大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・137『隔離十二日目』

2020-04-10 17:15:09 | ノベル

せやさかい・137

『隔離十二日目』(頼子)         

 

 

 

 A新聞にひどい記者が居た。

 

 台湾政府が武漢肺炎のために全ての入国者を二週間の隔離すると決めた日に台湾に渡航したのだ。

 台湾政府は、このA新聞の記者を始め、同じ飛行機で来た者を隔離施設であるホテルに隔離する。

 記者は、その隔離生活を毎日レポートして隔離生活をエンジョイしたのよ。

 

 ホテルに着くと、二週間の隔離生活についてのレクチャーを受け、二週間分の身の回り品を支給される。

 記者は、それをベッドの上に並べ、品質と値段を推測。

『おおよそ〇万円くらい? 思ったより、品質の良いものが入ってる。シャンプーも好みかな?』

 空き時間は、ホテルの中を探検して叱られてる。隔離の本気度を確かめているんだ。

 三度の食事は、むろん部屋まで持ってきてもらうんだけど、それを全部写真に撮って感想を書いては日本の本社に送って連載記事にしている。

 台湾の人たちは、外国からやってきて不本意な隔離を強いられている人たちに、とても良くしてくれてます!

 

 まあ、好意的には書いてるんだけど、読者からは総スカンを喰らってる。

 記事を書きたいだけに用もないのに渡航して、台湾の人たちに負担と迷惑をかけて!

 遊び気分で隔離生活を楽しむなんて言語道断!

 隔離されたいなら中国とかに行け! 隔離にかかる費用は自分持ち、そういうとこに行け!

 

 まあ、言われて当然。この記者の記事は二回で終了、三回目は新聞社のお詫び記事になっていた。

 これだからA新聞は購読者が減るんだよ!

 義憤を感じて新聞紙をテーブルに叩きつけるのとドアが開くのが同時だった。

「プリンセスも同じデス」

 語尾の『デス』で分かった人もいると思うんだけど、目の前で目を三角にしているのは、ソフィアなのよ!

 ほら、去年の夏にさくらと留美ちゃん連れてエディンバラとヤマセンブルグに行ったじゃない。あの時、世話係をやってくれたソフィア。

 お祖母ちゃんの女王陛下に「どーしても日本に帰る!」って談判したら「仕方ないわねえ、じゃ、ソフィアを連れて行くことを条件に認めましょう」と言われて、話は決まって二週間、日本で隔離生活に入って十二日、ソフィアは生真面目に任務を果たしている。

「あーいや、わたしには日本とヤマセンブルグの親善という任務があるしい……学校だって始まるしい」

「プリンセスの隔離のために、ヤマセンブルグは一日900ドル使ってますデス」

「嘘よ、500ドルだわ」

「プリンセスに部屋をとられて、総領事はホテル住まいなのデス」

「ウ……で、でも、わたしは感染なんかしてないでしょ?」

「それはですがデス」

「ソフィアにだって、分かってるでしょ!」

 

 ソフィアは魔法使いの末裔で、人が病気にかかっているかどうかくらいは、その邪気眼……魔気眼でお見通し。ま、そのお見通しがあるから、お祖母ちゃんは帰国を許してくれたんだけどね。

 ちなみに、ソフィアはわたしと一緒に真理愛学院に入学することになっている。むろん武漢肺炎が収まらなきゃどうにもならないんだけど。

 ソフィアは、ずっと日本に留学したがっていた。

 そのために、必死で日本語を勉強して、もう翻訳機を使わなくても日常会話には困らない程度に喋れる。

―― わたしが居なきゃ、ソフィアは留学できなかっでしょ! ――

 でも。これは言っちゃいけない。

「なにか、文句ありますか? デス」

「……ありません」

「制服ができましたデス、プリンセス」

「ほんと? 試着したーい!」

「では、直ぐにお持ちしますデス」

 

 ウィルス騒ぎで入学が延び延びになったこともあって、準備が何も出来ていなかった。帰国を決めた時に『じゃ、お祝いに制服を作らせてちょうだい。ソフィアの分も合わせてね』とお祖母ちゃんが目を輝かせた。承知すると、真理愛学院と王室お出入りの仕立屋さんとに連絡して、さっそくのオーダーメイド。それが、いま届いたのだ。

