ」

「なにか、青雲の志とか?」

 「もう、そんな歳じゃありませんけどね……ボクね、嫌いなんですよ」

「何が?」

 「学校の名前」

 「うちの?」

 「小姫山はともかく、青春高校なんて、まるで生徒達が読んでいるジュニア小説に出てきそうな名前でしょう」

 「ははは」

 乙女先生の豪快な笑い声に、群れていた鯉が散っていった。

 「ここだけの話ですよ……」  

 校長が目を上げると、門をくぐってくる女生徒と目が合った。
 

 これが、手島栞との出会いであった……。

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