大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:031『ゴミ収集の朝』

2020-04-23 14:18:05 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:031

『ゴミ収集の朝』  

 

 

 ゴミの収集車が来るのは、なんとなくわかる。

 

 むろんおおよその時間は決まってるんだけど、事情や都合があって、一時間くらいのズレはしょっちゅうだ。

 でも、分かるんだよ。

 収集車の人と出くわすのやだから。

 ゴミ収集って力仕事でしょ。運転席に一人とパッカーの後ろに二人いて、近くまで来ると、パッカーの人が下りてきて、家々の前に出されたゴミ袋をササって感じで持っていく。

 たまに、違反のゴミ袋があったりすると、違反のシールをペタって貼って、ササッと行っちゃう。通りの端まで行ったら、サッとパッカーの後ろに飛び乗って、次の通りに回るんだ。

 あの元気さと、ササって感じに圧倒されて胸苦しくなる。

 雨の日の学校でさ、穏やかに下校しようと思ったら、サッカー部とか野球部が、階段や廊下を走ってるのに出くわした、あの感じ。

 ちょっとの間友だちだったA子なんか「いかにも、男って感じ、そそられるなア」なんて危ないことを言う。言うだけじゃなくて、本当にサッカー部のマネージャとかになってしまった。

 お隣りの小林さんもすごいよ。

 家の前を収集車が通り過ぎたっていうのに「あ、これもおねが~い!」って追いかけたりしてる。臨機応変というか見敵必殺っていうか、すごいよ。

 足腰が悪くて自分ではゴミ袋出せないお祖母ちゃんは「メルシー」と労ってくれる。お祖母ちゃんは、わたしのこと分かってるから、ゴミ出しという日常的な行為も苦痛なんだって労わるんだ。メルシーは便利だ。日本語で「ありがとう」は度重なるとしんどい。わたしも「ジュブゾンプリ」とフランス語で返す。なんか、お芝居の台詞みたいで気軽になる。おしゃれな感じだしね。お化粧したりファッションに凝ったりのおしゃれは苦手だけど、言葉のおしゃれはいいと思うよ。

 

 今日も、収集車が来る十分前にはゴミ袋出して「メルシー」と「ジュブゾンプリ」の交換をして、リビングでお茶にする。

 

「あら、なにか言ってるわよ」

 お祖母ちゃんがお茶の手を留めて耳を澄ます。

 ウィーーーン

 いつもパッカー車の音に混じって、選挙のウグイス嬢みたいな声で、アナウンスが聞こえる。

『市民の皆さん、ただいま国や県から非常事態宣言が出されています。買い物や通院など必要な場合以外の不要不急の外出は控えてください。コロナウイルスに打ち勝つために、人との接触を80パーセント減らしてください。市民の皆さん、コロナウイルスに打ち勝つために、家に居ましょう……』

 お祖母ちゃんともども沈黙してしまった。

「なんだか、戦争映画の中にいるみたい。広報の車が行った後、ドイツ軍がやってきて逃げたレジスタンスとか街中家探ししたりするんだ」

「ジジは、想像力豊かね。作家になれるかもよ」

 茶化すお祖母ちゃんだけど、目は笑っていない。お祖母ちゃんも子どものころにフランス人のお母さんから聞いた大戦中の話だし。テロが起こるフランスでは、リアルに現実の事なんだ。

 

 洗い物を済ませて部屋に戻る。

 

 お祖母ちゃんは、リビングでネットフリックス。

 わたしは、部屋に戻ってグーグルマップで旅行する。世界中うろついて、気に入ったところでオレンジイエローの小人さんを吊り下ろして、気ままにお散歩。

 これだと、いくら歩いてもくたびれないしね。昨日はヴェニスに行ったんだよ。空から見てるときれいなんだけど、下りてみるとそれほどじゃない。

 実際に旅行に行ったんなら「金返せ~!」って感じだけど、グーグルマップだからへっちゃらさ。

 さて、今日はどこに行こうか。

 これに熱中してると、気をつかっているのかおづねも現れないしね。

 さ~てっと……。

 

 

 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・109「衣装合わせ不幸せ」

2020-04-23 06:29:44 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
109『衣装合わせ不幸せ』
            



 うかつにも自分がアメリカ人であることを忘れていた!

