大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・148『草加の茶屋・1』

2020-04-28 16:53:01 | 小説

魔法少女マヂカ・148

『草加の茶屋・1』語り手:マヂカ   

 

 

 相変わらず混沌としている。

 

 足を着けている小学校の校庭ほどの広さの所だけがきちんとしている。道の脇には草叢や灌木、時には田んぼや畑が広がっていて、昔の街道じみている。前後の道も百メートルほどはきちんとしているが、その向こうは霞がかかって定かではない。

「一昔前のゲームみたいだよ」

「どういうことなんだ?」

「CPの能力が低いから遠くの景色の描画が追いつかないのよ。読み込みながら描画していくから、テンポの速いゲームだったら処理が追いつかなくてフリーズとかしたんだよ」

「そうか、ストレスが大きかっただろうな」

「でも、荒川を渡る前は、まるでバグだったじゃん。いろんなモノがデタラメに現れては消えて」

「ああ、天守閣が走ったり、ゼロ戦がプテラノドンと空中戦していたりな」

「そういうデタラメなのが現れないだけ落ち着くね」

「そうだな……」

 あいまいに返事しておく。魔法少女の悲しさで、ちょっと意識を飛ばすと、霞の向こうには相変わらずのデタラメが見えるんだが、どうやら危害が及ぶようなことはないようなので意識の感度を落としている。

 

 やがて、一軒の茶店が見えてきた。

 

「ちょっと休んでいこうか」

「うん、お団子食べたい」

「姐さん、お茶とお団子二つずつ」

「はい、すぐにお持ちしま~す」

 気のよさそうなオバサンが元気に返事してくれる。腰掛に落ち着くと、二人のコスが変わった。

「あ、時代劇みたくなった!」

 ひざ丈の小袖に菅笠と杖、足には脚絆を撒いてわらじ履きだ。

「どうしよう、草鞋脱いだら、もう履けなくなるよ」

「大丈夫、わたしが履かせてやる」

「じゃ、脱ごうっと(^^♪」

 三百年前は、こういうナリで隠密めいた魔法少女をやっていたので、ちょっと懐かしい。由美かおるがやっていた『かげろうのお銀』は、何を隠そう、わたしがモデルだったりする。

「はい、おまちどうさま。お茶と団子です」

「ありがとう、はい、お代」

 こういう茶屋のお代は商品と交換が原則だ。

「お客さん、草加は初めてかい?」

「え、ここ草加市?」

「市? ここらじゃ草加宿って呼んでるけど」

「田舎者だから、勘弁しとくれ」

「まあ、ゆっくりなさいな。草加を過ぎたら日光まではろくなもんないから」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 お茶をすすっていると、団子から食べ始めた友里が文句を言う。

「……ちょっと、お団子硬い」

「そうか?……ん、たしかに」

 不味くは無いのだが、ちょっと歯ごたえがあり過ぎる。

「あ、やっぱり硬かったあ?」

 オバサンが飛んできた。

「いや、食べられないというほどじゃないんだが」

「ちょっと、ごめんなさいよ」

 オバサンは、残った団子を一つパクついた。

「ああ、たしかに……堪忍ね」

 どうやら時間がたち過ぎて硬くなってしまったようだ。正直な茶店で団子のお代はまけてくれた。

「なんだか、オバサン困ってるみたい」

 どうやら数を読み違えて作り過ぎてしまって、かなりの団子が硬くなってしまったようだ。

 

 ☆・クエスト

 時間がたって硬くなった団子を無駄にしない方法を考えよう!

 

「なんか、クエストが出てきた」

「こんなところで時間を食いたくない、パスするぞ」

 しかし、立ち上がって茶屋を出ようとすると、見えないバリアーに遮られて進むことができない。

「くそ、キャンセルできないのか?」

 

 ☆・ここまでの会話で二人とも『草加』を口にしているので解決しないと進めない(^▽^)/

 

「え、ハメられた!?」

「待て、二人ともと出てるがわたしは言ってないぞ!」

 

 ☆・バックログを確認せよ

 

 空中に現れたメニューからバックログを選択すると……友里が団子が硬いとボヤいたところで、こう言ってしまっている。

『「そうか?……ん、たしかに」』

 あ……ハメられた(;゚Д゚)

 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・114「12年ぶりのニッキ水」

2020-04-28 12:09:01 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
114『12年ぶりのニッキ水』
         




 できることならもう一期やっていたかった。

 でも、三年生は後期生徒会役員選挙には出られない。

 あたりまえ、後期役員は来年の5月までの任期。三年生が役員をやったら任期途中での卒業になってしまう。

 わたしは一年の後期から、通算四期二年間生徒会副会長を務めた。

 辞めるわけにはいかない、辞めればひいお祖母ちゃんとの約束を果たさなければならなくなるからだ……。

 
 お祖母ちゃんは17歳でお母さんを生んだ。お母さんは16歳でわたしを生んだ。
 だから、お祖母ちゃんは51歳、お母さんは34歳でしかない。

 なぜ、そんなに早く子どもを産んだか。


 それが、いま列車に揺られて山梨の田舎に向かっていることに繋がっている……。

 甲府の駅に下りてロータリーに出ると、まるで昨日の今日という感じで穴山さんが立っていた。
「お迎えにまいりました、お嬢様」
「……ご苦労です」
 ほんとは「お嬢様なんて止してください」と言いたかったんだけど、無駄だと分かっているので止した。抗えば、穴山さんは礼をもって「そうはまいりません」から始まってしばらくは喋ることになり、その話の内容は、ロータリーに居る地元の人や観光客の耳に留まり、場合によっては写真や動画に撮られかねないからだ。わたしは、ちょっとしたこだわりで学校の制服を着ている。制服姿で撮られては空堀高校と特定されてしまい、特定されて関係者に見られたら、すぐに瀬戸内美晴と知れてしまう。

 それだけは避けなければならない。

 数日後、無事に大阪に帰ることになっても。このまま死ぬまで田舎に留め置かれることになっても……

「穴山さん、ちっとも変わりませんね」
 ロータリーから車が出て、五分もすると沈黙に耐えられなくなり、自分から声をかけた。
「嬉しゅうございます、ひょっとしたらお屋敷まで口をきいていただけないのではないかと心配いたしておりましたから」
「穴山さんには何もありません。大お祖母様にもありません、ただ、この身体にも流れている瀬戸内家の血が疎ましいだけです」
「……それは、この穴山が嫌いと言われるよりも辛うございますね……お嬢様は、お心に留まるような殿方はおいでではなかったのですか」

 あ、と思った。

 穴山さん、家令としては踏み込み過ぎた物言いだ。
 穴山さんは、大お祖母様に会わざるを得ないわたしを哀れに思ってくれているんだ。
 お祖母ちゃんもお母さんも、いまのわたしと同じこの運命を避けるため、18歳に満ちるまでに子どもを産んだんだ。
 同居人のミッキーの顔が浮かんだ。
 お母さんがミッキーをホームステイさせたのは、それも自分もお祖母ちゃんも仕事で居なくなった時にホームステイさせたのは狙ってのことだ。
 でも、それにはのらなかった。
 ミッキーはダメだよ。趣味じゃないんだよ。

「クーラーボックスにニッキ水が入っております」

「え、ニッキ水!?」

 わたしも18歳の女の子だ、好きな飲み物、それももう飲めないと諦めていたものを見せられると心が弾んでしまう。
「もう作っているメーカーも少のうございましてね」
「そうでしょ、わたしも12年前に田舎で飲んで以来だもの」
「それが、お嬢様、そのニッキ水は大阪で作っているんでございますよ」
「え、あ、ほんと」
 ボトルという今風が似合わない瓶の側面には大阪は都島区の住所があった。
「不器用なものですから、お嬢様のウェルカムに、こういうものしか思いつきませんで」
「ありがとう、穴山さん」

 わたしは、シナモンの香り高いニッキ水を口に含んだ。

 12年ぶりの大お祖母さまとの再会にカチカチになっていく肩の凝りが、ほんの少しだけ解れていく……。
 

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《ただいま》第六回・由香の一人語り・4

2020-04-28 12:00:24 | ノベル2

そして ただいま
第六回・由香の一人語り・4   



 

 カナダの熊オヤジは、こう言った。

『ハハハ、クマの見舞いに来て、クマもらってしまいました』
 なかなか懲りない性格のようだ。
 田中さんは、少し怖い顔のまま頭を掻いた。
 カナダのお友だちは、あたしの耳元に寄ると、大きなヒソヒソ声で言った。
『ユカくんは……』
 そこまで言うと……。

 バシッ!

