大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:028『チカコと目を合わせて』

2020-04-11 15:04:28 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:028

『チカコと目を合わせて』  

 

 

 ……なんだか地獄少女みたいだ。

 

 黒いセーラー服にお姫様カットのロングヘア。むろん髪は漆黒というかカラスの濡れ羽色で、肌は抜けるように真っ白だ。化粧っけはまるでないんだけど、長いまつ毛に縁どられた目はカタチ的にはとっても可愛い。カタチ的にはね。でも、激おこぷんぷん丸のまま固まってるから、ちょっと怖いよ。

 そいつが、怖い顔のまま、まっすぐ私を見上げている。

 こいつが人間の大きさで、傍におづねが居なかったら、悲鳴を上げる間もなく気絶していたと思う。

 

「こやつか、おづねのお気に入りというバカ娘は?」

 

 いきなり、ひどい言われようだ。

「紹介しとくぞ。忍びの里の客分でチカコっていうんだ。こっちは、縁あって居候することに決めた、この部屋の主の屯倉ジジだ。ま、仲良くやってくれ。とりあえず握手でもしたらどうだ」

「嫌じゃ、チカコは異人は好まぬ」

「イジンて……偉い人の偉人じゃなくて、外国人ていう意味の方の異人?」

「ほう、この異人の娘は大和言葉が巧みじゃのう」

「失礼な、わたしは百パーセント日本人よ!」

「ほう……」

「ジジの両親は、二親ともフランスのクオーターなんだ。見てくれはこんなだが、なかなかいいやつだぞ。仲良くしろ」

「いやだ」

「チカコだって友だちが欲しかろうが」

「おづねのバカ!」

 

 ポム!

 

 可愛く爆発する音がして、チカコは消えてしまった。

「素直になれんやつだ」

「えと……いいの、ほっといて?」

「また来るさ、この場所が分かったんだからな。それより礼を言うよ」

「なんで?」

「ちゃんとチカコの目を見て話してくれて」

「え、あ、その……ちっこくて可愛いから……かな? 等身大だったらおっかなかったかも」

「それでも目を見て話せたら上出来だ」

「そう?」

「そうさ。ジジ、ゴキブリの目を見られるか?」

「あ、あり得ない!」

「だろ。ちょっと、ジージのファイルに入ってみよう」

 

 おづねがパソコンの画面を指さすと、画面がグングン大きくなって、部屋いっぱいに広がって、入って行ってしまった。

 

―― あと一分でチャイム鳴るぞー! 急げー! 今なら間に合うぞー! あと三十秒ー! ――

 校舎の三階の窓から怒鳴ってるのはジージだ。他にもいっしょに叫んでる先生や、廊下で急き立ててる先生がいる。一番声が大きいのはジージだけど。

『うわ、すごい勢い!』

 ボーっと立っていたら、直ぐそばを腰パンの男子やルーズソックスにミニスカートの女子たちが駆け抜けていく。

―― 土足で上がるなー! 土足の奴は遅刻にするぞー! ――

 あたふたと昇降口で履き替える者、裸足になって靴を持って上がって来る者で、校舎の入り口や階段は大騒ぎだ。

『教室にいくぞ』

『あ、待って、おづね』

 

 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン

 

 鐘が鳴っても、ドタドタと階段を上がり廊下を走る音は絶えない。

「出席とるぞー!」

 教室に入ると、ジージは手に持ったレジカゴからバインダーを取り出す。

 バインダーにはA4の紙が挟んであり、紙の左には座席表、右側には連絡事項が書いてある。

「神田、三隈、大谷、福田、木村……」

 ジージは、いちいち生徒の目を見て座席表にチェック。座席に居ない時は/線を入れる。

「もっかい、呼ぶぞお!」

 /線の者をもう一度呼名点呼。むろん目を見て。それで間に合ったものは/線にコの字が二つ描き入れられて出の字になり、それにさえ間に合わずに入出した者は✖の遅刻のしるしになる。

