大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

漆黒のブリュンヒルデQ・089『軽くスキップして』

2022-09-11 09:20:13 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

089『軽くスキップして』   

 

 

 ここに来たころのわたしだったら引きずり出していた。

 

 まあ、いいか。

 

 見敵必殺がわたしの信条だ。その峻烈な覚悟と、その覚悟通りに戦う姿勢に、あちらの世界では『漆黒のブリュンヒルデ』の異名で通っていた。

 ヒルデの戦い方は微塵も容赦がなくて、漆黒の闇が、全ての色彩を呑み込んでしまうようだという意味だ。

 こちらに来てからも、名前を失った妖や霊どもに片端から名前を取り戻して付けてやった。

 

 しかし、芳子の中に蟠っている者に気付きながら、わたしは大人しく缶コーヒーを飲んでいる。

 

 そいつは、すでに芳子の半分を呑み込んでいるが、これでもいいかと思ってしまっている。

「そうか、芳子の家はジャズ喫茶だったものな、いいんじゃないか」

 芳子は、アメリカにジャズの勉強に行きたいというのだ。正しくは、芳子の中に隠れているそいつがだがな。

 バークレイ音楽学校に入るだとか、向こうではバイトしながら、リアルタイムのジャズに触れてみるんだとか夢を語っている。

「具体的に決まったら教えてくれ、見送りぐらいはしたいからな」

「はい、ありがとうございます!」

「勉強して帰ってくるころには、また新発売のコーヒーとか出てるだろ、駅のデハ(宮の坂駅に保存されている昔の車両)の中ででも聞かせてくれたら嬉しい」

「アハ、ですね、いっしょに昼寝とかね」

「そうだな」

 それから、なにを語ることも無く、ぼんやり校舎の上を流れる雲を眺めて、それぞれの教室に戻った。

 

―― やっぱり気になるか? ――

 

 放課後の帰り道、豪徳寺の裏を歩いていると、この世のものではない足音が付いてくる。

 振り返ると、五十年も昔のうちの制服が立っている。

「すみません……」

 下げた頭は、昔なら校則違反をとられかねないショートヘアー、まるで宝塚の男役だ。

「なぜ、礼を言う」

「見逃していただきましたから」

「気にするな、その気にならなかっただけだ」

「でも、わたし、名前はおろか、自分の事はなにも憶えていません。いつものヒルデさんなら、名前を付けて浄化なさいますでしょ」

「まあな」

「よろしいんでしょうか?」

「芳子も潜在意識の底で嫌がっている風も無かった、いいだろう。アメリカで励んで来い」

「は、はい!」

「しかし……」

「はい?」

「昔の制服もいいもんだな、微妙に膝下のスカートとセーラーのバランスがとてもいい」

「ありがとうございます! 微妙に改造してるんです。スカート丈は二センチ、上着もタックと丈を詰めてあります」

「芳子をよろしく頼むぞ」

「は、はい!」

 

 そいつは嬉しそうに回れ右すると、傾き始めた日差しに溶けるように消えて行った。

 

 やつの名前も素性も分かっている。

 もう少し話せば、あいつは自力で思い出していただろう。

 しかし、思い出せば成仏してしまう。

 少しずつ時間をかけて、芳子の中に溶け込めばいい。

 

 角を曲がって我が家が見えてくる。

 ねね子が嫌がる啓介を引っ張り出して散歩に出るところだ。

 うちでは、玉代がお祖母ちゃんの肩をもんでいる。

 あげ雲雀などが鳴いたら、うってつけなのだが、そこまでの調和は贅沢と言うものだ。

 家までの残り数十メートルを軽くスキップして帰るブリュンヒルデであった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・61『堂本先生の鼻』

