大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい・30〔プチプチ〕

2022-01-03 06:46:13 | 小説6

30〔プチプチ〕 




 授業が次々に終わっていく。

 三学期の最終週だから、ほんとうに二度と帰ってこない授業たち。


 と……特別な気持ちにはならない(^_^;)。

 強いて言うなら「サバサバした」いう表現が近い。

 学校で、うっとうしいものは人間関係と授業。

 両方に共通してんのは、両方とも気を使うこと。つまらないことでも、つまらない顔をしてはいけない。

 学校でのモットーは、休まずサボらず前に出ず。

 一番長い付き合いがクラス。完全にネコっ被り。

 おかげで、一年間、シカトされることも、ベタベタされることもなかった。

 

 授業も同じ。

 板書書き写したら、たいがい前を向いて虚空を見つめている。

 それが、時に大人しい子だという印象を持たれ、こないだの中山先生みたいに「白木華に似てるねえ」なんちゅう誤解を生む。

 あの月曜日の誤解から、あたしはいっそう自重している。

 だから昨日はなんともなかった。

 ただ虚空を見つめてると意識が飛んでしまって、関根先輩と美保先輩は夕べ何したんだろ……もっと露骨に、ベッドの上で、どんなふうに二人の体が絡んでいるのか、美保先輩が、どんな声あげたんだろうかと妄想してしまう(#^0^#)。

 ああ、顔が赤くなってくる。適度に授業聞いて意識をそらせよう。

 で、これが裏目に出てしまった。

 現代社会の藤森先生が、なんと定年で教師生活最後の授業が、うちのクラスだった。


「ぼくは、三十八年間、きみたちに世の中やら、社会の出来事を真っ直ぐな目で見られるように心がけて社会科を教えてきました……」

 ここまでは良かった。

 適当に聞き流して拍手で終わったらいい話。

 授業の感想書けとか言われたら嘘八百書いて、先生喜ばせたらいい話。

 

 ところが、先生はA新聞のコラムを配って、要点をまとめて感想を書けときた。

 

 コラムは政府の右傾化と首相の靖国参拝を批判する内容……困ってしまった。

 あたしは政府が右傾化してるとも思わないし、靖国参拝も、それでいいと思ってる。

 明神さまには毎朝挨拶してるし、靖国には行ったことないけど、行けば、同じように二礼二拍手すると思う。

 だいいち、新聞読まないしね。

 困ってしまって、五分たっても一字も書かけない。そんなあたしに気がついたのか、先生が見てる。

『藤森先生は、いい先生でした!』

 苦し紛れに、後ろから集める寸前に、そう書いた。

 先生は、集め終わったそれをパラパラめくって、あたしの感想文のとこで手を停めた。

「鈴木。誉めてくれるのは嬉しいけど、先生は、コラムの感想書いてって言ったんで……ま、いいわ。で、どんなな風に『いい先生』なんだ? よかったら聞かせてくれないか」

「そ、それは……ですね……えと…………」

 だめだ、みんなの視線が集まり始めた。

「なにを表現してもいい、だけど、これでは小学生並みの文章だ」

 ちょっとカチンときた。だけど、教師生活最後の授業。丸くおさめなきゃ……あせってきた。

「先生は、どうでも……」

 あとの言葉に詰まってしまった。どうでもして、生徒に批判精神をつけてやろうと努力された、いい先生です……みたいな偽善的な言葉が浮かんでたんだけど、批判? 批評? 言葉へん? どうでも? どうとしてでも? あ、えと……

 

 プチパニック!

 

「先生は、どうでも……」

 先生が、促すようにリフレインしてくる。切羽つまって言ってしまった。

「先生は、どうでも……いい先生です!」

 この言葉が誤解されて受け止められたことは言うまでもない。

 藤森先生は真っ赤な顔をして、憮然として授業を終わった。

 放課後、担任の毒島(ぶすじま)先生に怒られた。

 しかし、言われたように謝りには行けなかった。

 ブスッとして帰ったら、御茶ノ水の駅前、くたびれ果てた関根先輩に会った。

「どうしたんですか?」

 思わず聞いてしまった。

 心の片隅で美保先輩と別れたいう言葉を期待した。

「自衛隊の体験入隊はきついわ……」

「え?」


 プチゲシュタルト崩壊。


「美保は、お父さんが車で迎えにきた……オレは、しばらくへたってから帰るわ」

 

 プチプチプチ……

 音を立てて脳細胞が死んでいくような気がした……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
  •  巫女さん
  •  だんご屋のおばちゃん

 

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紛らいもののセラ・7『木本春美』

2022-01-03 05:49:17 | カントリーロード

らいもののセラ

7『木本春美』   



 手が込んでいた割には、あっさり引き下がった。

 セラはバス事故で唯一の生存者。そして、そこらへんのモデルやタレント並にイケている。

 そのことがニュースで流れたりして「かわいすぎる生存者」とか「神が選んだ奇跡の生存者」などと、他の遺族が見ても心無いキャプションがついてマスコミにとりあげられる。

 セラは、事故までは無口でハーフということ以外では目立たない女子高生だった。人前で喋ることも苦手、特別に成績がいいわけでも、流行りの軽音楽などにも関心がなく、二年生の今まで帰宅部だった。

