明神男坂のぼりたい
連休初日、図書館に行った。
千代田区の図書館は三つあるんだけども、それとは別にまちかど図書館というのがある。学校の図書館と併設になっていて、規模は小さいんだけど利用しやすい。蔵書になくっても、他の大きい図書館から取り寄せてもらえるので、子どものころから利用している。
この連休は、特別に出かける予定もなかったから、図書館で本を借りることにしたんだ。ま、タダで借りられるし、なんか飛び込みで予定入ったら、それはそれ。
で、思いもしなかったものに遭遇してしまった。
本ではなくて。
田辺美保……あたしの恋敵。気がついたのは向こうの方から。
「あ、明日香じゃん」
新刊書のコーナー見ていたら、声がかかった。
美保先輩は、美人でスタイルもよくってファッションの感覚も良くって、セミロングの髪をフワーっとさせて、ナニゲニ掻き上げると、いい匂いがして、同性のあたしでも、クラっとくる。
「本借りにきたの?」
「う、うん。久々に」
「いっしょね。この連休特に予定ないから」
同じようなことを言う。
「この本面白いよ。ちょうど返すとこ、あんた借りてみない?」
差し出された本のタイトルは『ループ少女』
「ちょっとホラーなんだけど、始業式に教室から講堂に行く途中で、気を失って、気がついたら石で囲まれた部屋で寝かされてて、ドアに張り紙。数式が書いてあって。それが謎でね、それができたら……アハハ、解説したらネタバレしちゃうよね。ま、よかったら借りてみて」
美保先輩のお勧めが面白いこともあったけど、あたしは、どこかで美保先輩とは決着つけなくっちゃと思ってたから『ループ少女』と、あと二冊借りた。
「ちょっと話そうか」
カウンターで手続き終わったら、意外なほどの近さで美保先輩が言う。なんのテライも敵愾心もない顔だったので付いてて行く。
「あ、こんなところに神社」
もうちょっとで本郷通というところで小さな神社に出くわす。
「知らなかった?」
「あ、うん。ここいらは図書館の他には来ないから」
なんせ、神田明神の足元に住んでる。神社というと、もう神田明神と同義で、他の神社に寄ることってめったにない。
それに、生活圏からも微妙に外れてるしね。
ガラガラ振って手を合わせる。
「……なんの、お願いしたの?」
「なるようになりますように……」
「アハ、へんなお願いね(^o^)」
ちょっとバカにされたような気がした。だけど美保先輩の顔には、相変わらずクッタクがない。
「あたしがフラレても、先輩が……その」
「フラレても?」
「ええ、まあ……だれも傷つきませんように」
「……ちょっと虫がよすぎるなあ」
「あ、すんません」
「さっきの本ね。扉は無数にあってね。生徒も無数に居てるの。で、数式はA-B=1……つまり、みんなで殺し合いやって、最後の一人になれたら助かるいう話」
「なんか、バトルロワイヤルですね」
「結末は意外だけど、言わないね。ただ、だれも傷つかないのは、無理だと思う。明日香、自分が学にフラレて平気でおれる?」
「分からないけど……だけど、美保先輩だったら負けても納得はいくと思います」
「ありがと。だけど、それは明日香の『負けてもともと』と言う弱気からだと思うよ。傷つくの覚悟でかかっておいで」
「うん……お神籤ひきませんか?」
「ようし、いいお神籤引いたほうが、マクドかミスド奢る。これでどう!?」
「セットメニュー除外言うことで!」
で、引いてみたら、二人仲良く中吉。ワリカンでミスドに行った。
「学に夜這いかけたんだって?」
「え、知ってるんですか!?」
「学は、言ってないよ。あのときたまたまチャリで近く通ったから。正直、あの状況だけでは確信もてなかったけど、今の返事でビンゴ」
「あ、あれは(さつきのせいとは言えない)……」
「あれは未遂だった?」
「う、うん……」
「だよね。だけど、いいライバルだと思った。あたしも諦めたわけやないから、まあ、せいぜいがんばろっか」
「うん!」
「いい返事。ついでに言っとくけど、この連休は学との予定は無し。あいつも悩んでる。この連休はそっとしとこ。抜け駆けなしね。ほれ、指切り」
「ハ、ハイ」
明るく指切り。
どんな結果になっても、美保先輩とは、いい友達でいたいと思った。
ちょっと美保先輩のペースに流された? いい友だちでいたいなんて?
帰り道、一人で歩いていると、微妙に『してやられた感』に攻め苛まれる。
感覚的には二三歩リードした感じでいたのに、なんだか五分五分に引き戻された感じ。
ううん、美保先輩の方が、勢いとしてリードしてる。
それに、よその神社でお願いなんかして。なんだか、神田明神さまにも浮気したみたいな。
久々に、お団子を買って帰る。
「あら、元気ないわねえ」
おばちゃんに顔色よまれて「ううん、なんでも(^_^;)」と、両手をワイパーにしたら三個入りのをオマケしてくれた。
バイト募集の張り紙に気を引かれるけど、こんな時の決心は後悔するかもと、ため息ついて店を後にする。
ゲン直しに鳥居を潜って、二礼二拍手一礼。
お団子を寄進。そんな衝動が湧いてきたけど、大きい方でも六個入り。
それに、時々、お賽銭は入れてるけど、寄進なんて大仰なことはしたことがない。
すると、巫女さんが目に留まった。
ちょうど、掃き掃除が終わって、社務所に戻るところ。
「あら、明日香ちゃん」
「あの、よかったら食べてください。おまけにもらったからおすそ分け」
「あら、いいの?」
「はい、いつも笑顔もらってますから」
あ、なんか、気障な言い回し。
「ありがとう、ちょうど当番三人だから、みんなでいただくわね(^▽^)」
「ありがとうございます」
「ううん、こちらこそ」
巫女さんは、社務所に入る時に、もう一度笑顔を向けてくれる。
その、自然な心遣いが嬉しくって、ちょっと涙ぐんでしまった。
「お、団子ではないか!?」
巫女さんよりずっと偉いはずのさつきは、団子を見るなり、断りもなくパクつく。
「明日香も食べろよ。神さまといっしょに食べるって、目出度いことなんだぞ」
「う、うん」
こいつは将門さまの娘ではあるけど、神さまという感じは丸でない。
「だんご屋でバイト募集してるんだな」
「なんで、知ってんの?」
「明日香の顔に書いてある」
「え?」
「いま消えた……いろいろ悩ましい年ごろだよなあ」
「あ、ちょ、それ四つ目!」
「グズグズしてると、全部食っちゃうぞ」
食われてたまるか!
慌てて、もう一個口に入れると喉が詰まって死にそうになった。