鳴かぬなら 信長転生記
市の袖を掴んで薮に隠れる。
悲鳴から、おおよそのところは分かっている。
戦を前にした兵どもが昂って女を追いかけまわしているのだ。
それも、先ぶれを出して道を封鎖して。部隊規模での女狩りだ。
戦の前後にはありがちなことで、織田軍ではきびしく取り締まっていた。
取り締まらなければ民の信用を失う。だから、一流の戦国大名は、この種の乱暴狼藉には厳しい。
違反者は、その場で切り捨てた。
「ねえ、助けよう」
「めんどうなことになる」
「だって、ニイ(三国志での偽名)は切り捨てたじゃない、こういうの!」
「俺たちは、諜報のために来ているんだ。無用の争いは避ける」
「あたし……放っておけないから!」
「市!」
止める間もなく市は薮を飛び出す。
「仕方のない奴!」
飛び出したからには、全力で闘う。
戦うからには勝たなければならない。
横に並んで、手のフリで指図する。
―― 左右に散開 女を通してから追手の兵を前後から挟む 声は出すな ――
―― 了解 ――
女は三人、着衣に乱れはあるが、ケガはない。兵どもは、狩りのクライマックスを楽しんでいるようだ。
ザ ザザザ ザザザザザザザ
もう助けを呼ぶこともなく、女たちはまろぶように通り過ぎていく。
シャリン
錫杖を鳴らして市が飛び出す。
先に出るつもりだったが仕方がない、俺は背後に周る。
「なんだ、坊主、邪魔をすると……」
先頭の奴が言いきる前に、市は跳躍して錫杖で先頭の頭を叩きのめす。
ドゲシ!
着地した時には、そいつの剣を取り上げて左右の兵の胴を払う。
バク! ボク!
音が鈍いからみね打ちだ。
後に続く兵どもに動揺が走るが、立ち向かう者は半分、あとの半分は女たちを追いかけようとする。
「お前たちの相手は、こっちだ!」
そう叫んで、饅頭傘の顎紐を解いて放り上げる。
「この坊主、女だぞ!」
兵どもに油断と欲望が湧き上がる。
そうだろう、転生学院でも一二を争う美少女が、墨染めの衣に黒髪をなびかせているのだ。
逃げた女などメではないはずだ。これで、女たち、しばらくは無事だ。
「押し包め! ただし傷はつけるな、じゅうぶん楽しんだあと、売り飛ばして元を取るぞ」
「そっちの坊主は始末しろ」
ズチャ
返事の代わりに剣を抜く音が揃う。
あ、あのバカ!
市まで饅頭傘を外す。
「おい、こっちも女だ!」
「おお、どっちも上玉だぜ!」
くそ、最悪!
キエエエエエエエ!
先頭の兵を叩きのめして大刀を奪い、打ちのめしながら市と並ぶ。
多少の腕はあると言っても、実戦経験はほとんどない市だ。守ってやらなければならない。
「強いのは俺がやる。シイはこぼれた奴をやれ」
「うん!」
「行くぞ!」
フン!
声を立てずに左の胴を払う、返す刀で右を打つと見せかけて、その前の兵を打ち据える。
ドゲシ!
ズサ! ビシ! ズビュ!
音が違う、市のやつ切ってやがる。
こうなっては、残りの兵も生かしておくわけにはいかない。
ズビュ! ビシビシ! ズサ! ズサ! ビシ! ズビュ!
切るとなると速く確実になる。もう戦場の呼吸だ。
「なぜ切った?」
最後の一人を始末して、市の背中に問いかける。
「夢中だった……」
目がイッてる。
「女たちを探すぞ……おい、シイ!」
「おいしい? あ、わたしのことだ!」
「しっかりしろ!」
タタタタタタタタ
一丁も行かぬ間に見つけた。
女たちは、もう気力も体力失せた様子で、道を曲がった路肩でへばっていた。
「もう大丈夫だ」
そう声を掛けると、血濡れた大刀を捨てて女たちに近寄る俺だった。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長