 それが事故の後の鮮やかな記者会見で注目され、マスコミが単なる取材ということではなくセラにアプローチしてくるようになった。

 その様子を報道で見ていた芸能界の大御所猫柳徹子は自分の番組に呼ぶことで「マスコミの誘いに乗らないようにね」と収録後注意してくれた。

 もとよりセラには、そんな気持ちは無い。39人の犠牲者の上に乗っかって芸能界に入ろうなどという心無いことはできない。

 しかし、猫柳徹子が注意したことは予想を超えていた。

 学校の行き返り、ちょっと買い物に出かけた時など、あきらかに業界の人間と思われる人が近づいてくる。

「そんな気はありません」「他の遺族の方々に失礼です」と、そのたびにキッパリと対応してきた。

 たいがいのスカウトは、自分や自分の事務所が反社会的なことをしていると思われたくないので、それ以上付きまとうことはなかった。

 しかし、三社ほどしつこい事務所があった。

「必ずしも、ご遺族や亡くなった方に失礼にはならないんじゃないかな。記者会見でのセラさんの態度は立派で、ご遺族の方々も感動されていた。これ見て」

 そのスカウトはタブレットを出して、遺族の何人かが「わたしたちも応援しています」と言っている画像まで見せた。
 人は、状況や誘導で、思ってもいないことを口にすることぐらいはセラにも分かっている。要は、そういう画像はヤラセだと取り合わなかった。

 が、木本という女性スカウトは違っていた。

 自然なかたちでセラにアプローチするために、父の造船所からの帰りに、意図的に車を側溝に脱輪させ、人の良い兄に手伝わせるという手の込んだ仕掛けでアプローチしてきた。

 そして、その場は「あ、あのセラさんでしょ!?」だけで引き上げていった。

 あくる日学校の帰り道、駅前で高校生たちにインタビューをしている木本を見かけた。

「いやあ、セラさん、奇遇! アイドルについての意識調査を、この沿線でやってるの。また会えるといいわね」

 木本は、そう言っただけで、セラからは関心を失って、下校中の高校生などにインタビューを続けた。

「考えすぎなのかな……」

 動画サイトの木本の取材ぶりや、木本のPプロ事務所のブログを見ても、きちんと意識調査の結果が特集として並んでいた。とてもセラに接近するためのヤラセには見えなかった。

 インタビューは、数百人にのぼり、その全てを木本自身がやっている。

 そして、木本がふる形ではなく、セラにデビューしてほしいという答えが数件、それが日を追うにしたがって、数が増えていく。

「Pプロの意識調査は本気みたいだな。他の芸能記者も取り上げてたし、うちの社会調査法の先生も講義でPプロの調査は質・量的にも本気だって言ってる、ほら、万引きしてSNSに投稿していたやつとか、犬猫の殺処分とかへの調査とか、よくやってる……」

 兄の竜一までが好意的になってきた。

 そんな金曜日の放課後、駅前の大型書店に数少ない友人の三宮月子と立ち寄った。

 目的の雑誌を買って、店内を少しぶらりとして、店の外に出ると、木本が駅前にいた。

「あ、セラちゃん。お久しぶり。うちの『まち聞き』も軌道にのってね、いま一段落したとこなの。よかったらお茶しない。お友だちもごいっしょに」

 それで、ちょびっとセレブな紅茶専門店に付き合った。セラたち地元の高校生も知ってはいたが、一杯1000円もする紅茶を飲みにくる仲間はいなかった。

 話題は意外にも、連れの月子のことに集中した。

「そう、元皇族の家系なのね……」

「もう75年も前の話だし、お婆ちゃんの代からは女系になったから、もう織田信成さんと信長ほどぐらいに薄い関係です」

「でも、皇族復帰の話が出たころは大変だったでしょ」

「はい、一時は本気で心配しました。皇族の素養も知識もなにもありませんから」

「でしょうね。でも、あれで国民が皇室のことに関心をもったことは良かったと思うわ」

 セラは、ほとんど聞き役だった。

「よかったら、このアプリあげようか。業界の人にしかまわってないもんだけど、ニュースのネタが、みんなより少し早く読めるわ。うちの業界って誤解されやすいけど、意外とノーマル。うちの社内のレベル3までの情報もわかるわ」

「レベル3て?」

「ああ、身内のお話し。雑誌やネットに出る前のよもやま話が出てくる。むろん外に出ちゃだめなものは抜いてるけどね。アプリそのものも三か月で更新だから、ああ、お試しみたいなもの」

 スマホを出すと、あっという間にアプリが転送されてきた。

「へえ、例の万引き動画の少年のこと話題になってるんですね」
「もう捕まるの時間の問題だし、今から取材の準備」
「すごいんだ!」

「ハハハ、ハゲタカだから、あたしたち」

 木本春美は男のように笑った。これが木本春美との本格的な関わりの第一歩になった……。

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