 

「おお、まるで、アニメの世界ですデス!」

 姿見に自分の制服姿を映して、ソフィアは熟れ過ぎの桃みたいになった。

 魔法使いの末裔とは言え、ソフィアも年頃の女の子だ。オフの時は日本のアニメ、特に京アニの大ファンで『たまこまーけっと』のファンで、ジャンパースカートを着るのが夢だったのだ。真理愛学院は、その上にボレロ風の上着。これがまたソフィアのツボにハマって「まるで修道女デス!」と感激しまくり。

「プリンセスも、イケてますデス!」

「あ、ありがとう(^_^;)」

 

 ほんとはね、日本で採寸したイージーオーダーでいきたかった。

 制服っていうのはね、入学前に、三年間の成長を見込んで、ちょっと大きめに作るものなんだ。上着の袖からは、やっと指先が出るくらいで、スカートの裾は、ちょっと長いくらい。そういうのが、ピカピカの一年生。そういうのがよかったんだけど。

 さすがは王室御用達の仕立屋さん。もうピッタリ過ぎて……でも、ソフィアがわたしの分まで喜んでくれて。ソフィアの喜びに水を差してはいけないので。ソフィアと二人で写真を撮る。

「今度は、一人だけの撮って」

「はい、さくらさんと留美さんに送るんですね? デス」

「そうデス!」

 

 清楚なのと、サムズアップのをスマホで送る。

 ソフィアがいっしょなのは、入学式まではナイショだよ。

 

 

 

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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・10

2020-04-10 06:28:20 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・10   
 
 
 
時  現代
所  東京の西郊

登場人物

瞳    松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生



瞳: 目の下、すぐに学校が見えるでしょ?
由香: え、ああ……校舎の一階、まだ電気がついてるよ。
瞳: ああ、生指の部屋。また何かあったんだろうね。
由香: ……大変なんだねえ。
瞳: 由香は、この仕事定年までやってるつもり?
由香: ……あんまり考えてない。瞳の学校みたいなとこ行ったらもたないかもしれない。
 でもさ、その時はその時。さっさと異動希望出して、どこへなと渡り歩いていく。
 そして、ちょっと小ましなとこに行けたらドンと腰を落ちつけて……。
瞳: オバンになっていくか……。
由香: ハハハ、酒はまだ半分残ってる。チビチビといくわ、わたしは。
瞳: いい性格してるわよ、あんた。
 
 この時、一台のオートバイが近くに停車する音がする。

由香: やだ、こんなとこに族?
瞳: 一人みたいね……他にいるかも……。
由香: ポリタンに水汲んでる……普通の人かなあ?
瞳: いや、あの排気音に、あのバイク。族か、ジュニア……。
由香: あんまりジロジロ見るんじゃないわよ、インネンつけられるよ。
瞳: あの体つき、女の子ね。首まわして、肩揉みほぐしてる。
由香: メット脱いだ……。
瞳: あ、あいつ!(下手に駆け込む)
由香: あ、瞳!

 瞳が投げ飛ばされて下手から現れる。美保がそれに続く。

由香: 痛ってー……!
瞳: どういうつもりだ、夕方話したばっかりじゃないか!
美保: ……。
瞳: 先生、十日はもつかと思ったよ、それが半日ももたないか! 夕方の美保はまだゼロだった。
 いや、まだ素直に話聞いてたから、〇・五くらいはあった。
 それがどーよ、半日もたたないうちに多摩丘陵をバイクで走りまわるか!? 開いた口が塞がらないよ!
美保: あたしね……
瞳: 腐った言い訳なんかすんじゃねえよ、この……!(思わず手をあげる)
由香: だめ! 生徒に手をあげちゃ!(瞳を羽がいじめにする)
瞳: 放せ、由香! 一発くらわしておかないとこいつの性根は……。
由香: 瞳、教師が感情に走っちゃだめなんだって!
瞳: ここで感情に走らなきゃ、どこで走るのよ!
由香: ……首都高とか……山手線とか……グルグルっと……。
瞳: くっ……。
由香: ……もう、大丈夫?
瞳: 大丈夫、由香の下手な洒落で落ち……(由香の羽がいがとける)
由香: 落ち着いた?
瞳: 落ち込んだ……これがあたしのダメなとこ……十分わかってたはずなのに……
 明日退学届送ってやるから、サインしてハンコついて持っといで……
 さ、行こっか(車に乗り込む)由香、さっさと……。
美保: ……(物言いたげに瞳を見ている)
由香: 瞳、話だけでも……。
瞳: 必要なし! あたしにだって限界ってものがある。
 せっかくのバースデイイブが台なしだ、さっさと乗って! 行くぞ!(アクセルを踏む)

美保: あたし、先生のために水汲みに来たんだ!

瞳: !(ブレーキをいっぱいに踏む)
由香: イテッ!
瞳: (車から降りて)今、なんつった?
美保: ……。
瞳: なんて言ったって聞いてんのよ?
美保: もういい、どうせ学校辞めるんだから!(駆け去ろうとする)
瞳: 美保!
由香: せ、先生のために水汲みに来たんだって……言ったんだよね?
瞳: どーいうことよ……。
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・96「焼き立て高級メロンパン」

2020-04-10 06:22:31 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
96『焼き立て高級メロンパン』
       



 ボンヤリしていると目立ってしまう。

 同じ制服を着ていても二十四歳……誕生日過ぎたから二十五歳の女子高生じゃね。


 登下校の時は気を付けている。
 髪は下ろして制服もピシッと着こなし、ほんの少しだけ肩に力を入れる。
 これで平均的な空堀高校の女生徒になる。
 通学カバンだって二年前に新調した。あまりにくたびれていては、こういうところから女子高生のヒネものであることがバレてしまうから。
 まあ、いわば演技なので、立派な演劇部員と実践していると言えるんじゃないだろうか。

 なんでこんなに気を遣うかというと学校の看板を背負っているからだ。

 恭順の意を表すほどに学校に恩とか有難みは感じていないけど、わたしのせいで学校の評判に傷がつくのは気分が悪い。
 やっぱ、意識して化けていないと年齢というものは出てしまう。
 ま、こういうこだわりというか気遣いをするところがヒネものなんだ。

 え、勘定が合わない?

 六回目の三年生だったら二十三歳だろうって?
 えと……そもそも、わたしは過年度生で空堀に入って来たのよ。
 中山先生がポロっと言いかけてたけど、大阪の全日制の高校では最年長の女生徒だ。
 普通にしてると凄みが出てしまう。
 訳知り顔でふてぶてしくって、商店街ですれ違っても「なんだあいつは?」と思われる。
 啓介くんたちがわたしを演劇部に誘いにタコ部屋に来た時はビビってたもんね。わたし素だったから。
 自意識過剰だろうって?

 たとえばさ、道歩いててさ、前から女子高生が歩いて来て、すれ違いざまに男娘だと分かったら引くでしょ。
 それと同じ。

 ま、ヒネているというのは、アレコレ分かっているとか慣れていることでもあって、こと学校のことに関しては裏も表も分かってて、動じるということが無い。
 ほら、生徒会が演劇部の人数が五人以下だから廃部にするって言ってきたじゃない。あれを昔に比べて生徒総数が半分以下になってるんだから三人以下にさせて乗り切ったりとか。新任で上がり症の朝倉先生(元同級生)をほぐしてあげたりとか。

 でも、今回のはちょっとね……。

 焼き立て高級メロンパンを頬張りながら一人ごちた。

 商店街を空堀生の標準速度で下校中、焼き立て高級メロンパンの匂いを嗅いでしまった。
 商店街のオレンジパン店(ベーカリーと言わないところがいい)のオーブンが直ったようで、普段は早朝に焼いている高級メロンパンが焼き上がった。
 あつあつのメロンパンとパックコーヒー買ってお店の前のベンチ。
 焼き立ての匂いに釣られ、わたし同様に数人が四つあるベンチでメロンパンの幸福に浸っている。
 普段ならありえないんだけど、ついためため息まじりに呟いてしまった。

 ポルノの演劇部でもいいじゃん!

