大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・270『どてらで早起き』

2022-01-06 09:52:59 | ノベル

・270

『どてらで早起き』さくら     

 

 

 

 目が覚めて手探りでスマホを探す。

 あっちゃー……電池切れ。

 

 時間は確認でけへんかったけど、たぶんいつもの時間。

 隣のベッドでは、留美ちゃんがまだ寝てる様子。かわいい寝息が聞こえてる。

 夕べは「おやすみ」言うて寝る時も、まだ勉強やってたから起きられへんねんなあ。

 もうちょっと寝かしといてあげよ。

 

 どてらを羽織って廊下に出る。

 あ、どてらはお祖母ちゃんの形見。

 年末の掃除で、このどてらが出てきた。

「わあ、もう捨てようか……」

 おばちゃんが捨てようとしたところを「もろていい?」と、自分の部屋着にしたもの。

 それまでのフリースやら半纏と違って、足首までの丈なんでヌクヌク。

 綿入れやさかい、まるで布団を身にまとってる感じ。

 このどてらが無かったら、きっと二度寝してたと思う。

 向かいの詩(ことは)ちゃんの部屋も、まだ暗いまま。

 リビングに下りかけて、回れ右して本堂へ。

 

 あ…………?

 

 外陣の時計を見ると、午前三時半!?

 これは、だれも起きてないはずや。

 やっぱり、緊張してるんかなあ……今日は三学期の始業式。

 三年生やさかい、中学最後の始業式。

 

 三年間通った安泰中学は、ほんまは入る中学やなかった。

 

 お父さんが失踪宣告が成立して、お母さんの実家である如来寺に越してきて、安泰中学に入ることになった。

 今でも、初めて袖を通した制服の感触を憶えてる。その制服もお尻とか袖とかが光るようになって、袖口も、ちょびっと擦り切れてきた。

 留美ちゃんは、そないなってないから、きっと、うちがガサツなせい。

 物にも人にも思い入れが強いので、しばらくはそのまま残してるんやろなあ、うちは。

 小学校の標準服も残ってるし。どうも、うちは未練たらしい女なんかもしれへん。

 

 そんなことを思いながらも、ストーブに火を点けて電気カーペットのスイッチを入れてる。

 おろうそくはテイ兄ちゃんの仕事やから、須弥壇のスイッチだけいれる。

 阿弥陀さんの姿が際立ってくるので、きちんと正座して手を合わせる。

 

 ナマンダブ ナマンダブ ナマンダブ…………

 

 三回お念仏唱えておしまい。

 坊主の孫やけど、お経は知らんからナマンダブだけ。

 静かな様子を『シーーーン』と表現するけど、まさに、そのシーーーン。

 あ、シーンとシーーーン。なんや、洒落を言うたみたい。

 

 静かやと考えてしまう。

 

 この本堂で、お父さんの葬式をやったんや。

 失踪してるから、ほんまに死んだんかどうか分からへんねんけど、ケジメのため。

 その、ごくごく内輪の葬式に「お焼香をさせて欲しい」と、知らんおっちゃんがきちんと喪服着て現れて、その直後にお母さんも失踪してしもた。

 お祖父ちゃんはじめ、家のもんは、ほとんどお母さんの話をせえへん。

 うちも、せえへん。

 その不自然さを除いて、うちの家族は、うちみたいなオヘンコにはもったいないぐらいの家族。

 あかん、涙が出てくる。

 ナマンダブナマンダブ……

 もっかいお念仏唱えて、後ろに人の気配。

 