 お友だちの顔に、もう一匹クマが増えた。奥さんとあたしはビビッた。
 でも、不思議なことに、田中さんは、このお友だちを尊敬している。
 カナダに住み着こうと思った田中さんを思いとどまらせてくれたから。
『たとえ荒れていても、君は、日本の自然の中にこそいるべきなんだ。居心地が良いというだけでカナダに居たら、それは、ただのエスケープに過ぎない……例えグロテスクでも、ミゼラブルでも、人は、自分の場所にこそ根を生やすべきだ』
 この忠告が身にしみるには、互いの体に何匹もクマやアザラシを飼うことになったらしい。今さら一匹や二匹のクマが増えても、屁でもないらしい。

 でも、田中さんは、例の子熊のことは気遣っていた。あの怪我では、たとえ母熊がいっしょでも、その年の冬を越せなかったからだ。

 日本とカナダの熊オヤジたちは、その日、夜遅くまで、まるで身内の子どものように熊の心配をし。奥さんとあたしは、冬物のカーテンを出し、朝食の仕込みをした。そして、もう一人人手が欲しいなあと話し合った。

 それからの、あたしたちに、とりたてて変化はなかった。
 あいかわらず田中さんは、ぶっきらぼうだし、あたしもヘマばかりしていた。
 でも、仕事の流れが良くなり、あまり肩が凝らなくなってきたことは嬉しい。
「ようやく、ペンションらしくなってきた」
 オーナーも、夏の暑さと共に頬を緩めるようになった。

 その年の秋と冬は、お客さんに急病人が出たり、ボイラーが故障し、お客さん達も従業員も一晩暖炉の前で過ごした。いろいろ話をしたり聞いたり、その都度ペンションのみんなが力を合わせて乗り切ってきた。

 お客さんの子どもが行方不明になったときは大騒ぎだった。

 その時は、ご近所総出で助けていただいた。
 そして、なんと、隣の例の……ほら旧家のボンボンが発見!
 見つけたときは、このボンボンといっしょにポロポロ涙流してる自分に気づき、あたしも、ここの住人になりつつあるんだなあ……と、こそばゆく感じはじめていた。迷子の子もポロポロ……安心と嬉しさで泣いているのかと抱きしめたら……足を骨折していた。

 こそばゆさなんか、いっぺんに吹っ飛んで、慌てて連れて行った救急病院……。

 待合室では、ボンボンの視線を感じた。
 レスキューの感動を共有したことで、今さら妙な感情を持たれては困るので、意識的にボンボンを視界から外し、コチコチと響く時計の音に耳を傾けていた。
 気づくと、時計の下に里山の写真……。
 山で出会った子熊のことが思われた。
 診察が終わり、これからの治療の説明が始まる頃。田中さんが、子どものご両親と、あたしの交代要員にオーナーの奥さんを車で連れてきた。

 帰りの車中、田中さんに一部始終話し終えると、田中さんはコックリ頷いた。
「できたら、診察室で、子どもの手を握ってやると良かったね」
 そこまでは気が回らず、甘えるように話している自分を恥ずかしく思った。
 でも、時計の下の里山の写真で思い出した子熊のことを話すと、びっくりするほどあどけないウィンクが返ってきた。
 思わず、田中さんにハグしたい衝動にかられた。
 田中さんは、急ブレーキで、その衝動に応えた。
 夜道に飛び出してきたタヌキを恨めしく思った……。

「今日は、そこまでにしときまひょ」

 珠生先生は、いつもいいところで止めてしまう。
「だいぶ、充実した青春時代を思い出したようやね?」
「……ほとんど忘れていたことばかりです」

 私でも分かった。由香といっていたころの貴崎先生の思い出が、回を重ねるごとに深くなってきている。
 でも、なんで、こんなに面白い……と言っては失礼だけど、充実した青春を心の中に封じ込めてしまっているのだろう?