 我ながら大きな呟きで、ベンチの一人に聞きとがめられてしまった。

「演劇部がポルノ?」

 気づくと、ベンチに座っているのは商店街のお馴染みさんたち。
 聞きとがめたのは、我らが先輩である薬局のオジサンだった。

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坂の上のアリスー46ー『ブン! グエ!!』

2020-04-10 06:10:53 | 不思議の国のアリス

アリスー46ー
『ブン! グエ!!』   

 

 

 あ、新しい言葉創ったのよおおおおおおおお!

 

 真っ赤な顔で、両手をブンブン振りながら綾香は叫ぶ。

 俺は反射的にのけ反った! 近場に居ては顔やら肩やら胸やら腕に爪を立てられることは十五年の付き合いで分かっているからだ。

 ヨガルという表現は、けっしてヨガをすることではなく、女性が一定の性的興奮状態にあることの形容動詞であると注意した直後の反応なのだ。

「ディするとかチャケバとかコクるとかといっしょのノリ言葉だっつーの!」

 マズった、綾香は正面から言うと、事の良し悪しにかかわらずムキになってしまう性質なのだった。

「そ、そんなこと言うおまえこそ、ヘンタイ大魔王だあああああ! これでも食らえええええ!」

 

 ブン!

 グエ!!

 

 ブチギレた綾香は座ったままの俺に回し蹴りを食らわせると、そのまま二階に上がっていきやがった。

 

 ティッシュの箱を半分空にして、鼻血を止めたところでスマホが鳴った。

―― ねえ、電話に出ないんだけど ――

 すぴかだということは番号で分かってたけど、句読点を入れて十三文字の言葉ですぴかの友情が分かる俺って、どれだけこいつらと仲良しなんだ?

「ちょっとフテちまって二階の部屋に籠ってるよ」

 状況をかいつまんで説明してやった。

 すぴかは、綾香のブログを読んでいて『ヨガッてるよん(^▽^)/🎵』に気づいて電話をしてきたということだ。

「あなたの言い方もよくなかったんでしょうけど……いいわ、わたしがなんとか……これでいいわ。そっちのタブレットで確かめてみて」

「え……ヨガしてる……に変わった!?」

「つを裏がえして90度傾けて全角にしただけ、それよりも、あの子の部屋エアコン効かないんでしょ、ほっとくと脱水症になるわよ。早く兄妹喧嘩を収めることね。じゃ」

 あいつ、なんで人のブログを触れるんだ?

 疑問はあったが、脱水症は気を付けてやらなきゃな。

 しかし、やさしく言っても効果はない。そんな取り扱いが易しいタマじゃない。頭ごなしは、当然論外。

 

「おう、ちょっと一子のとこ行ってくる。晩飯は帰ってから作ってやっから……リビングのエアコン切ってねえから……その……帰った時に家が暑いのはやだからよ……じゃな」

 玄関のドアを閉めながら――今日も祖母ちゃんの見舞い言えなかったなあ――とため息をつく俺だった。

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・67『ワケあり転校生の7ヵ月・11』

2020-04-10 05:56:20 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・67(さくら編)
『ワケあり転校生の7ヵ月・11』   



 

「僕らは、戦争反対の『は』の字も言わないで戦争を表現しようとしてるんだ。そうやって伝えなきゃならないもんがあるんだ……」

 監督の一言は痛かった……。

「監督、よかったら、こんなのがありますけど」
 CG担当のディレクターが、ネットショッピングのカタログを見せるようにパソコンを持ってきた。
「なんだい、動画サイトの見本かい。それなら、たいがいのは見たぞ」
「いいえ、仕事柄世界中の同業者と、いろんな資料や映像提供しあってるんです。ま、プロジェクターに出しますんで、見てください」