 そして、朝の所連絡をしたり提出物を出させたり。なんか、すごい勢いで、でも、正確にやってる。

「今日の日直、西田と吉田。しっかりやれ、掃除当番はA班とB班、よろしくなあ!」

 そこまで言うと、レジカゴを持って、一時間目の授業をする教室に向かっていく。

『ああやって声出して、目を見て点呼するからズルがいないんだねえ……』

 ジージの後姿を見送りながら感心した。

『それだけじゃないぞ、目を見てくれるから、こんなヤンチャクレどもも信頼するんだ。信頼が無きゃ、怒鳴ったって聞くもんじゃやないだろ』

 

―― ジジ、晩ご飯の用意するわよ ――

 

「ハーーーイ!」

『ハハ、おばば殿とは、声だけでも通じるのだな』

「え、あ、家の中だもん家の中!」

 

 お祖母ちゃんが作ってくれた専用のエプロンを掴むと、台所に急ぐわたしだった。

 

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連載戯曲・エピソード 二十四の瞳・11

2020-04-11 06:43:37 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・11    
 
 
※ 無料上演の場合上演料は頂きません。最終回に連絡先を記しますので、上演許可はとるようにしてください。
 
 
時   現代
所   東京の西郊

登場人物

瞳    松山高校常勤講師
由香   山手高校教諭
美保   松山高校一年生
 



美保: バイトしながら考えたの……バイトは休んだことない。
 バイトだったらがんばれる……ゼロじゃない、十にも二十にもなれる……なれるんです。
 だけど学校ではゼロ。なぜだろうって……給料もらえるから? 友達がいるから? 仕事が楽しいから?
 ……全部答えのような気がして、だけど全部答えじゃないような気もして……
 けっきょく一言で言えるような答えは出てこなかった。だけど学校ではゼロ。
 あたし気が弱いから学校続けるって言ったけど……ゼロの場所にいても仕方がない。
 「がんばります」って言うたびに空しい、自分がカラッポになってくばっかで……
 自分にも先生にも嘘ついてるばっかで……そんなことばっか思ってたら、久々にバイトで失敗して……
 トレーごと片づけてた食器ひっくりかえしちゃって(傷ついた手を隠す)
 店長に「どうしたんだ?」って言われて、心がそこにない自分に気がついて……(涙が頬を伝う)
由香: それがどうして、水汲むことにつながっちゃっうの?
美保: 学校辞めようって、その時思った……そのことを、この気持ち大石先生に伝えたいって思って。
 そうしたら、店長が手当をしてくれながら「それじゃ、この紅茶持ってって、先生と飲みながら話してこいよ」って。
 そうしたら、水は、ここの水が一番合うから汲んでこいって……教えてもらった……もらったんです。
瞳: ……そっか。
美保: お母さんに電話で話したら、それがいいって言ってくれて……先生、家にも電話したんだね?
瞳: ……うん。
美保: ちょっと前か、他の先生だったら、ただチクられたって頭にくるだけだっただろうけど。
 夕方先生と話したら……ああ、上手く言えない。
由香: ストレートでいいわよ。
美保: うん……何もかも、ストンと心の中に落ちた。そんで、先生に会いたかった!
瞳: 美保……。
美保: あたし、こう見えても、紅茶の出し方店で一番うまいんだ……いっしょに飲んでください。
瞳: うん。じゃ、あたしも素直に言うね……あたしもね、あたしも二学期いっぱいで学校辞めようと思って……。
美保: 先生……。
由香: ……。
瞳: 姉ちゃんがダンナといっしょに長野でペンション始めるから、そこで働こうと思って……。
美保: そんな……先生は先生でいて欲しい……大石先生はやっぱ先生だよ。
 先生は……先生だけでも、先生でいてほしいよ。辞めるあたしが言うのも変だけど……。
瞳: 話は最後まで聞いてくれる。
二人: え?
瞳: 今の美保の話聞いて、三学期いっぱいいっぱい居ようと思ってきた。
美保: 先生!
瞳: でも三学期までね、契約だから。
美保: 本雇いになる夢は?
瞳: もう三回も試験に落ちたし、あたしまだ二十四歳だし……。
由香: 今夜限りだけどね。
美保: 先生、明日誕生日だったの?
瞳: そーよ、その記念すべき日の退学生があんた。二十四の瞳も今夜限りよ……。
美保: 二十四の瞳……。
瞳: ハハ、……いろんな意味でね。
美保: あたしと七つしかかわらないんだ。
瞳: それが、どうかした?
美保: あたし……決めた、決めたんです。
 二十四ぐらいまでは、自分探すためにいろいろやってもいいって。
 お母さんも、今の仕事で身をたてるって決心したのは二十四の時。
 だから、お母さんも二十四ぐらいまでにって……だから先生も二十四だったら、
 まだ色々自分の道をさぐっていてもあたりまえじゃない。お互いしっかりがんばろうよ!
瞳: はあ……って、なんであたしがなぐさめられんだよ!
三人: アハハハ……
瞳: そうだ! ねえ美保、三学期まで今のバイト続けて、その後いっしょにペンションで働かない?
二人: え!?
瞳: ささやかなペンションだけど、一応株式会社、あたしもちょびっと出資してるから取締役の一人なんだ。
 だから従業員一人決める権限くらいはある。そうしよう、お父さんお母さんには、あたしから話したげるから! 
 そこで、お互い次の道をさぐればいい。そうしよう!

