大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・272『恋するマネキン』

2022-01-19 13:49:56 | ノベル

・272

『恋するマネキン』頼子     

 

 

 チャンス!

 

 思わずガッツポーズすることってあるわよね。

 食堂のランチがあと三個で、並んでるのが二人だったり。

 ジュースの空きパック投げたら、ゴミ箱にストライクだったり。

 苦手な授業で、先生が前から当てていって、次はわたしの番というところでチャイムが鳴った時とかさ。

 

 そういうガッツポーズを思わずしてしまった。

 

 下足室でローファーに履き替えようと思ったら、ソフィアがまだ来てない。

 ソフィアは、クラスメートだけども、わたしのガードでもある。

 だから、部活も剣道部を諦めて、同じ散策部に入ってくれていたりする。不自然な形にならないようにしながら、学校の中でもガードしてくれている。

 学校の中では、目立つようなガードはしない。

 ただでも、二人とも外国人(わたしは二重国籍だけど)。ブロンドとプラチナシルバーの髪だから、制服を着ていても目立つ。

 わたしがヤマセンブルグ公国の王女だというのはバレてんだけど、なるべく特別扱いはされたくない。

 ソフィアも心がけていて、学校の中では『夕陽丘さん』とかで呼んでくれる。二年になると、周囲の空気を読んで『ヨリコ』とか『ヨリッチ』とかの愛称で呼んでくれるようになって、肩がこらなくなった(^▽^)。

 流行り病で、世間への露出もほとんどなくなったので、近ごろでは、学校に八人はいるらしい交換留学生のひとりぐらいに思われているっぽいので、ずいぶん気楽になったしね。

 そして、入学以来、特段の問題も起こっていないので、学校の用事とかで、ソフィアが間に合わない時は一人で帰っていいことになった。

 

 そして、いまが、そのチャンスなのよ!

 

 ソフィアは委員会に出て、どうやら間に合わない。

 これは、もう、サッサと帰って自由なアフタースクールを楽しむべきなのよ!

 まずはね、駅前の本屋さん。

 今日はね、愛読書『恋するマネキン』の第七巻の発売日。

 優れモノのライトノベルで、発刊と同時にアニメの放送も始まったという、背水の陣。メディアミックスの壮大な実験とか言われてる。

 アニメの主人公、加奈子をやっている百武真鈴が可愛くてツボなのよ。

 文芸部やってたころに読んだ『伊豆の踊子』のヒロイン・薫に通じるものがあって、もう、めちゃくちゃご贔屓なのよ。

 フィギュアも春には出るというので、さっそく予約したくらい。

 そうだ、日本橋のドールショップにサンプルが出てるはずだから、いっそ足を延ばしてみよっかな♪

 もう、ローファーに羽が生えたみたいに軽やかよ!

 

 ヨリッチー!

 

 羽の生えたローファーが、まさにわたしを飛び立たせようとした、その瞬間に呼び止める声が轟いた(-_-;)!

「ごめんごめん、委員会長引いちゃったけど、なんとか間に合った!」

 そう、我が愛しくも忠実なガーディアンが、忠誠心という極超音速エンジンをふかしてやってきたのよ。

 で、その瞬間、正門を出てしまった。

「殿下、申し訳ありませんでした。卒業式に関わる重大案件であったので、抜けるわけにもいかず、危うく任務を放棄するところでした」

 スイッチが切り替わった。

「アハハハ……」

「最終案件は執行部で話し合われるということで、なんとか抜けてこられましたデス!」

「おお、久しぶりの『デス』が出た!」

「初心に帰れデス」

「うん、さすがは情報部のホープよね」

「はい、それで、すごい情報を掴んでまいりました!」

「情報?」

「殿下、『恋するマネキン』のヒロイン加奈子のCVが判明しました!」

「え、ほんと!?」

 事実だったらすごいことよ! 

 加奈子のCVをやっている百武真鈴は正体を明らかにされていない。

 いっしょにやっている声優たちにもかん口令が敷かれていて、ファンの間では、神声優真鈴とうなぎ上りの人気。

 それが知れたというんだから、すごいことよ!