2022-09-11 06:14:18 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

61『堂本先生の鼻』シグマ 




 あ……鼻が膨らんでる。

 堂本先生は一年からの持ち上がりなので分かってしまう、先生が楽しんでいる時は鼻が膨らむんだ。


 コワモテの先生でおっかない顔をしている。声も大きくて、よく説教するし、魔王のように怒りまくる。

 でも大概は楽しんでいる。そのシルシが鼻の膨らみ。

 ほんとうに怒っている時は鼻は膨らまない。

 財布を落とした時、ジャイアンツが負けた時、先生の鼻は膨らまなかった。

 学食の前で、あたしを叱りとばした時も、先生の鼻は膨らんでいなかった。

 で、昨日の朝礼で、先生の鼻は膨らんでいた。

「ミサイルは教室に居る時に堕ちるとは限らない。お前らは、これから体育の授業の移動になる、おそらく渡り廊下あたりでミサイル落下の警報がかかる。いいか、迅速に一階に下りろ。だが走るな! 走ると不測の事故や怪我に繋がる! そこは普段の避難訓練と同じだ! 下りたら都心側とは反対向きの部屋か廊下で蹲る! 机とかの下に潜り込み頭を抱えて蹲る! いいな!」

 他のクラスが教室で待機している中、あたしたちは体操服を持って更衣室へと移動した。

 途中通過する教室の先生や生徒たちはいぶかし気な顔。おそらく申し合わせでは教室に居ることになっているんだろう、先生一人のフライングだ。

「いつも通り、いつも通り!」

 先生の掛け声は、なんだか得意げな感じになって来た。

 そして、渡り廊下にさしかかったとき、ミサイル落下の警報が流れた!

 ファンファン! ファンファン! ファンファン! ファンファン!

「よし、本館の一階まで下りろ!」

 あたしたちは静々と渡り廊下を進み、階段を下りた。

 道を開けて!

 聞き覚えのある声が後ろからした。

 振り返ると、オメガ先輩が女生徒を抱っこして迫って来た。堂本先生は、一瞬不機嫌な顔になったが、女生徒の頭から血が流れているのに気付いて、道を開けさせた。

「先輩!」

 思わず呼びかけてしまったけど、先輩は、そのまま一階まで下りて行ってしまった。

「よし、最寄りの部屋に飛び込めっ!」

 一階まで下りると先生が叫ぶ。

 あ、この部屋は……ためらった時は、先頭がもう入っていた。

「ちょ、ちょっと……」

 その部屋に居た先生は押しとどめようとしたが、堂本先生に気づくと押し黙ってしまう。

「え、あ、ここは……」
「つかえてる、さっさとしろ!」

 あたしはクラスメートに流されて、その下に潜り込んだ。

 潜った先、五十センチほどの天井と床の隙間から見えるのは男子生徒の脚と、ブラブラ揺れる女生徒の足首。

 ドサッと音がして、頭の上に女生徒が寝かされた気配。

 こともあろうに、あたしたちが飛び込んだのは保健室!

 ちょうど先に入っていた先輩が、ベッドに女生徒を横たえたところだ。

 階段の時とは違って知らんぷりを決め込んだ。

「ちょっと、なんなの!?」

「先生! 診てやって! 頭切って意識がないんだ!」

「他の大勢……ちょ、どいて! 頭を高くし……タオルで押さえて……ちょっと、多すぎ!」

「頭抱えて、口を開け! 爆風で腹が破れるぞ!」

「キュウクツ!」「足あたる!」「腕がぁ!」「蹴んな!」「触って……!」「いや!」「キャ!」「あち!」「いて!」「……!」

「ちょ、どいて! なに、この大勢は!」

「避難訓練です!」

「先生、早く! 木田さん! 木田さ……息してな……い……木田さん! 先生!」

「いま行く、ちょ、どいて!」

「先生! 早くし……息してな……い……」

「人工呼吸! マウスツー マウス!」

「ちょ、先生! お前ら邪魔! お前……ら!」

 女生徒を気遣う先輩と養護教諭の先生の声、押し寄せた避難訓練のわたしたちに消されてる。先輩とは逆の側から潜ったせいか、先輩は気づいていない。

「木田さん、しっかり!」

「人工……呼吸……よ!」

「木田さん!」

 ベッドの下で思った、先輩は誰にでも、こんな風に優しくて一生懸命になるんだ。

 あたしの胸が痛んだのは、窮屈な姿勢のせいばかりじゃない……。



☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
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