「今日は、ちょっとハイになりすぎるような気ぃがしたから、止めましたんや」
「私は、なんだか楽しみになってきました」
「あの、明るさには影がおます。そやないと心の奥には、仕舞うたりしまへん」

 貴崎先生は、最初に来たときとは見違えるほどに元気な足どりでセンターの門を出て行くところだった。

 つづく

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ここは世田谷豪徳寺・93『MAMORI』

2020-04-28 11:24:20 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・93(惣一編)
『MAMORI』
         


 

 その日、課業が終了すると私服に着替えて横須賀の街に出た。

 明菜はカウンターの奥に座っていた。
「半年ぶりだな」
 そう言いながら、マスターに「いつもの」という顔をしておいた。
 この店は、志忠屋3号店といって、イタ飯屋の看板をあげた無国籍料理と酒の店だ。
「あたし、こんなことをやってるの」
 明菜が名刺を出すのと、ピザが出てくるのが一緒だった。
「あ、あたしのピザなのに……」
 ピザの一枚を見敵必殺の呼吸でかっさらうと、明菜がさくらを思い出させるように膨れた。
「妹みたいなこというなよ」
「さくらちゃんはスターよ」
「明菜だってスターだ」
「あたしが?」
「流れ星だけどな。一瞬輝いたかと思うと、すぐに消えちまう……丸川書店MAMORI編集 白川明菜。今度は雑誌社か」
「元防大で採用。女子にターゲットを絞った防衛雑誌。実はね……」
 明菜は、この半年を超える空白を埋めるように多弁だった。以前は、こんなに自分から喋る奴じゃなかった。
「はい、いつもの。特盛とレギュラーにしといたよ」
 マスターが、そう言いながら定番の海の幸のパスタを並べてくれた。
「レギュラーじゃ足りないだろう。オレの少しやるわ」
 フォークとスプーンで、適量分けてやる。
「マスター、ソーセージの盛り合わせも。二人分」
「いいぜ、佐世保沖の記事。一応室長の許可はとらなきゃいけないけどな」
「単に海戦のことだけじゃなくて、手のひら返したような政府と国民の意識も平行して、これは、あたしが書くんだけど」
「その原稿は、あらかじめ見せてくれよな。うちは表に関わることは書けないから」
「大丈夫、文責ははっきり区別しとくから。もちろん事前に見せるけど」

 そのあと、薩摩白波を酌み交わし、脈絡のない話の末に明菜がポツリと言った。

「自衛隊が、本当に戦闘やるなんて思わなかった。惣一がサルボーとかテーッなんて実戦で叫んでるとこなんて想像つかない」
「おれは、たかやすじゃ居候みたいなもんだったから、ただ吉本艦長のケツにくっついいていただけさ」
「でも、いずれは、そういう立場になるんだ……」
「……そうだな」
 吉本艦長の姿が頭をよぎり、少し厳粛な言い回しになってしまった。
「惣一……」
「うん……?」
 オレは前を向いたまま、明菜の言葉を待った。へんな沈黙になってしまった。
「じゃ、今夜はありがとう。これがうまくいったら、本採用になれるかもね。いいからいいから、経費で落としとくから」
 そういうと明菜は伝票を掴んで、レジに行った。
「あ、小銭ないから、崩すね」
 マスターは、そう言って万札をオレにつきつけた。
「もう少し砕けろや。私服なんだしよ」
「え、ああ……」
 万札を崩しながら、あいまいな返事にしかならない。
「あ、経費なら領収書いるよね。ごめん切らしてるから、こいつに買わせにいかせるから。一尉さん、そこの文具屋まで行って、水でも飲んで」

 言われるままに領収書を買ってきた。マスターはゆっくりと領収書を書いた。

「今度、惣一が命令するとこ見たいわね。あんた、年上の部下にはまだ『実施』としか言えないんでしょ」
「んなことねえよ。明菜も……」
「なによ」
「いつか、かっこよく命令するとこ見せてやっから」
「ハハ、できたら、You Tubeにでも投稿しといて。じゃ、またね」
 最後は、いつもの調子で明菜は、ドアの外に消えた。

