魔法少女マヂカ・289
わたしは令和の日暮里に休息のためにやってきている。都立日暮里高校に潜り込んで、まったりとJK生活を送るはずだった。
それが、諸事情のため魔法少女の力を発揮せざるを得なくなって、いつのまにか、昭和で縁の切れたはずの特務師団に所属するハメにもなってしまった。
魔法少女に休息が必要な事情、言い訳になるかもしれないが、すこし話に付き合ってもらいたい。
魔法少女は人間離れした能力を持っているんだけど、少女というからには基本的に人間なのであって、とうぜん睡眠をとる。無理をすれば十日ぐらいは眠らずに済むのだが、そういう無茶をやるとガタが来るのも早くて、長期的に見れば稼働時間を短くしてしまうので、できるだけ並の人間のリズムで生きている。
眠れば、自然に夢を見る。
魔法少女の夢はクセモノなんだ。
夢の中で、魔法少女は時空を超えてしまうことがある。無意識の位相変換と言ってもいい。
時空を超えると亜世界や異世界に飛んでしまう。健康な魔法少女なら、夢をコントロールすることもできるし、意識しなくても目が覚めるころには実世界に戻って来る。
疲れを貯め込んだ魔法少女は、時々行ったきりになってしまう。
戻らなくっちゃ。そう思って戻ったところが別の異世界、あるいは亜世界。マズったと思って、再び飛ぶと、又違う亜世界や異世界。
そういうことを繰り返しているうちに実世界の位相を見失ってしまって、戻れなくなってしまうことがある。体は生きているが、意識というか魂は向こうに行ったままで、自分の力で戻ってくることができなくなってしまう。
そうなると、より高位級の魔法少女にサルベージしてもらうことになるのだけど、それにも限界がある。
ほら、一定以上の深海に沈んでしまった潜水艦は、救難艦でも助けられない。大東亜戦争で技術将校に聞いた時は80メートルが限界だと聞いた。今は、どうなんだろう、技術が進んだと云っても200メートルぐらいではないかなあ。
まあ、そうならないために、魔法少女は数十年に一度は休息をとる。
何度も言ったけど、魔法少女の休息は、普通の生活をすることだ。
その、普通の生活が、疎かになっているのは、ここまで付き合ってくれたキミ、もしくはアナタには分かってもらえるだろう。
鎮遠と別れた夜、夢を見た。
なぜか飛行機に乗っている。エアバスかジャンボジェットか、かなり大型のジェット旅客機。
行先は、ハワイか西海岸か。到着すればブリンダが迎えに来てくれるような気がしている。
戦時中は敵同士だったけど、令和の東京に来てからは仲間同然。
そうか……そうだな……ブリンダと気ままにワイキキビーチで泳いだり、サンフランシスコのケーブルカーに乗ってみるのも面白いなあ。
そんなことを思っていると、前の方のシートで立ち上がる女性が居る。
女性は見覚えのあるメイド服を着ている……クマさんだ!
――クマさーん!――
呼びかけるが声が出ない。
くそ、掴まえなくっちゃ!
通路を走ると、クマさんは螺旋階段を上って上のフロアーに行く。
「お客さま、通路は走らないようにおねがいします」
CAに注意され、急ぎ足程度に落として追いかける。
二階に上がると、クマさんは後方に歩いて行き、天井から下りているラダーに足を掛ける。どうやら、上のハッチから機外に出るつもりのようだ。そんなハッチがリアルの旅客機に付いているはずも無いのだけど、ここでクマさんを見逃すわけにはいかない。
ブワアアアアアアアアアアア
機外に出ると、猛烈な風で立っているのが精いっぱい。
「クマさーーーーーーーん!」
渾身の呼びかけにも応えず、クマさんは、左の翼の上を翼端に向かって歩いていく。
「待て、待って、クマさん!」
やっとのことで、クマさんの手の先に触れるが、それと同時にクマさんは翼から飛び降りてしまう。
「クマさーーーーーーーん!」
叫んで感じた。
ここで位相変換が起こっている。
飛行機の翼を飛び降りるところまでは亜世界だけど、ここからはリアル! 実世界だ!
セイ!
気合いを入れて飛ぼう……としたが、一ミリも飛べずに、そのまま加速して墜ちていく!
そうか、ブリンダに飛行石を貸したまま!?
いや、返してはくれたけど、無茶な使い方をしてしまったために、粉々になってしまっているんだ(268『帰ってきたブリンダはエコノミー症候群よりひどかった』)!!
一般人に比べればスーパーマン並みの身体能力だけど、さすがに、この高度から落下してはもたない!
もう一度、五感を総動員して現状分析を試みる……が……何度考え直しても、これは、現実世界だ!
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長 アキバのメイドクィーン(バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世)
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
- サム(サマンサ) 霊雁島の第七艦隊の魔法少女
- ソーリャ ロシアの魔法少女
- 孫悟嬢 中国の魔法少女
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査
- ファントム 時空を超えたお尋ね者