ジジ・ラモローゾ:028
……なんだか地獄少女みたいだ。
黒いセーラー服にお姫様カットのロングヘア。むろん髪は漆黒というかカラスの濡れ羽色で、肌は抜けるように真っ白だ。化粧っけはまるでないんだけど、長いまつ毛に縁どられた目はカタチ的にはとっても可愛い。カタチ的にはね。でも、激おこぷんぷん丸のまま固まってるから、ちょっと怖いよ。
そいつが、怖い顔のまま、まっすぐ私を見上げている。
こいつが人間の大きさで、傍におづねが居なかったら、悲鳴を上げる間もなく気絶していたと思う。
「こやつか、おづねのお気に入りというバカ娘は?」
いきなり、ひどい言われようだ。
「紹介しとくぞ。忍びの里の客分でチカコっていうんだ。こっちは、縁あって居候することに決めた、この部屋の主の屯倉ジジだ。ま、仲良くやってくれ。とりあえず握手でもしたらどうだ」
「嫌じゃ、チカコは異人は好まぬ」
「イジンて……偉い人の偉人じゃなくて、外国人ていう意味の方の異人?」
「ほう、この異人の娘は大和言葉が巧みじゃのう」
「失礼な、わたしは百パーセント日本人よ!」
「ほう……」
「ジジの両親は、二親ともフランスのクオーターなんだ。見てくれはこんなだが、なかなかいいやつだぞ。仲良くしろ」
「いやだ」
「チカコだって友だちが欲しかろうが」
「おづねのバカ!」
ポム!
可愛く爆発する音がして、チカコは消えてしまった。
「素直になれんやつだ」
「えと……いいの、ほっといて?」
「また来るさ、この場所が分かったんだからな。それより礼を言うよ」
「なんで?」
「ちゃんとチカコの目を見て話してくれて」
「え、あ、その……ちっこくて可愛いから……かな? 等身大だったらおっかなかったかも」
「それでも目を見て話せたら上出来だ」
「そう?」
「そうさ。ジジ、ゴキブリの目を見られるか?」
「あ、あり得ない!」
「だろ。ちょっと、ジージのファイルに入ってみよう」
おづねがパソコンの画面を指さすと、画面がグングン大きくなって、部屋いっぱいに広がって、入って行ってしまった。
―― あと一分でチャイム鳴るぞー! 急げー! 今なら間に合うぞー! あと三十秒ー! ――
校舎の三階の窓から怒鳴ってるのはジージだ。他にもいっしょに叫んでる先生や、廊下で急き立ててる先生がいる。一番声が大きいのはジージだけど。
『うわ、すごい勢い!』
ボーっと立っていたら、直ぐそばを腰パンの男子やルーズソックスにミニスカートの女子たちが駆け抜けていく。
―― 土足で上がるなー! 土足の奴は遅刻にするぞー! ――
あたふたと昇降口で履き替える者、裸足になって靴を持って上がって来る者で、校舎の入り口や階段は大騒ぎだ。
『教室にいくぞ』
『あ、待って、おづね』
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
鐘が鳴っても、ドタドタと階段を上がり廊下を走る音は絶えない。
「出席とるぞー!」
教室に入ると、ジージは手に持ったレジカゴからバインダーを取り出す。
バインダーにはA4の紙が挟んであり、紙の左には座席表、右側には連絡事項が書いてある。
「神田、三隈、大谷、福田、木村……」
ジージは、いちいち生徒の目を見て座席表にチェック。座席に居ない時は/線を入れる。
「もっかい、呼ぶぞお!」
/線の者をもう一度呼名点呼。むろん目を見て。それで間に合ったものは/線にコの字が二つ描き入れられて出の字になり、それにさえ間に合わずに入出した者は✖の遅刻のしるしになる。
そして、朝の所連絡をしたり提出物を出させたり。なんか、すごい勢いで、でも、正確にやってる。
「今日の日直、西田と吉田。しっかりやれ、掃除当番はA班とB班、よろしくなあ!」
そこまで言うと、レジカゴを持って、一時間目の授業をする教室に向かっていく。
『ああやって声出して、目を見て点呼するからズルがいないんだねえ……』
ジージの後姿を見送りながら感心した。
『それだけじゃないぞ、目を見てくれるから、こんなヤンチャクレどもも信頼するんだ。信頼が無きゃ、怒鳴ったって聞くもんじゃやないだろ』
―― ジジ、晩ご飯の用意するわよ ――
「ハーーーイ!」
『ハハ、おばば殿とは、声だけでも通じるのだな』
「え、あ、家の中だもん家の中!」
お祖母ちゃんが作ってくれた専用のエプロンを掴むと、台所に急ぐわたしだった。