 それほど日本に馴染んでしまっていた! 女子高生の制服というのは、いかに女の子のリアル体形を隠していることか!

 ホストファミリーの渡辺家のお婆ちゃんが、栗東の従兄弟さんちから取り寄せてくれた純白の単衣。
 これは年代物のシルクの寝間着だそうで、上品な艶があって肌触りが良く、身にまとえば女の値打ちが2ランクは上がりそうな。
「ま、それでも単衣(裏地の付いていない着物)やから、下に、これ着てね」
 お婆ちゃんは長じゅばんを出してくれる。
「着付けは……そうそう、幸子さんに、幸子さ~ん」
 町会の寄合から帰って来た千代子のお母さん、お婆ちゃんからしたら嫁さんに声をかけた。
 これは、お婆ちゃんの心配り。
 千代子やお婆ちゃんに比べると接触の少ないお母さんに声をかけた。着付けというのは、自然なスキンシップになるので、なるべく家族みんなと関われるようにしようという気配りなんだ。
「はいはい、あたしに出来るかなあ~」
「これで練習して正月の晴れ着の着付けもできるように、勉強勉強🎵」
 お父さんと健太と千代子はリビングに控えて見物に回る。
 お婆ちゃんは、わたしの衣装合わせを渡辺家のイベントにしてしまった。

「よし、これでええやろ!」

 お母さんの着付けにOKを出すと、お婆ちゃんは、わたしをリビングに急き立てた。

「「「おーーーーーー!」」」

 お父さん、千代子、健太が同時に歓声を上げる。

「お人形さんみたい!」
 そーでしょ!
「惚れ直したで!」
 健太に惚れられてもね。
「マダムバタフライみたいや!」
 え?
「ほんまや、バービー人形が着物着たらこんなんやろなあ!」
 ちょっとそれわ……
「ボンキュボンは、なに着てもええな~」
「ちょ、ちょっと鏡ぃ!」
「はい、どうぞ」
 お母さんが転がしてきてた姿見を見てビックリ!

 着物というのは、ウエストのところで締め上げるために、制服とは真逆、意外に体の線が出てしまう。
 それも、バストとヒップ!

 バスト93ウエスト66ヒップ93 という、しばらく忘れていた3サイズが頭の上で点滅した。

 アメリカ女性としては、ごく平均的な体形なんだけど、この衣装では、それがハッキリと出てしまう。
 これでは『夕鶴』の肝である、あのセリフが言えない!

――ああ、こんなに痩せてしまって――

 ぜったいギャグになってしまうじゃないの!!

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《ただいま》第一回 私のはじまり

2020-04-23 06:18:18 | ノベル2

ただいま
第一回 私のはじまり        


 ※主な人物:里中さつき(珠生の助手) 中村珠生(カウンセラー) 貴崎由香(高校教諭)


 

 ただいま……というおかしな挨拶にやっと慣れてきた。

 普通の人が普通に聞けば、ちっともおかしくない挨拶。

 なんでおかしいかというと、ここは、職場。それも出勤したときの挨拶が「ただいま」なのだ。

 もうちょっと具体的に言うと、私が、この春から勤めている職場が県の科学教育センター。
 敷地は並の小学校ほどもあり、隣には付属の県立高校もある。県教委の指導主事やら職員らが居て、普段から教育についての研究や教職員向けの研修などをやっている。あ、高校の入試問題やら、教職員や公務員の採用試験の問題なんかも作っている。他には、研修用の資料の貸し出しとかもやっている。

 他の仕事の一つに県下の子供たちや保護者の教育相談がある。地味だけど、この仕事が一番県民の役に立っている……と、私は思っている。
 私の仕事は、この教育相談課の特別枠で、教職員向けのカウンセリング……の助手。

 この係りには三人のカウンセラーがいるんだけど、そのうちの一番オバアチャンの先生の助手に配属された。

「うちとこは、朝の出勤とか部屋に入ってきたときは『ただいま』て言います。帰るときは『いってきます』 よろしおまっか?」
「は、はい」
 とは答えたものの、つい「失礼します」や「お早うございます」になってしまい、その都度やり直しをさせられ、やっと連休明けに慣れることができた。