 マスターに、思い切りケツを蹴り上げられた。

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乙女と栞と小姫山・29『御宅皇子』

2020-04-28 11:15:48 | 小説6

乙女小姫山・29

『御宅皇子(おたくのみこ)』     

 

 

 

 技師の立川さんは驚いた。
 

 ついさっき登ってきた階段の下、そこにあるベンチに桜色のワンピースを着た髪の長い女性が座っていたからである。 

 中庭の「デベソが丘」は、この学校が出来る時に、敷地内にあった方墳を調査の後取り壊したのであるが、記念に1/4サイズのものを作り、記念碑のようにした。

 府教委としては、なんとかギリギリの対策であった。むろんお祀りや、神道の行事めいたことはいっさいやっていない。 

 青春高校の前身のころは生徒のいい遊び場であったが、怪我人がちょくちょく出るので、学校としては立ち入り禁止にしようとまで考えたが、生徒の方が自然と寄りつかなくなった。怪我だけではなく、ここに登ったカップルは別れてしまうというジンクスがたったからである。 

 一応、中庭の掃除にあたった生徒が、ここも掃除することになっていたが、立川さんは、方墳の真ん中、ほんの一坪分に校内にあった石を貼り付けてフキイシとし、中央に大きなまな板ほどの石を置いて、見る者が見れば塚らしく見えるようにして、この一坪余りの掃除は自分で朝夕二回するようになった。 

 朝は、ほんのひとつまみの塩を置き、白いおちょこに水を供えて手を合わす。水は、そのあとすぐに塩にかけて、宗教じみた痕跡は残らないように気を付けている。 

 で、今日も、その日課を果たすため、このデベソが丘に登って、儀式を終えたところである。それが振り返ってみると、今の今まで気づかなかった桃色のワンピースと目が合って、まるで悪戯を見つけられた子供のようにうろたえた。 

「どうぞ、そのままで……」  

 女性は、ほとんど声も出さず、口のかたちと仕草で、気持ちを伝えた。
 

「卒業生の方ですか?」 

「いえ、こう見えましても保護者です」 

「え……あ、お姉さんですか?」 

「はい。近所なもので、ついでに寄らせていただきました。御宅皇子(おたくのみこ)のお墓守をしていただいてありがとうございます」 

「さすがはご近所。お若いのに、この塚の主をご存じなんですねえ」 

「継体天皇の、六番目の皇子……ってことぐらいしか分かりませんが、昔から、この在所の鎮守さま同然でしたから。ひい婆ちゃんなんかは、毎朝、ここと鎮守様には手を合わせていました」 

 そういうと、女性は、ささやかに三回手を打って、軽く頭を下げた。 

「ご用はお済みですか。なんなら担任の先生に……」 

「ええ、もう用事はすみました。あの子の元気な姿もみられましたし」 

「妹さんには……」 

「フフ、ほんの一睨みだけ。それでは、ごめんなさいませ」 

「はい、あ、どうも……」 

 立川技師は、年甲斐もなくときめいている自分を持て余し。腰にぶら下げたタオルで顔を一拭きした。
 

「……でも、どうして妹って思ったんだろう?」

 弟ということもあるだろうに、迷うことなく妹と感じてしまった。 どころか、その子の顔まで分かったような気がした。顔も、性格もまるで違うのに……。
 

「ということで、来週月曜は臨時の全校集会とし、駅までの清掃をいたしますので、ご協力お願いいたします。役割分担等は、レジメに記してあります。ま、細かいところは保健部出水先生に、よろしく」 

 定例の職員会議で、生指部長を兼ねる首席の筋肉アスパラガス桑田が発言した。 

 前回の生指部会は官制研修で抜けていたので、乙女先生は知らなかった。

 近所で評判が悪いことを知っているのは自分ばかりではなかった。そういう安心感はあったが、せめて一言言えよなあ、と乙女先生は思った。 

 職会に出てくるということは、運営委員会でも発議されているはずで、それ以前に部会にかけて……。 

 そこまで思って、乙女先生は、自分の官僚主義的な考えに苦笑した。この半月は栞にまつわる事件……と言っても栞に落ち度はないんだけど、落ち着いた学校運営など出来ていなかった。これぐらいのフライングは良しとすべきであろう……と、乙女先生は思い直した。

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