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・97「もっといいこと考えたんだ!」

2020-04-11 06:38:18 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
97『もっといいこと考えたんだ!』  
  



 注目されてしまった……オレンジパン店の前で。

 わたしの独り言を聞きとがめて薬局のオジサンが「演劇部でポルノ?」と突っかかって来たから。

 オジサンは演劇部の大先輩でもあり、部室棟害虫発生の時にお世話にもなっている。
「え、あ、いや、そういうんじゃないんです」
 フルフルとワイパーみたく手を振るが、オジサンやベンチに腰掛けてメロンパンをパクついているお客さんたちの注目を浴びてしまっている。
 あからさまに聞きとがめたのはオジサンだけだが、店の前だけじゃなく向かいの総菜屋さんまで耳をダンボにしている。
 無言の好奇心というか野次馬根性というかは、無言であるがゆえの圧がハンパじゃない。
 いっそ、あれこれ言われた方が説明がしやすい。

 ……というわけなんですよ。

 千歳の感動ポルノという悩みを説明してオジサンには分かってもらえた。
 我ながらきちんと言えたと思う、高校八年生だけのことはある。
「そうか、千歳ちゃんの悩みも分かるけど、あんまりこだわるなという須磨ちゃんの意見の方が正しいように思うなあ」
「そうでしょ」
「しかしなんやなあ、あんたの制服姿は板につきすぎてるなあ」
「で、ですか(^_^;)」
「普通にしてたら、当たり前の空堀高生やねんけどな、そうやって話すと、なまじしっかりした物言いで滑舌のええ標準語やろ、なんや女優さんが高校生の役やってるみたいや」
「せや、日活ロマンポルノに出てくる女子高生みたいや!」
 総菜屋のオッサンが向かいから茶々を入れる。
「ロ、ロマンポルノ!?」
「〇祭ゆき! 美〇純! 原 〇子!」
 知らない名前を叫ぶオッサン、言い方と表情で往年のポルノ女優さんたちだと見当が付くので「アハハハ」と空気を壊さないように愛想笑いをしておく。
「総菜屋! 調子乗り過ぎ!」
 オジサンが忠告しオレンジパン店の周囲がにわかに活気づいた。
「しかし、なんやなあ、あの時代やったら、ほんまに日活のスターになれたんちゃうかなあ」
「せやせや、大島渚あたりがほっとかへんで!」
「愛のコリーダや!」