 で、どんなものが出てくるのか興味津々だった。

「え……アハハハ」
 思わず笑ってしまった。
「バーター交換で出した、ボクの資料です」
 それは、結果的にはなんのCMか忘れたけど、こんなの。

 四五歳の男の子達がタオルを持ってお風呂にフルチンで行進。仲良く湯船に浸かるところまではニコニコ。でも、途中で一人の男の子の側にポカンと泡が立つ。次の瞬間、他の子たちは男の子から離れ、浴槽の隅に固まって、泡の原因になった男の子をジト目で睨んでる。泡の原因になった子は「だって、しかたないもん」という顔で湯船に浸かっている。

「このCM覚えてるよ。たった15秒で、世界中を笑わせた名作。ただ、なんのCMか忘れてしまうのが欠点だったけどな」
「これ、45年前の世界CMグランプリで優勝したやつなんですけど、原版が無くなってて、ボクが見つけてリマスターしたんです。で、ユーゴの友だちが送ってくれたのが、これです……」

 それは、ユーゴの内戦当時の映像だった……と言ってもユーゴの内戦なんて知らないから、あとでディレクターに説明してもらったんだけど。

 不安そうに、街の道路沿いの塀に身を隠す人たち。女の人や子ども、それにお年寄り。若い人も少しは混じっていたけど、みんな、身をかがめ寄り添いかばいあっている。

「そう……空襲警報が出て、防空壕に入ったときなんか、こんなだった……」

 所作指導のオバアチャンが呟いた。

 しばらくすると、爆弾が落ちてくる音がし始めた。みんな、これ以上できないくらいに体を小さくし、お母さんは、まるで、もう一度自分のお腹の中に戻すように子どもを丸抱えにしてお腹に押しつけていた。祖父であろうか、その上を母子共々に覆い被さるようにして目を閉じている。臆病そうなおじいちゃんだけど、その姿は崇高だった。中島みゆきの『地上の星』を思い出した。

「この爆弾は、落ちてきませんよ……ヒューヒューっていうのは遠くに落ちる爆弾、まだ大丈夫」
 オバアチャンの言うとおり遠くで爆弾が炸裂する音がした。それが二三回したあと、今度は蒸気機関車が空から走ってくるような音がした。
「あ……」
 オバアチャンは、思わず腰を浮かせた。画面のお祖父ちゃんは悪魔を呪うような顔を空に向けた。お母さんと子供たち、背景の市民の人たちが、アナログの画面を通しても震えているのが分かった。

 そして、次の瞬間画像が乱れ、一面もうもうとしたホコリ、砂煙、そして舞い上がった小石や何かの断片がパラパラと落ちてくる。画面は横倒しになったまま動かない……やがてホコリがおさまると、倒れた人たちが縦になっている……?
「これ撮ったカメラマンは即死だったそうです。でも、奇跡的にカメラは無事で回り続けていたんです」
 みんなが縦になっているんじゃない。カメラが持ち主の手に握られたまま横倒しになっているんだ。

「思い出したわ、七十年ぶりに……最後の爆弾が落ちてくるとこ、音だけください」
 オバアチャンは、スタジオの真ん中で、七十年前の自分を再現した。誰かと抱き合うようにしてオバアチャンは小さくなってしゃがんだ。そして爆発の音と共に固まってしまい、ゆっくりと起こした顔は蒼白だった。
「大丈夫ですか、小林さん……?」
 監督が声を掛けた。
「トモちゃんの首が無かった……そのおかげで、あたし助かったんだ……」
 小林のオバアチャンは、演技ではない嗚咽を漏らした。
「……すみません。不用意にお見せしてしまって……」
「いいの、これは思い出しておかなきゃならない記憶だったのよ。いっぱしに覚えてるつもりだったけど、自分を守るために忘れてしまっていたのよ……」

 スタジオは声一つたたなかった。

「あたし、やります。今の衝撃が生々しいうちにやってしまいます」
 一発でOKが出た。
「よし、CGのマサカドさんとシンクロさせてみよう」
 あたしは、初めてCGのマサカドさんを見た。しっかりした可愛い女学生だった。今のお人形さんのようなキャラじゃない。違いを探してみた……目と口元が違った。良く言えばしっかり、今風にいえば「マジな顔」。でも、それだけでは言い表せないなにかがあった。CGのディレクターはたいしたもんだと思う。あたしは、とても、こんな表情はできない。