 振り返ると、いつぞやの『マンガ 日本の歴史』のオッチャン。

 ほら、134回の『ごりょうさん奇譚』で自転車貸したげたオッチャン。

「久々に顔が見たくてね」

「え、あ、その……」

「あ、まだ名乗っていなかったね」

「えと……はい」

「オホサザキって云う古いおじさんです」

「オホサザキ……え、それて、仁徳天皇さん!?」

「あ、ああ、さすがは中学三年生。わたしの諱(いみな)も知ってるんだ」

「はい、世界遺産に登録された時に、いろいろ聞きましたから」

「そうか、なんか照れるけど、その仁徳天皇です。ああ、畏まらなくていいから」

「は、はい」

「世界遺産登録から、みんなの関心が高くなって、ちょっと忙しくて訪れるのが遅れてしまった。ごめんね」

「あ、いえ、そんなことないです」

 思わず、ワタワタと手を振ってしまう。

「そういう、ワタワタするところは実にいい」

「あ、そうですか(n*´ω`*n)」

「うん、さくらはね、とりたてて才能は無い」

「え、そうなんですか!?」

「うん」

 のっけから身もふたもない。

「アハハ」

「あ、地味に傷つけたかな?」

「あ、いえ……」

「でも、さくらは自転車を貸してくれた」

「あ、あれは……」

「あれね、誰にでもできることじゃないんだよ」

「そうなんですか?」

「さくらの心根は『民の竈』に通じるものがあるよ」

「え、あ、いや、とんでもない」

「ハハハ、またワタワタと……実にいい子だ」

「そんなに言われたら、居場所がありません(^_^;)」

「自分の良いところを指摘されて困ってしまうのは、日本人の美徳なんだよ」

「は、はあ」

「さくらが堺に引っ越して来てくれて嬉しかった」

「そうなんですか!?」

「ああ、嬉しくってね。ほら、初めて来た時、二年前の三月の末だったよね。タクシーを降りて如来寺に着くまで、雨上がりの道、ほとんど西へ真っ直ぐの道だっただろ?」

「はい、振り返るとごりょうさんが見えて、あたし、四五回振り返ってました」

「うんうん、通じたと思ったよ。わたしも、さくらのこと見てたからね」

「そうやったんですか!」

「あ、いま、ひょっとしたらご利益あるとか思っただろ?」

「いや、そんなことは!」

 嘘です、ほんまは反射的に『なんかええことしてくれはる』と思てしまいました!

「正直でよろしい。わたしはね、基本的には見ているだけなんだよ。ちょっと薄情に聞こえるかもしれないなあ……うん、寄り添うって感じだな」

「はい」

「でも、寄り添ってあげたり、寄り添ってもらったりしてると、オーラが活性化してね、幸せになれる」

「そうなんですか?」

「うん、そんなさくらには、きっと運の方からやってくると思うよ」

「はい」

「それから、お父さん、お母さんも人の役にたっておられる。誇りに思っていい。それを伝えたくてね。では……」

 あ、もうちょっと……思うと腰が浮いてくる。

「聞き洩らしたことがあるのかい?」

「えと、もう一つ、なにかアドバイスとかがありましたら」

「ふむ……そうだね……その、お祖母さんのどてらのようになれるといいね」

「どてら?」

「うん、そのどてらがなければ、こうやって会えなかった。そうだろ、さくらは二度寝して本堂には来なかった……だろ?」

「は、はい」

「それじゃまた、いずれかの機会にね……」

 そう言ってニッコリ笑うと、わたしの意識といっしょに消えていくごりょうさんでした。

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明神男坂のぼりたい・33〔啓蟄(けいちつ)奇譚〕

2022-01-06 04:53:02 | 小説6

33〔啓蟄(けいちつ)奇譚〕 

 

 

 関根先輩の話によると、こうらしい。

 先輩が昼前に二度寝から目覚め、リビングに降りると、リビングに続いた和室の襖が密やかに開いた。何事かと覗くと、和室の奥に十二単のお雛さまのような女の子がいて、目が合うとニッコリ笑って、こう言った。

「おはようさんどす……言うても昼前どすけど、お手水(ちょうず)行かはって、朝餉(あさげ)がお済みやしたら、角の公園まで来とくれやす……なにかて? そら、行かはったら分かります。ほなよろしゅうに……」

 そう言うと、女の子は扇を広げて、顔の下半分を隠し「オホホホ……」と笑い、笑っているうちに襖が閉まったそうな。

「……なんだ、今の?」

 そう呟いて襖に耳を当てると、三人分くらいの女の子のヒソヒソ声が聞こえる。そろりと二センチほど襖を開けてみると、声はピタリと止み、人の姿が見えない。

 そこで、ガラリと襖を全開にすると、暖かな空気と共に、いい香りがした。

 訳が分からず、ボンヤリしていると、ダイニングからトーストと、ハムエッグの匂いがした。

「じれったい人なんだから。ほら、朝ご飯。飲み物は何にする。コーヒー? コーンポタージュ? オレンジジュース?」

「あ、あの……」

「その顔はポタージュスープね。いま用意するから、そこに掛けて。それから、あたしは誰なのかって顔してるけど、名前はアンネ・フランク。時間がないの、さっさとして。着替えは、そこに置いといたから、きちんと着替えて、公園に行ってね」

