せやさかい・270
目が覚めて手探りでスマホを探す。
あっちゃー……電池切れ。
時間は確認でけへんかったけど、たぶんいつもの時間。
隣のベッドでは、留美ちゃんがまだ寝てる様子。かわいい寝息が聞こえてる。
夕べは「おやすみ」言うて寝る時も、まだ勉強やってたから起きられへんねんなあ。
もうちょっと寝かしといてあげよ。
どてらを羽織って廊下に出る。
あ、どてらはお祖母ちゃんの形見。
年末の掃除で、このどてらが出てきた。
「わあ、もう捨てようか……」
おばちゃんが捨てようとしたところを「もろていい?」と、自分の部屋着にしたもの。
それまでのフリースやら半纏と違って、足首までの丈なんでヌクヌク。
綿入れやさかい、まるで布団を身にまとってる感じ。
このどてらが無かったら、きっと二度寝してたと思う。
向かいの詩(ことは)ちゃんの部屋も、まだ暗いまま。
リビングに下りかけて、回れ右して本堂へ。
あ…………?
外陣の時計を見ると、午前三時半!?
これは、だれも起きてないはずや。
やっぱり、緊張してるんかなあ……今日は三学期の始業式。
三年生やさかい、中学最後の始業式。
三年間通った安泰中学は、ほんまは入る中学やなかった。
お父さんが失踪宣告が成立して、お母さんの実家である如来寺に越してきて、安泰中学に入ることになった。
今でも、初めて袖を通した制服の感触を憶えてる。その制服もお尻とか袖とかが光るようになって、袖口も、ちょびっと擦り切れてきた。
留美ちゃんは、そないなってないから、きっと、うちがガサツなせい。
物にも人にも思い入れが強いので、しばらくはそのまま残してるんやろなあ、うちは。
小学校の標準服も残ってるし。どうも、うちは未練たらしい女なんかもしれへん。
そんなことを思いながらも、ストーブに火を点けて電気カーペットのスイッチを入れてる。
おろうそくはテイ兄ちゃんの仕事やから、須弥壇のスイッチだけいれる。
阿弥陀さんの姿が際立ってくるので、きちんと正座して手を合わせる。
ナマンダブ ナマンダブ ナマンダブ…………
三回お念仏唱えておしまい。
坊主の孫やけど、お経は知らんからナマンダブだけ。
静かな様子を『シーーーン』と表現するけど、まさに、そのシーーーン。
あ、シーンとシーーーン。なんや、洒落を言うたみたい。
静かやと考えてしまう。
この本堂で、お父さんの葬式をやったんや。
失踪してるから、ほんまに死んだんかどうか分からへんねんけど、ケジメのため。
その、ごくごく内輪の葬式に「お焼香をさせて欲しい」と、知らんおっちゃんがきちんと喪服着て現れて、その直後にお母さんも失踪してしもた。
お祖父ちゃんはじめ、家のもんは、ほとんどお母さんの話をせえへん。
うちも、せえへん。
その不自然さを除いて、うちの家族は、うちみたいなオヘンコにはもったいないぐらいの家族。
あかん、涙が出てくる。
ナマンダブナマンダブ……
もっかいお念仏唱えて、後ろに人の気配。
振り返ると、いつぞやの『マンガ 日本の歴史』のオッチャン。
ほら、134回の『ごりょうさん奇譚』で自転車貸したげたオッチャン。
「久々に顔が見たくてね」
「え、あ、その……」
「あ、まだ名乗っていなかったね」
「えと……はい」
「オホサザキって云う古いおじさんです」
「オホサザキ……え、それて、仁徳天皇さん!?」
「あ、ああ、さすがは中学三年生。わたしの諱(いみな)も知ってるんだ」
「はい、世界遺産に登録された時に、いろいろ聞きましたから」
「そうか、なんか照れるけど、その仁徳天皇です。ああ、畏まらなくていいから」
「は、はい」
「世界遺産登録から、みんなの関心が高くなって、ちょっと忙しくて訪れるのが遅れてしまった。ごめんね」
「あ、いえ、そんなことないです」
思わず、ワタワタと手を振ってしまう。
「そういう、ワタワタするところは実にいい」
「あ、そうですか(n*´ω`*n)」
「うん、さくらはね、とりたてて才能は無い」
「え、そうなんですか!?」
「うん」
のっけから身もふたもない。
「アハハ」
「あ、地味に傷つけたかな?」
「あ、いえ……」
「でも、さくらは自転車を貸してくれた」
「あ、あれは……」
「あれね、誰にでもできることじゃないんだよ」
「そうなんですか?」
「さくらの心根は『民の竈』に通じるものがあるよ」
「え、あ、いや、とんでもない」
「ハハハ、またワタワタと……実にいい子だ」
「そんなに言われたら、居場所がありません(^_^;)」
「自分の良いところを指摘されて困ってしまうのは、日本人の美徳なんだよ」
「は、はあ」
「さくらが堺に引っ越して来てくれて嬉しかった」
「そうなんですか!?」
「ああ、嬉しくってね。ほら、初めて来た時、二年前の三月の末だったよね。タクシーを降りて如来寺に着くまで、雨上がりの道、ほとんど西へ真っ直ぐの道だっただろ?」
「はい、振り返るとごりょうさんが見えて、あたし、四五回振り返ってました」
「うんうん、通じたと思ったよ。わたしも、さくらのこと見てたからね」
「そうやったんですか!」
「あ、いま、ひょっとしたらご利益あるとか思っただろ?」
「いや、そんなことは!」
嘘です、ほんまは反射的に『なんかええことしてくれはる』と思てしまいました!
「正直でよろしい。わたしはね、基本的には見ているだけなんだよ。ちょっと薄情に聞こえるかもしれないなあ……うん、寄り添うって感じだな」
「はい」
「でも、寄り添ってあげたり、寄り添ってもらったりしてると、オーラが活性化してね、幸せになれる」
「そうなんですか?」
「うん、そんなさくらには、きっと運の方からやってくると思うよ」
「はい」
「それから、お父さん、お母さんも人の役にたっておられる。誇りに思っていい。それを伝えたくてね。では……」
あ、もうちょっと……思うと腰が浮いてくる。
「聞き洩らしたことがあるのかい?」
「えと、もう一つ、なにかアドバイスとかがありましたら」
「ふむ……そうだね……その、お祖母さんのどてらのようになれるといいね」
「どてら?」
「うん、そのどてらがなければ、こうやって会えなかった。そうだろ、さくらは二度寝して本堂には来なかった……だろ?」
「は、はい」
「それじゃまた、いずれかの機会にね……」
そう言ってニッコリ笑うと、わたしの意識といっしょに消えていくごりょうさんでした。