「今の小林さんを参考に少し手を入れてみます」
「うん、そうしてくれ」

 あたしは十分だと思ったけど、プロ根性というのは大したものだと思った。
「さくらも、そのプロの一人なんだぜ」
 監督に見透かされた。

「その、バカみたいに分かり易いとこが、さくらの長所だ」

 バカだけ余計……。

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乙女と栞と小姫山・11『栞の凄み』

2020-04-10 05:44:23 | 小説6

乙女小姫山・11  

『栞の凄み』        

 

 

 

 校長の対応は早かった。
 

 栞の一年生の担任であった中谷を呼び出し、栞のバイト申請書と建白書について問いただした。

「バイトは、新学年になったらと思って、ノビノビになってました」

「しかし、あの子のバイトは始まっているじゃないですか」

「そんな形式的なこと。バイトは無届けでやってる生徒はいっぱいいてます」

 「あの子は、先生に意見書を出したときに、バイトのことを持ち出されたと聞いておりますが」

「ああ、手島は言い出したら、しつこいんですわ。で、方便でバイトのこと言うたまでで、とがめ立てするつもりはありません」

 「しかし、あの子に間違いは無いように思いますがね」

「形式はね。先生も話し聞かはったんやったら、あの理想論的なペシミスティックには気いつかはった思いますけど」

 「とにかく、わたし宛に預けられた分は読ませていただきます」

 「それが、年度末のゴタゴタで……また、探しときますわ。ほんなら、これで」

 中谷が立ちかけた。

「話は、まだ済んでませんよ」

「わたし、三時から時間休。これ以上引き留めたら、不当労働行為だっせ」

 「……それは失礼」

 校長は、中谷の背中を見送りながら、生活指導の梅田に内線電話をかけた。

「あ、校長の水野です」

 

 ――なんでっか?

 

「旧一年A組の手島栞、バイト願いが旧担の中谷さんのところで止まっていたんで、わたしが、直接許可書を渡しておきました。了解しておいてください」

 ――あ、それはどうもご丁寧に。

「で……もう切っちまったのか」
 

「今の電話、校長さんちゃいますのん?」

「ああ、細かいトコまで目配りの利く校長さんですわ。ま、そういうわけで、新入生への言葉は佐藤先生でお願いしますわ」

「せやけど、仮にも生指部長は、梅田さんやねんさかい」

 「しかし、指導の先頭に立つのんは、佐藤さんやねんさかい、先生の方が実質的ですわ。まあ、オレも最初は一言二言は言うよってに……」

 そう締めくくると、梅田はパソコンのトランプゲームに熱中しだした。この手の教師は、これ以上言っても無駄なことはよく分かっていたので、乙女先生は生指の自分の机の整理にかかった。

「……別に主担やから言うて、常駐せんでもええですよ」

「主担は、常駐や思てましたさかい」

「あ……荷物ほとんど持ってきてはるんやね。ま、ご自由に……」

 乙女先生は、今時珍しい「平和の鳥」を机に置いた。鳥はジクロメタンが詰まったお腹を振りながら水を飲み始めた。
 

 明日は入学式という七日にそれは起こった。
 

 入学式の警備計画を各担当に説明し終えて生指に戻ろうとしたとき、玄関の方から手島栞が、生指部長の梅田と新担任の湯浅、学年主任の牧原を従えて歩いてくるのが目に入った。近づくと、栞の制服が少し乱れていることに気がついた。ネクタイが曲がり、セーラー服の胸当てのホックが一つ外れている。さらに気づくと、膝小僧に擦り傷があることが分かった。

「佐藤先生……」

 「手島さん……」

「個人的な話は、後にしてくださいね」

「お店のゲンチャ、返しておいていただけませんか」

 栞は、ゲンチャのキーを差し出した。

「さっさと歩け!」

 梅田が小突いたが、栞は予感していたように歩き出し。梅田の拳は虚しく空を突いただけだった。

――今のん当たってたら、パワハラとられるで……。
 

 すれ違ったときに見えた栞の目は、昨日の比ではなく、怒りがスゴミになって蟠っていた……。

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