魔法少女マヂカ・255
ズシ
まるで、自動車そのものが気が付いたように停車した。
むろん、自動車に意思があるわけではない。
高坂家お抱え運転手の松本が、急ブレーキを踏んだのだ。
松本は、高坂家の車であればパッカードもフォードも、江戸時代から使っている大八車でも、まるで自分の手足のように操れる。だから、急ブレーキを踏んでも、どこか柔らかい。
キキー、ガックン!
それに引き換え、後ろから付いてきた淀橋警察署のフォードは、つんのめるように急停車した。
「どうかしましたか?」
警察のフォードから箕作巡査がまろび出て、パッカードの窓ガラスを叩いた。
「長崎の、どこへ行けばいいんでしょう?」
「え、分からずに走ってきたんですか?」
パッカードに乗っているみんなが「あ、そう言えば!」という顔になって互いを見かわした。
田中執事長の閃きで、九州の長崎ではなくて、豊島郡(後の豊島区)の長崎かもしれないというので、車で出発したのだ。箕作巡査も警察にかけあったが、分署である千駄ヶ谷署には自動車が無いので、本署である淀橋署からフォードを出してもらったのだ。
パッカードには、松本運転手の他に霧子、わたし(マヂカ)、ノンコ、田中執事長。淀橋署のフォードには、箕作巡査の運転で、高坂侯爵と署長が乗っている。
うかつだった。
パッカードのみんなが思い、フォードのみんなは呆れた。
人はともかく、魔法少女のわたしまで気が回らなかったというのは、気が逸っていたとはいえ、ちょっと異常。
「呪(しゅ)がかかっていたのかもしれない……」
「呪?」
わたしの独り言を田中執事長が聞きとがめる。
「我々を自分の縄張りに絡めとろうとする犯人の呪です」
「そんなことが……」
「松本さん、もし、ここで停まらなければ、どちらに向かっていました?」
「はい……あたりまえですと……そう、あの神社の向こう当たりでしょうか、甲州街道への分岐になります」
「あの神社……見覚えがあるかもしれへん」
ノンコが意外なことを言う。
「ほんとか?」
ノンコは、完ぺきに令和の女子高生。それも日暮里高校だから、大正時代の豊島に詳しいのは変だ。
「うん、トキワ荘ってアパートの跡を見に来ことがあるのん」
「トキワ荘?」
「お父さん漫画家でさ、トキワ荘いうのは、マンガ家の聖地で。それが再建されるいうんで、跡地を見に来たんよ」
みんなが怪訝な顔をしている。大正時代にはトキワ荘どころか、漫画という言葉も成立していないぞ。
「その、跡地は、あの神社が目印やったから……うん、周りの景色はちゃうけど、あの鳥居とかは憶えてる」
「そうか、ノンコは京都の野宮神社の宮司の家系だったわよね」
「え、あ、そうそう」
「『常盤荘』というのも、文人墨客が集うにふさわしい名前だね」
高坂侯爵までもノッテきた。
「そう言えば、葛飾北斎の作品で北斎漫画という画帳が残されておりました。その類かもしれません」
「うん、田中の言う通り、そういうものに関係するものかもしれない」
「よし、取りあえず、そっちの方角に向かってみよう」
「承知しました」
パッカードとフォードに分乗して、神社の向こう、後の時代にトキワ荘が建つ辺りを目指して進んで行く。
ん?
バックミラーに映る景色が、古いゲームの背景のように消えていく。異世界に入りかけているのかもしれない。
しまったか……。
気づいているのは、わたし一人だけ。
いま言えば、いたずらに混乱を招く。
今少し、様子を見るか……。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査