「真鈴の正体は、なんと、田中真央なんです……」

「え?」

 とっさには分からなかった。

 田中って苗字の子は何人かいる、鈴木と並んで、日本人の苗字多い順ベストテンに入る名前だしね。身近のではクラスの田中さん。生徒会の役員をやってるはずだけど、下の名前までは知らない。

「その、田中さんですよ。田中真央!」

「え、うそ……」

 声質も喋り方も全然違うし。

「怪しいと睨んでいたんです、人間化けるには、正反対ぐらいが、実はやり易いんです。今日の委員会で録音して、声紋をチェックしました……同一人物デス」

 その時、後ろから、わたしを呼ぶ声がした。

「夕陽丘さーん、待ってえ、話があるのん!」

「え、あ……」

 それは、たった今、話題に上がったばかりの田中真央だった……。

 

 

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明神男坂のぼりたい・46〔天ぷら〕

2022-01-19 08:19:24 | 小説6

46〔天ぷら〕 

       


 気がついたら電話していた。

 誰にって……関根先輩に。

「明日、10時に外堀通りのテラスに来て……訳は、来れば分かります」

 この言葉も、あたしの意志とは無関係に出てきた。

『無関係ではない。明日香の心の底にあるものをちょっと後押ししただけだ』

 と、さつきは心の中でニヤニヤしている。我ながら、変なものをを住まわせたものだ。

 リビングで『天晴れレストラン』見ていたら、石神井朝市の野菜を使った料理をやっていた。

『おお、あれはなんというのじゃ? あの油の中でパチパチいってるのは?』

「天ぷらだよ」

『てんぷら? 妙な名前の料理だな……どんな味がする!?』

「えと……江戸前の天ぷらだから、これは、石神井の朝市の野菜が中心だけど、白キス、穴子、車海老とかに小麦粉を溶いたのを付けて、180度くらいのごま油で揚げて……ほら、あんな風に、天つゆに漬けて食べるのよ」

『なるほどぉ……』

 姿は見えないけど、目を輝かせて、ヨダレを垂らしそうになっているさつきの顔が浮かぶ。

 気が強くてイッちゃった感じ(なんたって元祖丑の刻参り)の女の子なんで、ちょっと意外。

 石神井の朝市は、しゃくじいにも連れて行ってもらったことがある。

 それこそ、天ぷらとかも作ってくれた(野菜天が多かったけど)。しゃくじいは男のくせに料理が上手かった……すき焼き……おでん……手巻き寿司……ギョウザも皮から作って……そうだ、しゃくじいは、家族みんなが食卓囲んで作るところから楽しめる料理が好きだった。

『いいお祖父ちゃんだったようだな』

「ちょ、勝手に心を覗かないでよ(;'∀')」

『覗くまでもない、明日香の心は、あれこれダダ洩れだぞ』

「え、そうなの?」

『明日香は素直な女子(おなご)だ』

「え、あ、そかな……」

『ああ、料理を作っている時に見せる笑顔が、しゃくじいは好きだったみたいだぞ』

「あ、うん、しゃくじい好きだった」

『なあ、天ぷら食べたいぞ』

「もう晩ご飯食べたから、今度!」

『じゃあ、明日にしろ。その代わり、明日香の悩みは解決してやる』

「え、それは……」

『遠慮するな、これでも恩に着ているのだぞ』

「あ、それは、どうも(^_^;)」

 嫌な予感を抱えながら、うちは自分の部屋に戻った。

 

 さつきとは、簡単な協定を決めた。

 

 お風呂とトイレ入るときはあたしの中から抜け出すこと(ウォシュレットで嬌声をあげたので、風呂だけじゃなくって、トイレまで付いてきてることが分かった。家族への説明に困ったよ) 

 ことわり無く、あたしの人生に関わるような大事なことには関わらないこと。

 しかし、さっきの電話の件でも危ないものなんだけどね。

 