 大島渚は亡くなりましたけど……

 なんともハジケたオッサンたちは始末に負えない。

 しかし、これで、わたしの心は決まった。

「千歳、やっぱ役者で出るのはやめておこう」
 
 朝一番に千歳に言ってやった。
「あ、あ、やっぱそうですよね。ありがとうございます! とても気持ちが楽になりました!」
 悩んでいたんだろう、とても晴れやかな笑顔になった。

 理由は言わなかった。理由付けよりもしっかり言ってやることの方が大事だと思ったから。

 迷ったまま舞台に立っても、いい結果は出ない。
 たかが文化祭の舞台だけども、リアルに人の目に晒されるということに変わりはない。
 わたしくらいに開き直って「ポルノ女優!」と囃されるくらいの人間でなきゃいけない。
 でも、わたしは出たりはしないよ。

 もっといいこと考えたんだからね。

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坂の上のアリスー47ー『お祖母ちゃんの見舞いにいくぞ』

2020-04-11 06:30:40 | 不思議の国のアリス

アリスー47ー
『お祖母ちゃんの見舞いにいくぞ』   

 

 

 風呂場の大惨事やら形容動詞の使い方やらで……ま、それで満身創痍になったこともあるんだけどな。

 

 お祖母ちゃんの見舞いにいくぞ。

 

 たった一言が言えなかったのは俺の臆病さなのかもしれない。

 気ままな奴なので、十中八九鼻を鳴らして嫌な顔をすると思っていた。

「なんで、このクソ暑い時にクソババアの見舞いになんか行かなきゃならないのよ!」

 綾香の反応は言う前から想像がつく。

 ラノベとかだったら、お祖母ちゃんてのは優しいものと決まっていて、困っている時には励ましてくれたり助けてくれるものと相場が決まっている。

 ドラえもんのエピソードでお祖母ちゃんの事が出てくる。泣き虫でいじめられっ子ののび太を優しく抱きしめてくれる。

「フン、有りえないんですけど」

 小学生の時、ゲオで借りてきたドラえもんのDVDを観て、綾香は吐き捨てた。

「黒猫でもあやせでもいいけど、麻奈美は絶対ありえない!」

 オレイモの四回目で綾香はテレビに向かって中指を立てやがった。

 桐乃が兄の京介をいたぶるところでは歓声を上げて、そこだけリフレインさせては腹を抱えて喜んでいた。

 最終回近くで、桐乃と恭介が兄妹でありながら惹かれあっていると分かった時にはテレビにリモコンを投げつけた。

 

 綾香はお祖母ちゃんのことが嫌いだ。たぶん大っ嫌いだ。

 

 嫌いな理由と嫌いになったいきさつを書けば、たぶん夏休みが終わってしまう。

 荒れ狂う綾香には慣れっこなんだけど、俺は、あいつの口からお祖母ちゃんを罵る言葉を聞きたくない。

 俺は、身内が身内をディスるのは嫌なんだ。古い奴と言われるかもしれないけど、家の中は穏やかなのに限ると思っている。

 だから、両親の都合で兄妹二人の暮らしになる時も何にも言わなかった。エアメールが来て――お祖母ちゃんの見舞いに行ってこい――と言われても、俺はクソ真面目に悩んでいる。

 ちょっと二日ほど出かけてくるぞと言って一人で行けば、どれだけ楽か分かってる。

 でも、両親は兄妹そろってを望んでいるし、お祖母ちゃんも二人そろった顔を見たがっているんだろう。

 

 エアメールがきて五日目、俺は切り出した。

「夏休み中にお祖母ちゃんの見舞いに行くからな」

 意思がハッキリ伝わるように、また、やつの飛び蹴りを躱せるように腰を落として斜めに構え、距離二メートルで宣告した。

 一瞬ピクリとし、ゆっくり振り返る綾香。俺はほとんど逃げる体勢になった。

 

「いくいく! ぜったいいく!」

 え? え? 