 先輩がソファーに目を向けると、着替えの服がキチンとたたんで置いてあった。

「あの……」

 アンネの姿は無かった。

 のっそり朝食を済ませ、トイレに行って顔を洗うと、なぜか、もう着替え終わっていた。

 なにかにせかされるようにして外に出ると、桜の花びらが舞って四月の上旬のような暖かさ。桜の花びらは公園の方からフワフワと飛んでくる。

 

 桜に誘われるようにして、公園に行くと、満開の桜を背にし、ベンチにあたしが座っていた。

 

「なんだ、明日香じゃないか。公園まで来たら何か有るって……いや、説明しても分からないだろうな……」
「分かるわよ。あたしのことなんやさかい」

「え……」

「今日は、啓蟄の日。土に潜ってた虫かて顔を出そうかって日なんよ。心の虫かて出してあげんと」

「明日香、難しいこと知ってんだな」

「先輩、朝寝坊やさかい時間がおへんのどす。先輩が好きなんは一見美保先輩に見えるけど、ほんまは、うちのことが好きなんとちゃいます?」

「え……?」

「ちなみに、うちは保育所のころから先輩が……マナブクンが好きなんどす。どないどっしゃろ、答を聞かせておくれやす!」
「そ、それは……てか、なんで京都弁?」
「どうでもよろしおす。それよりも時間がおません、ハッキリ言うておくれやす!」

「え……どうしても、今か?」

「もう……時間切れ。明日返事を聞かせとくれやす!」

 で、桜の花びらが散ってきたかと思うと、あたしの姿はかき消えて、いつもの公園に戻ってしまっていた。桜はまだ固い蕾で、梅がわずかにほころんでいる春の兆しのころだった。


「なんかバカみたいな話だけど、夢なんかじゃないんだぜ」

 そうだろ、そうでなかったら、わざわざあたしを御茶ノ水の喫茶店に呼び出したりしなだろう……お雛さまと馬場先輩の明日香と、アンネの仕業だと思った。でも、それは言えない。

「それは、やっぱり夢ですよ。卒業して気楽になって、三度寝して見た夢です。だいいち、うちが京都弁喋るわけないし」

「そうか……でも、明日香、演劇部だから、京都弁なんか朝飯前だろ」
「そんなことないですよ、だいいち演劇部は辞めてしまったし」

「そうか……オレ、一応考えてきたんだけど」

 先輩が真顔で、あたしの顔を見つめた。

 心臓が破裂しそうになった。

「そ、そんなの、無理に言わなくてもいいです!」

「……そうか、じゃあ、やめとくわ」
「ア、アハハハ……」

 赤い顔して笑うしかなかった。

 

 家に帰ると、敷居にけつまづいてしまった。その拍子に本棚に手が当たって『アンネの日記』が落ちてきて頭に当たった。

「あいたあ……」

『アンネ』を本棚に仕舞て、ふと視線。お雛さんと明日香の絵が怖い顔してるような気がした。

「睨むことないでしょ。花見の約束だけはしてきたんだから」

 それでも、三人の女の子はブスっとしている。

 あたしと違って、ブスっとしてもかわいらしい……。

 そこで思い出した。

 めったにないことなんだけど、今日は、明神さまに挨拶するのを忘れていたことを。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん

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紛らいもののセラ・10『公認の約束違反』

2022-01-06 03:52:13 | カントリーロード

らいもののセラ

10『公認の約束違反』   




 二度目のスタジオは、少し緊張した。

 でも、自分のギターをきっかけにイントロが流れ始めると、あとは、スッと曲の世界に入っていけた。

 男臭い六畳の窓を開け、寒さの中にも、かすかな春を感じる。ちょっと多感すぎるかな……♪

 歌い終わると一瞬の間があって、スタジオに拍手が満ちた。拍手の中心にいた猫柳徹子さんが後ろからハグしてくれた。

「とても良かった。こんな素敵な約束違反、とっても嬉しいわ!」

 徹子さんは、そう言うと、いつもの「徹子のサンルーム」のセットの方にセラを誘った。

 セットには、手紙を書いた佐藤良子と、その手紙を詩と感じて見事なバラードに仕立て上げた大木功が控えていた。

「ボクが作った以上の仕上がりでしたよ!」

「ありがとうございます。曲を頂いて、とっても迷いましたけど、良子さんも、とても喜んでくださったし、何より徹子さんが『これは絶対裏切るべきよ!』って、自分でおっしゃるもんで……わたしなに言ってるんだろ。ああ、とにかく歌い終わって感動です!」

 ついこないだ、猫柳徹子は、セラがハーフの上にとても魅力があり、人を相手に話すことにも長けていたので、音楽事務所のスカウトなどには乗らないように、このセットで注意したところであった。

 それが、バス事故の慰霊祭で犠牲者の妹の佐藤良子の手紙をセラが代読。そして、その動画を見た作曲家の大木功が一晩でバラードに仕上げてしまった。

 並のスカウトなら断ったが、大木自身がどこの事務所も通さずに、直接楽譜をセラと良子に送った。

 で、セラがみんなと相談するうちに、今日の運びとなってしまった。

 一般の視聴者の反応もさることながら、事故の遺族の人たちも、この曲を好意的に受け止めてくれた。

「プロになんかならなくていいから、この曲だけでもCDにしてみない?」

 大木の提案は、直ぐに実行され、否応なしにセラは、新人のシンガーとして認識されてしまった。

「出演のオファーがこんなに来てる。これは、もうマネージャー付けて管理しなきゃ、やってけないわよ」

 タブレットのオファー一覧を見せながら、春美はセラにプロとしての登録を勧めた。春美にしても、事務所所属のシンガーになってもらわないと、マネジメントの仕事ができない。

「やれるとこまで、やったらいいと思うわよ。世間なんて浮気なものだから、ブームが過ぎたらただの人よ。遺族の人たちが喜んでくれている間だけでもやってみたら」

 自分でもマスコミに翻弄された経験から、元皇族家の三宮月子がアドバイスしてくれた。

「分かった、良子さんも喜んでくれてるし、やれるところまでやってみるわ!」

「うん、それがいいわよ!」

「ようし、決意記念にお汁粉で乾杯だ。オバちゃん、お汁粉二つ!」

 かくして、学校の食堂で、一曲限定歌手の世良セラの誕生となった。連絡した春美は二つ返事で了解、さっそく今月のスケジュールを送ってよこしてきた。

「読まれてたわね。これって、セラが承諾することが前提でなきゃ組めないスケジュールよ」

 上品にお汁粉をすすりながら月子が言った。

 その日家に帰ると珍しく、父の龍太が帰っていた。

「仕事、一段落?」

「ああ、やっとな。なんたって海自最大の艦を、最軽量で作ろうってんだからな。アレンジミスの修正から計算しなおして、計画案よりもいいものになった。進水式にはセラも来いよ。最新鋭艦と人気新人歌手、話題になるぞ!」

「それまで、続いていたらね。お母さん、お腹空いた!」

 セラは、よく言えば元気に、ありていに言えば行儀悪くソファーにひっくり返った。

「今の、動画でとったぞ。ネットで流したら評判だろうな!」
「もう、なんちゅうアニキよ!」

 兄の竜介が意地悪を言う。母の百恵は、再婚以来初めて家族らしい団らんになったと嬉しそうにキッチンで夕食の用意を始めた。

「お父さん、用意ができましたよって、お母さんから」
「ああ、いま行く……」

 龍太は、再婚以来撮りだめにしていた家族のビデオをパソコンで編集しなおしている最中だった。ちょうど再婚一周年記念の家族旅行の映像がモニターに映っていた。

 セラは一人そっぽを向いている自分がおかしかった。

 そう、おかしく感じた。

 この時の記憶はあるが、なんだか他人のそれのような違和感を感じた。

「なにミイラ取りがミイラになってんのよ。お鍋だから、早くして」
「はーい」

 母の声に反応しながら、もう違和感のことは忘れているセラだった。
 

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