銀河太平記・026
怪我人が出なかったのはすみれ先生のおかげだろう。
見てくれはゴリラみたいな筋肉バカだが、ここ一番の緊急事態で的確な判断と操船ができるのはさすがだ。
「みんな、けがは無いか!?」
安否確認も、俺たち生徒を先にして、元帥と森ノ宮親王を後にした。
副官のヨイチは、とっさに体ごと雑のうを元帥と親王殿下の背中にあてがって、主人と貴人の安全を計っていた。
「無事なようでなによりだ……」
全員の無事が確認できると、親王殿下が安堵の声をあげられる。
華奢な体つきなのに、穏やかな声には、不思議に人を安心させる響きがある。
「姉崎先生、フライトレコーダーは無事ですか?」
元帥が声をあげると、すみれ先生はインタフェイスの画面を数回タッチした。
「精度はよくありませんが、残っています。ご覧になりますか?」
「頼みます」
24インチほどの画面に全員の視線が注がれる。
「貨物艇なので、正確な攻撃地点までは分かりませんが、学園艦の爆発の瞬間の姿でおおよその見当はつくでしょう」
フライトレコーダーのフレームレートは80と出ている。大昔のVR画面くらいだろうか……すみれ先生が調整すると、少しブレた感じで学園艦の断末魔が映し出された。
学園艦はくの字に折れて、余ったエネルギーは鈍角に折れた船体のあちこちの破孔から飛び出している。
不謹慎だけど、去年の卒業ボウル(パーティー)の時に天井から吊ってあったミラーボールを思い出した。
「船体の折れから推測すると、北アメリカのどこかだな」
「北アメリカ……」
俺たちがいるからだろう、大人たちは、それ以上の推測を控えているが、俺たちにも見当がついた。
アメリカの西海岸には漢明国の勢力が入り込んで、合衆国でも把握できない軍事施設があるという噂だ。
「もういいでしょ」
「了解」
親王殿下が言って、元帥が頷きすみれ先生が小さく了解しながらジョイスティックを倒した。
13号艇は小柄な割には大きな弧を描いて進路を変え始める。
「おまえらは、飯の用意をしろ」
すみれ先生は宿泊学習の指導をするような気楽な声で命じた。
分かってる、13号艇が大きく回頭するときに、キャノピーいっぱいに学園艦の残骸が見えてしまう。それを直接目にしないように気を配ったんだ。
でも、一部の残骸は、まだ火を噴いていて、それがレプリケーターのアクリルの反射している。レプリケーターは食品合成機だから、こんな貨物艇でも清潔が保たれていて、アクリルは磨き抜かれたガラスのようだ。
「ウ」
未来が抑えた悲鳴を上げた。
俺と同じものを見たんだ。
残骸に混じって浮遊している同級生たちの切れ端を。
13号艇は、北米大陸を避けるように地球の裏側に回ってから、進路を月に向け始めた。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 児玉元帥
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる