銀河太平記・033
火星までは72時間の旅だ。
火星までの有人飛行が可能になった200年前は300日あまりだったから、100倍の速さになった。
72時間というと丸三日なんだけど、日の出や日の入りがあるわけじゃないから、うっかりしていると時間の感覚が無くなってしまい、体に変調をきたす。
学園艦くらい大きな船になると、船内照明を調節して疑似的な時間経過を感じさせる。なんでも、昔の潜水艦の工夫が役に立っているということらしい。
しかし、ファルコンZにはそれが無い。
「特別に居住区というのがあるわけじゃないから、室内照明で調節してね」
同じことをミナホもコスモスも言う。72時間くらいならファルコンZのクルーは眠らないでもやっていけるらしい。
「だいじょうぶっすよ、俺たち火星の原始人っすから(^▽^)/」
「そう、じゃ、わたしの目を見て」
言われて、コスモスの目を見ると、コスモスの瞳に俺の顔が浮かんでくる。
やべえ、目の下のクマがハンパない。
「分かったら、お部屋に戻って照明を落として横になりましょう」
「あ、分かりました。でも、クルーは休まないんですか?」
「フフ、みんな、この船が好きだから」
はぐらかされた。
「ラウンジに行くとキャビンとは仕様の違うレプリケーターがあるから、リラックス効果のあるソフトドリンクでも飲むといいわ。さっき宮さまにご説明したところだから、きっと、楽しくアドバイスしていただけると思うわよ」
「はい、そうします」
「じゃあ」
そう言うと、コスモスは、障害物競走のコースみたいな通路を器用に通って機関室の方へ降りて行った。
「おや、ダッシュくんも眠れないのかい?」
宮さまが気軽に声をかけてくれる。
「あ、はい。ここで、よく眠れるソフトドリンクがあるって、コスモスに……」
「あ、それなら、これだ……」
そういうと、宮さまは画面の二か所を同時にタッチ。すぐにシュワワと音がして、紙コップが実体化してドリンクが現れた。
「紙コップなんですね!」
「船長のこだわりだろうね」
「これ、なんてドリンクなんですか?」
「アルテミス三号。ま、飲んでみ」
「あ……炭酸きついっすね」
かえって眼が冴える気がする。
「ジェットコースターみたいなもので、そのあと、ゆっくりと眠りに誘われるらしいよ」
「三号ってことは、一号とか二号とかも?」
「ぼくも、そう思ってコスモスに聞いてみた」
「あるんですか?」
「三号ってつけとくと、一号とか二号とかあるような期待感があるでしょうって、船長の命名らしいよ」
「アハハ」
「いや、いろいろ楽しそうな船だよ(*^▽^*)」
ピチャ
半分ほど残っているアルテミス三号が跳ねた。
「増速しましたね」
「船長は眠気覚ましなのかな?」
残りのアルテミス三号を飲み干すと、ラウンジの照明がゆっくりと落ちていく。
「宵っ張りの僕たちに就寝勧告なのかなあ」
「え、あ……いや、これは……」
照明は絞るどころか、レベルゼロまで落ちてしまい、非常灯だけになってしまう。
それに、体で感じるくらいに急な減速が掛かりだした。
飲み干していなければアルテミス三号をこぼしていたかもしれない。
『緊急連絡、緊急連絡、乗員乗客、乗員乗客、こちら船長。総員ただちにブリッジへ、ただちにブリッジへ』
船長の声で緊急招集がかかった!
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 児玉元帥
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