 私の一人称は「私」だ。言葉にしたら「わたし」と同じなんだけど、微妙にニュアンスが違う。それを、うちの先生は一発で見抜いてしまった。
「そんなカミシモ着たみたいな『私』せんでもええよ。『わたし』とか『あたし』とかでええねんよ」
 と、生まれ故郷の大阪弁丸出しで先生は言う。
「長い付き合いになるんやさかい、ほら、肩の力抜いて言うてごらん」
「はい、私……」
「ハハハ、まあボチボチでええわ。ウチのことは中村さんとか珠生さんがええねんけど……あんたは『先生』以外はよう言わんわなあ……まあ、それでもよろしわ。『先生』いうのは、言い方でいろいろニュアンスが変わるさかいな。『先生』……今のは、どんなニュアンスに聞こえた?」
 好物の金平糖を口に放り込みながら私に聞いた。
「悪徳政治家に対する言い方みたいでした」
「ぴんぽ~ん(^0^) はい、ご褒美」
 先生は、私の手の上に金平糖を載せてくださった。
「ほんなら『先生』は?」
「あ、気楽に馴染んだクラスの担任」
「ええ勘してるなあ。ほんなら『先生……』は?」
「あ……その、女生徒が、その、なんというか……関心を持った男の先生を呼ぶときの呼び方です」
「当たり、その顔つきは、先生を、そういう呼び方をしたことある顔やなあ」
「え、いや、その(n*´ω`*n)」
 
 先生は、そんな調子で、ずっと秘密にしていた私の人生の半分以上を聞き出してしまった。
 私の人生には秘密が多い。里中さつきと言う名前にも秘密があるが、それが分かるのは、もっと先の話だ。取りあえずは仕事、仕事。

「ただいま」

 私は資料の袋を持って、部屋に戻った。ちょっと緊張。今日のクランケは、セクハラで研修を言い渡された三十過ぎの高校の先生だ。
「おおきにサッチャン。ほんなら、このイラスト見て、好きなん三枚選んでもらえますか」
 先生は資料の袋から、数十枚のイラストを出した。自分で資料室から持ってきて、その中身が顕わになって、びっくりした。
 いろんなコミックから拡大コピーしたイラスト。大半が女子高生キャラの全身像や、バストアップ。制服姿、浴衣、水着、男の子や女の子とのツーショットなどがあった」
 男の先生は、じっくり見ながら三枚のイラストを選んだ。一枚は通学途中の女子高生の二人連れ。一枚はキチンと制服を着こなして、木漏れ日の中で微笑んでいる子。もう一枚はキリっとした男子の立ち姿だった。

「先生はね、言われてるようなセクハラじゃありません。スキンシップが誤解されたのね。詳しくは、再来週に言います。じゃ、お疲れ様。今日はここまで」
 男の先生は、生真面目に礼をして出て行った。
「こんなもので分かるんですか?」
 わたしは三枚のイラストを見て不思議に思った。
「ウチは、あの人がイラスト見る目を見てたの。そこの花瓶にアイカメラがあってね、目の動きやら瞳孔の大きさが分かるのん。あの人は、男として未熟なまま先生になってしもたんやね……あの人が一番反応したんはなんやと思う?」
「う~ん」
 わたしは三枚の絵を真剣に見比べた。
「ハハ、あほやなあ。サッチャンの顔見たときや」
「え!?」
「あんた、制服着せたら、まだ現役で十分通りそうやさかいな」
「それじゃ……」
「ちょっと、あの人は時間かかりそうやね……ほんなら次の人呼んでくれる」
「はい……貴崎先生どうぞ」

「はい」

 その人は蚊の泣くような声で立ち上がり、待合いコーナーからやってきた。

 貴崎由香との最初の出会いだった……。

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ここは世田谷豪徳寺・88『長徳寺の終戦・1』

2020-04-23 06:03:16 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・88
『長徳寺の終戦・1』(さくら編)      



「代役だけど、やってくれるかなあ」

 吾妻さん、顔は笑っていたけど、目は真剣だった。

「でも、たった一週間じゃ……」

 正直自信はない。

 そもそも、ことの始まりは三日前。

 新宿での、ちょっとした車同士の接触事故だった。一方は示談ですませようとし、相手も、それに乗りかけた時、通行人が警察に通報してしまった。
 すぐに警察が来たが、示談が成立しかけていたので、実況見分だけやって済ますつもりでいた。
 ところが、一方の車内から脱法ハーブが出てきてしまったのである。

 で、その車の持ち主がYという俳優で、同乗していた女性は三越紀香という女優であったことが問題だった。
 紀香は、番組の打ち合わせのあと、Yに誘われて車に乗せてもらって帰宅する途中だった。警察の取り調べの結果、Yが脱法ハーブを使っていたことは明らかになったが、三越は無関係であることが分かった。

 しかし、それで済まないのが芸能界だ。

 三越紀香が出ているCMは中止になり、収録済みの番組も、編集しなおしたり、放送中止になったりした。

 その一つが、終戦の日の記念番組『長徳寺の終戦』だった。

 話は、長徳寺という八王子の寺の開戦から終戦までの物語。
 三越の役は、寺の七人姉弟の長女の役。毎週のように繰り返される出征兵士の見送りと骨箱だけの葬式。疎開児童の引き受け、そして自分自身女子挺身隊にとられ、慣れない飛行機工場での労働や苦労のエピソードで綴られている庶民の戦争体験を、肩の凝らない青春ドラマとして描いた三時間ドラマだった。
「全部撮りなおすわけじゃないんだ。三越紀香がはっきり写っている一時間分だけの撮り直し。やってくれないかなあ」
 一応お願いのかたちだけど、吾妻さんが引き受けてしまったのは見え見えだった。
 で、あたしは、もうすぐ期末テストだった……なんて、この世界では関係ない。

「……分かりました」

 そう答えるしかなかった。

「じゃ、さっそく行ってもらいたいんだ」
「はい、放送局ですね」
「の前に寄ってもらうところがある」

 で、あたしを乗せた車は、なぜか、あたしの地元の豪徳寺に寄ることになった。

 なんで?

 答えは、豪徳寺の境内に入ってすぐに分かった。三越紀香その人が待っていたのだ。
 大先輩に深々と頭を下げられて恐縮した。
「わたしの不始末のために、ご迷惑かけます」
「とんでもない。突然のいきなりですけど、三越さんの名前を汚さないようにがんばります!」
 へんてこな常套句しか出てこなかった。
 それから、しどろもどろになりながら、話をした後、本堂にお参りした。
「長徳寺って、架空のお寺だけど、豪徳寺と、どことなく似てるじゃない。それにさくらちゃんの地元でもあるし、お詫びと引継ぎと、撮影の成功をお願いするのにはピッタリだと思ったの。これ、番組の成功と、さくらちゃんの一層の成長を祈って……受け取ってくれる?」
 三越さんは、風呂敷包みから、招き猫を取り出した。
「あ、招き猫!」
 あたしは思い出した。豪徳寺は招き猫発祥の地だった。そして気づいた。

 ずっとカメラが回っていたことを。この業界、無駄なことはしません。なんでもネタだ……。

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乙女と栞と小姫山・24『お尻事件始末記』

2020-04-23 05:52:24 | 小説6

乙女小姫山・24  

お尻事件始末記     

 

 

 二人を前にして、校長はなんと言っていいものか迷っていた。
 

 手島栞は遠慮のない目で、アルカイックにスマイルしながら校長を見ている 。石長(いわなが)さくやは、呼び出された校長室が珍しく、目だけキョロキョロさせている。
 

 同席者は、学年生指主担と担任(湯浅は謹慎中なので副担)であった。

「とにかく、問題がまだ動いているうちに、こういう行動は困るなあ……」

 さすがの校長も、煮え切らないグチのような切り出しになる。
 

 昨日の栞とさくやがやったことは、『女子高生、尻丸出し抗議!?』というタイトルが付いて、You tubeでアップロ-ドされてしまった。スカートをまくって丸出しにしたお尻に「くたばれチキン」「カウンセラー!」とチキンのワッペン。よく見れば、ハーパンの上にラバーのお尻を付けているのが分かるのだが、一瞬本物に見える。そして『フライングゲット!』の台詞と、決めポーズまで入り、バスの乗客の笑い声まで入っている。一晩でアクセスは2000件に達していた。
 

「まあ、品位に欠ける行動ということで、校長訓戒で、お願いしたいと思います」

 二年の生指主担の磯野が提案した。

「それは、やらんほうが、ええと思います」

  乙女先生は、そう言うとスマホの画面を見せた。

「この動画はコピーされて、『フライングゲット』というタイトルでも出てます。あ、今コメントが入りました『あんたたちやるねえ。キンタロー(^0^)V』本物かどうかはともかく、これのアクセスも2000を超えてます。それに、なにより本人がブログで、この動画を貼り付けて、ひとくさり語ってます」

「『これで、いいのか府教委』です」  涼しい顔をで栞が申し添えた。

「ちょっと見せてもらえますか」  乙女先生は、栞のブログを出して、校長に見せた。

「……『これでいいの、府教委のマニュアル対応!?』……過激だね」

「はい、府教委は、イジメと同じ対応でやってます。カウンセラーのオバサンの話も的はずれでした。それ、本人も分かってるから、駅前でわたしを見てもシカトしたんです。問題は大阪の高校教育のあり方そのものなんです。昨日のコメントは60件あまりですけど、賛成がほとんどです」

「ネットをオモチャにしてたら、そのうちしっぺ返し受けるで」  

 磯野が、無機質に言う。

「そっくりそのまま、お返しします。わたしは傷つくのは覚悟の上です。もう一週間もこんなピント外れな対応やってると、社会問題化しますよ。乙女先生、梅沢忠興で検索してください」

「梅沢……聞いたことあるなあ」

「文部大臣の諮問委員をやっていた教育学の権威ですよ。わたしの、上司でもありましたが……」

「あ、出てきました。『大阪府立小姫山青春高校からの考察』長い文章だ……」
 

 結局、今回の『お尻事件』は、校長の判断でお構いなしになった。校長は皆を帰した後、府教委の指導一課長と電話で長話をした。芳しい返事がなかった、あるいは進展がみられないことは昼の食堂で分かった。

 水野校長は、平気で生徒といっしょに昼を食べる。乙女先生は、前任校からの癖で、別の理由で食堂を利用する。いまだに生指としての食堂指導に入ってしまうのだ。もっとも、ここの生徒はお行儀がいいので、指導することはほとんどない。その分、生徒の話を聞いて、リアルタイムで、生徒の状況を掴んでいる。

 栞のことは、やはり話題になっている。生徒の大半は、事の善し悪しは別にして、高校生離れした行動に違和感を持ち始めている。事がどちらに転んでも、栞は、学校の中で孤立していくだろう。
 

「校長さん、ちょっとまいってるで……」

「え、そうですか。楽しそうに生徒と話ししてらっしゃいますけど」  

 真美ちゃん先生は、食後のアイスを美味しそうに食べながら、上の空で返事した。

「MNBの話で盛り上がってるみたいやけど、あれは演技やな。うどんが一筋残って、出汁もほとんど飲んでへん」

「え、そんなとこまで見てるんですか?」

「刑事と教師は、人間観察がイロハや……」

 真美ちゃん先生は、乙女先生が、すごいのか、みみっちいのか判断がつきかねた。
 

 仕事帰り、駅のホームの端に栞が立っていることに気が付いた。

 

「あ、栞やないの」

「あ、乙女先生……」

「あんた、ホーム反対側やろ?」

「今日は、これからナニワテレビです」

「今回のことでか……?」

「はい、急遽梅沢先生と対談することになりまして」

「あの、梅沢忠興!?」

「ええ、先生のご希望で……」

「あんた……本気の本気やねんなあ」

「ええ、でも、蟷螂(とうろう)の斧だと思ってます。ちょっと毛色の変わった女子高生が面白いことを言ってる……いい時事ネタなんでしょう」

「達観してんねんなあ」

「なんで、こんなホームの端に立ってると思います?」

「え……?」

 意外な質問に、さすがの乙女先生も意表を突かれた。

「ここで、飛び込んだら、確実にわたしは電車にはね飛ばされ、わたしの体は、下りの線路中央か、このホームの中央に叩きつけられます……血みどろになってね。駅の中央だから、いろんな人が見てシャメってくれるでしょう。そうしたら……世の中は、もっと本気で考えてくれるんじゃないかしら……」

「栞……」

「ハハ、驚きました? やったー、乙女先生、ドッキリカメラ成功!」

 栞は嬉しそうに、スマホで乙女先生を撮り始めた。

「……栞、電源入ってへんで」

「ハハ、冗談ですよ。ナニワテレビは、U駅の最後尾が一番近いんです。それだけです!」
 

 いっしょに電車に乗り込んだ乙女先生は、扉のガラスに映る栞の目に深い闇を見たような気がした……。

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