大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・197『銀之助の秘密』

2021-03-24 09:37:04 | ノベル

・197

『銀之助の秘密』さくら     

 

 

 文芸部のほんまの部室は図書分室。

 

 図書分室いうのは、図書室に置ききれへんようになった本を保管するための部屋。

 まあ、倉庫ですわ。

 一昨年の春、ひょんなことで、この図書分室の前で頼子さんと出くわして、うちの運命が変わった。

 頼子さんは、夕陽丘・スミス・頼子というのが生徒名簿に載ってる名前。

 スミスというミドルネームで分かると思うんやけど、ヤマセンブルグいうヨーロッパの国の血が流れてる。

 今は頼子さんの事は置いといて、このほんまもんの部室の事。

 ずっと、うちの本堂裏の座敷を事実上の部室にしてるんで、ほとんど使うことが無くなった。

 それを学校から指摘されて、アリバイ程度に部室を使うためにお座敷部室からあれこれ運んで整理をしてるとこ。

 あれ?

 留美ちゃんの手が止まった。

「どないしたん?」

「本の配置が変わってるの」

「え、そう?」

 うちは、がさつな性格なんで、細かいことは苦手。せやけど、留美ちゃんは神経が細やかな子ぉで、ささいなことでもよう気が付く。

「文学書の順番が変わってるし、総記分類の辞書なんかが、奥の書架に行ってるよ……で、なんだろ、あそこ、面陳列になってる」

「めんち……」

「面陳列、表紙を向けて陳列してあるでしょ?」

「あ、ああ……」

 言われると違和感。

「図書室の本て、新刊本とか雑誌以外は棚刺し……背表紙が向いてるでしょ」

「ああ、せやねえ……」

 言われても、留美ちゃんほどにはピンとけえへん。

「まして、ここは倉庫同然の図書分室だよ面陳列なんて……」

 言いながら、留美ちゃんはメンチンの本を手に取った。

「「あ!?」」

 揃って驚いたのは、メンチンの奥に大量の文庫本が入ってたから。

「全部ラノベだ……」

 そこには百冊は優に超えるラノベが、書店の棚のように並んでた。

 あ!?

 後ろで声がした。振り返ると夏目銀之助が固まってる。

「あ、夏目君」

「せ、先輩、そ、それは……」

 銀之助の反応は、ベッドの下のエロ本を見つけられた時のテイ兄ちゃんといっしょやった。

 せやけど、可愛い後輩なんで、描写は控えます(;^_^A

 で、話を聞くともっともやった。

「ぜんぶ、閲覧室から排除された本たちなんです」

 言われて気が付いた。

 ラノベは形式が文庫なんで、閲覧室では文庫の書架に並んでる。

 その文庫の書架から、たしかにラノベの量が減ってる。

「保護者からクレームがついて撤去されたラノベたちなんです」

「そうなん?」

「はい、遭難した本たちです!」

 ギャグになってんねんけど、笑われへん。銀之助の目は真剣そのものやったさかい。

「傾向があるわねえ……」

 留美ちゃんが呟いた。

「え、そう?」

 言われて、ラノベの背表紙をざっと見わたしてみる。

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』『エロマンガ先生』『中古でも恋がしたい』『冴えない彼女の育てかた』『のうりん』『新妹魔王の契約者』……他にもいろいろ。

「タイトルだけや一部の描写だけで排除されたラノベばっかりです。ラノベっていうのは玉石混交ですけど、そこらへんの文芸書に負けないくらいの内容を持ったものも多いんです。なによりも、今の中高生や若者の感性で書かれたり受け入れられたりしたものばかりです。それに、一見表現はエロいですけど、意外に恋愛とか友情とかへのこだわりはストイックだったり、生きるってことに真っ直ぐだったり、正直太宰治とか野坂昭如を読んでいるよりは、前向きに生きて行こうって気にさせるものが多くて……僕は、文芸書も読みますが、こういうラノベも好きです。PTAは紙くずみたいな有害図書って言いますけど、何度も読み返すことに耐えられる名作も多いんです。文庫は劣化するのが早いから、この図書分室に置かれたら、三年もたつと、人に読まれることもなく廃棄にされてしまいます、だから……」

「夏目君……キミって……」

「銀之助……熱いんや……」

「は、はい、もうちょっと語ってもいいですか?」

「うん、いいよね、さくら?」

「うん!」

 うちは、パイプ椅子三つ持ってきて、書架の谷間で銀之助講演会の態勢を整えた。

 

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真凡プレジデント・31《うちの学校の一大事・1》

2021-03-24 06:40:17 | 小説3

レジデント・31

《うちの学校の一大事・1》  

 

 

 大阪の高校でイジメがあった。

 

 SNSを使った執拗で陰湿なものだったらしい。

 被害者の生徒は不登校になるが、学校は認識が甘かったのか、マスコミが取り上げる事件になってしまった。

 学校名は伏せられているので、ひょっとしたら、その学校の関係者でも知らない人が居るのかもしれない。

「初期対応のまずさだろうね……そのうち、みんな知るところになって……見えるようね、こじれるのが」

 朝ごはん食べながらのお姉ちゃんの感想。

 この三月まで女子アナだったお姉ちゃんは、ニュースなんかで日常茶飯にこういうニュースに接して来ているので、こういう事件の行方は予想が付くようなのだ。

「ニュースになるまでは何か月もほったらかしといたんだろうね……」

 後の言葉は呑み込んで、チャンネルを変える。どこだかの知事がセクハラをやって進退窮まる……米軍の戦闘機が不時着……アイドルが二十歳のお誕生日……パリで万博のプレゼンテーション行われる……この夏のファッション……。

 くるくる切り替わっているうちに、わたしはタイムリミット。鏡でササッと髪とリボンを整えて、行ってきまーす!

 さっきのニュースの切れ切れ、夏のファッションが気になってスマホで確認しようと思ったのは、うまく空いたシートに座れたからなのかもしれない。

 

 え…………ネットニュースが飛び込んできた。

 

――昨春の入試でミス、本当は合格していた――

 そんなニュースで手が停まってしまった。

 だって、出てきた学校名は、なにを隠そう、わが都立中町高校なのだ。

 こんな噂は聞いたことが無い、中町高校入試ミスで検索してみる。

 次の駅で下りなければならないところで概要が分かった。

 

 昨春と言えば、わたしたちが受けた入試だ。

 それだけでも気持ちが悪いのに、入試ミスで落ちた本人は、こう言っている。

――本当は、わたしが合格していた。ずっと言ってきたのに学校も教育委員会もなしのつぶて。だから訴えることにしました――

 これは、大阪のイジメ問題と同じ……それ以上にこじれた問題になるかもしれない。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡(生徒会長)  ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  福島 みずき(副会長)  真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
  •  橘 なつき(会計)     入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き 
  •  北白川 綾乃(書記)   モテカワ美少女の同級生 
  •  田中 美樹         真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨         対立候補だった ちょっとサイコパス 
  •  橘 健二           なつきの弟
  •  藤田先生          定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生          若い生徒会顧問

 

 

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