 さつきが住み着くようになってから、昔の戦の夢をよく見る。

 たいてい少人数の家来を連れて奇襲攻撃する夢、さつきはすばしっこくって、将門軍の遊撃部隊長という感じ。

 山肌を駆け上ってくる国府軍にグラグラに煮えたウンコ混じりのオシッコを柄杓で撒く(女の子がやることか!?)とか。わら人形にヨロイを着せて、敵に矢を撃たせて、不足気味な矢を敵からいただいたり。意表を突く戦法みたいだけど、これは『三国志』の中の赤壁の戦いで、諸葛孔明がとった戦法の応用だということが分かった。

 ガラの悪さに似合わず勉強家だということも分かった。

 あれだけ言ったのに、すぐお風呂やトイレに付いてくる。まあ、女子同士だからいいけども。

 そのくせ、部屋に居るときは、どうかすると何時間も本の中に居たりする。

 どうかすると、本を読みながら泣いている気配もする。

 

 あ、それからね、明神さまに挨拶するときは居る気配が無い。

「ねえ、自分の親なのに挨拶もしないの!?」

『もう、千年もいっしょなんだから、いい』

 やっぱ、ちょっちひねくれ者?

「ひ、ひねくれ者言うな!」

 巫女さんが、びっくりしてこっちを見てる。

「アハハ、夕べ見た夢思い出しちゃって」

「うちはやってないけど、神社の中には夢違(ゆめたがえ)って、悪い夢払ってくれるところもあるから……」

「アハハ、大丈夫です(^_^;)」

 あたしの口を借りて叫んだりしないでよね。

『すまん、ついな』

 どうやら、さつきにとって、父親は、ちょっと煙たい存在のようだ。

 

 で、日が改まって、日曜日。

 昨日の雨を引きずったような曇り空。テラスで関根先輩に会った。

 

「花見には、ちょっと残念な空模様だな」

「これくらいがいいんです。人も多くないし。ゆっくり語り合うのにはピッタリです」

 ここまでは、あたしの意志。あとはさつきが、あたしの口から勝手に喋ったこと。

「……今日の明日香は、まっすぐオレのこと見るんだなあ」
「だって、先輩のこと好きだから。うん、大好き」
「よ、よせ、こんなところで、人が見てる」

 確かにテラスは二人だけじゃなくて、お年寄りが三人居。めちゃくちゃきまりが悪い。

「美保先輩には負けないから。あたしのハジメテをあげるのは先輩だと決めてます。だから、先輩も……いや、学君も言ってほしい、本当の気持ちを!」

「お、おい。明日香ぁ、人の目があ(#'∀'#)」

 先輩は、大きなヒソヒソ声。三人の年寄りはニヤニヤと成り行きを見ている。

「人の目があっても、好きは好き。これくらいに!」

 ペチョ

 あたしは、先輩に胸を押しつけて抱きついた。

「あ、明日香……!」
「答え聞くまで、離れない!」
「お、オレも明日香のことは……」
「好き!?」
「あ、ああ……」

「よっしゃ、今日は、ここまででいいわ! じゃ、ちょっと御茶ノ水まで歩きましょうか」


 先輩にベッチャリひっついて東の方、川沿いを歩いた。

 先輩の当惑と、あたしへの好意が重なって感じられた。御茶ノ水へは10分ほどで着いた。

「じゃあ、新学期になってもよろしく!」

「あ、ああ」

 聖橋に着いたら、あっさりと先輩と別れた。

 

『色恋は、戦と同じ』

 あ、でもね。

『駆け引きが大事。今日は、ここであっさり引いて、あいつの中に明日香を温もりの記憶として染みこませる』

 それはいいけど……。


『なんじゃ?』

「天ぷらは、しばらくおあずけ!」

『え、それはないだろ! わたしも、天ぷらの恩義に感じてだなア』

 大鳥居から随神門を潜った時には、さつきの気配が無い。

 明神様にお辞儀して回れ右……すると、大公孫樹(おおいちょう)に隠れるようにしていた。

「なんで、そんなとこに……」

 追いかけると、スルスルと男坂の石段を下りて家に入ってしまった。

 

 

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