連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・9
時 現代 所 東京の西郊
登場人物
瞳 松山高校常勤講師 由香 山手高校教諭 美保 松山高校一年生
由香: え……ああ車が……五、六、七……もっといる。ここってデートスポットだったんだ。ねえ……車の間隔がほとんど等間隔。
瞳: カップル同士の自然の間隔。
お台場のカップルなんかも自然に等間隔になるって言うよ(双眼鏡を出す)夜間の生徒の行動監視用……。
由香: こんなことまでやってんの?
瞳: という名目で、生指部長が持ってたのを預かってんの。
由香: ……とりあげたんだ。
瞳: 見てみ~。
由香: ……みんな、よろしくやってる……ちょっ邪魔!(運転席の瞳を押しのける)
瞳: イテ!
由香: ……あの車、揺れてる(生つばを飲み込む)
瞳: その手もとの赤いボタン押すと解像度があがって、よりはっきりくっきりと……。
由香: ……もういい!
瞳: ちょっと刺激的すぎた?
由香: もう、他の場所に行こう!
瞳: いいじゃん、こっちが気にしなかったら何でもないんだから。
由香: だって……。
瞳: いっぺん気にしたら、どうしようもないってか?
由香: もう、瞳!
瞳: 何につけ、人間の心ってそういうもんだよね……。
由香: 早く車出して!
瞳: へいへい、じゃ別のスポットに……(バックで車をもどし、本線にもどる)
由香: 瞳、平気なの、ああいうの?
瞳: 補導で時々見かけるからね、あのカップル達は距離といい、たしなみといい、行儀のいい方だよ……
距離って言やあ、昔はもっと離れていたよな……。
由香: 何の?
瞳: 学校対生徒と親……それぞれのポジションと距離があった、さっきのカップル同士みたいにね。
それが、今は違う。ピッタリ距離をつめて、息の仕方から、身のふるまい方まで教えなくちゃならない……
三脚の脚一本でカメラを支えているようなもの。できるもんかそんなこと!
だからやってるフリをする。しつこいほどの家庭訪問、コンビニみたいに品数揃えた総合学習、選択授業。
うちの生徒なんか、その移動教室覚える前に辞めてっちまう。
そして辞めていくまでカウンセリングに進路指導……できるもんか……。
由香: 瞳……。
瞳: 今、由香がカップル同士の車の中で耐えられなかったように、今はともかく……
将来は必ず耐えられなくなる。うちの正担任の小沢先生みたいに、体か心のどこかがイカレてしまう。
知ってる? 教師の寿命って、他の業種よりも短いって……。
由香: ほんと?
瞳: こんなのもあるんだよ、ILOの報告(雑誌を渡す)。
由香: ええと……国際労働機関。
瞳: そこの報告によると、教師の現場でのストレスは、戦場における兵士のそれに匹敵するって。
由香: ほんと?
瞳: ほんと……って言っても、辞めるって決心したあたしが言うんだから、
アハハ、負け犬の遠吠えだけどな……ほい、穴場中の穴場。ちょっと揺れるよ(ガックン、ガックン)
どーよ、この景色。気に障るアベックもいないし、いいとこだろ?(車から降りる)
由香: うん、さっきの倍ほどいいじゃんか!
瞳: 昼間に来るとね、あのへんに湧き水があって、お地蔵さんとかがあるんだ。
なんでも、ナントカ上人が八百何十年か昔に、ここらへんが水飢饉だった時に、杖でポンと突いたら湧き出した水なんだって。
昼間はコーヒーやらお茶の水用に汲みに来る人が、ちょくちょくいるよ。
由香: 最初から、ここに来ればよかったのに。
瞳: あたしは、さっきのとこで由香の情操教育をしてあげようって思ってさ。
由香: なによ、わたしの情操教育って?
瞳: 教師は独身の率も高いからね。
由香: アー、知ってて連れてったってわけ? 余計なお世話!
瞳: アハハ、怒るな怒るな……ほんとうは、ここ、あたしあんまり好きじゃないんだ。
由香: どうして?