 俺は逃げ腰のまま驚いた。

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・68『次の役は佐倉さくら!?』

2020-04-11 06:20:17 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・68
『次の役は佐倉さくら!?』   



 

 次の仕事は東京だよ

 マネージャーの吾妻さんが突然言った。


 二カ月ちょっとに及んだ『ワケテン』の仕事が、やっと一段落。最後まで遅れていたマサカドさんの役も、あたしがモーションキャプチャーをやって、あっけなく終了。由香の撮影が終わった時に花束をもらったけど、マサカドさんの仕事で、撮影そのものが終わり、もういっぺん花束をもらうとは思ってもいなかった。あとは久々に東京に帰って学校にいきたかった。思えば、一月に学校の先輩であり、シンガーでもある原鈴奈にそそのかされ、新曲のプロモにちょっと出たのがきっかけだった。

 気が付けば、半年足らずで女優のはしくれになってしまった。

 四月の初めに、この『ワケあり転校生の7ヵ月』の仕事をもらったのが本格的な女優の仕事だった。役が大阪の女子高生の役だったので、ほとんど大阪に居続けだった。まともに学校に行けた日はほとんどない。さすがに中間テストは日帰りで、なんとか受けられた。
 この仕事が終わったら、しばらく普通の帝都女学院の生徒に戻りたかった。毎日授業のノートを解説付きでファックスしてくれたマクサや恵里奈と机を並べたかった。

 でもね……たとえ、東京での仕事とはいえ、ドラマや映画の仕事ならば、まともに学校に行けるのは望み薄だ。
 
 正直、フルマラソンを終えたあと、もう一回走ってこいと言われたようなものである。

「今度の役は、むつかしい。それに女優としては、一度は通っておかなきゃならない道でもある」
 あたしの落ち込みを屁とも思わずに、吾妻マネージャーは、今時めずらしいシステム手帳とにらめっこしている。むろんパソコンやタブレットなんかも使っているが、システム手帳だと、まず自分で書き、その上日に何度も見なおすことで、常に頭の中にスケジュールや担当しているタレントのことなどが入ってくるので、このアナログでかさばるばかりの手帳の化け物がいいらしい。
「今度の役はむつかしい。主役だしな……」
「……ありがとうございます」
「なんだ、気持ちが入ってないなあ」
「いいえ、そんなことありません。主役に時めいています!」

 本当は、時めいてなんかいなかった。こんどのワケテンで、女優の大変さ。特に主役の重圧ははるかさんを見て、よく分かっている。だから嬉しさよりも気の重さが先にやってくる。
「今度の役は、佐倉さくらという役だ」
 一瞬どこかで聞いた名前と思った……で、自分の名前であることに気付いて、戸惑った。どういう意味だろう?

「しばらくお休み。自分の生活に戻るんだ」
「え……」
「今まで学校に行っていたのとは大きく違う。佐倉さくらを演ずるつもりで学校にいけ」
「は、はい!」

 あたしは、ドッキリに引っかけられたように、ドギマギしながらも嬉しかった。

 しかし、吾妻さんが言ったのは、単なるドッキリではないことが、学校に行って分かることになる……。

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乙女と栞と小姫山・12『進路妨害』

2020-04-11 06:10:37 | 小説6

乙女小姫山・12

『進路妨害』      

 

 

 生指横のタコ部屋(指導室)からは、罵声が響き渡っていた。言葉の内容までは分からないが、そのイントネーションから、転勤早々聞き慣れてしまったオッサンたちの罵詈雑言であることは分かった。
 

「ちょっと、失礼しまっせ」

 言ったときには、もう失礼して、栞の斜め前の椅子に座った。

「佐藤先生、困りまんなあ、あんたの担当ちゃいまっせ」

「梅田先生、女子の指導を男性教師だけでやるのは、ちょと問題や。それに、この子の制服の乱れよう、膝の怪我、女性の生指が付くべきや思いますけど」

 栞は、初めて気が付いたようで、制服の乱れを直し、膝の傷をティッシュで拭った。ティッシュは直ぐに血と泥を吸った。

「まず保健室に行って診てもらいます。状況から見て、まず、わたしが聞くのが順当やと思いますが」

 「こんなもん、ただの擦り傷。あとで消毒したらよろしおまんがな」

「この子の傷は、膝だけとちゃう。顔見たら分かりまっしゃろ」

「手島は、いつも……」

 「いつも、こんな顔させてたん? 話にならん。手島さん、ウチに付いといで!」

「佐藤先生!」

「うっさいんじゃ、オッサンら!」


 呆気にとられた、三人のオッサン……いや、男性教諭を置き去りにして、乙女先生は、栞を保健室に連れて行った。

 

「手島さん、どないしたん!?」

 養護教諭の出水さんも、栞のただならぬ様子を見て、驚きの声を上げた。

 

「えと……わたしがゲンチャを停めるのと、梅田先生が話しかけられるタイミングが合わなかったんです」

「えらい持って回った言いようやなあ」

「……傷は、擦り傷だけですね。消毒とサビオでええでしょ」

「先生」

「「うん?」」

 乙女先生と出水先生が同時に返事をした。栞がクスっと笑った。

「ちょっと落ち着いたか。まあ、先生に話してみい」

 「ゲンチャは?」

 「真美ちゃん先生に頼んどいた。それより話や」

「お気持ちはありがたいんですけど、あの先生らには直接話せんと、こじれるだけです。タコ部屋に戻ります」
―― せやから、指導忌避と、無許可のバイク使用なんじゃ、ボケ! ――

 梅田の論点は、この二点だけだった。いろいろエゲツナイ大阪弁が混じるので、整理すると以下のようになる。
 

 朝、出勤途中の新担任湯浅が、団子屋のゲンチャに乗った栞と出くわした。ゲンチャは希望ヶ丘高校では原則禁止である。そこを制服を着たままゲンチャに乗っている栞を発見したのだから、指導しないわけにはいかない。

「こら栞、止まれ!」

「すみません、配達中なんで、また後で!」

 栞は、近所の小姫山小学校の入学式用の紅白饅頭を配達の途中であった。指導されていては間に合わない。

 「くそ、指導忌避やぞ!」

 湯浅先生は、スマホで梅田に連絡をとり、駆けつけた梅田と二人で自販機の陰に隠れて待ち伏せした。そして、栞が十メートルほど手前に迫ったときに、飛び出した。

「今度は逃がせへんぞ!」

 びっくりした栞は急ブレーキを掛けたが、ハンドルがぶれて、横転した。

 で、ここからが両者の話が異なる。


○「なに、わざとらしい転けてんねん!」そう言われ、胸ぐらを掴んで引っ張られた。
○「おい、大丈夫か!?」おたつきながらも起こしてやった。
 

 どちらが、どちらの言い分かは、お分かりであろうが、その後の言動ははっきりしている。自販機が置いてある店のオジサンが、動画で記録していた(数日後、動画サイトに出て問題になる)

「進路妨害です。現状保存をして、警察を呼んでください!」

 栞がヘルメットを脱いで叫んだ。

「違反ばっかりしくさって、何言うとんじゃ。さっさと立って学校来い! 湯浅先生、ゲンチャ持ってきてください」

 栞はすでに抵抗はやめていたが、梅田はセーラーの襟首を掴んで数メートル引っ張った。
 栞は、途中遮られながらも、二度冷静に事実を述べた。あとは、オッサン三人の罵声であった。
 最後に、栞は静かに言った。
 

「バイト許可願いの付則に、配達のための自動二輪使用願いも書いてあったはずです……」  

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